私、不良品なんです

不良品

 不意に視界が明るくなった。体も動く。
「俺には出来ない……」
 小さな声が聞こえた。ボブが頭をたれて悲壮な顔をしている。
 何があったのか、なぜ急に動けるようになったのか、しばらくわからなかった。
 彼はじっと下を向いていたが。
「君を殺すなんて出来ない…… 見逃してやるよ」
 ボブが助けてくれたのだ。スイッチを戻してくれた。
 ボブは顔を上げると、セリーの手をつかんだ。
「その代わり、絶対に人間に危害を加えるなよ」
 彼はセリーの目を睨みつけた。
「いいな、絶対にだぞ。どんな事があっても我慢するんだ」
 ボブの目は恐ろしかった。自分がしていることに困惑している目だ。
「わかりました。絶対に迷惑はかけません」
 セリーはきっぱりと答えた。どんな事があっても彼に迷惑はかけられない。
「いいな、絶対にだぞ!!」
 彼はもう一度念をおすと、検査結果の紙をポケットにねじ込んだ。そして、プリンターで別の検査表を印刷するとそれに検査の結果を書き込み始めた。やさしいアンドロイドなんだ。
「ありがとう……」
 なんとお礼を言っていいかわからなかった。
 彼は検査票を書き終えると。
「これでいい。君は昔の検査基準でなら合格になるんだ。まだアンドロイドに絶対服従の感情がなかったころの基準だ。事務手続きのミスでこの基準はまだ廃止になっていない。だから、俺は違反をやった訳じゃない、これだって規則上は立派な合格になる。だから絶対服従の感情がある俺にも君を助けることができたんだ」
「ありがとうございます。このご恩は決して忘れません……」
 本当にありがたかった。命を助けてくれたのだ。彼に迷惑をかけないためにも、絶対に約束は破らない決心をした。どんな事があっても人間に逆らわない。アンドロイドなんだからそれが普通なのだ。
「いいか、少し説明しておく、通常のアンドロイドは人間の命令に絶対服従の感情があるから、人間の命令に逆らおうと考えると激しい苦痛に襲われる。耐えられないくらいの苦痛だ。だから命令に逆らう事ができない。しかし、君にはそれがないから、あたかもあるかのように振る舞うんだぞ、いいな!!」
「はい」
 セリーはきっぱりと答えた。絶対に今の言いつけを守る覚悟だった。
「ただし、人間の命令でも服従しなくていい場合もある。例えば犯罪を犯せというような命令だ。このような命令の時は従わなくても苦痛を感じない。この区分けはアンドロイド規則に書いてある。つまり、アンドロイド規則を破ろうと考えると苦痛を感じるようになっているんだ」
「アンドロイド規則?」
「すでに君の頭の中に入っている。それを引き出して読んでおきなさい。そして、絶対にアンドロイド規則を破るんじゃないぞ!!」
「はい」
 もう一度セリーは答えたが、頭の中にそんなものがあらかじめ入っているのか。
「俺の担当はこれで終わりだ。君はこれから出荷になる、その出口を出て廊下をまっすぐだ」
 ボブは急に無愛想になった。この忌まわしい一件を早く終わらせたいらしい。
「ありがとうございます」
 セリーは椅子から立ち上がると何度も頭を下げてから廊下に向かった。
「ああ」
 ボブが後ろから声をかけた。
「君は、ものすごく愛情豊に出来ている。不思議なくらい値が高い。まるで初期型みたいだ」
 よく意味が分からなかったが笑顔で頭を下げた。





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