俺の王妃は侵略者

セシル
 次の日の朝、何時だろうと思って枕元の目覚ましを探したが見つからない。手を伸ばすが布団の端まで手が届かない。
「そうか、宇宙船の中なんだ……」
 だんだん、頭がはっきりしてきた。起きようとして手を伸ばしたら何かに柔らかいものに当たった。横を見ると、そこにセリーヌが寝ていた。
 きのうと同じだ。セリーヌは学習能力がないのか。
 セリーヌはかわいい顔で寝ている。本当に妖精じゃないかと思ってしまう。薄いネグリジェからは乳房が透けて見える。
 きのうの失敗から健二は、そのままじっとセリーヌを見ていた。食べてしまいたいくらいかわいい。
 ふと、思い立って翻訳機を耳に付けた。セリーヌが目が覚めた時、何を言っているのかがわからないと困るからだ。
 ベットの引き出しにはもう一つ予備があったので、健二はそれを手に持った。セリーヌにも付けてあげないと、健二が喋った事がわからない。
 セリーヌに見とれていると、セリーヌが寝返りを打った。そしてうっすらと目を開けた。
「おはよう」
 健二が声をかけるとセリーヌはガバッと飛び起きた。
「また、やっちゃった……」
 まわりを見て、大失敗だとでも言うように頭を押さえている。しかし、今日は悲鳴はあげない。
「寝ぼけるの?」
 健二は聞いたがセリーヌは意味がわからないらしい。健二が翻訳機を持っているのを見ると、それを自分の耳につけた。
「寝ぼけるの?」
 もう一度言ったが、セリーヌは怪訝な顔をして翻訳機を外す。
「これ、日本語になっている」
 彼女は翻訳機をいじっていたが、もう一度、耳に付けた。
 どうやら、この翻訳機は健二用で日本語に翻訳するようになっていたらしい。
「寝ぼけるくせがあるの?」
「そうみたい。こんな事は今までにはなかったんだけど」
 それから、乳房が見えているのに気がついたのか、彼女は控えめに布団を胸の所に充てた。
「今日は逃げないの?」
「それは言わないで」
 セリーヌのはにかんだ顔がかわいい。
「きのうは俺の方が驚いたよ」
「ごめんなさい」
 あの気の強いセリーヌが考えられないような恥ずかしそうな顔をする。
「なぜ、ここに寝てるの?」
「もう言わないで」
 セリーヌは嫌そうに手を振る。
 ふと見ると、ナランダとセシルが二人で部屋の隅に待機している。ロボットは人間が寝ているときも近くに待機しているのだ。しかし、不思議だった。セリーヌが部屋を間違えた時ナランダも一緒にこの部屋に来た訳だ。
「ねえ、なぜ、部屋を間違えた時にナランダが教えてくれないの?」
「ロボットは人間の監視はやらないの。人間が知らずに危険な事をしそうになっている時以外はなにもしないわ」
 セリーヌはあけらかんとしている。
 しかし、ナランダとセシルが並んで立っているとセシルの異様さが目につく。ものすごく派手だ。
「服だけでもなんとかしたら」
 セリーヌがぶっきらぼうに言う。
「セシルの事?」
「あれを連れて、今日宮殿に行けると思っているの?」
「ああ」
 確かにそうだ。セシルを連れて宮殿に行ったら、どんな目で見られるか想像にかたくない。
「セシル」
 健二はセシルを呼んだ。セシルがやってくる。
「なにか、もっとおとなしいものに着替えてくれないか」
「承知しました。それと、そろそろ準備をお願いします。正装ですから着替えに時間がかかります」
 セシルは頭を下げた。
「そうね、起きましょ」
 乳房が透けて見えるのも気にせず、セリーヌはさっさとベットから降りていく。
 それを健二は後ろから見ていた。今日は俺がいてもそれほど嫌じゃないらしい。


 宇宙船の窓からは地球が見えていた。そして、周囲には無数の宇宙船が浮かんでいた。宇宙船ははるか彼方まで列をなして地球の周囲を取り巻いている。ものすごい数だ。やや下を飛んでいる宇宙船がゆっくりと流れるように健二の宇宙船を追い越していく。かなり大きな宇宙船だ。
 これがもうすぐ地球に襲いかかるのだ。卑怯かもしれないが地球にいなくてよかったと思ってしまう。

 セシルが着替えを持ってきた。皇帝陛下の謁見に行くために正装に着替えなければならない。
 セシルはきのう健二のロボットになって以来、まるで影のように健二に付き添っていた。
 セシルは健二の服を脱がし、アマンゴラの民族衣装を着付けていく。
 彼女は無表情で黙々と作業をする。せっかくかわいいロボットにしたのだが、まったく愛想がない。やはりロボットなのだ。人間のようにはいかないのか。
「なあ、少しは笑ったら」
 着替えをしながらセシルに声をかけてみた。
「はっ…」
 セシルは手を止めて健二を見上げる。
「笑顔の方がかわいいと思うよ」
「感情を出していい、とおっしゃっているんですか?」
 不思議な事を聞く。感情をわざと抑えているのか。
「もちろんいいよ、その方がかわいい」
「でも、人間はロボットがなれなれしくする事を嫌うのではありませんか?」
 セシルは真剣な顔で聞く、そんな風に言われているのか。
「ぜんぜんかまわないよ」
 そんな習慣、地球人には無関係だ。
「でも、セリーヌさまは嫌がりませんか?」
「かまわんよ、君は俺のロボットだ。セリーヌには口出しさせない」
 さっき、セシルの服装の事を言われたのが頭に浮かんだ。もうあんな事は言わせない。
「わかりました」
 セシルは急に立ち上がるとにっこり笑っう。じつにかわいい。
「そうでなくちゃ」
「私もこの方が楽しいです。人間と自由におしゃべりが出来るなんて夢のようです」
 セシルは目を輝かして健二を見つめる。今までと全然違う、その表情はまるで人間の様だ。
「その方がいいよ」
 しかし、セシルの変わり様に驚いてしまう。笑った顔がじつにかわいい。
「ロボットは感情を持っているの?」
「感情が必要なロボットは感情を持っています。介護とか育児などをするロボットは人間の気持ちを理解するため人間と同じ感情を持っているんです」
 なるほど、もっともな話しだ。
「で、君は感情を持っているわけね?」
「そうです」
 セシルは頷く。
 しかし、セシルが介護や育児をする用途に作られたとは思えない。
「君は、何のロボット?」
 セシルはちょっと恥ずかしそうに肩をすくめた。
「寂しい人のお相手をするロボットです」
 意味がわかると顔が赤くなった。そうなのか、かなり恥ずかしいロボットを選んでしまったのだ。
「あのう……」
 セシルは言いにくそうにしている。
「私は、そういうお相手をするのでしょうか?」
「いや、とんでもない。知らなかったんだ」
 健二はあわてて否定した。とんでもない誤解だ。
「それで、安心しました、セリーヌさまがいらっしゃるのに、まさかと思ったんです」
「いやいや……」
 そう言いながらも、ふと考えた。セリーヌとは制度上だけの結婚だ。ひょっとしたらセシルのお世話になるかもしれない。
「さあ、着付けをしましょう。遅れちゃいますよ」
 セシルは再び着付けを始めた。
 彼女は夢中になって着付けをしているが、さっきと雰囲気が違う。楽しそうにしているのが表情や仕草から伝わってくる。絶対にこっちの方がいい。
「なぜ、ロボットは感情を出してはいけない事になっているの?」
 聞いてみた。
「それは、人間関係に影響を与えるからです。ロボットに感情があるとロボットも人間関係の一員になって人間関係がややこしくなってしまいます」
 セシルは着付けをしながら答える。
 なるほど一理ある。
 ふと、今朝のセリーヌが寝ぼけて健二の寝室にやってきた事を思い出した。
「セリーヌが寝ぼけても助けてやらないのも、そういう理由からなの?」
「そうです」
「でも、それは、少しやりすぎじゃないかな。寝ぼけていたら注意してやってもいいんじゃない」
「九十九パーセント寝ぼけてあるんだと思いますが、でも、ひょっとして……」
 セシルはチラッと健二を見た。
「健二さま目当てに、忍び込もうとしてあるのかもしれません」
「まさか」
 健二は笑った。いや、しかし、ひょっとして……
「どっちにしろ、ロボットは絶対に人間に影響を与えてはいけないんです。あくまでも影のように人間に従います」
 不意に、セシルは立ち上がっると、ポンと健二をたたく。
「さあ、出来ましたよ。なかなかの男前です。セリーヌさまが惚れ直すこと間違いありません」





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