俺の王妃は侵略者

側室
 十時に大使館のサラがやってきた。予定通りだった。
「お忙しいところをすみません。大使館設立の書類にサインが必要なものですから」
 サラはそう言いながら部屋に入ってくると、健二の前にすわって書類を机の上に広げた。
「説明します」
 書類は日本語とアマンゴラ語でかかれていて、サラは一枚一枚書類に何が書いてあるかを説明する。そして説明が終わると健二に署名をうながす。彼女はテキパキしていて気持ちがいい。
 サインが終わると手際よく書類をカバンにしまう。
「戴冠式ですが、戴冠式の後は晩餐会があります。晩餐会はアマンゴラの属国の国王のほとんどが出席されます」
 サラが説明してくれる。
 晩餐会なんてあまりうれしくない、堅苦しいばかりだろう。
「晩餐会ではスピーチがあります。原稿はどうしましょう?」
 スピーチ!! スピーチと聞いただけでじんましんが出そうになる。しかし、戴冠式なんだから何か言わなければならないだろう。
「原稿って?」
「私が準備しましょうか?」
 さすが切れる女性だ。原稿を書いてもらってそれを読むだけなら何とかなりそうだ。
「お願いします」
 救いの神、いや、救いの女神だった。
「承知しました」
 サラは何事もなかったように軽く頷く。
 そこへ、セシルがお茶を持ってきた。彼女は丁寧にお茶をサラの前に置いている。しかし、そのセシルをサラはビックリして見つめている。
「陛下のお付きのロボットですか?」
 あまりにサラが驚いているので、健二もセシルを見てみた。そんなに驚くようなロボットか。
「これって、まずくありませんか…… セリーヌさまは何も言われないんですか?」
 やっぱり、『寂しい人』用のロボットはまずかったかもしれない。ここの人は一目みればわかるのだ。
「いや、なにも言わないけど」
「そうですか……」
 サラはなんと言っていいかわからないとでも言うように戸惑っている。
「このロボット、そんなにまずいですか?」
「このロボットを見てセリーヌさまが何も言われないなんて不思議です。普通、夫になる人がこんなロボットを持っていたら嫌がるものです。セリーヌさまは地球王妃になる事しか関心がないんでしょうか」
「たぶん、そうだと思う」
 本当にそう思っていたので思わずそう答えた。
 サラは心配そうにしている。
「立ち入った事をお聞きしますが、陛下とセリーヌさまは……仲がよろしいんでしょうか……」
「仲はいいんだが……」
 セリーヌはやさしく付き合ってくれる。しかし……
「それだけかなあ」
 サラは話を聞きながら納得したようにうなずく。
「政略結婚ではよくあることです。いきなり会って夫婦になるのですから、しかたないことです。……そのような場合は側室をお迎えになるとよろしいかと存じます」
 側室なんてとんでもない… と、思ったが、しかし、側室を本気で考える気分になっていた。
「地球王ともなれば、側室の希望者はいくらでもいます」
 それから、サラは恥ずかしそうに下をむいた。
「もし、よろしかったら…… 私では……」
 サラは小さな声でそう言ったが、顔を真っ赤にして、あわてて書類をカバンに詰め込み始めた。そしてカバンをひっつかむように抱えると。
「手続きがありますので、これで失礼します…」
 彼女は頭を下げると、足早に部屋を出て行った。


 地球への侵略の通告をおこなったので、テレビは臨時ニュースで大騒ぎになっていた。
 出演者たちが口々に全人類が一致団結して戦うべきだと主張している。ニュースキャスターが宇宙人に対し徹底抗戦だと叫んでいた。テレビの画面には国連ビルの上におおいかぶさるように浮かぶ巨大な宇宙船が映っていて、事情がわかっている健二ですら恐怖を感じた。
「地球は降伏しそうですか?」
 健二がテレビを見ているとセシルが声をかけてきた。
「いや、簡単にはいきそうにないな」
「大丈夫です。これだけの力の差があれば戦えるはずありません。降伏しますよ」
 セシルは自信たっぷりに答える。
「いや、テレビがここまで強硬だと簡単には降伏しないな」
「テレビの意見なんて関係ないでしょ、問題は一般の人がどう考えるかです」
 セシルはまともな事を言う。
「テレビで言っている事を自分の考えだと思ってしまう人が多いからテレビの影響は大きいよ」
「まさか、そんな事はないでしょう」
 セシルは健二の意見を軽くあしらう。たぶん、セシルの考えがアマンゴラの人の平均的な考え方なんだろう。だから、地球人がそれほどおろかだとは思っていないのだ。
 テレビでは戦争の専門家だという人が宇宙人との戦争の方法を説明していて、核ミサイルで宇宙船を破壊すればいいと説明している。
 健二は首を傾げた。
「この宇宙船は核ミサイルで被害を受けるの?」
「シールドがありますから大丈夫です。かすり傷さえつきません」
 セシルが説明してくれる。
 テレビの専門家は宇宙人の故郷の星まで距離があるのが宇宙人の最大の弱点だと説明している。破壊された宇宙船の補充に時間がかかるからだ。
 健二は窓から外を見てみた。ものすごい数の宇宙船が帯状に地球のまわりをとりまいている。はるか遠くまで宇宙船が浮かんでいて、地平線の先にある宇宙船は星屑のようにキラキラ輝いて見える。まるで、土星の輪のようだ。これだけの宇宙船がすでに地球に来ているのだ。地上からこの宇宙船が見えないはずはないから、この事をこの専門家は知らないはずがない。補充などの必要がないほどの戦力がすでに地球に来ているのに、こんな話で人々を戦争へと引きずり込もうとしている。人類のプライドをかけて全滅しても戦うと言うのならそれも意味があるが、その場合はその方針を国民に知らせるべきだ。
「補充など簡単にできます。クラック装置の超大型が太陽系内に来ていて、宇宙船をまるごとクラック装置で送り込めるんです」
 セシルが説明してくれる。もはや、どうあがいても宇宙人に勝てるはずがない。故郷の星から遠いどころか、彼らはわずか数歩で故郷の星に行けるのだ。
 テレビでは宇宙人との戦争の方法で盛り上がっていて、核兵器や戦闘機などで充分に勝算があるような説明になっている。

「あのう……」
 急にセシルが言いにくそうに声をかけてきた。
「私が健二さまの専属ロボットでは、まずいんじゃないでしょうか?」
 セシルは心配そうに聞く。
「なぜ?」
「つまり、私は、ちょっと特殊な用途に作られたロボットですから、人目が悪いです」
 それは健二も感じていた。最初はまったくそんな事は気にしなかったが、会う人ごとにセシルを見るとビックリしているのが分かる。セシルのようなロボットを専属にするのは、どうやら、かなり非常識は事らしい。
「もし、君をほかのロボットと代えたら君はどうなるの?」
「私は倉庫で待機です」
 セシルは明るく答える。しかし、待機って、つまりじっと待つだけの生活になる。
「それは辛くないの?」
「辛いですが、仕方ないです」
 セシルは首を傾げる。
 セシルには人間と同じ感情があるのだ。それを品物のように扱うのは間違っている。
「アマンゴラでは感情のあるロボットをどう扱っているの?」
「どうって、普通のロボットと同じです。感情があるからって特別扱いはしません」
「でも、それってひどい事じゃない。だって、感情があるんだから辛いだろう」
「そう言っていただけると嬉しいです。人間と同じなのにって時々思います。でも、私はロボット、品物なんです」
 セシルは辛そうに言う。かわいそうだった。感情があるロボットはもっと考えてあげないといけない。
「わかった、君を代えたりしないよ、このままでいい」
「いえ、私の事は心配されなくて大丈夫です。やはり専属は代えるべきだと思います」
 セシルはいじらしい事を言う。
「そっちこそ心配しなくていい。俺は人の思惑は気にしない方なんだ。他人が何と思うと関係ない。やましい所がなければ何を恥ずかしがる必要がある。堂々としていればいいんだ。君はこれからも俺の専属ロボットでいてくれ」
 それでも、セシルはどうしたものかと迷っている。健二の事を思ってくれているのだ。
 健二はセシルの肩をポンとたたいた。
「頼む、俺に専属でいてくれ」
 セシルが健二を見上げて嬉しそうにわらった。
「はい」
「心配するな。俺はいつもこんな人生なんだ。バカにされることもあるが知ったことか」
「はい、一生懸命お仕えします」
 セシルが頭を下げた。いじらしかった。
 テレビでは専門家が宇宙人をどう殲滅するかの説明をしていて、その背景に国連ビルの上空に浮かぶ宇宙船が不気味に映っていた。


 地球に対するいろいろな宣伝活動が始まっていた。要人やマスコミの招待、テレビ放送などだ。全部セリーヌが計画したことらしく彼女は毎日忙しく働いていた。
 戴冠式の日も近づいてきて大使館のサラも忙しそうにしている。
 その日は昼からサラと打ち合わせをしていた。
「採用予定の大使館の職員です」
 サラがリストを見せた。ズラリと三十人くらいの名前が並んでいる。
「採用してよろしいでしょうか?」
 頭にセリーヌの顔が浮かんだ。セリーヌに相談せずに決済していいものだろうか。セリーヌに相談せずに自分で決めたい誘惑にかられたが、身の程を知った方がいい。
「セリーヌに相談してみるよ」
 健二はそのままリストを受け取った。
「地球人の大使館員が必要です。どなたか心当たりはありませんか?」
 サラが聞く。一瞬、胸がキュンとなった。俺が選んだ人を職員にできるのだ。ちょっと偉くなった気分だ。しかし、心当たりと言われても会社の同僚か取引先の担当者くらいしか知らない。それに地球を裏切ることになるんだから簡単には承知しないだろう。
「いや…… 募集したらどうかな」
「わかりました」
 サラは書類に何か書き込んでいる。
「側室はどうされますか?」
 サラは無表情で聞く。
「側室?」
 また側室の話だ。側室の話はどぎまぎしてしまう。
「側室をもたれるおつもりならアマンゴラへの届出が必要です」
「いや、いい」
 側室なんて考えるだげでも頭がカッとなってしまう。
「でも、諸国の国王はほとんど側室を持っておられます。側室が一人もいないのは、いかがなものかと思いますが」
 一瞬、心が動きかかったが、再びセリーヌの顔が浮かんだ。側室が欲しいなんてセリーヌに言ったらどんな目にあわされるかわかったものではない。
「いや、いい」
 サラは顔を上げて健二を見た。
「なぜです?」
「それは、やっぱり、セリーヌかな。セリーヌが黙っていないだろう」
「それは大丈夫だと思います。セリーヌさまはアマンゴラで育ってあるのですから、国王が側室を持つことは当然のこととお考えだと思います」
 セリーヌが側室を問題にしない、ありえないと思った。あの気の強いセリーヌが黙っているはずはない。しかし、それはあくまでも地球の常識での話だ。セリーヌはアマンゴラのしかも貴族の育ちだ。政略結婚をなんとも思っていないのだから側室も当然と思っているかもしれない。それに、セリーヌだって本当の夫婦になるつもりはないのだから俺が側室をもっても引け目を感じる必要などない。
「とりあえずお一人、申請しておいたらいかがでしょう?」
 サラは何気なく聞く。
「お一人?」
「従順でよく尽くすいい娘がいます」
「君のこと?」
 サラは顔を赤くして、かすかにうなずいた。
「だめですか?」
 サラがすがるような目で健二をみている。
「でも、なぜ?」
「なぜって…… やはり、野心です。わずかばかりの領地をいただけたらそれで満足です。それに、もし、セリーヌさまより先に子供を産んだら、その子が次期国王になるかもしれません。セリーヌさまとの結婚式は半年先です。その間、もし…… そしたら、私の方が先に妊娠するかもしれません」
 サラは顔を真っ赤にしている。
 健二は驚いてサラを見つめていた。なるほど、側室にはそんな野心があるのだ、子供を次期国王にする。考えてもいない事だった。
「だめですか?」
 サラは必死で健二を見つめている。
 健二は迷った。セリーヌに相談すべきだとも思った。しかし、セリーヌは絶対に承諾しないと感じていた。あの、性格なら側室を受け入れるはずがない。じゃあ、あきらめるのか、全部セリーヌの言いなりで、全部セリーヌの意向どおりにするのか。自分では何も決めないのか。どうせ、セリーヌとの結婚は書類上だけで本当の夫婦になるわけじゃない。
 健二はだまってうなずいた。
「ありがとうございます」
 サラは飛び上がるようにして喜ぶ、そのうれしそうな顔が可愛かった。
「わたし美人ではありませんが、そのかわり陛下に心からお仕えします。陛下の心の支えになりたいんです。誠心誠意お仕えいたします」
 サラはうれしそうに自分の忠誠心を懸命に訴える。しかし、少しむなしかった。サラは健二に魅力を感じているのではなく権力が目当てなのだ。
「私のような平民が領地をもつことなどできません。でも、領地を持って、そこにお城を建てて住むことが私の夢なんです。狭いところで結構ですので領地をいただけたら幸せです」
 サラの顔はほてっていて、笑顔がかわいい。
 ふと、サラはカバンの中に手を入れた。
「あの、準備してきたものがあります」
 そう言うと、一枚の書類を机の上に置いた。
「側室の申請書です。私の名前はもう書いてあります。よろしかったら署名をお願いします」
 サラは頭を下げたが、手回しのいいことだ。サラは周到に計画をたてていたのだ。ちょっと興ざめしてしまう。
 少し迷ったが、健二は署名した。
「ありがとうございます」
 サラはしなを作ったような仕草で書類を片付けるが、勝利感がにじみ出ていた。サラは側室の口約束だけでなく署名が入った申請書が欲しかったのだ。それを手にいれた。もう大丈夫だと思っているようだった。
「戴冠式のスピーチの原稿はほとんど出来上がっています。あしたお持ちします」
 サラは書類をカバンにしまうとじっとしている。今日の打ち合わせはこれで終わりと言う意味だ。健二も国王の振る舞いにしだいに慣れてきていた。このような場合、健二が先に席を立ち、そのままゆうゆうと部屋を出て行けばいいのだ。
「ご苦労だった」
 健二はそう言うと、おもむろに立ち上がりサラを見向きもせずに応接室を出た。自分の部屋に向って歩いていたが後ろで気配がする。振り向くとサラがついてきていた。
「君…… どうするつもり?」
「どうするって…… わたし」
 サラもドギマギしている。
「わたし…… どうすれば……」
 健二は、ただ書類に署名しただけと思っていたが、もう、サラとの関係は男と女の関係になっていたのに彼はまだピンときていなかった。
「失礼しました」
 気を回しすぎたと感じたサラは顔を真っ赤にすると、さっと体を引いた。そして廊下を走って逃げて行く。
「サラ、まって」
 鈍感な健二も、やっとサラの気持ちを理解したが、もう遅かった。






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