独裁者の姫君

脱出
「敵との距離23光分」
 レーダーを見ている兵士が定期的に距離を報告していた。徐々に距離が近づいてくる。
 メレッサはブリッジに立って流れていく星をじっと見ていた。
 敵をうまく騙せるか、メレッサは緊張で体が震えた。
 ブリッジは今、後ろを向いていて、窓から真後ろが見えていた。あの星の流れて行く先に敵の宇宙戦艦がいる。
「敵との距離16光分」
 ずいぶんと近づいてきた。手に汗が滲んでいる。
「敵との距離14光分」
 兵士が報告する。
 突然、まばゆい光の筋が後方から伸びて来て前方に飛んでいった。
「撃ってきました」
 誰かが叫ぶ。
 敵はどんどん撃ってくる。光りの筋が次々と追い越して行く。
 でもこちらは撃たない。なぜ、こちらは撃たないのか?
「こっちも撃ちなさいよ」
 メレッサは心配になって言った。
「撃て!」
 メレッサの命令を受けて艦長が命じた。
 船の後方に設置されていた陽子砲が火花を放った。まばゆいばかりの光の筋が後方に向かって伸びていく。
 隣の船も撃っている。
「敵との距離12光分」
 報告の声が聞こえる。
「遠慮するな、どんどん撃て」
 艦長が怒鳴っている。
 陽子砲は立て続けに発射される、幾重もの光の筋が伸びていく。
 光の筋がこっちに向かって伸びてきて、この船のすぐ上を飛んで行った。
 一発がシールドに当たった。ものすごい爆発を起こし、船が激しく揺れた。しかし、シールドが守っているので船体には損傷はない。
「距離10光分」
 報告の声がする。
 近くなったせいか、シールドに命中する弾が増えてきた。
 敵はどんどん近づいているのに、おとりが逃げていない。もうおとりを逃さないと、敵に1隻だけ逃げたと見えなくなる。
「ねえ、おとりを逃さなきゃ」
 メレッサはたまらずに言った。
「よし、減速」
 メレッサの命令を待っていた艦長がどなった。
 窓からは、1隻の船がすうと動き出してこの船から離れていくのが見えた。この船が減速しているから、相手の船が動いているように見える。あの船がおとりとして逃げるのだ。もう1隻は窓から見える位置が同じに見えた。この船と同じ減速をしているのだ。
「急速に接近中、敵と8光分」
「どんどん撃て」
 艦長が怒鳴った。
 陽子砲は焼けきれんばかりに撃っている。敵の弾がシールドに当たると激しく船が揺れた。
「あと6光分」
「全速前進、敵との距離を維持する」
 艦長の声。
 まばゆい光の帯はどんどん伸びていく。後方からも光の筋が伸びてくる。
 シールドに当たる弾が多くなってきた。船が激しく揺れる。
「あと4光分」
 声がうわずっている。
「シールドが限界です」
 誰かが叫んだ。
「蛇行しろ」
 艦長がどなる。
 船が激しく向きを変えるのがわかった。心なしか外れる弾が多くなった。
「あと2光分です」
「ミサイル発射」
 無数の火の玉が船から飛び出して後ろに向かって飛んでいく。

 ものすごい衝撃があって、メレッサは吹っ飛ばされて転がった。煙が吹き出ている。敵の弾がシールドを破って船に当たったのだ。
「どこに当たったの」
 メレッサはよろよろと起き上がるとコリンスの所へ行った。
「避難された方がいい」
 コリンスが言う。メレッサもそう思った。
 見ると陽子砲は横に向かって発射されていた。
「向きが間違っている」
 メレッサは言ったが。
「いえ、敵艦が横にいます」
 敵の船はこの船を追い越しつつあった。陽子砲が横に発射され、敵が横からどんどん撃ってくる。
 また、衝撃があって吹っ飛ばされた。思い切り腰を打ってしまった。見ると窓の外の星が回っている。
「コントロールできません」
 誰かが叫んでいる。耳がおかしくなってきた、気圧が下がっている。船体に穴が開いてそこから空気が漏れているのだ。
「姫君、こっち」
 コリンスに引っ張られて、ブリッジを出た。煙が充満していて何も見えない。
 また、衝撃があって壁にぶつかって通路の端まで転がっていった。体中打ち傷だらけだ。
「コリンス、どこ?」
 必死でコリンスを探した。
「ここです」
 転がっているコリンスを見つけると、メレッサはコリンスにしがみついた。もう生きた心地がしない。
 激しい爆発音がして何かが引きちぎれるような音がした。油が燃える匂いがしてくる。それでも陽子砲の発射音が聞こえていた。メレッサはコリンスに夢中でしがみついていた。

 突然、静になった。陽子砲を発射する音も、シールドで爆発する音もしない。強い匂いの煙が漂ってくるだけだった。
「姫君」
 コリンスが小さな声で叱るように言う。メレッサはコリンスの首にしがみついたままだった。
「ああ」
 慌ててメレッサは手を離した。
 二人はよろよろと立ち上がった。コリンスがブリッジに入っていく。
 メレッサも入ると窓からは星が回っているのが見えた。宇宙船がコマのように回っているのだ。
「どうやら、敵はおとりを追って行ってしまったみたいです」
 よろよろしながら艦長がやってきた。
「姫君、作戦成功です。すぐに逃げます」
 艦長は操舵手になにやら怒鳴っている。
「コリンス、敵は?」
「うまくいったようです。この船は破壊したと思って行ってしまったみたいです」
 メレッサはほっとして足から力が抜けてしまった。よかった。これで逃げられる。


 宇宙船は大きく迂回してダダイヤに到着した。

 メレッサはあちこちに包帯を巻いた姿でダダイヤの星を見ていた。やっと助かったという実感が湧いてきた。
 おとりになった船は、メレッサが逃げる時間を稼ぐため、停船命令を無視して逃げつづけ結局全員戦死したと、後で知った。私のような者のためになぜそこまでしてくれるのか、戦えなくなったらそこで降伏すればよかったのに。何気なくおとりを命令したのが悔やまれた。おとりは敵を引きつけるのが任務だ。あの艦長はあの時、死ぬ覚悟だったのだ。





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