にせ者王女の政略結婚

謁見
 エメルダは自分の寝室でのんびりしていたが、しばらくするとブリジットが部屋にやってきた。
「ジョナサンさまがお見えです」
 ジョナサンとはラルリア王女の領地の監督官だ、いよいよ謁見だ、緊張してしまう。
「ランダスさまを呼んで」
 まずはランダスに来てもらわないとどうにもならない。
「承知しました。ジョナサンさまは謁見室に案内しておきますか?」
「そうして」
 そう答えたものの謁見室なるものがある事を初めて知った。
 しばらくするとランダスがやって来た。彼は上機嫌だ。
「どうだ、調子は?」
 緊張しているエメルダを見て彼は面白そうに聞く。
「心配です」
「なに、心配しなくていい。少しくらいトチっても当たり前のような顔をしてろ。王女が言った事がわからなかつた場合、それは聞き取れなかった家臣の方が悪いんだ」
 ランダスは気楽にそう言うとエメルダの肩を軽くたたいた。
「では、行くぞ」
「はい」
 そう言われても緊張する、どきどきしながらランダスの後に続いた。
 謁見室はどこかもっと遠くにあるんだろうと思いながらランダスの後を歩いていたら「ランダス王子さま、ラルリア王女さまのおなり〜」と、いきなり近くに立っていた女性が大きな声を出した。
 おなり〜って、ここはまだ自分の部屋の中を歩いているだけなのに…
 しかし、そう思った時はもう遅かった。そこは広い部屋で赤い絨毯が引いてあり、エメルダの目の前には少し高くなった台があってその台の上に豪華な椅子が一つ置いてあった。さらに部屋の中央を見るとゴテゴテの正装をした男が一人、神妙な顔で立っている。なんと、ここが謁見室なのだ。謁見室はラルリア王女の部屋の中にあったのだ。
 と、ランダスが当たり前のような顔をして部屋の横手にあった椅子にさっさと腰をおろしてしまった。
 えっ、私はどうすればいいの? ランダスの横にはもう椅子はない。じゃあ、私はどこに座ればいいの?
 エメルダは必死の身振りで自分はどうすればいいのかランダスに尋ねた。ランダスが目で台の上の椅子を指差す。えっ、あの椅子に座るの、あんな目立つ所に… しかし、考えてみればこれからラルリア王女に対する謁見が始まるのだから私が一番偉い場所に座らなければならない。
 エメルダは軽く咳払いをすると台の上の豪華な椅子に腰をおろした。
 正面に立っていた男が深々と頭を下げた。
「拝謁の栄をたまわり恐悦至極にございます。王女さまにおかれましてはご機嫌麗しく健やかにお過ごしのご様子に心よりお喜び申し上げます。わたくしセラニルカニアの監督官を命じられておりますジョナサン・アラモランと申します」
 その男、ジョナサンは延々と口上を述べ始めた。ジョナサンの挨拶が終わったら最初のセリフを言わなければならないからエメルダは口の中でセリフを繰り返しながらジョナサンの口上が終わるのを待っていた。しかし、これがなかなか終わらない。ちょっとうんざりするくらいの美辞麗句を並べ立てたところでジョナサンはやっと口を閉じた。
「わざわざ来てもらいご苦労でした」
 なんとか最初のセリフを言うことができた。
「とんでもございません」
 ジョナサンは再び頭を深く下げる。
「そなたと会うのはこれが初めてですね?」
 ちょっとひっかりながらのセリフだった。
「はい、初めてお目にかかります」
 ジョナサンは再び頭をさげる。
「では、覚えておきなさい、私がそなたのあるじ、ラルリアです」
「ははっ」
 ジョナサンは平身低頭する。
「日頃よりそなたの仕事ぶりには満足しております。今後も精勤に励むように」
「ははっ」
 ジョナサンは再び頭を下げる。エメルダも話し始めると調子が出てきてすらすら話せるようになってきた。
「そなたに紹介しておこう。わたしの婚約者でアマルダ国の皇太子、ランダス王子です」
 エメルダはランダスの方に軽く手を伸ばした。ランダスは軽く頷いたが、ジョナサンはカクカクとした仕草でランダスの方に向きを変えると、これまた深々と頭を下げた。
「ご拝謁にあずかり、恐悦至極にございます」
 さて、本来ならこの後も練習してきたセリフを言わなければならないのだがエメルダはアドリブを入れることにした。
 エメルダは軽く咳払いをすると「王子は私の夫になる人です。王子もそなたに命令することがあるかと思いますが王子の命令にも私の命令同様に従いなさい」そうきっぱりと言い切った。
 ランダスがポカンとしてエメルダを見ている。
「王子の命令をいちいち私に確認する必要はありません、そのまま王子の命令に従ってかまいません、いいですね」
「ははっ」
 ジョナサンが頭を下げる。
 さぞやランダスが喜んでいるだろうと思ってエメルダはランダスを見たが、ランダスはあわてて立ち上がった。
「いや、それは違う。ラルリア、何を言うんだ。セラニルカニアは君の領地だ。私はなにも干渉するつもりはない」
「でも、私のものはランダスさまのものも同然です。どうぞ好きになさって下さい」
「ばかな、夫婦の間でもきっちりしておかなねればならん事がある。セラニルカニアは君の領地だ。私がセラニルカニアについて何か命令することはない。いや、してはならんのだ」
「でも、わたしはかまいません。セラニルカニアを自由に使って下さい」
 エメルダはさぞやランダスが喜んでくれるものと思っていたがどうもランダスの様子がおかしい。
「君は何を考えているんだ。俺は君の領地に手を出すつもりなどない!!」
「でも……」
 エメルダはそう答えたがランダスの顔がかなり険しい、怒っているのだ。エメルダは背筋が冷たくなるのを感じた。なにか勘違いをした。そしてランダスを怒らせてしまった。エメルダはランダスにすがりついて許しを請いたい気持ちだったがジョナサンがいるこの場ではそんな事はできない。
「そうですか… では、今の言葉は取り消します。王子はセラニルカニアのことについてそなたに命令する事はないそうです」
「そのとおりだ!!」
 ランダスが怒鳴るような声でジョナサンに宣言する。ジョナサンもランダスの声に縮み上がっている。
「いいか、万が一、この私がお前に何か命令しても無視しろ。決して私の命令に従ってはならん。お前は俺の家臣ではなくてラルリアの家臣なのだ。ラルリアの領地の監督官だ。よいか、今、ここではっきりと命令しておく!!」
「はい、肝に命じます」
 ジョナサンが消え入るような声で返事をした。しかし、命令に従うなと命令しているのだからどこかに矛盾があるのだが…
 ランダスは次にエメルダを睨みつけたが、そこでぐっと言葉を飲み込んだ。ちょっと落ち着かないように数歩あるいたが、思い直して元の椅子に座った。
「ラルリア、この件は後で話をしよう、謁見を続けてくれ」
 ランダスの声は怖い声ではなかったがエメルダは震え上がってしまった。後で怒られるのだ。頭が真っ白になってセリフが全部どこかに飛んで行ってしまった。
 エメルダはジョナサン見つめたまま、何を言ったらいのかわからなくなっていた。
「ラルリア、領地の収入はどうするのだ?」
 セリフがわからなくなっている事をランダスが察してくれて助け舟をだしてくれた。
「ああ、そうでした…… 私はこちらに嫁いできましたので領地の収入はこちらに振り込むように、詳細は事務官に確認しなさい」
「承知いたしました」
 ジョナサンが答える。
「それに、そなたの仕事ぶりには日頃より満足しています。そこで、そなたを私の侍従に任命します。よろしいですね」
「えっ… 今、何とおっしゃいましたか?」
 本当にジョナサンは驚いている様子だった。
「私はここでは親しい人がいません。そこで、ニレタリア出身のそなたを私の身近に仕えさせ私の力になって欲しいと思っています」
 相手の質問と微妙に話が会っていないのだが、セリフ通りにしゃべっているから仕方なかった。
「この私をそんな風に思っていて頂いているなんて考えてもおりませんでした。しかし、あまりにも身分不相応ではないでしょうか?」
「侍従になれば、地位も確立し将来が約束されるでしょう」
 エメルダはもうセリフ通りにしゃべるのが精一杯だった。
 この後もしばらく多少トンチンカンなやりとりが続いたがなんとか謁見は終了した。


 謁見が終わりランダスの後について謁見室を出て行きながらエメルダは覚悟を決めた。ランダスに怒られる。
 ランダスはエメルダを人気のない所へ連れて行くとそこで立ち止まった。
「ラルリア、どういうつもりだ!」
 怖い声だ。
「申し訳ありません。喜んでいただけると思ったんです」
「なぜ、俺が喜ぶ」
「だって、領地がランダスさまの自由になればランダスさまにとってこんないいことはないと思ったんです」
「俺は人のものを横取りする趣味はない」
「でも、これは私のものではありません。ラルリア王女のものです。それを横取りしようとしているんですから、私ではなくてランダスさまがもらっておいてもいいのではないでしょうか」
 ランダスが唸った。
「なるほど、君は優しいんだな。しかし、これは横取りではない。本来、君のものだったものを確実に君のものにしようとしているだけだ」
「でも、これは私のものではありません」
「俺は公式の話をしているのだ。公式に君のものであるものは現実にも君のものでなければならん。でないと俺の気がすまん」
「でも…」
 エメルダはそう言ったが後が続かない、これはランダスの意地なのだ、馬の骨女を送ってよこしたニレタリアへの仕返しなのだ。
「でも、もし良かったら、領地を自由にされませんか? 領地があればお考えになっている事をやってみることができます」
「だから、俺は人のものを横取りなどしない。やりたいことがあったら自分でやる」
「はい…」
 エメルダはもう逆らわないことにした。ランダスは女の情けなど受けたくないのかもしれない。
「ところでだ。ニレタリアには誰か大切な人がいるのか?」
 ランダスがいきなり不思議な事を聞く。
 大切な人って、恋人のことか? なんでそんな事を聞くのだろう。ランダスが私を愛するのに何か障害があるのかを気にしているのか?
「いえ、いません……」
 エメルダは少し戸惑い気味に答えた。
「いない? 家族もいないのか?」
「いえ、母と弟がいます」
 エメルダはあわてて訂正した。大切な人って恋人のことじゃなかったんだ。
「では、すぐに、アマルダに来るように伝えなさい。おまえがニレタリアの言う事を聞かないと家族に危害が及ぶ恐れがある」
 エメルダは小さな悲鳴を上げた。そうだ。確かにその危険がある。
「でも、貧乏なので、旅費がありません」
 エメルダがそう言うとランダスがじろりと睨んだ。
「送ってやればいい、大金持ちじゃないか」
「ああ…」
 エメルダはぽかんと口を開けたままだった。確かに信じられないほどのお金を持っているのだ。
「わかりました。すぐに連絡します」





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