脱出
窓からは、もう、ルビル星は見えなくなっていて、かなり小さくなったルビルの太陽が見えていた。無数の星が輝いている。
今頃、ルビルでは戦争の最中なのだろうと思うと心が痛んだ。自分は絶対に安全な宇宙船の中で、これまた、信じられないくらい豪華な部屋にいるのが後ろめたかった。親しい人たちの顔が浮かぶ、みんな無事ならいいのだが。
メレッサは不思議な思いにかられた。私がドラール皇帝の娘なら、父に頼んだらこの戦争をやめてくれるのではないだろうか。
「おかあさん、私、この戦争のこと父に頼んでみようと思うんだけど」
いい考えだと思ったが、母は静かに口を開いた。
「メレッサ、皇帝にあまり期待しない方がいいわ。彼は残忍で冷たい人なの。あなたに会うことすらしてくれないかもしれない」
会ってくれないかもしれないなんて予想していなかった。こんな豪華な宇宙船で迎えにきてくれたくらいだから、当然、父に会えると思っていた。
「でも、このすごい待遇はなに?」
「今の待遇はセダイヤワに着くまでだと考えていた方がいいわ。ミル艦長は皇帝があなたにどんな態度をとるか分からないので、念のため最高の待遇にしてあるの。もし、皇帝があなたに冷たくすれば、この待遇はいっぺんでなくなるわ」
この話しにはちょっとショックだった。姫君だと思って喜んでいたのに。
「それに、私は宮殿では身分が低いの。すごい美人がいるというとんでもない噂がたっちゃってね、それで、捕まって皇帝の所へ連れていかれたの。だから、私の身分は囚人か品物なの」
始めて母の過去を知った。自分が生まれた事情も、そんなひどい話だったのか。それなら父は私のことを何とも思っていないかもしれない。
「皇帝にはあなたの他に7人子供いて、みんなそれぞれ母親が違う、だけどみんな側室なの。だから、あなたとは身分が違うと考えていた方がいいわ」
お姫様などと浮かれている場合じゃない、兄弟からひどい差別を受けるかもしれない。
「メレッサ。侍女たちに絶対に威張ってはだめよ。いつ、立場が逆転するかもしれないわ」
「わかった。今までと同じだと思えばいいのね」
姫君などと、そんなうまい話がそうそうあるわけがない。ドラール皇帝が母にひどいことをしたのなら、その子供にも同じだろう。
でも、父には会いたかった。一目会えるだけでいい。遠くから顔を見ることができたらそれで満足しよう。
窓から見えるルビルの太陽はもう、ほかの星と区別ができないくらいに小さくなった。宇宙船は既に光速を越えて飛行している。
侍女がかいがいしく世話をしてくれる。今までメイドだったので人の世話をしていたのに、逆に世話をしてもらうなんて妙な気分だ。
「お菓子」と言えば、
「はい、ただいま」と言って侍女がすぐにお菓子を持ってきてくれる。
お菓子を食べて手が汚れたら、困った顔をしているだけですぐに侍女が手ふきを持ってきてくれる。そして手まで拭いてくれる。まるで幼児に逆戻りしたみたいだ。
退屈なので、部屋の中を歩いてみた。やはり、侍女がついてくる。
立派な鏡台があったので引き出しを開けてみたら、中にはたくさんの宝石が綺麗に並べて入れてあった。一つを取り出してみた。小指の先くらいの大きさのダイヤらしきものが数十個付いた首飾りだ。
「着けてみられますか?」
ミルシーがやさしく聞く。
「これ、本物のダイヤなんですか?」
「もちろんです。姫君さまの宝石が、まさかガラス玉などということはありえません」
多分、ものすごく高価な物に違いない。こんなもの触っていて何かあったら大事だ。メレッサは首飾りを丁寧に元に戻した。
「お気に召しませんか?」
ミルシーは心配そうだ。
「いえ、きず付けたりしたら大変だと思って」
「お好みが分からなかったので、宝石商にいい物を持ってこさせたのですが……。でも、宮殿に着いたらすぐ宝石商を呼びしますので、お好みの宝石をお求め下さい」
ミルシーは申し訳なさそうに言う。
今の言い方を聞いていると、この宝石は私のために準備したように聞こえる。
「この、宝石は私のものなの?」
「もちろんです。宮殿に着いたときにそれなりの身なりが必要ですので、準備してきました」
この宝石が私のもの、驚くほかなかった。
「姫君さま、衣装部屋をご覧になりますか? ドレスをたくさん準備してきております」
ミルシーはうれしそうにメレッサを誘う。彼女について衣装部屋に入ると、そこにはものすごい数のドレスが掛けてあった。
「これが全部、姫君さまのドレスです。サイズなどが分かりませんでしたので各種準備しております」
圧倒されて呆然としていた。
「よろしかったら、お召しになってはいかがですか」
ミルシーはメレッサが着ているよれよれの普段着を申し訳なさそうに見た。メレッサはこの服で仕事をしていたし、元々こんな服しか持っていなかった。
「ルニーさまの分も準備してきております」
ミルシーは母にもっと奥の方を案内した。母はメレッサよりもっとひどい物を着ていた。
着替をした。普段着として準備されていたものだが、それでもすごい豪華な服だ。
肩が広く開いていてスカートも広がっているので着こなしが難しい、どこかしっくりこない。しかし、母は当たり前のように着こなしていた。母にはこの服がよく似合っていてハットするほど高貴な感じがする。それに、今まで気がつかなかったが、母はものすごい美人だ。綺麗な服を着るとそれが際立つ。
「これで、やっと姫君らしくなられましたね」
ミルシーは自分のことのように喜んでくれる。
「宝石も着けてみませんか?」
ミルシーは宝石をたくさん取り出してきた。宝石はよく分からないがどれもすごいものばかりの様だ。一つを手に取ってみた。
「これ、いくらするんですか?」
ミルシーは首をふる。
「姫君さまは、値段など気になさる必要はありません。着けてみますか?」
貧乏人としては値段が気になるがミルシーも知らないみたいだった。
宝石を着けると金持ちになった実感が沸いてきた。この宝石が全部私のものなのだ。いや、こんなものなどいくらでも買えるくらいの大金持ちなのだ。父にどんな風に扱われるかが少し不安だったが、今までよりはましな生活ができそうだった。