にせ者王女の政略結婚

馬の骨女

 エメルダは宝石に見とれていた。やはり宝石は素晴らしかった。こんな宝石が欲しいと、実現するはずのない夢を見たことも一度や二度ではなかった。そんな宝石が目の前にある。しかも、少なくとも今はこの宝石は私のものなのだ。私の手の中に宝石がある。
 エメルダはダイヤの首飾りを手に取るとそれをしばらく眺めていた。ダイヤを見ているとどうしても身に着けてみたくなる、エメルダは首飾りを持ち上げるとそっと首にかけてみた。そしてすぐに横にあった鏡を見た。巨大なダイヤが連なった首飾りはエメルダの首に不格好にぶら下がっている。自分にはこんなものは似合わない事はわかっていたが、それでも嬉しかった。どこか自分が輝いているように感じた。
 つぎはティアラを手に取った。無数のダイヤがキラキラ輝いていて綺麗だった。鏡の前に行くとそっと頭に刺してみた。少し斜めに着いたティアラが頭の上で輝いていて自分が本物の王女さまになったような気分だ。
 不意に扉の向こうでブリジットの叫び声が聞こえた、何かを咎めるような声だ。と、いきなり扉が開いて誰かが部屋に入ってくる。エメルダはあわてて宝石を外そうとしたが、遅かった。ランダスがズカズカと部屋に入ってきた。
「ラルリア、いい方法があったぞ!!」
「すみません、止めたんですが…」
 ブリジットもランダスをひっぱりながら逆に引きづられて部屋に入ってきた。そして、二人はエメルダをぎょっとしたように見つめている。
「どこかに出かけるのか?」
 ランダスが聞く。
「いえ、ただ… 着けてみただけです…」
 エメルダは顔が真っ赤になるのを感じた。王女なら宝石には慣れているはずなのに、とんだ醜態を見せてしまった。
「まって、そのままで!」
 エメルダがあわてて首飾りを外そうとすると、ランダスが怖い声でそれを止めた。エメルダはびっくりしてランダスを見上げたが、ランダスは嬉しそうな目でエメルダを見つめている。
「綺麗だ、すばらしい……」
「いえ……」
 心臓がどきどきしてきた。ランダスに綺麗だなんて言われるなんて。
「しばらく、そのままでいろ」
「はい……」
「ところで、いい方法が見つかったぞ」
 ランダスはドカッとベットに腰をおろすすとブリジットを見た。
「席をはずしてくれ」
「かしこまりました」
 ブリジットが頭を下げると部屋を出て行く。
「いい方法?」
 いったい何の話だろう?
「君のセラニルカニアのことだ」
「セラニルカニア?」
 エメルダはその名前がなんなのかしばらく思い出せなかった。ランダスはそんなエメルダを見て面白そうに笑っている。
「セラニルカニアは君の領地だ」
「ああ……」
 たしか、ラルリア王女が持っている領地がそんな名前だった事を思い出した。
「いえ、そんな… 何度も言いますが、そこが私の領地だなんてとんでもないことです」
「君の領地さ。しかも、これからも君のものだ。いいか、調べたんだ。セラニルカニアの監督官は君に会ったことがない」
 ランダスは真面目な顔で説明を始めたがエメルダはポカンとした。私に会ったことがない?
「当然です、私などに会った事があるはずがありません」
「いや、すまん、また間違えた。君じゃなくてラルリア王女にだ」
「……」
 どうやら、ランダスは私がラルリア王女でなかった事がよほど辛かったらしい。だからすぐ私と王女を混同してしまう。
「いいか、監督官はラルリア王女に会った事がないから君に会ってもにせ者だとはわからない。だからここに呼びつける」
「呼びつける!!」
 エメルダは悲鳴のような声を上げた、なぜそんな危険な事を。
「君に会えば、君との面識ができる。君を本物と思っての面識だ。だからその後で本物に会ってもそっちをにせ者だと思うだろう」
「いえ、そんなの絶対に無理です、あり得ません」
「無理なもんか。それに監督官にこっちでの役職を与えるのだ。君が皇太子妃になれば君を補佐する役職がいくつか出来る。そんな役職の一つを与えればいい。そうすれば君との結びつきが強くなるから君の指示だけをきくようになる」
「でも、そんな事をすれば本物のラルリア王女が監督官を解雇します」
「解雇出来ないさ、監督官は君に雇われているんだ。そして君から給料をもらっている」
「私と王女を混同しないでください、私ではなくてラルリア王女にでしょう。ラルリア王女に雇われていてラルリア王女から給料をもらっているんです」
「今のは混同じゃない、公式の話をしてるんだ。公式には君に雇われていて君から給料をもらっている。そして今後も君が給料を払う」
「私は給料なんか払いません!」
 エメルダはぴしゃと言い切った。ランダスは驚いたようにしゃべるのを止めると、しばらくエメルダを見つめていた。
「ケチケチせずに払ってやれよ、すごい預金を持っているんだろう」
「いえ、そんな事じゃありません」
 しかし、ランダスは立ち上がった。
「すぐに監督官にメールを送るんだ、ここへ来いとな。君の正式の署名があればすぐにやって来る」
「いやです」
「文面は私が考えるから、君は署名をするだけでいい」
 ランダスは寝室の中を歩き回り始めたが、もうエメルダの言うことなど耳に届いていないようだった。
「あと、事務官の給料の額と支給日を調べないとな、そして支給日に君が給料を振り込む。もちろん振込の作業はブリジットにやらせればいい。ああ、それと、君が監督官と会う時の君のセリフも考えないといけない。セリフは私が作るから練習するんだ、芝居をやるみたいにな」
「無理です!」
 エメルダは必死で訴えたが、ランダスの耳には本当に届いていないらしい。
「今、メールを送れば明後日には会うことになるだろう、だからそれまでに練習だ。すぐにセリフを考えてくる」
 ランダスは勢いよく部屋を出て行こうとする。
「待って下さい」
 エメルダは必死でランダスにしがみついた。この人は何かを思いつくと夢中になってしまうらしい。
「もっと落ち着いてよく考えて下さい、こんな事がうまくいくとは思えません。それに領地を奪い取らなくても何も困らないじゃありませんか」
 しかし、ランダスは急に厳しい顔になるとエメルダの腕を払いのけた。
「これは困る困らないの問題じゃない、信義の問題だ。いいか、ニレタリアは俺の花嫁ににせ者を送ってよこしたのだ。にせ者だぞ! どこの馬の骨ともわからん女を送ってよこしたのだ!! 本来なら俺は激怒し大問題になるところだ。しかし、同盟の件があるから問題に出来ない、だまって受け入れるしかない。俺が問題に出来ない事を見越しての暴挙だ、俺はバカにされたのだ。このままで済まさん!! まず、少なくとも、ラルリア王女が嫁いで来たのと同じ事はしてもらう。当然だろう!!」
 ランダスが吐き捨てるように言う。しかし、エメルダは馬の骨と言われて背筋が凍りついてしまった。これがランダスの本心なのだ。彼が優しくしてくれるからついつい調子に乗りすぎていた。ランダスの言う事に意見を言えるような立場ではないのだ。
 エメルダは呆然と立ちすくんでいた。ランダスが何か言えとでも言うように頷く。
「はい… ご命令通りにいたします」
 エメルダは小さな声でつぶやいた。
「では、セリフを考えてくる」
 そう言うとランダスは部屋から出て行った。
 エメルダはしばらくその場から動けなかった。どこかで、ランダスに気に入られていると思っていた所があった。皇太子妃になれるかもしれないと淡い期待があったのだ。とんでもない思い上がりだった。私は馬の骨なのだ。考えれば当然のこと、いや、こんな貧乏人は馬の骨以下かもしれない。たぶん私はランダスが想像している馬の骨よりももっとひどい女だ。
 涙がどんどんあふれてきた。嗚咽がこみ上げてきて、震えているうちにティアラが床に落ちた。

 いきなり扉が開いてランダスが入ってきた。
 エメルダはびっくりしてランダスを見上げた。泣いているところを見られてしまったがどうしようもなかった。
 ランダスは泣いているエメルダの前にじっと立っている。
「すまん…… 俺は気がまわらないんだ。なぜか君がにせ者だって事をすぐ忘れる。だから俺は一般論を言ったんであって君の事を言ったんじゃない」
 ランダスは混乱したように手をもんでいる。
「つまり、にせ者を送り込んできたニレタリアを怒っているのであって、君の事を言ったんじゃない」
 ランダスが必死で言い訳をしているのがわかった。たぶん、部屋を出て行ってからやっと今自分が言った言葉の意味に気がついてあわてて戻ってきてくれたのだ。そう思うと嬉しかった。今、落っこちたと思っていた椅子にもう一度座り直せたような気がした。しかし、エメルダはそんな思いを必死で振り払った。ランダスは優しい、でも、それだけなのだ。決して私に特別な気持ちを持っているわけではない。私は馬の骨、ランダスがそう思っていることは今はっきりした通りなのだ。
「頼むから今言ったことは忘れてくれ。君の事を悪く思ってはいない。本当だ。俺は気がまわらないんだ。ぶしつけな事をつい言ってしまう。だからいつもおやじに怒られている。今まで反発していたが考えてみればおやじの言う通りかもしれん。今、骨身にしみてわかったよ」
 ランダスが優しくエメルダに肩に手をかけた。
「さあ、泣き止んで…… 俺に腹が立つなら俺を殴ってもいい。俺はあの時、本当に君がにせ者だって事を忘れていたんだ。いつの間にか、君が何の問題もない俺の婚約者だと思ってしまう」
 ランダスがさらにエメルダに近づこうとして足元に落ちていたティアラを踏んでしまった。ランダスは足をずらして踏んだ物が何かわかると、しゃがみ込みティアラを拾い上げた。
「すまん、また、もう一つ君を怒らせる事をやっちゃたな」
 ランダスはティアラを丁寧に調べている。
「少し歪んでいる、これは大事なものなのか?」
「えっ……」
「修理させよう、この程度ならすぐ直る。ただ、大事なものだったのなら悪いことをした、気が付かなかったんだ」
「それ、私のじゃありません」
 エメルダがそう答えると今度はランダスがびっくりしている。
「じゃあ、誰のものだ?」
「もちろん、ラルリア王女のものです」
 一瞬ランダスはびっくりした顔をしたがすぐに笑い出した。
「まただ、なぜか君をラルリアだと思ってしまう」
 それから、ランダスは歪んだティアラを机の上に置くとハンカチを取り出しエメルダに差し出した。
「もう一度謝る、すまん」
 エメルダはハンカチを受け取ったが心は晴れなかった。
 ランダスが私をにせ者事件の被害者だと思っていてくれることは確かだった。でも、それだけなのだ。わかっていた事実をもう一度突きつけられただけなのに、それでも動揺してしまう。
 エメルダはハンカチで涙を拭いた。
「すまん、心から謝る」
 ランダスは頭を下げた。
「いえ、そんな、ランダスさまは何も悪くありません」
「許してくれるか?」
「許すなんて、何も悪くないのに」
「そうか」
 ランダスが嬉しそうに笑う。彼は単純に今の騒ぎはこれで解決したと思ったようだった。
「では、セリフを考えてくることにしよう」
 ランダスはエメルダの肩を優しくたたくと、あっさりと部屋を出ていってしまった。




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