俺の王妃は侵略者

セリーヌ
 日曜の朝は布団の中でゆっくり寝るのがなりよりの楽しみだった。毎日遅くまで会社で働いているので、日曜ぐらいゆっくりしたい。
 健二は昼ごろまで布団の中にいた。と、玄関のチャイムが鳴る。宅配便か何かだろうか、ほったらかそうかと思っていたら、また鳴った。
 健二はやおら起き上がった。しかたがない、そろそろ起きるか。
「はーい、今、行きます」
 大声で叫んだ。あわてて服を着て玄関に行く。健二が住む安アパートの玄関は、ほんのわずかのたたきがある程度の粗末なものだった。
 玄関の扉を開けると、そこには外国人が数人立っていた。顔は色黒で堀が深い、民族衣装だろうか見たこともないような服を着ている。
「xxxxxxx」
 正面にいた男が何か言ったが外国語なので意味が分からない。
 彼は、手に持っていた小さなイヤフォンみたいな物を健二に差し出した。受け取ろうとしたら、その手を払いのけて健二の耳にそのイヤフォンを着け始めた。耳たぶにかけて落ちないように固定してくれる。
「xxxxxxxxxx」
 彼がもう一度何か喋ると、耳のイヤフォンから、
「これは翻訳機です」
 と聞こえてきた。へー、便利な物があるもんだ。こんな物がもう出来ていたのか。
「どうです、ちゃんと翻訳されていますか?」
 さらに彼が聞く。すごい、綺麗に聞こえてくる。
「ええ、大丈夫です」
 見ると、彼の耳にも同じ物が着いている。彼のは健二の日本語を翻訳しているらしい。
「それはよかった」
 彼はうれしそうにうなずく、それから、彼は手に持っていたメモらしき物をチラッと見た。
「永井健二さんですね?」
「ええ、そうですけど……」
 健二がそう答えると、彼は姿勢を正した。
「申し遅れました。私はノラヌダニと申します、アマンゴラ帝国の一等書記官です」
「アマンゴラ帝国?」
 聞いたことのない国だ。
「五十ばかりの星を従え銀河系を支配する帝国でございます」
「えっ、何を従えるって?」
 言っていることの意味がわからない。星を従えるって、どういう意味だ。
「星、で、ございます」
 しかし、ノラヌダニは平然と言い直す。
「星って、夜空に見える、あの、星?」
「さようでございます。アマンゴラは地球から一万二千光年の所にありまして、五十ばかりの星々を従えて銀河連邦を作っております」
 ノラヌダニはさも当然というように言う。まさか、冗談なんだろうか、しかし、ノラヌダニはにこりともしない。
「今回、地球を我が銀河連邦に加盟させる事になりまして、そのために地球を侵略いたします。侵略が終わった後は、あなた様に地球の国王になっていただき地球を支配していただきたいのです」
 ノラヌダニは話を始めたが、あまりの内容にポカンとするしかなかった。
「わがアマンゴラの科学技術をもってすれば、地球のような未開の星を侵略するのはいともたやすいことでございます。ものの数ヶ月程度で完全のわが手中に落ちることでございましょう。ただ、その後の地球の支配を永井さまにお願いしたいのです」
「なぜ、僕に?」
 健二は思わずそう聞いてしまった。
 地球の侵略などという話が元々とんでもない話しなのだが、それでも、せっかく侵略した地球を自分たちで支配せずに、健二に支配を頼むと言うのがどう考えても不思議だった。
「不思議に思われるのも無理はありません」
 健二が驚くのも当然といった雰囲気でノラヌダニが補足の説明を始めた。
「わが、アマンゴラ帝国では、他の星を占領支配する場合、直接支配する事は法律で固く禁じられているのです。必ず、その星の住民を国王とした傀儡政権を作り、間接的に支配する事となっています。これは他民族を直接支配するとうまくいかないとの過去のつらい経験の賜物でございます。他民族を支配するにはその民族の人を国王にし、その国王を通じて支配する方がうまくいくのでございます。ただ国王の人選に特に決まりはございません。その星の住人なら誰でもいいことになっております。したがって、今回、あなた様を地球の国王にお選びした次第です」
「……」
「いかがでしょうか、地球の国王を引き受けていただけないでしょうか?」
 もはや、とてつもないホラ話しなのは間違いなかった。何のためにこんな馬鹿げた話を持ちかけてくるのだろう?
 健二は一つ思い当たった。素人だますドッキリ番組みたいなものだろうか? そんな番組を見た事がある。とんでもない話を持ちかけて、その人がどう反応するかを見て楽しむのだ。どこかに隠しカメラがあってここを撮影しているのかもしれない。
 健二は玄関から外を覗いて見た。望遠のカメラを隠せそうな場所はいくらでもある。
 もし、これが素人ドッキリみたいなものならテレビに出てみたかった。健二はこんな悪ふざけが大好きだった。もし、これがドッキリなら、不思議そうに首をひねるだけよりも、相手の話に調子を合わせて、だまされたふりをする方がおもしろい展開になりそうだった。
「わかりました、いいですよ」
 健二は意気揚々と答えた。
「おお、それは、よかった」
 ノラヌダニはうれしそうに健二の手を握ってきた。しかし、彼の表情がすぐに厳しくなる。
「但し、一旦引き受けたからには、もう、断る事はできません。いいですね。もし、断ったら処刑します」
 さすがはドッキリだ。こうやって素人を脅かそうと言うのか。
「いいですよ、国王になれるのに断ったりしません」
「おお、これは、物分かりがいいですな。こんなに早く理解していただけるとは思っていませんでした。じつは、もう少し条件があります」
 彼は、自分の話を強調するように指を健二に突きつけた。
「まず、傀儡政権ですから当然だと思いますが、地球の統治にあたってはわが帝国の指示に従っていただきます。よろしいですね」
 まあ、傀儡政権なんだから物事の筋としてはそうなるだろう。
「いいですよ」
 健二は素直に答えた。
 ノラヌダニはうれしそうにうなずく。
「物事をご理解いただける方で本当によかった。では、次の条件ですが、傀儡政権の国王には、わが帝国の貴族の姫君と結婚していただき、わが帝国と姻戚関係を作っていただきます。これは、我が国が一方的に他国を支配するのではなく、互いに協力しあう関係を築くためです」
 彼は説明する。
 貴族の姫君と政略結婚! だんだん話がおもしろくなってきた。
「たしか、永井さんは独身ですよね?」
 彼は聞く。健二は独身なのはもちろん、二十八才の今まで彼女がいたこともなかった。まったく女性に縁のない生活だったから結婚の話もまったく問題なかった。
「いいですよ」
 このドッキリはどういう落ちになるんだろうとワクワクしながら答えた。
「おお、相手の姫君を確認もせずに、ご了解いただけるとは、まったくうれしい限りです。じつは、今、ここに来ていただいています。ご紹介します」
 彼は作り笑いを浮かべると。玄関の入り口の外に手を伸ばした。健二のアパートの玄関は人が一人入れるくらいの広さしかないから、ノラヌダニ以外の外国人は玄関の外で中の覗くようにして立っていた。その一番後ろにいたらしい人を招き入れた。
 なんと、金髪のものすごい美人が顔を見せた。玄関の外に立つ外国人が通路を開けると、彼女は玄関の中に入って来た。スカートが大きく広がったドレスを着ていて、まるでおとぎ話の中のお姫様そのままだ。
 玄関は狭いので、広がったスカートは玄関いっぱいになる、傘立てを倒しそうになりながら彼女は健二の前まで進み出た。
「こちらがナニータ皇族家の長女、セリーヌ姫です。地球王に嫁ぐために、はるばるアマンゴラからお越しいただいたのです」
 彼が紹介するとセリーヌ姫は大きな目で恥ずかしそうに健二をみた。
「セリーヌと申します。よろしくお願いします」
 彼女は控えめな挨拶をすると、ヨーロッパの貴族がするような足を曲げて姿勢を少し下げる挨拶をした。
「あの… 永井健二です……」
 仮にもこんな美人と結婚の話なんて、あせってしまう、でも、ドッキリの筋立てが見えてきた。地球の国王になり、こんな美人と結婚できると思わせておいて、どすんと落とそうと言うのだ。
「姫君は永井さまの裏切りを監視する役目を負うとともに、我々が永井様を裏切った場合の人質にもなります。我々は信義を重んじます。今、この約束が取り交わされた証として、姫君はたった今から永井さまの元でお暮らしいただきます」
「はい……」
 この女性がここに残ると言うことか? いよいよおもしろいドッキリになってきた。
「いやあ、話が簡単にまとまってよかったですな。永井さん、これからは地球の国王ですぞ、地球の支配者です。ただし、我々を裏切ろうなどとは絶対に思わないことです。裏切れば破滅ですぞ。これだけは肝に命じておいてください」
 それから、彼はセリーヌに深々と頭をさげた。
「姫君にはご苦労な事とは存じますが、これも国のためです。ご辛抱をお願いします」
「わかっています。私が希望したことです」
 セリーヌは静にうなずく。
「永井さま。細かい打ち合わせは明日にでもと思っておりますがいかがでしょうか?」
「ええ、いいですよ」
 健二がそう答えると、ノラヌダニはうれしそうにうなずき、後ろにいた人達を押し出しながら玄関の外に出た。
「では、これで、失礼します」
 彼は深々と頭を下げると玄関の扉を閉めた。後にはセリーヌというおとぎ話のお姫様が立ったままだった。





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