にせ者王女の政略結婚

脱出
 エメルダは弟に電話した。弟の方が物わかりがいいからだ。
「やあ、ねえさん」
 弟のジェルダの声だ。
「ジョルダなの、元気?」
「元気だよ、今、宮殿にいるの?」
 弟は姉が王女の影武者になっている事を知っているのだ。
「いえ、今、アマルダにいるわ。だって王女さまが嫁いで来たんだからあたしも一緒について来たの」
「へえ、嫁ぐ時は家臣は付いて行けないんじゃないの?」
「公式にはね。でも、特殊な人は別なの」
 エメルダはうそをついた、こうでも言わないと弟が信用しないからだ。
「へえ、すごいな。じゃあ、ずっとアマルダに住むの?」
「たぶん、そうなるわね。ところで、今から大事な事を話すからしっかり聞いてね。実はとんでもない陰謀が起きていて、あたしはそれに巻き込まれてしまったの、陰謀の内容は絶対に言えないんだけど人が何人も殺されかねない陰謀なの、そしてその危険が家族にも及ぶ可能性があるのよ、だからすぐに逃げて、アマルダの私の所まで逃げて来て」
「ええっ…」
 ジョルダがびっくりしている。とても信じられないといった感じだ。
「これは、絶対に冗談なんかじゃない、その証拠にこれからあなたの銀行口座に1億ダル振り込むから、そのお金でお母さんを連れて今すぐアマルダに逃げて来て」
「一億ダル!! そんな大金どうしたの」
「この陰謀はそんな金なんて端下金になるような陰謀なの。私も巻き込まれているからある程度お金を扱えるの、細かいことはもういいから今すぐ逃げて、でないと殺されるよ」
 エメルダの真剣な声にジョルダは驚いている
「わかったよ、じゃあ、どこへ行けばいいの?」
「アマルダの宮殿に来て、ラルリア王女に会いたいと言えばいいわ」
「王女さま!! そんなの無理だよ、あえっこない」
「大丈夫、会えるようにしておくから」
「姉さんに会いたいと言うのはダメなの?」
「あたしの存在は秘密なの、だからあたしじゃダメ。いい、ラルリア王女に会いたいと言うのよ」
「わかった。今すぐ逃げた方がいいの?」
「今すぐよ。すべてをほったらかして、お母さんを連れて空港に行くの、そしてアマルダ行きの切符を買って宇宙船に乗るの、いい、わかった」
「わかった。そうする」
 そこでジョルダとの電話は切れた。
 どのくらいの時間的余裕があるのかわからなかったが、それは、いつセルダが家族を捕まえてそれで私を脅迫する事を思いつくかにかかっているように思えた。

 まあ、たぶん、大丈夫だろうと思っていたら、電話のベルが鳴り出した。なんとあのセルダからだ。
「もしもし」
 エメルダは電話に出た。
「どう、調子は?」
 セルダの声だ。
「なんとかなってるわ」
「たいしたものね、あなたにはにせ者の素質があるのね」
「そんなんじゃないわ、それこそ必死でやってるのよ」
 エメルダはちょっと憤慨した声で答えた。
「ところで、どうしてもお金と宝石をこちらに戻して欲しいの」
「宝石も!」
 なんとなく感じてはいたがやっぱり宝石もだ。
「絶対に無理! 考えてみて、どうやってそんな事をすればいいの? 返すと言うなら国王や王妃になんと説明すればいいの? 特にランダスさまは納得のいく理由がなかったら絶対に無理だわ。どんな理由を言えばいいの、返して欲しいならそっちで理由を考えて」
「ちゃんと考えてあるわ。あのね、結納の品に手違いがあったからもう一度結納をやり直すと言うの、それならいいでしょ」
「どんな手違い?」
「手違いは手違いよ、それでいいでしょ」
「あのね、国王陛下に『結納に手違いがあったから戻したいと思います』って言ったところを想像してみて、絶対に国王陛下は『どんな手違い?』って聞くと思うわ。『手違いは手違いです』って答えられるわけがないでしょ」
「でも、そこをなんとかして欲しいの、でないと事務官が処刑されるわ。王女が激怒していて絶対に預金と宝石を取り戻せと言っているの、あなたもこっちの事情がわかるでしょう」
 あの王女なら…なんとなくわかるような気がする。
「この件は国王陛下はご存知なの?」
 エメルダは試しに聞いてみた。
「まだよ、でも、あす、ご報告申し上げる予定なの」
 これは驚きだった、こんな大事な情報をあっさりと話してしまうとは、セルダはバカなのかもしれない。しかし、これで多少は向こうの様子がわかった。国王陛下が知らないのに事務官が処刑されるはずがない。王女の独断で、しかもいないはずの王女の独断で人を一人処刑なんて出来ない。つまりセルダは多少誇張して言っているのだ。
「たぶん、そんな所じゃないかと思っていたけど、それをこっちに言われても無理だわ、どうやればいいのか見当もつかない」
「そこを頼むわ、ほかにどうしようもないの」
「悪いけど無理だわ、こちらの状況を考えてみればわかると思うけど」
 しばらく言い争いが続いたがセルダは前回のように脅したりはしなかった。本当に困っているらしい。これで、もし、領地も取られそうだとわかったらどうなることやら。
 電話は結論が出ないまま終わったが、エメルダは多少不安だった。預金と宝石のことはニレタリア側のミスでこちらに何の責任もないが、領地の事がわかったら王女の怒りは頂点に達するだろう。どんな反撃があるか不安だった。

 さあ、今度はすぐに弟の口座に1億ダル振り込まなければならない。エメルダはパソコンの前に座ると振込の操作を始めた。1億ダルなんてとんでもない大金だが今のエメルダにとっては端下金にすぎなかった。
 振込は簡単に終わった。つぎはメールだ。弟に振り込んだ事を知らせておかなければならない。しかし、メールを送信し終わったところでとんでもないアカウントでメールを送信してしまったことに気がついた。なんとラルリア王女のアカウントだ。しかも丁寧にも王女の署名まで付いてしまっている。つまり、弟のところにはラルリア王女名でかつ王女の正式な署名付きのメールが届くことになる。
 まあ、いいか、と思ったところで、王女に数通のメールが来ていることに気がついた。
 メールをながめていると、ニレタリア国王からメールがきている。つまりラルリア王女の父親からのメールだ。今のセルダの話では国王はまだ実の娘が嫁いだと思っているから、嫁いで行った娘に宛ててのメールだ。
 読んでいいものかと思ったが、しかし、メールを送っても返事がないと国王が心配しているかもと思うとそっちの方も心配だった。
 恐る恐るメールを開いて見た。
 嫁いで行った娘を心配するメールだった。特にランダスにひどい仕打ちを受けていないかを心配している、優しい父親の気持ちが溢れ出た読んでいてほろっとするようなメールだった。
 『ランダスは優しい人です、安心して下さい』と返事してやりたくなったが、まさかそんな返事を書くわけにもいかない。
 セルダからのメールもあった。内容はわかっている気もするが、これは間違いなく私宛のメールだから開いてみた。
 案の定、預金と宝石を返せとのメールだった。ただ、人をそちらに送ると書いてある。ギジンバラ大公という人でその人の指示に従うようにと書いてある。
「ギジンバラ大公?」
 エメルダは頭の中を整理してみた。ニレタリア王家の一人で今の国王のいとこに当たる人だ。つまりラルリア王女とも親しいはずだ。こんな人と会うと話がややこしくなる。たぶん、この人は私がにせ者だと知っているだろうが公の場で会う時はお互いに親しい仲であるかのように振る舞わなければならない。どんな演技をすればいいのか考えただけで頭がパンクしそうだ。


 ともかく、すべてランダスに報告した方がいい。
 エメルダはすぐにランダスの部屋に向かうことにしたが廊下まで出るとずいぶんと距離がある。ふと、寝室を見た。あそこからならすぐに行けるのだが…
 エメルダはちょっと迷ったが、結局寝室に向かった。寝室に入るとランダスの部屋に通じる扉に手をかけた。ランダスは自分の側は鍵をかけていないと言っていた。エメルダはまず自分の側の鍵を外してそっとノブを回してみた。扉は簡単に開いた。扉から向こうを覗くとランダスのベットがある。部屋には誰もいない。エメルダはまるで泥棒のように忍び足でランダスの寝室に入った。そして向こう側の扉を開けてランダスの部屋に出た。
 さあ、ランダスはどこにいるのだろう。
 エメルダはそのまま歩き始めた。きのうランダスが妻なんだから取り次ぐ必要などなく自由に入ってきていいと言った言葉だけが頼りだった。
 しかし、歩いているうちにだんだん心配になってきた。ランダスはよく本物のラルリア王女と私を間違えるからあれはラルリア王女に言った言葉かもしれない。王女なら自由に入ってもかまわないだろうと思えるが、この私が一国の皇太子の部屋に自由に入っていいはずがない。そう考え始めるとランダスの部屋に勝手に入るのはまずいような気がしてきた。やっぱり廊下を通って正面から入ることにしよう。
 そう思い直すとエメルダは急ぎ足でランダスの寝室に向かった。パッと寝室の扉を開いて中に飛び込んだらランダスが立っていた、しかも裸で。後ろ向きに立っていたので肝心の部分は見えなかったがそれでもおしりは丸出しだった。ランダスが驚いて首だけこっちを振り向く。
「すみません」
 エメルダはあわててからだを引いて部屋から飛び出すと扉を閉めた。
 やってしまった。とんでもないミスをついにやってしまった。私はなんというバカなんだろう。これでランダスから殺される。いや、殺すと同盟の問題が起きるから殺しはしないだろうが、たぶん、ムチ打ちだ。裸にされて柱に縛り付けられてムチ打ちにされる。そして一番の味方を失うのだ。
 エメルダはうなだれて扉の前に立っていた。ランダスが着替えを終えたら怒りに燃えた顔でこの扉を開いて出てくるだろう。まずは殴られるか投げ飛ばされるかだ。でも、甘んじて受けよう。ほとほと自分のアホさ加減に愛想が尽きる。
 しばらくすると扉が開いてランダスが出てきた。
「やあ、なんの用だ?」
 上機嫌の顔だ。
「申し訳ありません」
 エメルダはランダスの足元にすがりついた。
「なにをしている」
 ランダスが不思議そうに聞く。
「申し訳ありません。どのような処罰でも受けます」
「処罰? いったい、何をしでかしたのだ?」
「何って、今のことです」
「今? 今、何をした?」
 こう言われるとエメルダの方が困ってしまう。
「だから、今、寝室に入ってしまって、その… だから…」
「ああ、あの事か、どうせ夫婦になるんだ、かまわんだろう」
「はあ…」
 エメルダはひざまずいたままランダスを見上げた。同盟を結ぶために見かけ上の結婚式をあげるのはもう理解していたが、そのあと本当に夫婦になるんだろうか?
「さあ、立て」
 ランダスがエメルダを引き起こす。
「私達、本当に夫婦になるんですか?」
 思わず、一番微妙な部分を聞いてしまった。
「もちろんだ」
 ランダスはこともなげにそう言ったが、驚いたような顔をしているエメルダを見て言葉に詰まってしまった。そして彼は苛立ったようにうろうろと歩き始めた。しばらく歩きながら考えていたが何かを思いついたようにエメルダの前に立ち止まった。
「確かにそうだ、俺はなぜか思い込みが激しい、君の気持ちをまったく考えていなかった。まず、なにより俺は君に結婚を申し込んでいない。それにだ、ニレタリアが謝ってきたら話が元に戻るかもしれん。俺はいい加減な謝罪など受け入れるつもりはないが、本当の事を説明し責任者を処罰するなら受け入れざるを得ないだろう。そうすれば本物のラルリア王女が嫁いで来ることになる。そして本物のラルリア王女と結婚せざるを得なくなるだろう」
 再び彼は苛立ったように歩き始めた。
「だが、俺はニレタリアが正直に謝ってくることはないと踏んでいる。あのニレタリアだぞ。あのニレタリアが我が国に謝罪するような屈辱的な事をするだろうか。そんな事はせんだろう。だから、この問題はいつまでも解決しない。そして、そのうち軍事同盟が結ばれて現実に共同戦線が作れるようになる。そうなれば何も心配する事がなくなる。この政略結婚は軍事同盟を結ぶための結婚なんだから軍事同盟さえ機能してしまえばラルリアなどとと結婚する必要はなくなるのだ」
 ランダスは結論が出たとばかりにエメルダを振り向いた。
「だから、それまでの辛抱だ」
 ランダスはエメルダも喜ぶと思っているらしく、うれしそうにエメルダの顔を見る。しかし、エメルダには今のランダスの独り言の意味はまったくわからなかったからポカンとしていた。
「そう、そうだな、もう一つ問題があったな……」
 ランダス力なく頷く。
「君が俺と結婚してくれるかがあったな……」
 ランダスは小さな声で独り言のようにつぶやいたが、エメルダには今のランダスの声はよく聞き取れなかった。
 ランダスはしばらく黙って考えていたが不意に顔を上げた。
「ところで何の用だ?」
「じつは、お話したい事があります」
 ランダスはエメルダを近くの椅子に誘うとそこに腰を下ろした。エメルダはさっきの電話やメールの事を一部始終報告した。ランダスは腕を組んで唸っている。
「ニレタリア国王も知らんのか、とんでもないバカ者達だな。ただ、そのギジンバラ大公と会うのはちょっと気になるな、少なくとも二人だけで会うのはよせ」
「はい、承知しました」
「俺が常にお前の横にいて二人だけになるチャンスを作らないようにする。それとお前の母と弟が住む場所は俺が手配しよう。本当はお前と会わない方がいいのだがそうもいかんだろう。だから一度だけ会っていい。もちろんラルリアの影武者の仕事をしていると言うのだぞ」
「はい」
「ニレタリアの国王がこの事を知ればどう出てくるかは見ものだな。たぶん、お前を悪者にするだろう。さて、それにどう対応するかだが、これは面白くなってきたぞ」
 エメルダにとっては恐ろしい話だったが、ランダスはうれしそうに立ち上がった。





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