俺の王妃は侵略者

ラングラン
 ここへ来て数日が過ぎた。
 朝、目を覚ましても今どこにいるのか悩まなくなった。ベットの中で目を開けると窓から宇宙が見えていた。真っ暗な宇宙を背景に無数の星が輝いているのが見える。体を起こすと地球が見えた。真っ青に輝く地球が窓からわずかに見えている。
「おはようございます」
 セシルがやってきた。
「朝の準備をお手伝いします」
 専属のロボットがいると便利だ、何から何までやってくれる。しかも、かわいいし言うことなしだ。健二はベットから這い出ると洗面所に向かった。
「はい、髭剃りです。充電しておきました」
 セシルがうれしそうに髭剃りを差し出す。
「ありがとう」
 健二が髭剃りを始めると、セシルは歯ブラシに歯磨き粉をつけてそれを持って待っている。ものすごい世話好きだ。
「はい」
 歯ブラシをくれる。
「お着替え手伝います」
 顔を洗い終えると、セシルは着替えを持って待っている。
 着替えくらい一人でできる。幼いころを除けばずっと一人でやってきたのだ。
「着替えだけもらっとくよ」
 それは健二がアパートから持ってきた服だった。ちゃんと洗濯してアイロンがかかっている。
「君が洗ってくれたの」
「はい、健二さんが眠っている間に洗っておきました」
「夜中に!」
 夜も眠らずに頑張らなくても、と、思ったが、ロボットは寝る必要があるんだろうか。
「ありがとう。あの、君は眠るの?」
「いえ、眠りません」
 なるほど、でも、洗濯してくれたのはありがたかった。
 健二は着替えを始めた。
 裸になった健二のお腹をセシルが見つめている。
「健二さんはお腹が少しでてますね。この宇宙船にジムがありますから、そこで運動されてはいかがですか」
 セシルは楽しそうにしているが少し彼女がうるさく感じた。ロボットを寡黙にしておこうと思う人がいるのも頷ける。まあ、セシルも話し相手ができてうれしくてたまらないのだろう。
「今日は地球に侵略を通告る日です」
 セシルが今日のスケジュールを教えてくれる。
「ありがとう」
 それはセリーヌから聞いて知っていた。いよいよ地球に宇宙人の侵略を伝え降伏を勧告するのだ。降伏の猶予期間は皇帝の指示で百日と決まっていた。
「地球の国連上空に巨大宇宙船を送り込み侵略を伝えます」
 なるほど、それは知らなかった。
「セリーヌさまは、月に建設する工場の件でノラヌダニさまと打ち合わせがあります」
 なるほど、それも知らなかった。確かに秘書のようなロボットがいると便利だ。
「あのう……」
 セシルが声を小さくした。
「健二さまはノラヌダニさまとの打ち合わせには出席なさらないんですか?」
 そう言われると、少しプライドが痛んだ。健二は国王なのだからこのような会議に出るべきなのかもしれない、セリーヌに無視されていると感じた。しかし、まあ、仕方がない。力関係を考えたら俺など無視されるのが当然だ。セリーヌにとって俺は生きていればいいだけの存在だ。
「ああ、会議には出ない」
 なんとか威厳を保って答えた。
「昼から、セリーヌさまはお二人の結婚式の打ち合わせでアマンゴラに行かれます」
「結婚式?」
 ちょっとあぜんとしてしまった。なんだそれは。
 セシルがかなり言いにくそうにしている。
「この、打ち合わせにはご出席されるんですか?」
 なにも聞いていない。そもそも俺たちは結婚式をするのか。そして、俺たちの結婚式の打ち合わせでも俺は無視されるのか。
「いや、出ない」
 思わず声がうわずってしまった。セシルもどこか申し訳なさそうにうなづいた。
「それと、大使館のサラさまがお会いしたいそうです。書類にサインが必要だそうです」
 やっと俺にも仕事があった。なぜか無性にうれしかった。
「いいよ、いつでも構わない」
「では十時では?」
「いいよ」
 着替えが終わると食堂へ向かった。
 食堂に着くとセリーヌはもう来ていて、健二は彼女の向かいの席にすわった。
 セリーヌの後ろにはかなり離れてナランダが立っている。自分の後ろを見るとセシルがずいぶんと離れた場所に、いつもと似合わない真面目な顔で立っていた。
 セリーヌと食事を始めた。
「今日は、侵略を通告する日よ」
 セリーヌもどこか緊張している。
「戦わずして地球を落とさなくちゃね」
 セリーヌは地球を降伏させるためにいろんな計画を考えていた。まず、地球の主だった人々を宇宙船やアマンゴラに招待するのだ。アマンゴラの圧倒的な科学技術力を見せつけ、戦っても無駄だと悟らせる計画だ。占領後に地球がどうなるかも詳しく説明する。占領されてもそれほどひどい事にならないのなら降伏しやすくなる。なお、地球王は戴冠式が終わってから通告されることになっていた。
 このような計画は本来はノラヌダニの担当だがセリーヌは一生懸命に頑張っていた。
「うまくいくといいな」
 戦争にならずに地球が降伏してくれると、戦死者がでなくてすむ。
「攻撃開始の期日が近づいてきたら、ものすごい数の宇宙船を大都市の上空に展開するの、このまま、降伏しなければあれが襲ってくると思ったら、降伏するわ」
 セリーヌは楽しそうに話すが、地球人の一人としては複雑な思いだった。
「ねえ、宮殿はどこに作る? やっぱり日本」
「そうだな、日本かな」
 セリーヌは楽しそうに話すが、健二はそれほど楽しくはなれない。
「どうしたの、なにか変よ」
「地球が侵略される話は楽しくないよ」
 当たり前だろう、と言うようにボソッと答えた。
「そう……」
 セリーヌは健二の気持ちがわからないのか不満そうだ。
 健二の気分が悪いのはほかにも原因があった。月に建設する工場の打ち合わせは外されても仕方がないが、結婚式の打ち合わせに出してもらえないのはひどすぎないだろうか。
「でも、宮殿を造る話はかまわないでしょ」
 それでも、セリーヌは楽しそうに話しを続けている。
「広大な土地が必要だから今は原野になっている所がいいわ。日本にそんな所あるの?」
「ないと思う」
 健二は乗り気のない返事をした。
「探さなきゃ。地球の首都になる所だから大都市を建設できる広さが必要だわ。どこかにないかな」
「ないよ」
 今の日本にそんな空き地があるはずない。
 健二がそっけない返事をするのでセリーヌがまゆをしかめた。
「どうしたの、変よ」
 健二はため息をついた。セリーヌに健二の気持ちが分からないなら説明するしかない。
「セシルからいろいろ報告を聞いたんだ…… 俺の知らない事がいっぱいあった」
 健二がそう切り出すと、セリーヌはぎくりとしたように息をのんだ。
「ラングランね…… そう、そうよね。自分のロボットを持ったんだから、すべての情報にアクセスできるの忘れたてた……」
 セリーヌはそのまま黙ってしまった。どう、取り繕うかと考えているらしい。しかし、結婚式の打ち合わせをのけ者にした事がバレたからって、ちょっと深刻に考えすぎじゃないだろうか。
 しかし、彼女は手にしていたグラスを置いて真剣な顔で健二を見つめた。
「秘密にするつもりじゃなかったの、ただ全部を一度に説明してもわからないだろう思って順番に説明するつもりだったの。あまりにも複雑な話を一度にしても、あなたは受け入れられないでしょ」
 セリーヌは真剣な顔で説明を始めた。
「決して秘密にするつもりはないわ。こんな重要な話、秘密にできないでしょう。セシルにすべてのアクセス権を与えている事が、私が何も秘密にするつもりがない事のなりよりの証じゃない」
 セリーヌはよほど後ろめたく感じているらしくムキになって説明する。あまりにもセリーヌが真剣なのが少し気になったが、健二はそのままブスッとしていた。
「私は絶対にあなたを騙さない。私はあなたの人質でもあるんだから、もし私があなたを騙したら殺してもいいわ!!」
 セリーヌはきっぱりと言い切った。しかし話が少し極端だ。結婚式の打ち合わせで騙すも殺すもないと思うが。
「わかったよ」
 あまりにセリーヌが深刻な顔をするので、健二はすぐに妥協した。ちょっと不満に感じているだけなのだ。
「よかった。でも、重要な事なのに黙っていてごめんね」
「いいよ」
「でも、心配しなくて大丈夫よ、絶対に負けやしないから」
「負けない?」
 やはり、どこか話がおかしい。
「なんの話をしてるの?」
 健二が聞くとセリーヌがビックリしている。
「ラングランの事よ」
「ラングラン?」
 また、わからない名前が出てきた。
「健二さんが言っているのはラングランの事じゃないの?」
「いや…… 月の工場の打ち合わせと、結婚式の打ち合わせの事」
「結婚式の打ち合わせ?」
 セリーヌが妙な声で聞く。
「俺を打ち合わせに呼んでないだろう」
 セリーヌが心配していたのはもっと重要な事だとは察しがついたが、ともかく説明するしかなかった。
 セリーヌはけたたましく笑い出した。力が抜けたように笑っている。
「私の両親との打ち合わせよ、一緒にくる?」
 セリーヌは面白そうに笑っているが健二はおもしろくない。
「ラングランって何の事さ」
 健二がブスッとして聞くとやっとセリーヌは笑うのをやめた。セリーヌは笑いがこみ上げて来るのを必死でおさえ、ずいぶんと苦労して真面目な顔を作った。
「アマンゴラと同程度の科学技術力を持ったもう一つの文明。やはり五十くらいの星がその勢力圏よ。当然、アマンゴラと対立関係にあって戦争も何度もやっているわ」
 驚きだった。アマンゴラみたいなのがもう一つあるのだ。
「じつはね、そこと、地球をどっちが先に発見したかでもめてるの」
「地球の発見?」
「宇宙のルールでは、居住可能な星を先に発見した方が自分の勢力圏に組み入れることができるわ。だから、どっちが先だったかは重要なことなの」
 どうやら地球の奪い合いが起きているらしい。
「どっちが先なの?」
「ラングランの主張どおりならラングランよ。でも、私たちが地球を発見したときラングランの宇宙船はいなかったわ。先に発見したのならなぜ宇宙船がいなかったの、おかしいじゃない。だから、我々はラングランの主張はおかしいと言っているの」
「で、どうなるの?」
「このままいくと、地球をめぐって戦争になるわね。地球の近くで戦争をするから地球に被害が及ぶかもしれないわ…… 悪くすると地球は灰燼にきすかもしれない」
 ビックリだった。地球が壊滅してしまう。
「それを防ぐ手はないの?」
「私たちが地球を守るわ。絶対にラングランに手出しはさせない」
 セリーヌはきっぱりと言い切った。しかし、それは逆に思えた。そうやって地球の奪い合いをやるから地球が壊滅してしまうかもしれないのだ。
「今は外交交渉をやっているわ。でも、ラングランは強硬なの。だから両国とも大艦隊が出撃準備を終えて待機中よ」
 恐ろしい話だった。地球人がまたく知らない所で地球の奪い合いをやっているなんて、しかも、その奪い合いで地球が壊滅してしまうかもしれないのだ。とんでもなく迷惑な話だ。セリーヌは地球をラングランから守るつもりでいるがセリーヌだって侵略者なのだ。たぶん、地球にとっては侵略者がどちらでも同じことなのかもしれない。
「戦争するなら、地球から離れた所でやって欲しいな」
 宇宙人の態度に腹がたつ。
「地球の取り合いなんだから、地球から離れたら意味がないでしょう」
 セリーヌは当然の事のように言う。
「地球にとっては侵略者がラングランでもかまわないんだから、君たちが手を引いたら」
「それはだめよ、ラングランは直接支配するから地球は完全に支配されてしまう。ラングランに支配された星の人間は悲惨なことになっているんだから」
 セリーヌはとんでもない事だというように言う。しかし、アマンゴラだってセリーヌが直接支配しようとしているのと同じじゃないか。自分の事は棚にあげて人をよく悪く言えたものだ。
「ともかくバカげた戦争だけはやめてくれないか,地球を絶対に巻き込まないでくれ」
「大丈夫よ、絶対に地球を守るわ」
 セリーヌは心底,ラングランから地球を守るつもりらしい。
 ややこしい話が出てきて健二はますます憂鬱になってきた。地球はこれからどうなってしまうのだろう。
「ねえ」
 不意にセリーヌが明るい声を出した。
「結婚式の打ち合わせ、一緒に来る? 今日はあたしの両親にどんな結婚式にするか相談しようと思っているの、お父さんに会ってみる?」
 セリーヌはにっこり笑って健二を見るが、健二はあわてて首を振った。健二から進めた話ではないが、それでもセリーヌのお父さんに会うにはかなりの覚悟が必要だった。





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