俺の王妃は侵略者

新しい文明
 土星の輪を見ながらの夕食となった。
 昼食の時の食堂とは別のもっと豪華な食堂があった。照明が適度に薄暗く観葉植物の向こうに大きな窓があって、そこからまばゆく輝く土星が見えている。大きな輪が手が届きそうなほど近くにある。
 広いテーブルにセリーヌと向かい合わせですわった。
 セリーヌはインドのサリーのような民族衣装を着ていて驚くほどに美しい。健二もなにやらアマンゴラの民族衣装を着せられた。着てみるとどこか威厳があってなかなかの男前になった。
 ロボットがお酒をついでくれる。
 セリーヌがグラスを持ち上げた。
「地球侵略の成功を祈って」
 ギクッとする言葉だった。せっかく侵略の事を忘れていたのにまた思い出してしまった。
「ごめんなさい。これは、禁句だったわね」
「いえ、いいですよ」
 いつまでもくよくよしていてもしょうがない。
「ねえ、あなたは、地球侵略に協力したわけでも地球を裏切ったわけでもないのよ。私たちが地球を征服すれば地球の制度が変わるから、得をする人と損をする人がでてくるわ。あなたは得をする人になっただけで、それを後ろめたく思う必要はないと思うわ」
 セリーヌが巧妙に慰めてくれる。セリーヌの説明を聞いているとそんな気になってしまうが、でも、心の底でどこか違うように感じていた。
「じゃあ、あたしたちの未来に乾杯」
 セリーヌが乾杯をやり直した。
 健二も乾杯して酒をグッと飲んでみた。なかなかにおいしいが、俺たちの未来って何だろう。セリーヌは見かけこそ人間だが宇宙人なのだ。もし本当に結婚する事があったとしても子供はできない。いや、そもそも人類とは生殖方法が違うかもしれない。
「セリーヌ、君たちはなぜここまで人類にそっくりなの?」
 思い切って聞いてみたが、セリーヌはキョトンとしている。
「それは人間だからよ」
「でも、君たちは宇宙人なんだろう。地球の生命とは違う進化を遂げたはずだ」
「ああ」
 セリーヌがにっこり笑った。
「なかなか鋭いわね。地球の生命と宇宙の生命は違うはずだと思っているのね。でも、それなら、なぜ、こんなに見かけが似ていると思うの?」
「……」
「それは、同じ先祖を持つ、同じ生命だからよ。宇宙にはクラックがあるの、空間の割れ目ね。ここを通るとどんな遠い所でも瞬時に行くことができるわ。このクラックが出来たり閉じたりしていてね、クラックが出来ている時に生物がクラックに落ち込むと遠くの星に行ってしまうの。だから宇宙には、ほぼ同じ生物が広範囲に生息しているわ。人類も同じ。だから、私たちも地球人も同じ人類なの」
 驚きだった。生物が他の星にもいるのだ。
「地球の生物が宇宙に広がっているの?」
「違うわ、地球の生物じゃない。生命が最初に誕生したのがどの星だったのかはまだ分かっていないけど、たぶん、それは地球じゃないわね。地球も他の星からクラックを通って生物がやって来た方だと思うわ」
 宇宙全体が生物の生息域なのだ。生物はクラックを通ってたくさんの星を行き来している。すごい話だ。広い宇宙は生物で満ちているのだ。しかも地球と同じ生物が。人間だって他の星にも住んでいる。
「私たちは、宇宙船を飛ばして生物がいる星を探しているわ。そういう星が見つかったら侵略して連邦に加えていくの。原始生活程度の星もあれば、かなりの文明を築いていた星もあったわ。でも、あたしたちが比較にならないくらいに進んでいるわね」
 セリーヌはちょっと自慢げにつんとした表情を作った。
 始めて地球以外の文明の様子を聞かされた。そんなに広い世界があったのだ。
「地球の文明はどの程度なんですか?」
「かなり進んでいる方よ。あたしたちの次かその次くらい」
 やはり嬉しかった。お世辞かもしれないが、どこか心が熱くなる。
「生物が住んでいる星は幾つぐらいあるんですか?」
「分からない。無限にあるとも言われているわ。もう三百年も銀河系の探索を続けているけど、銀河系は広大すぎるから探索できたのはごく一部ね。今までに見つけたのが五十二個。全部侵略して連邦に加えたわ」
 地球人のまったく知らない世界がそこにあった。銀河系にまたがる巨大な連邦国家だ。地球よりはるかに文明が進んだ国家連合がある。その文明圏に地球が飲み込まれるのは歴史の必然かもしれない。健二が抵抗しても歴史の流れを止めることはできない。それに、セリーヌは付き合ってみれば優しいいい人だ。
「ほら」
 セリーヌが窓の外を指差す。土星の輪を作っている氷のかけらが一つ窓の外を通過していく。くるくる回っていてとても綺麗だ。

 土星の輪を見ながらの夕食も終わり、それぞれ自分の部屋に分かれた。
 風呂に入ってパジャマに着替えベットに這い上がった。広大なベットだ。このベットだけで健二のアパートの部屋くらいの広さがある。
 布団に入ってみた。ここに昨日までセリーヌが寝ていたと思うとドキっとする。どこか、セリーヌの香りが残っているように感じた。
 寝ようと思っていたら、いきなりセリーヌが部屋に入ってきた。
「xxxxxxxxx」
 彼女は何か言いながら鏡台の方に行く。
 健二はあわてて翻訳機を耳に着けた。これがないと何を言っているのか分からない。
「あったわ、これよ」
 セリーヌは抽出しから何かを取り出すと健二にそれを振ってみせた。
「ごめんね、まだ、ここに私の品物がたくさん置いてあるの、あの部屋は小さくて全部は入らないのよ。いいでしょ」
「もちろん、いいよ」
 この宇宙船はセリーヌの宇宙船だ。とやかく言える立場ではない。
「どう、寝心地は?」
 セリーヌがベットの横にやって来た。
「広すぎて落ち着かないよ」
「あのアパートより断然いいでしょう」
 セリーヌは当然こっちの方がいいと思っているようだが、そうとも言えない、貧乏人にはあの安アパートの方が落ち着くのだが。
「マットが柔らかくて……」
「でしょ、安物のベットとは全然ちがうわよね」
「いや、柔らかいのに慣れてなくて…」
「広いから、どこに転がっていってもいいわよ」
 セリーヌは得意になって説明する。
「ああ、すごく広くて気持ちいいよ」
 せっかくだから、セリーヌの好意に合わせておいた。
「寝酒が欲しかったら、バーがあるから」
 セリーヌがベットの横のカウンターを開くとお酒のビンらしい物がズラッと並んでいた。
「飲む?」
 セリーヌが聞く。
「じゃあ」
「わかった」
 何と、セリーヌが準備を始めた。グラスを二つ準備してお酒をついでいる。
「はい」
 グラスを一つ健二に手渡した。セリーヌが注いでくれたお酒。うれしかった。
 セリーヌもベットの横に腰を下ろして飲み始めた。
「私たちの科学技術はものすごく進んでいるの、病気だって直せない病気はない。だから、アマンゴラ連邦に入った方が地球人の生活は良くなると思うわ」
「そう……」
 しかし、歴史を見ると異文明と接触したとき弱い方に必ず悲劇が起きているのだが……
「新しいものがどんどん入ってくるわよ、ロボット、宇宙船。星にだって行ける」
「文明開化だな」
 明治に起きた文明開化と同じような事が起きるのかもしれない。
「生活が一変するわ。ロボットが品物を生産するから人間はもっと重要な仕事をするの、もっとやりがいのある仕事をね」
 大混乱になっている人々の姿が頭に浮かんだ。幕末の日本人も同じような事だったのかもしれない。
「宇宙旅行だって、普通にできるようになるわよ」
 セリーヌは楽しそうに話す。これが侵略者の姿だろうか。セリーヌが考えている侵略はSFなどに出てくる宇宙人の侵略とは少し違うのかもしれない。
「地球は良くなるのかもしれないな……」
「絶対によくなるって」
 セリーヌは自信たっぷりに答えた。
 セリーヌはグラスの酒を一気に飲み干すと、グラスを手に持ったまま遠くをみている。
「地球って綺麗な星だと思うわ。ちょうどバランスがいいのね。海が広いから気候が穏やかだわ」
 セリーヌは地球が好きなのだ。そんな彼女を見ていると、どこか、本当の恋人同士のような気分になってくる。
「じゃあ、私は自分の部屋に戻るわね」
 彼女は立ち上がるとグラスをカウンターに置いた。健二にかるく微笑むと、広い部屋を横切って扉に向かって歩いていく。その後ろ姿がかわいい。
 寝室の扉を閉めるときセリーヌは軽く手を振った。
「おやすみ」
「おやすみ」
 健二が答えると、セリーヌは扉を閉めて出て行った。
 いつか、彼女と本当の夫婦になるときが来るかもしれない。





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