俺の王妃は侵略者

離れていく宇宙船
 セリーヌは後始末がいろいろあるようで、ばたばた動き回っていた。健二は自分の部屋でじっと窓の外をみていた。
 こんな景色もこれが見納めだ。宇宙なんて元の生活にもどったら行けるような所じゃない。
「元の生活に戻れて、よかったですね」
 セシルが声をかけてくれた。
「ああ」
 確かによかったのだが、むしろ無性に寂しい。
「うれしくないんですか?」
「うれしいよ」
 つまらなそうに答えた。
「セリーヌさまですか?」
 セシルは聞く。
 健二はだまってうなずいた。やはりセリーヌと分かれるのが辛い。
「なぜ、結婚を申し込まないんですか?」
 セシルはじつにつまらない事を聞く。
 健二は黙ってじろりとセシルを見上げた。やはりロボットだ人間の心がわからないのか。
「結婚すればいいと思いますが」
 健二が返事をしなかったので、セシルはもう一度聞いた。
「あのな、セリーヌが俺なんかと結婚してくれるわけないだろう」
「でも、きのうはあれほどはっきりと好きだとおっしゃいましたよ」
 ロボットは常に人間の近くに待機しているから人間の会話を聞いているのだ。
「あれは地球という領地付の俺の事を言ったんだ」
 当然だと思った。領地がなくなった俺のどこがよくて結婚なんかする。
「そういうふうには聞こえませんでした。領地とは無関係だと思います」
 次第にセシルがうっとうしくなってきた。確かにセシルは人間に干渉しすぎる。
「もういい、だまってろ」
「最初からあきらめるのはバカだと申し上げているんです」
 セシルは命令を聞かない。ロボットってそうなっているのか。
「それは、物事をちゃんと考えているからだ。セリーヌがあんなアパートに住めるわけがない。最初に会った時に、あそこに住むなら死んでしまうと言ったんだぞ」
 しかし、セシルはもう反論しなかった。だまってじっと窓の外を見ている。
「宇宙船が引き上げていきますね」
 セシルがしんみりと言う。健二も外を見てみた。地球の周囲を帯状に無数の宇宙船が取り巻いているが、その一部が軌道から外れ始めた。帯が水にでも解けていくように徐々に広がっていく。
「賠償金は請求されないんですか?」
 セシルが聞く。
「賠償金?」
「アマンゴラは約束を破ったのですから、賠償金を請求してもいいと思うんですが」
 なるほど、そんな事が可能なのか。しかし、賠償金を請求するのは少し気が引けた。健二もこの計画が取り消しになって助かったのだ。健二だけではない地球全体が侵略から免れたのだ。だから感謝こそすれ賠償金を取るような話しじゃない。
「まあ、賠償金までは必要ないだろう」
「欲がないんですね」
 セシルがしんみりと言う。
「でも、その方がいいことがありますよ」
 宇宙船が一斉に散らばり始めた。星屑をばらまいたように一面に広がって行く。うっとりするほど綺麗だ。宇宙船は小さな光の点になって地球から離れていく。やがて宇宙に広がる星と区別がつかなくなった。後には、この宇宙船だけが残っていた。


 次の日。宇宙船は最初の日と同じように健二のアパートに横付けされていた。
 通路がベランダにつながっていて、ロボットが荷物を健二のアパートに運んでくれた。
 アパートの部屋はなつかしい匂いがする。すべてが元のように収められて、時間が逆戻りしたようだ。
 セリーヌが通路の上に立っていて、ベランダにいる健二をやさし顔で見ている。これで彼女の顔を見ることも、もうないだろう。
 最後までセシルは健二の横にいたが、彼女は軽く頭を下げた。
「私はこれで……」
「ありがとう」
 セシルはロボットというより友達だった。
 セシルはベランダの手すりをよじ登って通路に乗った。
「後悔しませんね」
 手すりを登る時、小さな声でセシルが言った。
 セリーヌが小さく手を振る。
 通路がベランダから離れ始めた。これで、行ってしまう。でも、言わなくていいのか、ここで言わなかったらもうチャンスはない、一生後悔する。年を取っても、今、この瞬間を何度も思い出すだろう。
「まって!!」
 健二は叫んだ。
 通路が離れていく。健二は手すりによじ登ると通路に向って夢中で飛んだ。
 何とか通路に飛び移ることができた。
 セリーヌが何事かとビックリしている。
「セリーヌ……」
 セリーヌの表情が読めない、不思議な表情だった。
「セリーヌ、俺と結婚してくれないか? もちろんこんな所に住めないことはわかっている。必死で働いてもっといい所に住む」
「でも、わたしでいいんですか?」
 セリーヌが聞く。
「もちろん」
「わたしは気が強いし、あまりいい奥さんにはなれないと思いますよ」
「かまわないよ、君が好きなんだ」
 健二は必死だった。
 セリーヌの顔に笑顔が浮かんだ。うれしそうに健二を見ている。そして、健二の肩に手を回すとキスをしてくれた。
「もう、申し込んでくれないのだと思っていました。わたしの事を好きだと思っていたのはわたしの思い上がりで、私のことは嫌いなんだと」
「セリーヌ、好きだ」
 健二はセリーヌを抱きしめた。
 セリーヌも健二を抱きしめてくれる。二人はずっと抱き合っていた。
「セリーヌ。絶対にいい所に引っ越すから、それまではここで我慢してくれ」
 健二はアパートをちらりと見た。
「大丈夫よ。わたしが皇帝に賠償金を要求するわ。それに、この宇宙船ももらっとくからこれに住めばいいわ」
 セリーヌがにっこり笑う。
 セシルが嬉しそうにそんな二人を見ていた。






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