俺の王妃は侵略者

講和
 次の日の朝、目がさめた。もう宇宙船の中にいることはすぐに思い出した。起きようとして動いたら手がなにか柔らかいものに当たる。横を見るとセリーヌが寝ていた。一瞬、また寝ぼけたのかと思ったが、昨夜の事を思い出した。昨夜このまま寝たのだ。
 眠っているセリーヌは本当にかわいい。天使のようだ。肌がはだけて乳房が見えている。しかも、今日はもう触ってもいいのだ。健二はセリーヌをぎゅっと抱きしめた。
 セリーヌは目を覚まして、一瞬、驚いたように体を引いたが、すぐに様子がわかったのか健二を見てうれしそうにしている。
「おはよう」
 耳元で声をかけた。
「xxxxxxxx」
 セリーヌがなにか言う、多分、挨拶だ。
「好きだよ」
「xxxxxxx」
 また、なにか言うが意味などわからなくてもよかった。
 セリーヌは起き上がると翻訳機を付けた。
「言葉を覚えなくちゃね。言葉はどっちにする?」
 セリーヌが聞く。
「日本に住むなら日本語かな」
「アマンゴラ語を覚えて、宇宙の共通語よ」
 セリーヌがピシャリと言う。当然でしょ、といった感じだ。だったらどっちにするかなんて聞くなよ。
 起き上がろうとしたら、セシルとナランダが何か言いたそうに二人の近くにやって来た。
「お取り込み中のところ申し訳ありませんが、大変な事が起きています」
 セシルは緊張している。
「どうしたの?」
「先ほど、ラングランとの講和が成立しました。緊急ニュースとして全宇宙に情報が流れています」
「ラングランと!」
 セリーヌがビックリしている。
 ラングランといえば地球を取り合いしているもう一つの強国だ。講和が成立したということは戦争が回避されるのか。
「どんな講和?」
「両国とも地球から手を引くことになりました。つまり、どちらも地球を勢力圏に加えません。地球は中立になります」
 地球が中立!! 驚きだった。ひょっとして戦争がなくなるのか。
「侵略はどうなるの?」
「おそらく地球への侵略は中止になります。地球は現状のままです」
「まさか……」
 セリーヌが険しい顔をしている。
「その情報は確かなの?」
「アマンゴラ外務省の情報です。信頼性は高いです」
 セシルが答えるとナランダも同意するようにうなずいている。
 セリーヌは下を向いて必死で何かを考えている。
 地球への侵略がなくなれば地球王国もなくなる。セリーヌの領地もすべてがなくなってしまう。彼女にとっては大変なことだ。
「ナランダ。セラツーア書記官に面会を申し込んで」
 セリーヌはいても立ってもたまらない様子でベットから飛び降りた。
「承知しました」
 ナランダがじっとして何かをしている、ネットワークを使って先方のロボットと面会の連絡を取っているのだ。
「もっと詳しい話を聞いてくる。昼には戻るから」
「なんとか書記官って誰?」
「外務省の人、親しいの」
 セリーヌは説明もそこそこに駆け出すとそのまま部屋を出て行ってしまった。ナランダがその後を追いかけていく。
 さあ、大変なことになった。セリーヌには悪いが、地球が中立という事はすべての計画が変わってしまうのだ。地球は侵略されない。健二は密かな期待が湧き上がってくるのを感じた。この話が消えてしまうかもしれない。
「セシル、地球王国はどうなる」
「地球王国の話は全部無くなると思います。健二さまの地球王の話しも、セリーヌさまの地球王妃の話しも全部無くなります」
「じゃあ、俺は地球に帰れるのか?」
「そうなります」
 その場に崩れ落ちそうだった。地球の裏切り者にならずにすむのだ。地球は侵略されない、元の生活に戻れる。うれしくてうれしくて思わず笑みが浮かんでしまう。
「健二さまはうれしいんですか?」
 セシルが聞く。
「もちろん、元に戻れるんだ」
「でも、地球の王になれませんよ」
「かまわないよ」
 そんものになったら、裏切り者として地球の歴史に永遠に残ることになる。
「セリーヌさまの事はどうなさるおつもりですか?」
「セリーヌ」
 そこまで考えていなかった。当然、政略結婚の話しも無くなる。つまりセリーヌとは別れなければならなくなる。
 そう思うと急に寂しくなった。セリーヌとは別れたくない。気が強くて結婚したら絶対に鬼嫁になると思うが、それでもセリーヌ好きだった。


 昼前にセリーヌは帰ってきたが、沈痛な顔をして座り込んでいる。話しかけにくい雰囲気だった。それでも少し落ち着いたようだったので健二はセリーヌの横に座った。
「どうだった?」
 セリーヌは顔だけ上げて健二を見た。
「地球は中立って方向で行くみたい。確かにラングランとの戦争を避けるにはこれしかないと思う」
 セリーヌはガックリしている。せっかくここまで頑張ってきたのに、それが全部無駄になってしまうのだ。夢が敗れて地球を領地にすることができなくなってしまう。
「せっかく、ここまで頑張ったのにな……」
 慰めの言葉も思いつかない。
 セリーヌは返事せず、じっと床の一点を見つめている。
「なにか、別の動きはないの?」
 励まそうと思って聞いてみたが、セリーヌは黙って首を振る。
「そうか……」
 あの気の強いセリーヌがここまで落ち込むとは、よほどショックなのだ。
「くやしいよな、地球をいい国にできると思って… 夢がいっぱいだったのにな……」
 健二としては内心は嬉しいのだがセリーヌの手前残念そうなふりをしていた。
「ごめんね」
 ふいにセリーヌが顔を上げて、健二にあやまった。
「なにが?」
「地球の王になれなくなったね」
 セリーヌがやさしくそう言ってくれる。セリーヌは健二の事を心配してくれているのだ。
「むしろホッとしてる方だよ。これで元に生活に戻れる」
 セリーヌの事を思ってやや控えめに本心を言った。
「会社、辞めたけど大丈夫なの?」
「あの係長に頼み込んでみるよ、なんとかなるだろう」
「あたしがひどい事を言ったから怒ってるかもね」
「大丈夫だよ、結構いい人なんだ」
「……」
 話はそこで止まってしまった。セリーヌはまた考え込んでしまった。そう簡単には現実を受け入れられないようだ。
 健二もこれでセリーヌと分かれてしまうのかと思うと寂しかった。といって、セリーヌが健二と結婚してくれるなど思いもよらなかった。地球の領地がないのにセリーヌが健二ごときを相手にするはずがない。きのう、セリーヌは健二を好きだと言った。しかし、あれは地球の領地がある上での話だ。汚らしいアパートに住む健二を好きになるはずがない。
 また、セリーヌが顔を上げた。
「私を、どうするつもり?」
 ビックリするような事を聞く。まだ、夫婦になる可能性が残っているのか?
「どうするって?」
「殺すのかって、こと」
 殺す…… なぜ、セリーヌを。
「初めの約束を覚えている? 私はアマンゴラがあなたを裏切った時の人質でもあるの。今回、アマンゴラが約束を破ったのだから、あなたは私を殺してもいいのよ」
 驚きだった。そう言えば確かにノラヌダニがそんな事を言っていた。
「まさか、殺したりしないよ」
「じゃあ、アマンゴラに送り返すの?」
 送り返す? しばらくその意味を考えてしまった。セリーヌは人質なのだ。だから、セリーヌをこのまま人質にしておいてもいいのか? もし、そうなら、このままずっと彼女を捕まえておきたい。でも、そんな事がうまくいくはずがない。本人の意志に反して監禁しておくなんて犯罪だ。
「ああ、そうだね。送り返すことになるな」
 セリーヌはしばらく黙っていた。じっと健二をみていたが、
「ありがとう」
 そう言って頭を下げた。
 たぶん、婚約解消のお礼を言ったのだと思った。
 彼女はしばらくぼんやりと窓の外を見ていた。窓の外はたくさんの宇宙船が浮かんでいるのが見えている。
「午後にも、地球に侵略の中止を通告すると言っていたわ。それで、ここの宇宙船は全部引き上げることになるわね」
「地球は大喜びだろうね」
「でも、地球は文明から取り残されることになるわ」
 セリーヌの最後の皮肉にも聞こえた。
「この宇宙船も行ってしまうの?」
「ええ……」
 セリーヌは寂しそうに下を向いている。それからゆっくりと健二を見た。
「健二さんの荷物をアパートに戻さなくちゃね」
「ああ」
 いよいよ、分かれなければならないのだ。寂しかった。






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