俺の王妃は侵略者

裏切り者
 セリーヌに誘われて食堂に入った。お昼ご飯だと言う。
 荷物の運び込みはセリーヌの使用人がやってくれた。部屋いっぱいにあった荷物も、あの広い部屋に運ぶと片隅にちょこんと固まっていた。
 食堂は雰囲気のいいところで、おしゃれなテーブルが窓のすぐ横に置いてある。窓から下を見るとパトカーがたくさん来ていた。赤いライトが点滅していて宇宙船の下は大騒ぎになっているらしい。上を見るとジェット戦闘機が飛んでいる。そうだろう、こんな物が宙に浮かんでいるのだ。大騒ぎにならない方がおかしい。
 使用人が料理を運んできてくれる。部屋も豪華だし料理も豪華だった。貧乏人の健二にとって夢のような生活だ。しかも、向かいの席にはものすごい美人がすわっている。
「この料理、どうですか?」
 セリーヌが聞く。
「すごくおいしいです」
 健二が答えるとセリーヌはうれしそうに微笑む。
「これからは、いくらでも食べれるわよ」
 彼女の笑顔はうっとりするほど美しい、彼女に手が届かなくても彼女を見ているだけで楽しい。
「ここに住むことにして、良かったでしょ?」
 セリーヌが健二に微笑みかける。彼女は肩を広く出した服を着ていて、透き通るような肌が輝いている。これから、こんな美人と一緒にいられると思うとうきうきしてしまう。彼女と一緒にいられるなら、それだけで構わないと思った。
「正直、あなたがこの宇宙船に住むのを嫌がって、あのアパートに住むと言い出したらどうしようかと思ったわ。今夜、あそこで寝ることになったら、あたし死んじゃう」
 彼女は愛くるしく笑う。
 そうか、この宇宙船は住居として初めから予定されていたのだ。貴族の令嬢があんな所に住めるわけがない。でも、今のセリーヌの言葉が気になった。こんなに力があるのだから何があってもここで寝ればいいと思えるのだが。
「もし俺が、あの、アパートの戻ると言ったらどうするの?」
「いやよ、冗談言わないで」
 セリーヌはかるくすねる。
「でも、もし俺が戻ると言ったら、君はついてくるの?」
 ついて来くる必要などまったくないと思ったが、セリーヌは冷たい目で睨む。
「意地悪、言わないで」
 彼女はついて行かなければならないと思っているらしい。思ったより真面目なんだ。
 使用人がお酒を注いでいいくれた。いい香りがする。セリーヌがグラスを持ち上げたので、健二もそれに合わせた。
「あたしたちの地球に」
 地球が二人のもの、どこか誘惑に満ちた言葉だった。しかし、それって、どうなるのだろう。
「地球への侵略は、これからどうなるんですか?」
 セリーヌは少し考えている。
「まず、地球に我々が地球を征服する事を宣言します。そして、我々が支配すると地球がどうなるかを説明し降伏するように勧告します。それに一ヶ月くらいかけます。もし、降伏しなかったら攻撃開始ね。地球の軍隊を壊滅させ地球の全域を制圧するのにやはり一ヶ月くらいかしら。もちろん、それに平行して地球王国の行政組織を作っていくわ」
 軍隊を壊滅! 恐ろしい話だった。
「たくさんの人が死ぬんですか?」
「それは地球しだいね。降伏すれば死なずにすむわ。でも、戦うなら戦死者が出るのは仕方がないわね」
 やはり死者が出るのだ。しかも、自分は宇宙人の側に着いている。裏切り者だ。健二は急に怖くなってきた。傀儡政権として地球の王になんかなったら全人類に嫌われてしまう。何度殺しても飽き足らないくらいに嫌われてしまう。地球の王になどなったら大変だ。
「あの、地球の国王になる話し、取り消せませんか?」
 なんとかならないかと思ったが、それを聞いてセリーヌの顔が引きつった。
「なぜ?」
「地球を裏切るような事はしたくないんです」
「でも、はっきりと約束したでしょう」
「あの時は、何かの悪ふざけと思っていたんです」
「そうだとしても、約束は約束よ。取り消しはできないわ」
 セリーヌは健二の気持ちがわからないらしい、当たり前のように話す。
「絶対に、嫌だと言ったら?」
 一縷の望みをかけたが、セリーヌの顔が冷たくなった。持っていたコップを置くと。
「その時は処刑するわ」
 重たい鈍器で殴られたように感じだった。とんでもない事に巻き込まれてしまった。
 そんな健二をセリーヌは困った顔で見ている。
「地球の支配者になるのよ、少しぐらいの事はがまんしなくちゃ」
「しかし、地球の裏切り者になるのは嫌です」
「でも、あなたは約束をしてしまったから、もう、取り消しはできないの」
「なんとかお願いします」
 そう、こんな事、絶対に嫌だ。地球が侵略されるにしても、一般の国民として侵略されたい。
「だめです」
「何か、方法はありませんか?」
「ないわ」
 セリーヌは素っ気ない。
「お願いします」
 健二は必死だが、セリーヌは頭を抱えている。
「ねえ、お酒でも飲んだら」
「いえ、結構です」
「じゃあ、テレビでも見る?」
 ちょっとバカにされてる感じだ。子供じゃないんだから、そんな事で気が変わる訳ないのに。
「あのね、あなたが辞退すると私も一緒に王妃の座を失うの。つまり、あなたが辞退するとあなたは処刑されて、別の人が地球王に選ばれるんだけど、でも、私はその人の王妃にはなれないの。だって、私はあなたの王妃なんだから、猫の子みたいに、じゃあ次の人の王妃にってわけには行かないでしょ。だから、その人の王妃には別の娘がなるわ。つまり、地球はその娘のものになるわけ」
 セリーヌは本心を隠そうともしないで訴える。
 セリーヌほどの美人が健二ごときにやさしく振る舞ってくれる理由がわかった。健二に辞退されると困からだ。健二が万が一にも辞退してしまったらセリーヌは地球を領地にすることができなくなってしまう。
 しかし、セリーヌが地球の領地を失おうとそれが俺になんの関係がある。
 健二が冷たい顔をしているのでセリーヌは困っている。
「私にして欲しい事があったら言ってよ、なんでもするわ」
 セリーヌは怒ったように言う。
 しばらく黙って睨み合っていたが、急にセリーヌの顔が明るくなった。
「ねえ、宇宙に行ったことある?」
「宇宙?」
 かなり興味をそそられた。健二は宇宙とか未知の世界とか、そういう科学的な事が大好きだった。
「宇宙に行きたいと思わない?」
 今いるところ… ここは、宇宙船の中なのだ。宇宙船だから、当然、宇宙に行けるはずだ。行けるものなら行ってみたい。
「宇宙に…… 行けるの?」
「もちろんよ。宇宙ってすばらしいわよ。どう?」
「じゃあ」
「ナランダ、宇宙にやって」
 セリーヌが誰かに指示をした。彼女が声をかけた方をみると、一人の女性が部屋の隅に立っていた。彼女は目立たないよいうにしながら、セリーヌが行くところにはかならずついて来ていた。そして、隅の方にじっと立っているのだ。
「承知いたしました」
 彼女が頭を下げると、窓の外の景色が動き始めた。地面が急速に下がっていく。宇宙船が上昇を始めたのだ。
 しかし、不思議だった。セリーヌは貴族だから使用人がたくさんいて、その中には、この宇宙船の操縦士もいるだろう。しかし、セリーヌの命令が操縦士に届くのが早すぎる。今、セリーヌがあの女性に命令して彼女は頭を下げただけなのに、すぐに宇宙船が動き出した。どうやって操縦士にセリーヌの意向を伝えたのだろう。
「どうやったのさ?」
「なにが?」
 健二は興味深々に聞いたが、セリーヌはポカンとしている。
「なぜ、こんなに早く君の指示が操縦士に届いたの?」
「なぜって、今、ナランダに命令したからよ」
 セリーヌは何でもない事のように言う。
「でも、彼女はその命令を誰にも伝えていないよ」
「ああ……」
 セリーヌはやっと健二の疑問の意味がわかったらしい。
「あれは、ロボットなの。ロボットはネットワークにつながっているから、すぐに命令がこの船の操縦装置に届くの」
「ロボット!! あれが……」
 健二はナランダと呼ばれる女性を見た。どこからどう見ても人間だ。あれがロボット。
 健二は何か言おうとしてセリーヌを見たが言葉が出てこない。彼らの科学技術は計りしれないぐらいに進んでいる。宇宙船を作り何百光年の彼方からやって来れるのだから、ロボットぐらい作れるのだ。
「ナランダ、こちらへ来なさい」
 何を思ったか、セリーヌがナランダを呼ぶ。
 ナランダはこちらへ来たが、近くでみると、どう見ても人間だ。控えめな顔をした美人でびちっとした身なりをしている。
「健二さんが、お尋ねしたい事があるそうよ」
 セリーヌがいきなり話を振る。そんな事は何も頼んでいないのに…… いきなり言われてもロボットに何を聞けと言うのだ。
「なんでしょう?」
 ナランダは軽く頭を下げる。しかも、彼女は直接日本語を話している。
「いや… ただ、その、君は…… ロボットなの?」
 支離滅裂な質問になってしまった。
「そうです」
 ナランダは明るく答える。
「君が、操縦士に指示を伝えたの?」
「いえ、操縦士はいません。操縦装置がこの宇宙船を操縦しています。私がセリーヌさまの指示を伝えたのは操縦装置にです」
「……」
 もはや、何でもありの世界だった。ロボットがいるくらいだから自動操縦になっていても不思議はない。
「ちなみに、今この宇宙船に乗っている人間はあなたと私の二人だけよ。あとは全部ロボットなの」
 セリーヌが補足する。
 それでは、さっきお酒を注いでくれたのも、アパートから荷物を運んでくれたのも、全部ロボットだったのだ。
「じゃあ、この料理もロボットが作ったの?」
 考えれば当然のことだが、思わず聞いてしまった。
「そうです、コックのロボットが作っています」
 バカみたいな質問にもナランダは丁寧に答えてくれる。
「ロボットはぞれぞれ役割があるんだ」
「そうです。コック、掃除、下働きなど、いろいろ担当があります」
「じゃあ、君は?」
「私はセリーヌさま専属のロボットです。一日中、セリーヌさまのおそばにお仕えします」
 さすが貴族だ。ロボットがつきっきりで世話してくれるのだ。
「すごいもんだ。専属のロボットがいるんだ」
「違うわ、普通の家庭にもロボットの二、三台はあるのよ。ただ、これだけの数のロボットは普通はもっていないけどね」
 健二が地球王を辞退する、という話をすっかり忘れているので、セリーヌも陽気に話を盛り上げている。
「ほら、外を見て」
 セリーヌが窓の外を指差す。
 窓の外が暗くなり始めていた。濃紺の空が広がり、暗いのに強烈な明かりがある。
 窓に顔をつけて下の方を見ると。大地が丸みを帯びて見えている。白い雲が一面を被っていて、地形がよくわからないが、もう日本列島が全部見えていてもおかしくない高さだった。
「綺麗でしょう」
 セリーヌも窓の下を見ている。
「ねえ、宇宙は始めてよね」
 不意に、セリーヌが心配そうに聞く。
「もちろん、始めてです」
「でも、地球人も宇宙に行ける技術を持っていると聞いたわ。なぜ、行かなかったの?」
 セリーヌは地球の事がよくわかっていないらしい。
「いえ、行けるのはごく一部の人だけです」
「金持ちだけ?」
「そんなもんです」
 健二が答えるとセリーヌは一人で納得していた。
 宇宙船が高度を上げ、地球の地平線が丸くなり始めると、健二はその景色に心を奪われてしまった。始めて見る地球は信じられないくらい綺麗だった。
「まず、地球を一周してみるわね。夜の部分に入ると地上の明かりがものすごく綺麗よ」
 宇宙船はもう人工衛星が飛んでいるあたりまで上昇してきたらしい。白い雲が渦巻いていて、どこが日本かわからなくなった。
「ナランダ、地球を一周して」
 セリーヌがロボットに命令する。地球がゆっくりと回転を始めた。海の上に雲が広がっているのが見える。雲の下に陸地もあるが雲に隠れていて地形がよく分からない。ふと、理解できる地形があった。フロリダ半島だ。晴天で雲がなく海岸線がはっきり見える。
 アメリカ大陸を過ぎると、地球の夜の側に入った。宝石をばらまいたような明かりがたくさん見える。健二はその景色に見とれてしまった。
「綺麗でしょう」
 セリーヌも地上の景色に見とれている。
 しかし、ふと、テーブルの上のコップを見た。ちゃんとお酒がコップに入っていて、コップもテーブルの上にある。つまり重力があるのだ。
「宇宙は無重力なんじゃ?」
「無重力、何の事?」
 セリーヌは無重力の事を知らないらしい。
「ほら、宇宙に出ると重力がなくなって、物も人間もふわふわ浮かぶんだ。でも、ここは無重力じゃない」
「つまり、天体の周回軌道上は重力と遠心力が釣り合ってるはずだと言いたいわけね。でも、この宇宙船の中には人工重力があるの」
「人工重力…」
 もう、何を聞いてもバカみたいだった。科学技術力が違い過ぎるのだ。どんな事でも可能になっている。
「ナランダ、人工重力をどうやって作るのか説明してあげて」
 セリーヌがロボットに指示する。セリーヌも人工重力をどうやって作り出すかは知らないらしい。
「いえ、もう、結構です」
 健二は頭を振った。そんな事を聞いてもどうしようもない。もう、何か驚く事があっても質問しないことにしよう。
 宇宙船は再び地球の昼の側に回ってきた。
「ねえ、次は土星にいきましょうか。土星って知ってる? 輪っかがある星なの」
 セリーヌが両手で輪を作って見せてくれる。何とか健二を元気づけようとしてくれているのがわかった。あながち私利私欲のためだけとも思えなかった。





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