父との対決
ルビルの情況はコリンスから定期的に報告を受けていた。
ルビル軍はかなりの戦力が残っているが、それでも休戦と占領の話が進んでいて、まもなく休戦できそうとの話だった。
そんなある日、ミルシーが血相を変えて飛び込んできた。
「メレッサ姫、皇帝がお呼びです。大変ご機嫌が悪いそうです。すぐに行ってください」
父には最初の日に会ってから20日になるが、一度も会っていなかった。そろそろ父に会いたいと思っていたのだが、会う勇気がなかった。
メレッサは飛行車に駆け込んだ。
なんだろう。父から怒られるような事をした覚えはないが、不安で心臓がどきどきする。父の宮殿に着くと秘書官が待っていて、父の執務室まで走っていった。
秘書官が取り次いでくれて、部屋に入るようにと手で合図する。
メレッサは深呼吸をして、意を決して部屋に入った。
「メレッサです」
部屋にはコリンスが蒼白な顔で立っていた。父はすごい顔でメレッサを睨んだ。
「メレッサ。ルビル軍はまだ健在だそうじゃないか」
ルビル占領のことだ。ルビルの占領は任せてもらっているはずなのに。
「休戦と占領の話が進んでいます」
メレッサはなんとか答えたが声がうわずっていた。まずい、このような場合は自信があるように見せないといけない。
「休戦だと。ルビルを叩き潰し、植民地にしなければならん。ルビルを叩き潰せ」
父は怒鳴りながらメレッサの目の前に来た。しかし、メレッサは一歩も下がらなかった。
「ルビルの占領は任せてもらっているはずです。私のやり方で占領します」
ルビルの人達を守るにはここでルビルの占領を父に譲ってはいけない。絶対に自分が占領をやる。メレッサはそう思った。
「コリンス」
父はコリンスを怒鳴りつけた。
「まだ、メレッサは何もわからん。貴様がいながら何というざまだ。お前は絞首刑だ!」
「父上!」
メレッサはだんだん頭に血が昇ってきた。
「コリンスは私の命令で動いただけです。ルビルの占領は私の方針でやります」
「お前の命令だと、この占領計画書がか」
父は一束の書類をメレッサに投げつけた。占領計画書を見たのだ。
「そうです。この計画は私の計画です」
父がメレッサを睨むので、メレッサも睨み返した。それに、コリンスがここにいるのにも腹が立ってきた。
「父上。コリンスは私の部下です。直接、呼びつけないで下さい」
「なんだと、この小娘が」
父はカンカンになっている、しかし、メレッサも興奮していた。
「任せるとおしゃったでしょ。それとも、もう、もうろくしたんですか」
メレッサはカナキリ声を上げてどなった。
「お前にはルビル占領は無理だ」
父も負けずに怒鳴る。
メレッサも怒鳴り返そうと思ったが、これでは泥試合になってしまう。それに、怒鳴り合いでは結局父に負けることは目に見えている。むしろ逆にやった方がいい。メレッサはセシルからいじめられていたので感情のコントロールが自由にできるようになっていた。
メレッサは息を整えた。ゆっくりと歩いて父の前を通り過ぎ、それから振り返った。意識して氷のように冷たい口調で言った。
「ルビルは私のものです。ルビルは私の思うとおりに占領します」
自信たっぷりに言った。
父はあっけにとられている。
「ルビルを占領するにはルビル軍を叩き潰せ」
父は怒鳴ったがどこか迫力がない。メレッサは微笑んで首をふった。自分でもこんな演技ができるとは思っていなかった。
「ルビルはもうすぐ私の物になります。ルビル軍の存在など問題ではありません。ルビル軍は戦う気力をなくしています」
まるで、当然の事のように言った。本当にルビル軍が戦う気力をなくしているのかなんて知らなかった。
父はわなわなふるえている。
「本当に占領できると言うのか」
メレッサは父に近づきその顔をしっかりと見た。
「できます。心配いりません。私に任せて下さい」
ハッタリだった。しかし、ともかく自信があるようにみせなければならない。それに、ルビルの占領に失敗しても父に殺されることはないだろうと思っていた。
メレッサの大人びた様子と驚くほどの自信に圧倒されて父は黙っている。
「ルビルとは今、占領に向けた交渉が進んでいます。交渉でも占領できます」
これは、コリンスが今朝の報告で言った言葉だった。
「お願いです、占領を私に任せてください」
もう、演技はやめて誠意をこめて言った。
父は不思議なものを見るような目でメレッサを見ている。メレッサの自信に圧倒されているようだ。
父は歩き始めた。顔はもう怒ってはいない、メレッサに任せてもいいと思っているようだ。
窓から外を眺めている、気持ちを落ち着けているのだろう。
「やれると言うんだな」
「はい、大丈夫です、すべて計画通りにいっています」
父は、ゆっくりと振り向いた。
「わかった、やってみろ」
「ありがとうございます」
メレッサは頭を下げた。これで、ルビルの人を守ることができる。
「もう行け、少し考えることがある」
父はいかにも邪魔だと言わんばかりに手を振った。
メレッサはお辞儀をして部屋を出ようとした。しかし、コリンスはその場に立ったまま固くなっている。父が彼には退室を許可していないので彼は出られないのだ。多分、父は彼を怒るつもりだ、助けてやろう。
「コリンス」
メレッサはきつい口調で言った。
「ついて来なさい」
コリンスは一瞬迷ったようだったが、彼は皇帝に敬礼をするとメレッサに続いた。父は特に異存はないようだった。
二人は父の部屋を出た。
部屋を出たとたん、足が、がくがく震えて、立っていられなくて椅子に倒れこんだ。父の前では必死で平静を装っていたが、恐怖が一度に吹き出してきた。
「怖かった!!」
よくもまあ、あんなハッタリができたものだ。ルビルを守りたい一心だった。
コリンスが何事かと驚いている。
「どうされました?」
私の気持ちがまったく分かっていないみたいだ。
「足がもつれて歩けないの」
「なぜです?」
同じ所にいて、私がどうなったか分からないのか。
「もつれてるの!」
「しかし、姫君様には感服しました。皇帝を相手にあそこまで言えるとは」
自分でも驚きだった。私って詐欺師になれるかもしれない。
「それに、最後は救い出していただいて有難うございました。もし、あのままあそこにいたら絞首刑を言い渡されたかもしれません」
コリンスは自分の気持ちを表にださない。命を助けてもらったのならもっと感謝の気持ちがあってもいいのに。
「助けたのは、あなたが絞首刑になると困るからよ。絶対にルビルは占領してよね」
あそこまで父に言い切ったのだから、失敗したら会わせる顔がない。
「大丈夫です。もし失敗したら私を絞首刑にしてください」
絞首刑! 大した自信だ、そこまで自信があるのか。ふと、これはハッタリではないかと気がついた。そして、メレッサは、いつも自信たっぷりの言い方をするコリンスの言うことにもかなりハッタリがあると今、始めて気がついた。それに、コリンスは私が彼を絞首刑にはできないことも分かっている。
メレッサは腹が立ってきた。たぶん、今、私がなぜ動けないかもわかっていて、この程度で動けなくなった私をからかっているのだ。
メレッサはバカにされまいと立ち上がろうとしたが、足に力が入らずにまた椅子に倒れこんでしまった。
「大丈夫ですか?」
コリンスが手を差し出したが、その手を払いのけた。
「しばらく休憩よ、あなたもここに座りなさい」
しかし、コリンスは座らない。そう、彼はメレッサの前では決して座らない。それが礼儀だと思っている。
不意に、扉が開いて父が出てきた。ここはまだ、父の部屋の前だった。
メレッサは慌てて立ち上がろうとしたが、やっぱり足に力が入らずに椅子に倒れこんでしまった。
父は椅子に倒れているメレッサを見つめている。
「どうした?」
「足が、動かなくなっちゃて……」
父はメレッサに手を差し出した。思いがけないことだった。父の手は大きくて力強い手だ。父の手をつかむとぐうっと引き起こしてくれた。うまく立ち上がれたが、父はメレッサの手を見ている。
「手が荒れている」
20日前までメイドの仕事をしていたのだから、綺麗な手のわけがない。
「メイドの仕事で水仕事もしていましたから」
「そうか、埋め合わせをしなくちゃな」
父はメレッサの頭を撫でてくれた。怒っていない時の父は、その気持ちがまったくわからない。私を愛おしく思ってくれているのだろうか。
父はそのまま、ふり向きもせずに部屋を出ていった。