にせ者王女の政略結婚

結納の品
 歓迎会は終わって、ランダスと一緒に自分の部屋に帰ってきた。部屋に着くとブリジットがさっと扉を開けてくれる。
「今日は疲れただろう、ゆっくりお休み」
 そう言うとランダスは立ち去ろうとする。ずいぶんとランダスと親しくなって、なんとなくランダスと一緒に部屋の中まで入ると思っていたエメルダはちょっと慌てた。
「どちらへ?」
「どちらって、俺の部屋だ」
「ああ……」
「向こうに見える扉が俺の部屋だ」
 ランダスは廊下の向こうを指差す。しかし、はるか向こうまで廊下が続いているがそれらしき扉は見えない。
「どこです?」
「あそこだ」
 ランダスがもう一度指差すが、どれだかわからない。
「俺の部屋に来たければ、中から来れる」
「いえ…」
 エメルダは慌てた、そういうつもりで聞いた訳じゃない、単純にランダスの部屋がどこか知りたかっただけだ。
「いえ… もう結構です。じゃあ、おやすみなさい」
 エメルダは軽く会釈をすると、ランダスを見つめながら名残惜しそうに自分の部屋に入った。しかし、ランダスが少しは名残惜しそうにしてくれるかと思っていたが、彼は振り向きもせずさっさと行ってしまった。
「よろしいですか?」
 誰もいなくなった廊下をじっと見つめているエメルダをブリジットが扉を閉めようとして待っている。
「ええ」
 自分がバカみたいだった。ランダスと親しくなったと勝手に思い込んでいた自分が腹立たしかった。確かに今の歓迎会ではランダスはずいぶんと親しげにしてくれたが、あの席で無愛想にするわけにはいかないだろう、当たり前の事だ。それを何を勘違いしていたのか。
 部屋の中に向かって歩き始めたラルリアをブリジットが追って来る。
「冷たいお方ですね」
「……」
「花嫁ですよ、それも今日が最初の日ですよ、もっと優しい言葉をかけてくれてもいいと思いますが」
 それは違う、とエメルダは思った。私は花嫁などではない、ただの身代わりなのだ。つまり家臣みたいなものだ。家臣にやさしい言葉をかける必要などどこにもないのだ。
「国王陛下を初め、王妃さま、ルシアナさま、そして私と、全員がラルリアさまの味方です。必ずやお力になります」
「ええ……」
 エメルダは聞き流すところだったが、ふと不思議な事に気がついた。
「なにか、結託ができてるの?」
 ブリジットがニヤっと笑った。
「全員でランダスさまを懐柔しようと、一致団結しております」
「なるほど」
 それでわかった。ルシアナがランダスの目の前で私を褒めちぎっていたのはこのせいだ。それはそれで嬉しいのだが、しかし、その必要はまったくない。ランダスは家族に誤解されているようでこのままだとランダスがかわいそうだ。
「いえ、お気持ちは有難いんですけど、その心配はいりません。ランダスさまは心のやさしい立派な方だと思います」
「まあ」
 ブリジットはビックリしている。
「王女さまは、もう少し人を見る目を持った方がいいように感じますが…… ニレタリアではランダスさまの噂などお聞きにならなかったんですか?」
 エメルダは使用人同士でこの婚礼についてうわさ話をした事を思い出した。わがままで自分勝手なことにかけてはランダス王子もラルリア王女といい勝負だと言う話だった。さらには、彼は冷淡で乱暴者で、しかも何かに夢中になったたら一人で突っ走って回りの迷惑なんか眼中にないというひどい話だった。
「ええ、聞きましたけど……」
「どんな噂でした?」
 ブリジットが興味津々の顔をしている。
「それは、確かにひどい噂でした…」
「具体的にはどのような?」
「そうですね… 噂では心の冷たい乱暴者…… との噂でした」
「まあ」
 ブリジットはいかにもけしからん噂だというように声を上げた。しかし、すぐに表情が変わった。
「いえ、それは実に的を得た噂ですね」
 エメルダは笑った。
「ともかく、とんでもなくひどい方だとの噂でした。しかし実際のランダスさまは、はるかにいい方です」
「まさか、それはあり得ません」
「あり得ます! 私がお会いしてみて、じつにいい方だと思いました」
「王女さま」
 ブリジットは諭すようにエメルダを見つめる。
「やはり、もう少し人を見る目を養うべきだと思いますが」
「そうかもしれませんね」
 エメルダは笑った。心が冷たいと言う所は噂の通りかもしれない。なにしろ私を放ったらかしにして行ってしまったし…
「王女さま」
 ブリジットがさっきとは違う目でエメルダを見つめている。
「王女さまはじつにいい方ですね。王女さまがまさかこのような方だとは思いませんでした。噂なんて信用ならないのかも知れませんね。じつは…… つまり… 申し上げにくいんですが、噂では、王女さまは、その、こう、もっとひどいお方との噂だったんです。でも実際にお会いしてみると噂とはまるで別人、噂がいかにあてにならないものか骨身に染みました」
 ブリジットがしきりに頷いている。
 エメルダはラルリア王女ってどんな人なんだろうと考えてみた。噂通りの人なのだろうか。王女には数度しか会ったことがなかった。しかも、少し質問をされただけだった。その時の印象はものすごく気が強いと思っただけで、わがままな素振りはなかった。ランダスは躾け直すと言っていたが彼女を躾け直すのは無理だろう、あの二人はいい勝負かもしれない。

 エメルダはブリジットを従えて歩いていたが、どこか行きたい所があったわけではなかった。ともかく、部屋が広いからどこに向かって歩いているのかもわからない。ともかく漠然と歩いていた。部屋の中は所狭しと色んな調度品が置いてある。どれも豪華で高そうなものばかりだ。日はすっかり落ちていて窓の外は真っ暗だ。
 エメルダはテラスに出てみた。夜風が気持ちいい。アマルダ星の自転周期は25時間40分、だからアマルダの一日は25時間40分だ。ニレタリア星が22時間なので、ここに来ると一日がものすごく長く感じられる。日周期ボケが治るのにずいぶんと時間がかかりそうだ。
 テラスには椅子があった。かなり豪華な椅子なのでこの椅子なら王女が座っても大丈夫だろう。
 エメルダは椅子に腰を降ろした、満天の星が見えている。遠くの方で花火が上がっているのが見えた。なにかお祭りなんだろうか。
「お茶を」
 ブリジットが召使いに指示している。たぶん、私が座るとお茶がすぐに出てくるのだ。
「お食事を準備いたしましょうか?」
 ブリジットが聞く。
「えっ…」
 エメルダはブリジットを見上げた。今の会場で軽食が出たからあれが夕食だと思っていたのだ。
「歓迎会では、食事などする暇はなかったのではありませんか?」
「いえ、けっこう食べたの」
「そうですか、それはよろしゅうございました。では、もう食事はよろしいですか?」
「ええ」
「承知しました」
 ブリジットはにっこりと微笑む。しかし、エメルダはふと気になった。
「もう、食事は作ってあるの?」
 王女に食事を確認するのなら、もう作ってある可能性は十分にある。
「もちろんでございます」
 ブリジットが頷く。
「で、あたしが食べなかったらそれはどうなるの?」
「もちろん、処分いたします」
「誰かが食べる訳じゃないの?」
「いえ、王女さまの食事に手をつけるなどと、そのような事はいたしません」
 貧乏な家庭に育ったエメルダにとって食事を捨ててしまうと思うと心の中がざわついた。
「そう、そういう事なら食べるわ。お腹いっぱいに食べれたわけじゃないの」
「では、すぐに準備いたします。テーブルはここでよろしゅうございますか?」
「ええ」
「テラスでの食事もおつなものでございますね。では、すぐに運ばせます」
 すぐに、ワゴンに載せられて食事が運ばれてきた。しかし、すごい量だ、二十品ぐらいある。王女の食事とはこんなものなのか、目を丸くしてしまう。これでは全部は食べきれないから好きなものだけを選んで食べるのだろう。
 星空を見ながら食事を始めた。優雅なものだ。ニレタリアで安月給で働いていた頃を思い出した。こんな食事など夢のような話だ。これで殺される不安さえなかったら、こんな楽な生活はないのだが。
「そうそう、嫁入り道具はいかがでしたか? とりあえず見栄えがいいように配置しておきましたが、これはまだ仮でございます、これから綺麗にいたします。もちろん、ご指摘があればなんなりと」
「嫁入り道具?」
 すごい、そんな物があるんだ。王女の嫁入り道具ならさぞや豪華なものだろう。
「どこにあるの?」
「いえ、ここに来られる途中ずっと並んでいたと思いますが…」
「並んでた?」
「ええ、ほら」
 ブリジットは手を伸ばして部屋の中を見せる。しかし、部屋の中にはそれらしいものはない。豪華な調度品や絵が掛けてあるだけだ。
「どれなの?」
「だから、ほら。壁の絵とか飾り棚とか…」
「あれが、嫁入り道具!!」
 驚きだった。あれは初めからこの部屋に置いてある調度品だと思っていた。
「でも、どこからが嫁入り道具なの?」
 まだ、嫁入り道具の規模がピンときていなかった。
「いえ、だから、入り口からずうっと各部屋に配置してございます。もちろん、まだ仮置きでして、バランスが悪うございますが、これから徐々に直してまいります」
「全部なの!!」
 思わず声が大きくなってしまった。すごいものだ、ここに置いてある調度品はすべて嫁入り道具なのだ。ランダスがこんなに広い部屋を設計した理由がこれでわかった。嫁入り道具が入るようにしたのだ。もし、嫁入り道具が入りきらないような狭い部屋を花嫁に与えた、などとなったら大変な国際問題になってしまう。
「あのう、向こうでは、嫁入り道具はご覧にならなかったのですか?」
 ラルリア王女のあまりの驚きようにブリジットがびっくりしている。まずい、にせ者だと疑われてしまう。エメルダは顔の表情を無感情な感じに切り替えた。
「いえ、嫁ぐぎりぎりまで、この結婚を悩んでいたものですから… 嫁入り道具にまで気が回わらなかったの、誰かが気を利かして準備してくれていたんだと思うわ」
 なんとか言い繕った。
「なるほど、そのお気持ち痛いほどわかります」
 ブリジットが慰めてくれる。
「でも、王女さまの絵のご趣味はいいと伺っておりましたが、どの絵もすばらしいものでございますね。荷解きして一同、感嘆しておりました。この絵は王女さまがお選びになったのですか?」
「絵?」
 エメルダに絵のよさなど分かる訳がなかった。
「そう、絵は私が選んだの……」
「さようでございますか。どの絵が一番お気に入りなんですか?」
「えっ?」
「はい、絵でございます」
「ああ…… そうね…」
 ブリジットは絵の話題なら王女が喜ぶと思って話題にしたらしい。しかし、困った、なんとか言い繕わないといけない。でも、どんな絵があるのかも知らないのに……
「寝室に飾れと指示があった絵でございますか、あの絵はすばらしいですね。私も大好きでございます」
 王女が答えにくそうにしているのでブリジットが助け船を出してくれた。
「そう、あの絵が好き」
 もう、破れかぶれで答えた。

 食事が終わり寝室に入った。ブリジットもいなくなりやっと落ち着くことができた。
 バタッと倒れるようにベットに横になった、もうくたくただった。今日は人生で一番大変な一日だった。殺されるかもしれない危機を何度もくぐり抜けて何とか生きている。貧乏人の私がよく王女のふりなんかが出来たものだと我ながら感心してしまう。
 それにしても私をこんなところに送り込んだ王女の取り巻き連中に腹が立つ。私の上司だったセルダという女はもっともらしい事を言って私を脅していたが、結局、私を身代わりにするつもりだったのだ。それにその上司のラマクラニとかいう威張った奴にも腹が立つ、人を見下したような態度で私を叱りつけていた。みんな、最初から私を身代わりのするつもりだったのだ。ほとんど何の訓練もせず、ほとんど何の予備知識もなくこんなところに送り込んで、死ねと言うようなものではないか、私がどんなに苦労すると思っているのだ。
 宇宙船の中で身代わりにすると言った時のセルダの顔が浮かぶ、冷たく見放すような目だった。顔が似ている事以外なにもないのに身代わりが出来るわけがない。どんなに無理だと叫んでもあの二人はナイフを突きつけて脅すだけだった。宇宙船の中に置き去りにして身代わりをするしかないようにされた、本当に思い出すだけで腹が立つ。

 エメルダはムカムカしながら寝返りをうった。横を向くとベットの横にテレビがある。エメルダは気晴らしにテレビをつけてみた。
 あたしが写っている!!
 エメルダは飛び起きた。自分の顔が大写しでテレビに写っていた。ちょうど宇宙船から大広間に入って来た所だった。あの時の事がテレビで放送されているのだ。エメルダはテレビで自分の姿をまじまじと見入ってしまった。
 この時は足がふるえていたのだが、テレビで見ると凛々しい顔をして堂々と歩いている。
「ラルリア王女の嫁入りに国中がお祝い気分です。ラマカーニャさん、そちらの様子はどうですか?」
 司会者の声が入り、場面が変わった。大勢の人が街にあふれている場面になった。花火も上がっている。
「もうだいぶ遅い時間になったんですが、人々は家に帰る様子はありません。延々とお祝いが続いています」
 レポータの報告だ。テレビは次々と歓迎の様子の場面に変わっていく、すごいお祭り騒ぎだ。国中がラルリア王女を歓迎しているのだ。どこか自分が歓迎されているようで嬉しくなってしまうが、これは私ではなくてラルリア王女を歓迎しているのだ。
 再び自分の大写しの顔になった。これは歓迎会でひな壇の上で国王に紹介してもらっている所だ。緊張した顔でまっすぐに正面を見据えている。
「すばらしいお方ですね」
 司会者の声が入った。
「すばらしいですね」
 もう一人が答えている。
「問題があるお方だとの情報もあったんですが、こうしてお会いしてみると、実にしっかりしたお方ですね。まさに王女です」
 思わずニヤッとしてしまった。
「サカタさんは式典で王女にお会いになったんですか?」
 司会者が聞く。
「ええ、言葉を交わしましたが、優しそうな方でした」
 ともう一人が答える。
 私、テレビに出るような人と会ったのか。
 テレビの場面が変わって、国王に連れられて歩いている場面になった。大勢の人と次々に言葉を交わしている、と、テレビの映像が止まった。
「ここですね」
 司会者の声。
「はい、お恥ずかしながらこれが私です」
 彼がモニターを指差している。
 私と会話を交わした事がすごい事のようにテレビが放送している。どこか嬉しくなってしまうが、にせ者だと分かったらこの人はどう思うだろう。
 チャンネルを変えてみたが、どこにしても私が写っている。花火が上がってお祭り騒ぎをしている場面が写っていた。
「やはり、王女がこちらにお出でになって、事前の情報に反してすばらしい方だったと言うのが大きいですね。王女の歓迎会が始まった頃からテレビを見ていた人たちがぞくぞく街に繰り出してきましたね」
 レポーターが説明している。
 嬉しくなってしまう。つまり、これは私の手柄だ、これがもし本物のラルリア王女ならこうはならなかったのだ。エメルダは心の中に優越感が沸き起こってくるのを感じた。しかし、エメルダはその気持ちをあわてて抑えた。ラルリア王女だってこのくらいの事はするだろう、なんの手柄でもないのだ。
「美しい方ですね」
 司会者の声。
「絶世の美人ですね、屈託のない笑顔が実にいい」
 もう一人がそれに応じている。
 テレビだから、まさかブスと言う訳にはいかないんだろうが、それでも美人と言われると嬉しくなってしまう。
 チャンネルを回しているとランダスが父親から誤解されて悔しい思いをした時の様子が写っていた。壁際に私が立っていてランダスが何か怒鳴っているように見える、しかも私は泣きそうな顔をしている。
「皇太子はどうされたんでしょうか?」
 司会者の声だ。
「ちょっとしたいさかいがあったようですね」
「王女に落ち度はないように見えますが…」
 まずいシーンだと思った。ランダスは体が大きくて声も大きいから誤解されやすいのだ、普通に話していても怒鳴っているように見える。それに私の顔がまずかった。しかし、あの時は本当に泣きそうだったのだ。
 しかし、テレビに写っているのは私が泣きそうにしている所だけで、その後ランダスに連れられて歩き始めた所は写っていない。あの後すぐに仲良くなったはずなのになぜそこを写さないのだ。
 かなり気になったが、もう、あの場面は放送されず、大歓迎の様子ばかりが写っていた。
 テレビは延々と歓迎の模様を放送していた。何度も何度も私が写る。嬉しくもあったが怖くもあった。何かが間違っているとしか思えなかった。
 エメルダはしばらくテレビを見ていたが、同じ事の繰り返しなのでテレビを消した。さあ寝よう、あしたも大変だ。
 布団をかぶって横になると正面に大きな絵がかかっていた。普通の風景画なのに、ニレタリアの景色だとすぐにわかった。思わず食い入るように見つめてしまった。ラルリア王女がなぜこの絵を寝室に飾ったかがわかったような気がした。




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