にせ者王女の政略結婚

ゴシップ紙

 次の日の朝になった。また辛い一日が始まるのだ、憂鬱な気分だった。今日は生き延びられるのだろうか、きのうほどはうまくいかないかもしれない。エメルダはのろのろと起き上がった。
 ブリジットに朝の準備をしてもらって、食堂に向かった。朝食は家族全員で食べる習慣だという。ランダスがいてくれる事を願って食堂に入ったがランダスはいなかった。ルシアナとムランシスが座っている。
「おはようございます」
 エメルダは無理に作った笑顔で挨拶しながら食堂に入って行った。
「おはようございます」
 二人も挨拶を返してくれる。
「こちらの席へどうぞ」
 ブリジットが案内してくれる。
「よく眠れました?」
 ルシアナが笑顔で聞く。
「ええ、もう熟睡でした」
 エメルダも笑顔で答えた。
 そこへ、国王夫妻が入ってきた。国王夫妻はエメルダの正面にすわる。
「どうだね、よく眠れたかね」
 国王が笑顔で聞く。
「ええ、ぐっすりと眠りました」
 エメルダはもう一度笑顔で答えた。
 さらに、少し遅れてランダスが入って来た。ランダスは渋い顔をしている、この人はいつもこんな感じなんだろうか。彼はエメルダの横に座ったが、ブスッとした顔で正面を睨んでいる。
 エメルダはランダスも眠れたかを聞いてくれるかもしれないと期待して待っていたがランダスは何も言わない。
「よく眠れました?」
 仕方がないのでエメルダの方から聞いてみた。
「ああ…」
 ランダスは、何をバカな事を聞くのだ、と言いたげな顔をしてエメルダを見る。
「それはよかったですわ」
 エメルダはすまして答えた。
「兄さん!!」
 突然ルシアナが怖い声を出した。
「テレビで見ましたよ、姉さんを怒鳴りつけていたでしょう。あれはいったい何なんですか?」
「わしも見たぞ、お前は何をやっとるんだ!」
 国王も怒鳴る。きのうの事だ、みんなテレビを見たのだ。
「ちがうんです!」
 エメルダはあわてて止めに入った。
「あれは、私が誤解したんです。体も大きいし声も大きいからあんな風に熱心に話されると怒られていると誤解してしまったんです。でも、よく聞いてみたら話しをしてただけでした」
「そんな風には見えなかったぞ」
「テレビには兄さんが姉さんを怒鳴り付けている所がちゃんと写っていましたよ。かわいそうに姉さんは泣きそうでした」
「ちがうんです」
 エメルダは必死で訴えた。
「今日の新聞にも載っとるぞ、ひどすぎるとな。苦渋の決断をしてたった一人で敵国に嫁いできたラルリア王女に対してあんな態度はないだろう、と書いてある」
 国王が従者に手で何かを合図すると従者が新聞の束を持って来た。
「私も読みました」
 新聞の束を見てランダスが冷たく答える。
 テーブルの上には新聞の束が置かれた。エメルダは興味を引かれて一番上の新聞を広げてみた。一面には大きく私の写真が載っていて『ラルリア王女、嫁いで来る』と書いてあった。ページをめくると左下にやや小さくランダスが怒鳴っている写真が載っていた。エメルダはホットした、この程度なら一安心だ。
「次だ!」
 国王が怒鳴るように言う、怒鳴るように話すのは親子で遺伝らしい。
 エメルダは国王に言われるままに次の新聞を広げてみた。なんと一面に私が泣きそうになっている写真がデカデカの載っていた。『ひどすぎる皇太子、ラルリア王女を泣かす』と書いてある。
「ゴシップ紙です」
 ランダスが指摘した。
「ゴシップ紙でもだ。なんだ、このざまは、どうしたのか説明してみろ!」
「私が悪いんです」
 エメルダは夢中で話に割り込んだ。
「私が怒られてると勘違いしたのが原因なんです」
「ラルリアさん」
 国王が話しをさえぎった。
「あなたは実にできた人だ。あなたが息子とうまくやろうとして息子をかばってくれる事は親として涙が出るほどありがたい。しかし、だからこそ、ここはランダスに物の道理をはっきり教えておかねばならんのだ」
 国王が威厳を持って釘を差す。
「本当に勘違いなんです」
 それでもエメルダは答えた。
「新聞に書いてある事は真実ではありません。真実はラルリアが言っている通りです」
 ランダスが感情のない声で主張する。
「しかし、この写真を見てみろ」
「だから、この時は泣きそうにしています。しかし、泣きそうになった理由はラルリアが言っている通りです」
「泣きそうになった理由はお前がラルリアさんを怒鳴り付けたからだ!」
 国王が怒鳴る。
「怒鳴り付けていません、声が荒かっただけです」
 国王が感情的に怒鳴るのに対してランダスはあくまでも冷静に冷たく答える。このままでは、二人の議論は水掛け論になってしまう。エメルダはどうしたものかと迷っていた。ランダスの味方をしたいが、かと言って国王と対立するのも避けたかった。
「あなた」
 不意に王妃が口をはさんだ。
「ラルリアさんの言っている事は本当の事だと思いますよ。じつは私も同じ経験があるんです。あなたと結婚したすぐの頃はあなたに怒られているんだと思って泣いた事が何度もあります。でも、それは、あなたは怒鳴っているだけで怒っているのじゃないと分かるのにしばらくかかりました」
 国王がキョトンとして王妃をみている。
「そんな事があるものか、俺は怒鳴ったりせん」
「怒鳴ってますよ」
「怒鳴ったりせん!!」
 国王は王妃を怒鳴りつける。
「怒鳴ってますよねえ」
 王妃がエメルダを同意を求めるように見る。
「はい、怒鳴っているように聞こえます」
 エメルダも小さな声で答えた。
「父さんは確かに怒鳴ってるよ」
 ムランシスも指摘する。
「怒鳴っとるもんか、これは地声が大きいだけだ」
「それが怒鳴っているって事なんです」
「怒鳴っとらん!!」
 国王が怒鳴る。
「父さん」
 ランダスが珍しく面白そうに声をかけた。
「俺たちは怒鳴っていますよ、俺もラルリアが泣き出すまでは分からなかったんですが、怒鳴ってますね」
「怒鳴っとるのはお前だけだ」
 国王がムカムカしたように言う。
「父さんも怒鳴ってるわ」
 ルシアナも話に加わってきた。
「うるさい! 今はランダスの話だ」
 国王が怒鳴り返す。家族で言い争いが始まったが国王に分が悪い、国王はなんとか弁解しようとしているが肝心の弁解を怒鳴り声で返している。
 しかし、エメルダはテーブルの上に置かれた新聞を見つめていた。国王一家が新聞の記事をこんなに気にしてるとは思わなかったのだ。国王は絶対的な権力を持っており新聞がなんと言おうと関係ないはずだ。ニレタリアでも新聞は時々王室に辛辣な記事を書く事があったがあれは国民のガス抜きのためだと言われていた。エメルダは新聞が何と書こうが王室は読んですらいないと思っていた。
「あなた、この議論はこのくらいにして食事を始めません? ラルリアさんがひもじそうな顔で待っていらっしゃいますよ」
 王妃が議論に割って入った。
「ああ…」
 国王はあっけに取られたような顔でエメルダを見た。
「そうだな……」
 ランダスも不思議そうな顔をしている。
 結局、新聞の件はウヤムヤになり食事が始まった。
「ラルリア、ありがとう」
 ランダスが小声でそっとささやいたが、エメルダは『ラルリア』が自分の事だとは気がつかなかった。
「怒ってるのか?」
 今度はかなり顔を近づけてランダスがささやいた。
「いえ…」
 エメルダはやっと『ラルリア』が自分の事だと思い当たった。
「ちょっと、ぼんやりしてて…」
「かばってくれてありがとう」
「いえ、本当の事を言っただけです」
「いや、本当の事は多少違っている。それなのに、俺が悪くない事にしてくれてありがとう」
「いえ、お互いさまだから…」
「そうだな……」
 ランダスは頷いたが、ちょっと気になると言うように顔を上げた。
「ただ、あの件に関しては君は俺に何の引け目も感じる必要はない、これは俺の方の都合なんだ」
「はあ…」
 意味が分からない言葉だった。俺の都合とはどういう意味なんだろう? 私がラルリア王女を演じることがランダスにとって何かの都合がいいのか。考えてみたがそんな事が起きる理由は思いつかない。
「ラルリアさん」
 国王が満面の笑顔で声をかけてきた。
「不詳の息子ですが、よろしくお願いします。あなたなら息子とうまくやれるでしょう。あなたにお目にかかるまでは多少心配していた所もあったんですが、お会いしてみて驚くほどしっかりしたお方だとわかりました。あなたなら息子をうまく操る事が出来る」
「いえ……」
 エメルダは照れて赤くなった。ランダスを操るなんてとんでもない話だ。
「そうは思わんか?」
 国王はランダスに聞く。
「思います」
 ランダスが無表情で答える。彼は父親と話すときは感情を出さないようにしているらしい。
「ところで、ラルリアさん」
 国王がエメルダに改まった感じで声をかけた。
「結婚のお祝いを考えておったんじゃが、結婚のお祝いとしてヌスランをあなたに差し上げよう」
「まあ!!」
 国王がそう言うと王妃が驚きの声を上げ、ランダスがギョッとなったように顔を上げた。
「かまわんじゃろう!」
 国王がランダスを一括する。それから国王は笑顔でエメルダを見た。
「まあ、衆知の事実じゃから言ってしまうが、あなたもランダスもこの結婚を嫌がっておった。あなたが嫌がっているという噂も聞こえておったが、ランダスもあなたに劣らぬくらい嫌がっておってな、そこで、ランダスにはヌスランをやると言う事で納得させたんじゃ」
 そこで国王はランダスを横目で睨みつけた。
「じゃが、実際にあなたにお会いしてみてランダスの心配は取り越し苦労だったとわかった、あなたは噂で聞いておったのとは全然違っておる。それはつまり、ヌスランをやる必要はなかったと言うことじゃ、だが、逆にあなたが聞いておったランダスの噂はそれほど違っていないと思うんじゃが」
 そう言うと国王は確認するようにエメルダを見る。
「はあ……」
 エメルダは『冷たくて乱暴者』とのランダスの噂を思い出した。しかし、実際はそうでもない。
「いえ、噂とは違ってお会いしてみたらやさしい方でした」
 エメルダは本気で答えたが、国王は感激したように大きく頷く。
「あなたは実にできた方じゃ。だが、残念な事にわしの目から見るにとてもそうは思えん。きのうあなたが始めてこちらにお出でになった時のランダスの態度にはほとほと愛想が尽きた。大変な決意をして敵国に嫁いで来たあなたに対してもう少しなんとかならんかったもんか、あんな態度はないだろう」
「いえ、あれは、違うんです……」
 エメルダは思わずそうつぶやいた。たぶん、あの時は私がにせ者だと気がついたのであんな態度をとったのだ。
「そこでじゃ、我が不詳の息子と結婚しなければならんあなたこそヌスランをもらう権利があると思うのじゃが」
「はあ……」
 ずいぶんと回りくどい理屈だ。
「どう、思うか?」
 国王はランダスに厳しい顔をして聞く。
「言っておきますが、私はヌスランをもらえるからこの結婚を承諾したんじゃありません。皇太子として自分の幸せより国のことを考えるべきだと思ったからです。私はこんな馬鹿げた結婚には今でも反対です。わがままなラルリア王女と結婚すれば幸せな家庭は望めません、何より本人たちが嫌がっているのに結婚するなどとバカげています。政略結婚などと言う古典的な手法によらなくても同盟を結ぶことは可能でした。ただ、バカな大臣共が政略結婚路線で話を進めてしまったので、もはや結婚する以外に道はなくなったのです。だから承諾したんです」
 ランダスが冷たく答える。しかし、国王は厳しい顔を崩さない。
「それで、ヌスランはいるのかいらんのか」
「いりません」
 ランダスはビシッと答えた。
「そうか…」
 ランダスと大喧嘩をするつもりだったらしく国王は意外そうにつぶやいた。
「では、決まりだな」
 国王はじっとエメルダを見る。エメルダは戸惑ってしまった。つまり、私がヌスランをもらうって事か?
「大変いいお考えだと思います」
 王妃がうれしそうに声を上げた。
「誰一人頼る人もいない所へ嫁いで来ているんです。ヌスランがあればずいぶんと安心感が違うと思います。いざとなったらヌスランで生活していけます」
「私もすばらしい考えだと思うわ。敵国に嫁いで来ているんです。ヌスランは絶対に必要です」
 ルシアナも賛成してくれる。
「そうか」
 みんなに賛成されて国王もうれしそうだ。
「ヌスラン……?」
 しかし、エメルダは小声でつぶやいた。そもそもヌスランって何だろう。しかし、本物のラルリア王女なら知っている事かもしれない。だから、みんなの前で聞くわけにはいかなかった。





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