ミネーラ王家
メレッサは降伏の処理は別の船に任せて、父の船に向かった。
父は無事だろうか、万が一の事が頭をよぎる。絶対に死んで欲しくなかった。
父の船に着いた。ひどい壊れ方をしていて、炎を吹き出している所もある。こんな小さな船に乗っているからだ。
中に入ると、煙にむせた、焦げる匂いが鼻をつく。
若い将校が彼女を待っていた。
「こちらです」
彼について煙の中を走り医務室に向かった。医務室には、もうルシールが来ていた。
「姉さん!」
メレッサはとっさにルシールの顔に涙を探した、が涙はなかった。
「今、手術中。たぶん、助かるだろうって」
「よかった!!」
一安心だった。
「どんな具合なの?」
「ひどい怪我で意識はないの。医者は何とか助けるって」
助かってくれるといいんだが、メレッサは心からそう祈った。
「こんな所で手術をしているの?」
この船は電力すらまともに発電できていないように見えた。
「緊急だから、仕方ないの」
それほどひどい怪我なんだ。
メレッサはルシールの横にすわった。
「果敢に戦っていたわね、感激しちゃった」
メレッサが言うと、ルシールは手を喉の高さに持っていった。
「『逃げろ』って、ここまで出かかったの」
ルシールはそう言って笑う。
「いえ、『父を助けろ』と、ご命令になりました」
近くに立っていた男が言った。多分ルシールの参謀だろう。姉さんは父を助けるために敵の大群の中に飛び込んで行ったのだ。
改めてルシールを見た。言っていることとやることがぜんぜん違う。ルシールは戦争では役に立たないと思っていた自分が恥ずかしかった。
「変な目で見ないで、気持ち悪い」
ルシールが言う。
「姉さんは、本当に立派だと思うわ」
「変に勘違いしないで、部下が勝手にやったのよ」
ルシールは自分がやったと言うのが照れくさいのだ。
「手術が終わったら、父さんをあんたの船に運んでね」
ルシールが言う。
でも、父を看病するのはルシールがいいように思えた。助けに行ったのは彼女なのだ。
「いえ、姉さんの所がいいよ。姉さんが助けたんじゃない」
「あのね、あたしの所に来ると、スケートリンクがあることがバレちゃうじゃない」
ルシールはさも困ったというように言う。
「あら、あたしの所もよ」
メレッサがそう言うと、ルシールはキョトンとしている。
「あたしの所にもスケートリンクがあるの」
メレッサが言うとルシールは大笑いした。
やがてジョルが、少し遅れてフォランが駆け込んで来た。
4人並んで座って父の手術が終わるのを待っていた。
手術は無事終わり、結局、ルシールの船に運んだ。父にしてみれば自分を介抱してくれる子供をかわいく感じるはずだ、その幸運は絶対にルシールのものだ、彼女が命がけで父を助けたのだから当然だと思った。
メレッサが父の病室から自分の宇宙艇に戻ってくると、コリンスがすぐにやってきた。
「ミラルス王の降伏の署名式がありますから出席をお願いします」
「署名式?」
偉くなるとそれなりに忙しくなる。
「戦艦ゼノーバで行います。みんな姫君のお出でをお待ちしております」
みんなが私を待っている? メレッサは当惑した。私の都合が最優先でみんなが待っていることさえ私には伝えられない、みんなは私の用が終わるのをじっと待っている、そこまで偉くなってしまったのか。
「すぐに行きます」
待たせては悪い、メレッサは急いで宇宙艇でセノーバに向かった。
会場は将軍や提督など、そうそうたるメンバーが集まっていた。
メレッサが会場に入ると全員が起立する、その中をメレッサは中央の椅子に進むと家臣を後ろにして座った。
ざわざわと家臣が椅子に座ったが、メレッサの正面にはミルビス王がそのまま立っていた。
彼は軽く一礼すると、メレッサの前に進み出た。
「私はミネーラの王女に降伏したつもりなのですが、それでよろしいですね?」
彼は不思議な事を言い出す。メレッサはあっけにとられた、この期に及んで新しい条件を付けようと言うのか。
「ミネーラの王女?」
「はい、王女さま」
彼は平然と言う。
「誰です、その、ミネーラの王女とやらは」
メレッサはきつい口調で言った。妙な条件は付けさせない。
しかし、ミラルス王はビックリしている。
「ミネーラの事をご存知ないのですか?」
「ミネーラの王女など会ったこともありません」
メレッサはピシッと言った。
しかし、ミラルス王はおもしろそうに笑う。
「お会いになったことはあるはずです、ただ、ご自分で会った事に気がついていないだけです。鏡をご覧になったことはあるでしょう」
鏡が何の関係があると言うのだ。
「メレッサ姫……」
メレッサが混乱していると、横からセラブ提督が小さな声で呼びかけてくる。
「なんです?」
メレッサも小さな声で答えた。
「母君からミネーラの事をお聞きになっていないのですか?」
ミネーラが母の故郷だということはミラバ艦長から聞いたが、母からは何も聞いていない。メレッサは首を振った。
「20年前、ミネーラ王家が皇帝に滅ぼされましたが、母君はそのミネーラ王の王女だったのです」
驚愕の話が提督の口から出てきた。
「王女!!」
メレッサは提督が言ったことがしばらく理解できなかった。母が王女、信じられなかった。しかし、それで母が高貴な感じがする理由が納得できる。
「したがって、姫君はタイレム家とミネーラ家の両家のお血筋を引いておられるのです」
セラブ提督は続ける。
それって、私ってものすごく高貴ってことじゃないか。
「銀河市民の間で姫君の人気が高いのはご存知ですか?」
ミラルス王が説明を引き継いだ。
メレッサはミダカの経験から、自分がなぜか人気があるのは知っていた。当惑した顔でミラルス王を見つめ、わずかにうなづいた。
「それは、ドラール皇帝の娘としてのメレッサ姫にではなく、ミネーラの後継者としてのメレッサ王女に人気があるのです」
メレッサはポカンとする以外になかった。私はいったい誰なんだろう。
母がミネーラの王女だったなら、ミネーラが滅んでいなければ今頃は母が女王になる。そうすれば私は王女。
「ドラール皇帝は嫌われていますから、人々はメレッサ王女に希望を託しているのです」
ミラルス王は静かに説明する。
「姫君は当然ミネーラの再興をお考えだと誰もが思っています。しかも、皇帝もご承知の上だと。でも、ご存知なかったのですね」
そう、ご存知なかった、母は教えてくれなかった。
「私は、メレッサ王女に降伏したいと思っています」
ミラルス王は澄み切った声で言う、その目も澄み切っていた。
しかし、そんな事を言われても困る。メレッサは父に逆らう気など毛頭なかった。もし、私が父が滅ぼしたミネーラの王女を名乗ったら父が許してくれるはずがない。母がミネーラの事を私に言わないのも父が許すはずがないからだ。
「それは、無理です。私はミネーラの王女ではありません」
ここははっきりそう言っておかなければならない、でないと、父から謀反を疑われることになってしまう。
「では、私以外は降伏するが、私は降伏しないと言う条件で降伏させていただけないでしょうか」
彼は不思議な事を言い出す。
「いったい、どうしたいのです?」
「ドラールへの降伏は私のプライドが許さんのです。あなたに処刑してもらう方がまだましです」
また、混乱するような事を言い出す、私が人を殺せるわけないじゃないか。
「あなたも含めて降伏しなさい」
メレッサは言ったが。
「私はメレッサ王女以外には降伏しません」
彼は強硬に断る。私にメレッサ王女を名乗れと言っているのか。でも、それは無理だ、名乗ったら謀反になる、娘でも父から処刑されるだろう。
「私は謀反を起こす気はありません。私はメレッサ.タイレムです」
はっきり言った。ミネーラは20年前に滅んだのだ、そんな亡霊を引きずっていてもしょうがない。
「では、先ほどの降伏条件で降伏します」
ミラルス王は直立の姿勢をとった。彼の決意は固いようだった。
「わかりました、その条件で結構です」
彼を処刑しなければ、この条件でも結果は同じことになる。
作り直した降伏文書にミラルス王は署名した。