俺の王妃は侵略者

地球大使館
「健二さん」
 健二が自分の部屋でテレビを見ていると、セリーヌが部屋に入ってきた。
 しかし、突然セリーヌはぎょっとしたように氷ついた。健二の背後をみている。
 ビックリして振り向くとそこにはセシルがいた。金髪のかわいい笑顔で、超ミニスカートがまぶしい。
 セリーヌはあっけに取られたようにセシルを見ている。
「また、かわいいのにしたわね」
 そう言われると、やっぱり引け目を感じてしまう。かわいいロボットにしすぎたかもしれない。
「いや、ちょうどいいのがなかったんだ。男性型や年寄りではちょっとむさ苦しくなるし…」
 改めてセシルを見てみたが、さすがに超ミニスカートは恥ずかしかった。
「普通のはなかったの?」
「いや、なかなか、ピンとくるのがなくてね」
「もっとマシなのがあったはずよ」
「……」
 もう言い訳を思いつかない。
「別のと交換しようか……」
「これでいいわよ、健二さんはこういうのが趣味なのね」
 セリーヌは皮肉っぽく言う。
 やっぱり恥ずかしくなってしまう。
「ところで、大使館まで来てくれって、手続きがあるそうよ」
「大使館、どこの?」
「アマンゴラにある地球の大使館よ」
「地球の大使館?」
「そうよ、地球は一つの国家になるんだから、アマンゴラに地球の大使館ができてるの」
 アマンゴラに地球の大使館! ちょっとうれしかった。大使館ができれば地球が宇宙社会に認知されたという事になる。
 セリーヌは健二をしげしげとながめている。
「まあ、服装はそれでいいわ」
 そう言われて自分の服を見てみた。どこにも行く予定はないから普段着を来ている。しかし、大使館は地球から何万光年も離れたアマンゴラにあるのだ。アマンゴラまで行くのに今着ている服を気にしてもしようがないと思うのだが。
「ついてきて」
 セリーヌは部屋を出て行く。
「どこに行くの?」
「もちろん、大使館よ」
「大使館はアマンゴラにあるんだろう」
「アマンゴラまで…… すぐ行けるの」
「……」
 セリーヌはどんどん歩いて行く。セリーヌについて宇宙船の中を進むと広く開けた所に出た。部屋いっぱいに巨大な機械が置いてある。
「これはクラック装置。人工的に作った空間の裂け目の一方の端になる機械よ。もう一方のクラック装置とつながっていて、どんなに遠くてもすぐそこのように行き来できるわ」
 健二はびっくりして機械をながめた。驚くべき科学技術だ。
 大きな機械だった。機械の正面がくぼんでいてその奥に扉がある。あの扉が通路だろうか。
「これが、アマンゴラの地球大使館にあるクラック装置とつながっていて、簡単に大使館と行き来できるの」
 セリーヌは機械を見上げている。
「装置は順調に稼働しております」
 いつの間にか近くにいたナランダが報告する。その後ろにはセシルも来ていた。
「ありがとう。じゃあ、行きましょ」
 セリーヌは機械の中央の扉に向かって歩いて行く。健二もセリーヌに続いた。
 セリーヌが中央の重い扉を開ける。緊張の一瞬だったが、特に何も起きない。そのままセリーヌは扉を抜けて向こうに行く。健二も彼女の後に続いた。
 扉を抜けた瞬間、からだが少し重たくなったように感じた。耳もキーンとする。
「アマンゴラの重力は地球の1.2倍なの、だから気圧も高いわ」
 セリーヌが説明してくれる。
 扉の向こうはさっきの場所と同じような所だった。大きな機械が後ろにある。
「ここが地球大使館よ」
 セリーヌが手を広げて健二に見せてくれた。
 驚きだった。たった数歩で何万光年も移動してしまったのだ。
 そこは工場のような所で飾り気のない窓があったが、そこから青空や庭の立ち木が見えていた。立ち木の向こうには山も見える。もう、ここは宇宙ではないのだ、アマンゴラという星の上にいる。

「陛下、わざわざお越しいただいてすみません」
 そこにいた女性が健二に向って頭を下げた。茶色の髪をピタッと束ねた、いかにもやり手といった感じの女性だ。
 『陛下』と言われても、何のことかわからなかったが地球の国王なんだから『陛下』と呼ばれることになるんだと、しばらくしてから気がついた。
「紹介するわ、大使館の準備をしてもらっているサラさんよ」
 セリーヌが紹介してくれる。
「急なお呼び立てで申し訳ありません。急に国務省の方がお出でになりまして、どうしても陛下にお会いしたいとおっしゃるんです」
 彼女は申し訳なさそうにしている。
「かまいませんよ、どうせ暇なんです」
「こちらです」
 彼女は健二を案内して歩き出した。建物の外に出たが、そこは広大な庭園で立ち木が風にそよいでいて暖かい。庭を抜けて正面の大きな建物に入った。どんどん廊下を進んで行き、ある部屋に入った。
 そこは応接室らしく、ゆったりとした椅子が置いてあり、小太りの男が向こう向きにすわっていた。
「地球王陛下です」
 サラが声をかけると男はあわてて立ち上がった。いかにも役人といった感じの男で健二を見ると緊張して姿勢を正した。
「国務省のブラナダです」
 彼が固くなっているのがわかった。健二は昨日まで貧乏会社の貧乏社員で取引先の担当者にペコペコしていたのに今日は立場が逆だ。やはり、腐っても健二は地球王なのだ。
「無理を申しまして申し訳ありません。スケジュールが押し迫っていまして、地球王が決まったらすぐにでもお渡ししないと間に合わないんです」
 彼が額の汗を拭く。健二ごときと話をするだけなのにそんなに緊張しなくていいのに。
「皇帝陛下からの戴冠式の招致状です。これは、直接、地球王陛下にお渡ししなければなりません」
 彼は分厚い豪華な装丁の本のような物を差し出す、健二はそれを受け取った。
 二つ折りになっていて、それを開くと、左側に日本語で右側に意味不明の言語でなにか書いてある。
「戴冠式?」
「すべてのアマンゴラ連邦の国王は皇帝が任命します。戴冠式は来月の三日の予定です」
 戴冠式! つまり、そこで、正式に地球の王に任命されるのだ。あれよあれよと言う間にどんどん話が進んでいく。まだ、なにも決心ができていないと言うのに……
「戴冠式はアマンゴラ連邦のすべての属国の国王が参列し、しめやかに執り行われます。戴冠式は古式豊かな儀式でして、全員、昔からの民族衣装で参列します。地球王陛下も地球の古来からの正装でお願いします」
 ブラナダが説明してくれる。古来からの正装なら羽織袴になるのか。
「戴冠式の後、晩餐会が執り行われます。ここでは皇帝の横に地球王の席が準備されます。たぶん、この時に皇帝とお話ができるかと思います。皇帝と話せる機会などめったにありませんので、何かお話になるとよろしいかと思います」
 ブラナダが助言してくれる。しかし、皇帝と話すなど考えただけで倒れそうになる。緊張で心臓が止まりそうだ。
「いえ」
 横からサラが口を挟んだ。
「あす、皇帝陛下にお会いになれます」
 あす!! あまりの事に健二は倒れそうになった。戴冠式の時に会うのでも大変なのに、それを、なんで、こんなに急に。
「まさか、それはありないでしょう。通常、属国の国王はなかなか皇帝に会えないものです。それを、まだ戴冠式前なのに、いくら何でも無理です」
 ブラダナも驚いている。そうだろう、そんなバカな事があるわけない。
「いえ、間違いありません。皇帝陛下付きのロボットからの直々の連絡です。あす、宮殿に来るようにと」
 それから、サラはあわてて健二を見た。
「申し訳ありません。この連絡はたった今入ったんです。お知らせするより前に陛下がお出でになったものですから……」
 健二は足がふるえてきた。取引先の部長や社長と会うときも緊張したが、そんな比じゃない、健二がヘマをすると地球が滅ぼされてしまうかもしれない。
 ブラナダもビックリしている。
「失礼しました。皇帝陛下とお親しいとは存じ上げませんでした」
 彼は直立不動の姿勢をとって緊張している。
「いや、皇帝と会ったことなどないですよ」
 健二も冷や汗が出てきた。宇宙人のしかも皇帝が知り合いなどのはずがない。とんでもない事になってきた。昨日からいったいどうなっているんだろう。
 ふと、セリーヌと目があった。
「あしたが楽しみね」
 セリーヌが意味ありげに、にこりと笑った。

 せっかくアマンゴラまで来たのだから、アマンゴラを見物することになった。セリーヌは仕事があるので、サラが案内してくれる。
 大使館の建物を出たが、青い空があって白い雲が浮かんでいる。地球とまったく同じでここが地球から一万光年以上も離れた場所だとはとても思えない。
 サラが空を指差した。そこには地球の月の半分くらいの大きさの月があった。さらに、少し離れたところにもう一つ。
「アマンゴラには月が四つあります。今、見えるのはあの二つです」
 ここが地球ではないとはっきりわかる証拠だった。
 大使館の建物の外は公園のようになっていて、植物も見た目には地球の植物とまったく同じだ。公園を進んで行くとやっと大使館の門があった。地球の大使館の敷地がこんなに広いとはうれしくなってしまう。
 守衛のロボットがいて、手続きをして大使館の外に出た。外も公園のような道路が続いている。
「アマンゴラでは、空を飛ぶ乗り物がありますので、散歩道の様な道路になっています」
 サラが説明してくれる。
「駅があって、長距離の移動にはクラック装置を使います」
 少し歩いたが、空をたくさんの乗り物が飛んでいて珍しい光景ばかりだった。
「皇帝はどんなお方なんですか?」
 あす、会う事になるなら、少し皇帝の事を知っておきたかった。
「お優しい方です。側室を八人お持ちで、子供が十七人いらっしゃいます」
「側室が八人… 羨ましい限りですね」
 健二は冗談を言ったつもりだったが、サラは妙な顔で健二を見る。
「陛下はどうされるおつもりです?」
「どうするって、何を?」
「側室です」
「側室って……」
 まさか、側室って… 何の話だ……
「あの、側室を持てるのですか?」
「国王は側室を持てますよ。王位継承問題が起きないように、確実に子供を得るため国王には側室が認められています」
 あせってしまった。顔が真っ赤になっているのがわかった。まさか、側室なんて。
「いや、まだ、考えてないです」
「持たれた方がよろしいかと思いますが」
 サラがごく当たり前のように側室を勧める。でも、でも、文明国らしからぬ習慣だ。側室なんて野蛮じゃないか。
「でも、側室なんかになる女性がいるんですか?」
 日本の常識なら、側室なんて女性は絶対に嫌だと思うのだが、サラはビックリしている。
「国王の側室ですよ、すごい権力が手に入るんです。もちろん嫌がる女性もいますが、なりたい人も大勢います」
「そうなんですか……」
 ここは社会の習慣が違うのだ。側室がそれほど悪い立場ではないのだろう。地球と違ってここは国王が強力な権力を持っているから、権力に憧れる女性がいるのだ。
「地球では、側室はあまりいいことではないとされています」
「そうなんですか……」
 今度はサラが驚いている。
「だって、そうですよ。側室なんていやでしょう」
「いえ、そうでもないと思いますよ」
 健二は絶対に嫌なはずだと思ったが、サラはあいまいな返事をする。
「そんなはずないですよ。だったら、もし、サラさんが側室になってくれと言われたら、どうします?」
「陛下の側室にですか?」
「ええ」
 サラは少しドギマギしている。
「それは…… 側室にしていただけるのなら、喜んで……」
 ギクリとしてしまった。そんな、そんなバカな、俺の側室になりたいなんてあり得る訳がない。しかし、すぐに、その理由がわかった。自分が国王だということを忘れていた。国王本人を目の前にしてあなたの側室になりたくないとは言えるわけがない。
「いや、例えが悪かったです。私じゃなくて、別の国王だったらどうします」
「そうですよね…… 側室になるには、すごい美人じゃないと無理ですよね……」
 しかし、むしろ、サラは断られたと思ってがっかりしているように見える。
「いや…… そうじゃなくて……」
 あわててしまう。まさか、本当に俺の側室になってもいいと思っているのか。
 しかし、サラは急に明るい声を出した。
「今度は宮殿に行ってみましょうか。戴冠式がある所です」
 そして、一人でずんずん歩いて行った。





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