にせ者王女の政略結婚

預金を戻す

 エメルダは一人で夕食を食べていた。今日は午後から国王夫妻が外出しており、そのため各自での食事になるらしかった。エメルダは自分の部屋の食卓に座って一人で食事をしていたが、ここへ来て初めて落ち着いて食事をすることができた。
 窓からは綺麗な庭園が見えていて、下働きの人達が庭の手入れをしているのが見えている。エメルダはぼんやりと彼らを見ていた。数週間前までは自分もあんな仕事をしていたのだが、あの仕事の方が良かった。宮殿に連れて行かれながらもっと実入りのいい仕事だと説明された時は嬉しかったがとんでもない仕事だった。そもそもまだ一度も給料をもらっていない。
 不意にブリジットが部屋に入ってきた。なにかエメルダに用がある風だったがそのまま部屋の端に行くとじっと立っている。
「なんなの?」
 エメルダはやや高慢な感じで聞いた。今まであまり王女らしくなかったが、なにしろ私はラルリア王女なのだ。だからあまり低姿勢ではおかしいのだ。すこし威張った感じにしないと怪しまれてしまう。エメルダは少し高慢な感じでやってみようと思った。
「いえ、王女さまのお食事が終わられてからで結構です」
 ブリジットが答える。どうやら用件があるらしいがそれでも王女の食事を邪魔してはいけないと思っているらしい。
「かまわないわ、なんなの?」
「事務官の方がお見えです。確認したいことがあるそうです」
「確認?」
 ちょっと気味が悪い。あの預金のことか、それとも宝石……
「じゃあ、ここに通して」
「いえ、これは王女さまの食事が終わられてからで結構です」
 ブリジットは王女の機嫌が悪いと思ったのかあわてて言葉を付け足した。しかし、なんの用なのかわからないままでは食事も喉を通らない。
「かまわないわ、ここに通して」
「はい……」
 エメルダがきつい口調で言うと、ブリジットはしかたないと思ったのか軽く会釈すると困ったような感じで部屋を出て行く。やがて先ほどの事務官達が部屋に入って来た。
 エメルダは食事の途中だったが、食事を邪魔された事に苛ついているようにわざと音を立ててナイフとフォークを置いた。
「なんです?」
「はい……」
 事務官がビビっているのがわかった。
「いえ… お食事が終わるまでお待ちいたします」
「かまわないわ、なんなの?」
「はい……」
 事務官はそう答えたが、そこから何も言えなくなってしまった
「あの、食事が終わられてからでかまいませんが…」
 ブリジットが横から口をはさむ。
 王女とはすごいもんだ。少し機嫌が悪いと思われただけで取り巻きはビビってしまう。
「いえ、大丈夫よ。安心して話して、なんの用なの?」
 今度は普通に聞いてみた。
「はい…」
 それでも事務官は言い出しにくそうだ。
「なんなの?」
 預金の事か宝石の事だと思うのだが、なかなか言い出さない事務官に本当にイライラしてきた。
「はい、じつは… ニレタリアの事務官から連絡がありまして、預金の振込にミスがあったので預金を全額、元の口座に戻して欲しいそうです」
 やっと事務官が説明を始めたが額には汗をかいている。
「いえ、もちろん。こんなおかしな話はありません。だから、どのようなミスがあったのか何度も質問したのですがはっきりと返事しないのです。そして王女さまにお話すればわかるはずだと言うばかりで…」
「ああ…」
 やっぱりだ。あのお金は間違って振り込まれたのだ。
「心当たりがおありなのですか?」
 事務官が救われたような顔をして聞く。
「ええ…」
「よかった。こんな馬鹿げた話を王女さまにどのように説明したものかと悩んでおりました。では振り戻しの決済をしていただけるのですか?」
「……」
 いざ、あのお金を全部返してしまうとなると、さすがのエメルダにも惜しいという気持ちが沸き起こってきた。ランダスが言う通り返さなくても何も問題は起きないはずだ。
「ミスがあった事はあの預金額を見た時にわかったわ。でも些細な事よ。今のままで構わないと向こうの事務官に伝えて」
 自分でも信じられないような言葉が口から出てきてしまった。私ってこんなに欲深いとは思っていなかったのに……
「なるほど」
 安堵の声が事務官の口から漏れた。
「それがよろしゅうございます。全額を戻せなどとは極めておかしな話です。金額を間違えたのなら間違った金額だけを戻せばよろしゅうございます。それを全額などと。もし全額を戻してその後に正しい金額が振り込まれなかったら私は首をくくらなければなりません」
 事務官は懸命に自分の正当性を主張する。しかし、エメルダは後ろめたい気持ちでいっぱいだった。やはり返すべきかもしれない。
「たぶん… 今の答えでは向こうの事務官は納得しないでしょう。だったら正しい金額はいくらなのか聞いて下さい」
 いくら私に払うつもりなのかを確かめてみたかった。今の金額に比べればかなり安くても通常の感覚で充分な金額ならそれで手を打つつもりだった。これなら欲深くはない。
「しごく当然なお考えです。向こうの事務官がどのようなミスをしたのかは存じませんが、残高がないのに振込はできません。だから王女さまの預金の中に特別な意味を持ったお金があったのだろうと推察いたします。それは本来、ニレタリアに残しておかなければならなかった。まあ、そんなところだろうと思います。それならそれで、その金額だけを振り戻せばいいわけで、全額などとはまったく理解に苦しみます」
 事務官は不満そうにしかしすっかり安心したように一文句を言った。
「では、すぐに確認してみます」
 そう言うと事務官は部屋を出ようとする。
「お待ちください!」
 その事務官をブリジットが止めた。
「いいですね。先方には今のままで構わないと言うのですよ。それが王女さまのお答えです。その後の王女さまのお話は事情についての説明ですからあなたが勝手に妥協できる事柄ではありません。もしそのような妥協をあなたが勝手にすればあなたは間違いなく首をくくることになりますよ」
 ブリジットはそう言うと、そうでしょうとでも言うようにエメルダを見た。エメルダは妥協のところまで頼んだつもりだったがブリジットにそう言われると言い返せない。
 事務官は首に巻き付いたロープをほどいているかのように首に手を当てると気持ち悪そうに会釈をして部屋を出て行った。





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