にせ者王女の政略結婚

領地

 次の日、朝食のため食堂に向かった。
 きのうと同じように国王夫妻とルシアナ、それにヌムランシスが座っていたがランダスはまだ来ていなかった。
「おはようございます」
 エメルダは笑顔で食堂に入った。
「おはよう」
 国王が笑顔で挨拶してくれる。
「今日はヌスランを案内したいと思うが、どうかね?」
 国王はうれしそうに聞く、もちろん断りたくなかったがランダスとの約束もある。
「あの… 今日はランダスさまとお客様に会う予定になっているんです。すみません…」
「ほう、客、誰かね?」
「私の領地の監督官です」
「領地の監督官、で、用件は?」
 国王は興味を引かれたのか細かく聞いてくる。
「私がこちらにきましたので領地の扱いの打ち合わせです。なにか、細かい点の打ち合わせが必要らしいんです」
「ほう…」
 適当に答えておいたが、国王は疑わしげな顔をしてエメルダを見ている。
「それはランダスが言ったのかね?」
「ええ、ランダスさまにすべてを取り仕切っていただいています」
「ほう…」
 国王は眉をしかめた。
「ラルリアさん。あなたの領地をランダスに取られないように気をつけなさい」
「えっ…」
 そんなこと、まったく予想していなかった。
「いえ、大丈夫ですよ。ランダスさまがそんな事をするはずがありません」
「それがするんだ、あいつは。あいつは謀りごとが大好きでな。それに、あいつには領地や財産を何も与えていない、だからひょっとしたらラルリアさんの領地を狙っているのかもしれん」
「まさか、そんな方じゃないと思います」
「それならいいんだが…」
 そこへランダスが食堂に入ってきた。
「おはようございます」
 エメルダは明るく挨拶した。
「おはよう」
 ランダスも挨拶をすると椅子に座る。しかし、国王が厳しい顔をしてランダスを睨んでいる。
「ランダス、今日も妙な話しがわしの耳に届いておる」
「そうですか、俺の回りにスパイがいるようですからね」
 ランダスは平然として答える。
「はっきり言おう、ブリジットからの報告じゃ。ブリジットはお前につけているわけじゃない。ラルリアさんの侍女だ。だからスパイを使っている訳じゃない」
 エメルダはちらっとブリジットを見た。ラルリアのためだと思ってしてくれているのはありがたいのだが、ランダスと父親をこれ以上対立させたくない。たぶん、私を投げ飛ばした話しか、ティアラを壊した話だ。ここは徹底的にランダスの味方をして二人を喧嘩させないようにしないといけない、エメルダはそう心に決めて国王の言葉を待ち構えた。
「で、どんな報告があったんです」
 ランダスがのんびり聞く。
「まず、一点目。ラルリアさんを馬の骨と言ったのか?」
「違います!」
 エメルダは勢い込んで叫んだ。しかし、そこから言葉が出て来なかった。訂正のしようがないのだ。私はランダスにとって馬の骨以外の何者でもない。
「そこは謝ります。私は別の意味でそう言ったつもりだったんですが、言った言葉はラルリアを馬の骨と言っていました。だからその時に謝ったし、必要ならいつでも何度でも謝ります」
「ランダスはあなたの事を馬の骨と言ったのですか?」
 今度は国王がエメルダに聞く。なんと答えてものか、エメルダは迷った。しかし、馬の骨と言われたのは事実だ。いや、私が馬の骨以下なのは事実なのだ。
「本当の事を言っていい」
 ランダスがエメルダに頷いてくれる。
「はい… そうです」
 エメルダは力なく答えた。しかし、なぜか涙が出てきた。自分の立場をもう一度思い知らされたような気がしたからだ。
「まあ、お姉様」
 ルシアナがエメルダの涙に気がついた。
「お兄様、なぜ、そんなひどい事をおっしゃるんです」
「だから、いい間違えたんだ。別の意味で言ったつもりだったのだが、言った言葉をよく考えてみたらラルリアの事を言ったことになっていた」
「そんなバカな、間違えてもそんな事を言いますか」
「すまん、ただ、ラルリアに怒られるのは当然としてもお前に怒られる筋合いはないと思うが」
「お姉様の応援をしてるんです」
「まあいい」
 兄弟喧嘩になりそうなのを国王が止めた。
「では、ラルリアさんには謝ったのだな?」
「はい、必要ならここでもう一度謝ります」
「いえ、その必要はありません」
 エメルダはあわてて止めた。ランダスにこんな事で侮辱的な思いをさせたくない。下働きか奴隷のような女に謝るなんてランダスにとっては屈辱以外の何物でもないはずだ。しかも本当の事を言っただけなのに。
「なら、それはそれでいい。では2点目。ラルリアさんを投げ飛ばしたのか?」
「違います!」
 エメルダは今度こそと思って叫んだ。
「私が勝手に転んだんです。私はそそっかしいんです。ランダスさまに後ろから駆け寄っての彼の手につかまろうと思ったら、ランダスさまが振り向いたのでそのまま転んでしまったんです」
「本当なのか?」
 今度は国王がランダスに聞く。
「私はあの時の事はよく覚えていないのです。ただ、投げ飛ばすつもりがなかった事は確かです。でも、投げ飛ばしていました」
「違います!」
 エメルダはもう一度叫んだ。
「私が勝手に転んだんです」
「しかし、君は完全に宙に浮いて1回転した、あれを転ぶとは言えない」
 逆にランダスが否定してくる。
「だから、私はそそっかしいんです。よくこんな事をやるんです。宙返りくらい何度もしたことがあります」
「おてんばなんだな…」
 ランダスはぼそっとそう言うと黙ってしまった。
「う〜む… ラルリアさん、あなたは本当に見上げた方じゃ。そこまでランダスのことを想ってくれるとは。ランダス、幸せじゃのう?」
 国王が感激したようにエメルダを見つめている。
「私もそう思います」
 ランダスがきっぱりと答えた。
「ラルリアさんを幸せにするんじゃぞ」
「もちろんです」
「そうか… よかった、よかった…」
 国王は納得したように頷く。どうやら今がこのややこしい話を終わらせる潮時らしい。
「では、食事にしましょうか」
 エメルダはにっこり笑って切り出したが、国王は厳しい顔をしてランダスを睨む。
「あと、一つじゃ! ランダス、今日、ラルリアさんの領地の監督官と会うそうだが、会って何をするつもりじゃ」
 厳しい口調だった。しかも、いままで平静だったランダスがちょっとひるんだ。
「領地の収入をラルリアの新しい口座に振り込むように指示するつもりです」
「そのくらいメールで指示すれば済むことだろう、わざわざ会う必要があるのか?」
「ラルリアは自分の領地の監督官に会ったことがないそうです。これは一度会っておくべきだと思います」
「それはいつでもいいことだろう。なぜ、こんなに急ぐ?」
「まあ、急ぐ必要はありませんが、思いついたので…」
 ランダスはなんとか平静を装っているが答えにいつもの力強さがない、それを国王は見逃さなかった。
「お前が会っておきたいんだろう。ラルリアとの力関係を見せつけてラルリアの命令ではなくお前の命令に監督官が従うようにしておきたいんだろう!」
「違います!!」
 ランダスが激しく怒鳴った。
 国王とランダスは睨み合っているが、エメルダは合点がいった。なるほど、そういう事だったのだ。この私にラルリア王女の領地をくれるはずがないではないか、私はランダスにとってどうでもいい女、こんな馬の骨以下の女に領地をくれるなどあり得ないことだ。何の事はない、ランダス自身が領地が欲しかったのだ。監督官を手なずけてしまえばラルリア王女の領地はランダスの自由になる、それが狙いだったのだ。しかし、もちろんエメルダは腹が立つことはなかった。あの領地はラルリア王女の領地であって彼女の領地ではないのだ。だからランダスが領地を自分のものにしてもエメルダが腹を立てる筋合いはどこにもない。そして、当然のごとくエメルダはランダスのこの計画を全力で応援することにした。なんとかランダスの役に立ちたかった。
「ラルリアさん、今日の謁見では監督官にくれぐれもあなたの命令だけに従うように忠告しておきなさい。万が一にもあなたの命令がないのにランダスの命令だけで動いた場合は処刑すると宣告しなさい。いいですね」
 国王はランダスを睨みつけたまま、エメルダに話しかける。
「もちろん、大丈夫です、ご心配には及びません」
 エメルダはそう答えながらまったく逆の事を考えていた。セリフの練習ではそんな文言は入っていなかったが、今日の謁見では監督官にランダスの命令にも従うように指示しよう。ランダスの命令にはいちいち私に確認する必要はないと言えばいい。たぶん、本当はランダスは私にそう言わせたかったのだ。ただ、いくら何でもそんなセリフを入れたら私が感づくと思って入れていないのだ。そして今日の謁見でランダスは上手にそのような意味の事をそれとなく言うつもりに違いない。だったらその手間をはぶいてあげよう。エメルダはそう考えると楽しくてたまらなくなってきた。ランダスの役に立てることが無性にうれしかった。
「私からも、監督官にラルリアだけの命令に従うように忠告しておきます。ラルリア、そこのところを充分に確認しておいて後で父上に謁見がどうなったか報告してくれ」
 ランダスも国王を睨みつけたままエメルダに話しかける。
「承知しました」
 エメルダはうれしそうに答えた。国王への報告はうそを言えばいいことだ。



 朝食が終わりエメルダは自分の部屋に戻ってきた。ブリジットも一緒に戻って来たが、ちょっと態度がおかしい、どこかもじもじしていてエメルダの後ろから遠慮がちについてくる。部屋に入るとやっとエメルダにそっと近づいて来た。しかし、何か言いたそうにしているがなかなか言い出せないでいる。
「なに?」
 不信に思って聞いてみた。
「王女さま……」
 ブリジットは申し訳なさそうに口を開いた。
「さっきの件ですが…… わたくし、スパイのような事をしたことを後悔しています。申し訳ありませんでした」
 そう、言うとブリジットは深々と頭を下げた。
「さっきの件って、国王陛下がランダスと私との間にあった事を知っていたことのこと?」
「そうです、告げ口をしたのは私です」
「はあ……」
 それはもう国王陛下が事情を説明したからわかっていることなのだが…
「私、あの時は国王陛下にご報告した方がいいと思ったんです。ランダスさまが王女さまにひどい事をなさるのをなんとしても食い止めないといけないと思っておりました」
 ブリジットは再び申し訳無さそうに頭をさげたが、しかし、それはブリジットは良かれと思ってやっていることだ。だから、そう無下にも怒れない。ただ迷惑なだけなのだが……
「私はランダスさまが王女さまにひどい事をなさるのを食い止めるには、国王陛下に報告して国王陛下からランダスさまにきつく言っていただくほかに方法はないと思っておりました。でも、王女さまが徹底的にランダスさまをかばわれるのを見て、私の浅はかさを思い知りました。ランダスさまとうまくやるにはランダスさまと仲良くするのが一番いい方法です。ランダスさまと仲良くなればランダスさまにひどい事をされることもなくなります。王女さまのお考えの方がはるかにいい方法です。王女さまが正しいと思います。私のやり方はまちがっていたばかりではなく王女さまの方針にご迷惑をかけるものでした。だから、お詫びいたします。もう、決してこのような事はいたしません」
 ブリジットは緊張した面持ちで再び深々と頭を下げた。
 どうやらブリジットがエメルダの気持ちをわかってくれたようだ。ブリジットが告げ口をしなくなればランダスと国王との衝突も少なくなるだろう。これでトラブルのネタが一つ減ったことになる。エメルダは一安心だったが、それでも一つ訂正しておきたいことがあった。
「やっとわかってくれたのね、ありがとう。でも、あなたの考えにはまだ重大な間違いが一つあるわ」
「えっ、間違いですか?」
 ブリジットがびっくりしている。
「つまりね、ランダスさまは私に何一つひどい事をしていないってこと。まったく、だたの一回もひどい事をしていないわ。あれは全部あなた達の誤解なの。だから、私はひどい事をされないために仲良くしようとしてるんじゃなくて普通に仲良くしてるだけ」
「はあ……」
 ブリジットがかなり驚いたような顔をしてエメルダを見つめている。
「さっきの話だってそうよ、ランダスさまが私を投げ飛ばしたんじゃなくて本当に私が勝手に転んだんです。私はそそっかしいんです。それに、その前の話だって、そう馬の骨って話だって…」
 エメルダはそこまで調子に乗って話してしまってから言葉に詰まってしまった。この話は私を本物と思っているブリジットには説明しにくい。
「いや、だから、ランダスさまは私の事を本当に馬の骨だと思って言ったわけじゃないのよ…… ただ……」
 そう言いながら、エメルダはうまい言い方はないものかとあわてて考え始めた。しかし、当然、彼女の頭の中にはランダスが『馬の骨』と言ったあの時の様子が浮かんできた。そう、あの時はランダスが私の事をどう思っているかをはからずも言ってしまった瞬間だった。あれがランダスの本当の気持ち。そうなのだ。そして、それはランダスは何も悪くない、あまりにも当然の事なのだ。ただ、当然の事なのに、私は動揺してしまう……
「ただ……」
 エメルダはそう言ったまま何も言えなくなってしまった。
「王女さま…」
 突然、黙ってしまったエメルダを心配そうにブリジットが見つめている。
「やはり、かなりショックだったのですね」
「違います!」
 エメルダはそう言うと歩き始めた。なんとか話題を変えないといけない。
「王女さま、耐える必要はございません」
 ブリジットがあわてて後からついてくる。
「王女さま、私はどうしたらいいんでしょう、どうすればお力になれるんでしょう。私は王女さまのお力になりたいんです。どうすればいいのかおっしゃって下さい」
 ブリジットはあまりにもいい人なのだ、心からラルリアの事を心配している。
「事情は説明しにくいんですけど、ランダスさまは本当に本心からそう言ったんじゃないんです」
「でも、おっしゃたんでしょ… そして、王女さまはひどい侮辱だとお感じになった……」
「だから……」
 エメルダはなんとか説明しようとしたが、これ以上どうにも説明のしようがない。
「つまり… だから… 見知らぬ国に嫁いで来たんだから多少の苦労はあるものよ」
 結局、言い逃れを言うしかなかった。
「おお、王女さま」
 ブリジットが感嘆の声をあげた。
「なんという、広いお心でしょう。わかりました。わたくし、心から王女さまをお支えいたします。辛いことがあったらなんなりと私にお話ください」
「国王陛下に告げ口しない?」
「もちろんいたしません。黙っていろとおっしゃるなら口が裂けても申しません」
「じゃあ、これから辛いことがあったらあなたに相談するわね」
 適当に話を会わせておいたがブリジットはうれしそうだ。
「どうぞ、お話になって下さい。人に話すと気がはれるものです。私でよかったらどんなくだらない繰り言でもお話ください」
「じゃあ、そうするわね」
 エメルダはそう答えたが、もし私が本物の王女だったら侍女に悩み事など相談しないだろうなと思った。




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