にせ者王女の政略結婚

バレてしまった
 エメルダはランダスの後ろについて歩いていた。
 どう考えてもにせ者だという事はバレてると思えるのだが、なぜランダスがそれを追求しないのかがわからない。彼はにせ者だとわかった上で私と結婚するつもりなのだろうか。まさかそんなバカな事があるわけがない。いやしくもアマルダ国の皇太子、次期国王になる人がにせ者の女なんかと結婚するわけがない。たぶん、彼が自分で言っている通り、同盟を結ぶためにあえてこの件を問題にしないだけのつもりかもしれない。だとしたら、とりあえず今すぐに殺される事はなさそうだ。
 宮殿はすごい所だった。
 エメルダはニレタリアの宮殿では表に出ることは許されず、ずっと一室に監禁されての生活だった。そこで多少の礼儀作法を教えられたがそれも二週間程度で、その後あわただしく宇宙船に乗せられてここに送り込まれたのだ。だから宮殿なるものを見るのは始めてだった。
 壁一面の施された装飾はすばらしく美しく、天井は高くてここにも豪華な絵が描いてある。豪華で巨大なシャンデリアがたくさん吊るされていて圧倒される。エメルダはポカンとそんな宮殿に見とれながら歩いていた。
「ここだ」
 ランダスが立ち止まった。
「ここ?」
 ここが何なのかわからない。ともかく豪華な広い部屋でメイドロボットが並んで立っている。
「だから、ここが君の部屋だ」
「ここが……」
 驚きだった。部屋というより広間のような所で周囲に部屋がいくつあるのかわからない。
 そんなエメルダを無視してランダスはどんどん歩いて奥に入っていく。エメルダもあとに続いたが、こんなに歩いているのに私の部屋の端につかない。どれだけ広い部屋なんだ。本当に自分の部屋の中で迷子になりそうだ。途中、大きな窓があって宮殿の綺麗な庭が見えている、さらに庭の向こうには湖が見えていた。
「ここだ」
 再びランダスが立ち止まった。そこは寝室だった。大きなベットが置いてある。
「この扉の向こうが俺の部屋だ」
 ランダスは寝室の奥側の壁にあった扉を開けて見せてくれた。
「つまり、俺たちは廊下に出なくても行き来できるようになっている」
 エメルダはちょっとギョッとしてしまった。つまりこの扉からこの男が私の寝室に自由に入って来る事が出来るという事だ。エメルダは困惑の表情を必死で隠そうとしていたが、ふとランダスを見上げると彼はエメルダを見ておもしろそうに笑っている。
「心配しなくてもいい。この扉は両方から鍵がかけられるようになっている、だから嫌なら鍵をかけとけばいい。ただ、俺の方は鍵はかけない、入って来たければいつでもかまわん」
 ランダスはそのまま自分の部屋に入って行く。エメルダも興味を引かれて扉から彼の部屋を覗いて見た。そこも寝室で壁の色がエメルダの部屋より暗い色調になっていた。
「ここにずっと住んでいらっしゃるんですか?」
 エメルダは思わず尋ねてしまった。しかも、普通に声が出た。
「いや、この部屋に引っ越して来たのは数日前だ」
 ランダスが説明してくれる。
「だから、何がどこにあるのかさっぱりわからん」
「広すぎるんですよ」
 今度も普通に喋ることが出来た。ただ、これはラルリア王女の真似なのかそれとも地のままなのか自分でもわからなかった。
「ここは、今度の結婚のために改装したんだ。俺が設計したんだが、もし気に入らなければ別の部屋を準備してもいい」
 ランダスが始めて不安そうな顔を見せた。
「いえ、もちろん、この部屋で大丈夫です。とても素敵なお部屋だと思います」
 もちろん、こんなすごい部屋が気に入らないなんて有り得ない。もし何か困る事があるとすれば自分の部屋の中で道に迷って遭難する危険があるくらいのものだ。
「夫婦で同じ寝室にすべきかとも思ったんだが、俺の都合で別々にさせてもらった。それでいいか?」
「ええ、もちろん、それで結構です」
 もちろんエメルダにとってもその方が都合が良かったが、しかし、ランダスの言い方は本当に結婚するかのような口ぶりだ。でも、これは私に言っているのではなくてラルリア王女に言っているのだ。彼がこの部屋を設計した時には今ここに立っているのはラルリア王女のはずだったのだ。
「それと侍女を選任しておいた。君の国からは誰も連れてこれないから侍女がいないと困ると思ってな。まあ父上が選んだんだが、しっかりした人だから安心して任せていい。秘密を話しても大丈夫だ」
「はい……」
 王女なのだから侍女がつくのは当然と言えば当然なのだが、この私に侍女がつくのだ、わくわくしてしまう。
「ブリジット」
 ランダスが私の後ろに向かって呼びかける。誰かが後ろにいるのかと思って振り向いてみたが誰もいない。
「ブリジット」
 もう一度呼びかけると、ランダスはこちらの寝室に戻って来た。そして寝室から出て行く。エメルダもその後に続いた。
「はい、お呼びですか?」
 ちょうど一人の女性があわててやってくる所だった。髪をきちんと束ねた神経質そうな人だ。エメルダがニレタリアで影武者の仕事をしていた時にエメルダに命令していた人と似ている。ともかく怖い人だった。
「どこに行っていた!!」
 ランダスはその女性を怒鳴りつける。
「君は常に主人のそばについていなければならん」
「はい… ですが…」
 そう言いかけて彼女は口をつぐんだ。
「いえ…… 申し訳ありませんでした」
 彼女は静かに頭を下げる。
 こうなるとランダスの方が困った顔をしている。エメルダの方をチラッと見てから背筋を伸ばした。
「何をしてたんだ?」
「いえ… ただ… 私といたしましては、お二人が寝室におられたので遠慮した方がいいと思いまして……」
 ランダスが慌てたように咳払いをした。
「それは気の回しすぎだ、そのような事をするはずがない」
「はい、以後、気をつけます」
 再びその女性は頭をさげた。ランダスももう一度咳払いをするとエメルダを見た。
「君の侍女のブリジットだ。極めて優秀な方だ」
「ブリジットです。よろしくお願いします」
 ブリジットは深々と頭を下げる。
 しかし、ここでエメルダは困ってしまった。ブリジットは目下になるから威張った雰囲気で何か言わなければならないのだが、こういう時のトレーニングを何も受けていない。
 エメルダも咳払いをした。
「よろしくね」
 なんとか威張った雰囲気を出したが、ランダスがにやにやしながらエメルダを見つめている。
 さらにブリジットの後ろに五人ほど女性が並んだ。
「それと、侍女付きだ」
 ランダスが簡単に紹介する。どうやらこの六人が私の世話役になるらしい。
「さて」
 ランダスが踵で床を鳴らした。
「五時から君の歓迎会がある。それまでに風呂に入って着替えておくように」
「はい…」
「では」
 そう言うとランダスはあっさりと帰ろうとする。
「いえ、あの……」
 エメルダはあわててランダスを引き止めた。まだ、私はどうすればいいのかランダスから聞いていない。ランダスは私がにせ者だとわかった上で問題にしないつもりだという事はわかったが、では私はどう振る舞えばいいのだ。もうにせ者だとバレているのだから本物のように振る舞うわけにもいかない。
「なんだ?」
 ランダスが驚いている。
「あの、つまり……」
 エメルダは侍女達を見た。これから私がどう振る舞えばいいのかをランダスに尋ねるわけだが、それを彼女達の前で尋ねるわけにもいかない。ここで本来だったら彼女達に席を外すように指示すればいいだけなのだがエメルダには人に命令するなんて事は思いつかなかった。
「あの、こちらへ…」
 エメルダはランダスを寝室へ引っ張って行く、そして無理やり寝室に押し込むと後ろ手に扉を閉めた。
「なんのつもりだ」
 ランダスが怖い顔をしている。
「あの、つまり… つまり、私はどうすればいいんですか?」
 私はにせ者なんだから、今後どう振る舞えばいいのか教えてもらわないと困る。
「なんの話だ?」
 ランダスは意味がわからんとでも言うように眉を上げた。
「なんのって、だから、その、ご存知なんでしょ、つまり、私がにせ者だって事……」
「にせ者!!」
 ランダスは驚いたような声を上げたが、どう見てもわざとやっているようにしか見えなかった。
「はっきり言っておくが、もし君がラルリア王女ではない、などと言う事が起きたら、とんでもない事になるぞ、我が国の国民は激怒し必ずや戦争になる。そして両国とも滅んでしまう。だから君がラルリア王女ではないなどと言う事は起きてはいかんのだ。わかったか」
「はい……」
 エメルダは意味が分からないままランダスを見上げた。
「いいな」
 もう一度念を押すとランダスは寝室から出て行こうとする。
「あの、だから、私はどうすれば……」
 エメルダは必死の思いでランダスに取りすがった。こんな抽象的な説明ではどうすればいいのか分からない。ランダスは足を止めるとそんなエメルダをやさしく見つめた。
「つまり、君はラルリア王女だ」
「でも、でも、でも、私はにせ者です」
 とうとうエメルダははっきり言ってしまった。そんなエメルダをランダスはじっと見つめている。
「にせ者では困るのだ」
「では、本物のふりをしろと」
「そうだ」
「しかし、でも、この事はどこまで秘密なんですか? つまり、国王陛下や王妃さまには打ち明けていいのですか?」
「俺にも秘密にしろ!」
 ランダスの声は鋭かった。エメルダは思わず一歩下がってしまった。つまり、完全にラルリア王女にならないといけないと言うことだ。たぶん、彼と二人きりの時でさえ。
「そのつもりで来たんだろう」
「殺すと脅されたんです」
 こんな仕事を進んで引き受けたんじゃない事を説明しておいきたかった。
「当然、そうだろうな。しかし、もう後戻りはできん、やるしかない」
「はい……」
 エメルダは必死の思いで答えた。死にたくなかったらやるしかないのだ。
 不安そうな顔をしているエメルダをランダスはじっと見つめていたが、不意に彼女を引き寄せると両手でしっかりと彼女を支えてくれた。
「心配するな、俺がついている」
「はい…」
 驚きだった。ランダスはここまで味方なのだ。彼が味方だと思うとエメルダはものすごく安心できた。彼にぴったりとついていればいい、彼の言う通りにしていればいいのだ。
「では、いくぞ」
 ランダスは寝室の扉を開けると出て行く、エメルダもその後に続いた。
 寝室の外ではブリジットが神妙な顔をして立っていた。
「言っとくが」
 ランダスが怖い声を出した。
「俺たちは君が想像しているような事をしていたわけではない」
「承知しています」
 ブリジットが軽く頭を下げた。





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