にせ者王女の政略結婚

大公

 次の日、ギジンバラ大公が宮殿にやって来た。この時代、王家や貴族同士の結婚では花嫁を嫁がせるという考え方になっており結婚式には花嫁側の親戚は出席しない。もちろん結婚式前に花嫁側の親戚が花嫁に会うこともない。だからギジンバラ大公の訪問も同盟締結の打ち合わせのためとなっており、ラルリア王女に会う予定はなかった。
 エメルダは自分の部屋にランダスと一緒にいた。公式には会う予定はなくても宮殿に中にいるのだ。いつ何時ラルリア王女の部屋に来ないとも限らない。
 やがてメイドがラルリアの元にやって来た。
「国王陛下とギジンバラ大公がお見えです」
「国王陛下も?」
 エメルダはびっくりした。ギジンバラ大公だけなら断るという方法もあったのだが国王が一緒となると断れない。エメルダはランダスを見た。
「しかたない、お通しして」
「はい」
 メイドは下がって行く。
 エメルダとランダスも立ち上がって二人を迎えに出た。
 国王が上機嫌で部屋に入って来た。
「ラルリア、珍しい人がきておるぞ。そなたが会いたいだろうと思ってな」
 国王の後ろから背の高い神経質そうな人が入ってくる。たぶん、あれがギジンバラ大公だ。しかし、いったいどういう演技をしたらいいのか見当もつかない。しかし、たぶん、ギジンバラ大公とラルリア王女は親しいはずだ。
「まあ、おじさま。よくいらしたわ」
 必死の演技だった。
「ラルリア、元気にしてるか」
 ギジンバラ大公も親しげにラルリアの所にやってくる。そしてエメルダは親しげなギジンバラ大公に抱きしめられてしまった。
「結婚、おめでとう。どうかね、ランダス皇太子とうまくやっているかね」
 ギジンバラ大公も国王とランダスの手前、演技をしているらしい。
「ええ、もちろん。ランダスさまは優しい方です」
「それはよかった」
「あの、ご紹介します。婚約者のランダス皇太子です」
 エメルダは会話をランダスにふりたくて、ランダスに手をやった。
「いや、ランダス皇太子とは以前にお会いした事があります。確かそうでしたな」
「ええ、お会いしたことがあります。その節はどうも」
「いやいや…」
 二人の会話は固くなった。どうやら親しい関係で会ったわけではないらしい。
 四人はソファーに座って話し始めた。ギジンバラ大公は話上手でラルリアの昔話をして座を盛り上げてくれる。エメルダはまったく経験のない自分に昔話になんとか話を会わせていた。
「ラルリアはじつにおてんばでな、木に登って降りられなくなった事があってな」
「まあ、嫌だわ」
 エメルダはどう話が進んでも問題ないような返事をしていた。
「あれは、ラルリアが八歳くらいの時だったと思うが、木の上で泣いておってな、私が抱いて降ろしてやった事がある」
「おじさま、あまり、変な話はしないで下さい」
「しかもだ、降ろしてやったのに礼も言わずに走って行ってしまいおってな」
「まあ、そうだったんですか」
 エメルダも必死に明るく振る舞っていた。
「ところでランダス、ちょっと来てくれんか」
 国王が時々ランダスを誘い出そうとする。国王としてはラルリアとギジンバラを二人きりにしてやった方がいいと思っているらしい。
「いえ、ラルリアの子供の頃の話はおもしろいじゃありませんか」
 しかし、ランダスはエメルダの横にぴったりと座ったまま動こうとはしない。
 やがて国王がしびれを切らしてきたのか、立ち上がるとランダスの腕を掴んだ。
「ラルリアさんに内密で伝えておきたい事があるそうだ、だから席を外せ」
 どうやらギジンバラ大公が国王に二人きりにして欲しいと頼んでいたらしい。こうなるとランダスも断りきれなくなった。ここにいてくれというエメルダの必死の視線を見ながら立ち上がった。
「すぐに戻る。二、三分だ」
 国王がランダスを引っ張って部屋から出て行く。二人がいなくなるとギジンバラ大公の態度が一変した。
「たいした玉だな、ランダスをあそこまで手なづけてるとは。ベットでのテクニックはたいしたもんなんだろうな」
「預金と宝石を戻すのは無理です」
 エメルダはギジンバラの今の言葉は無視してこちらの事情を説明した。
「そんな事で来たんじゃない。どうやって化けの皮をはいでやるか様子を見に来たんだ。こんな事をしてうまくいくとでも思っているのか!!」
「こんなことって?」
 エメルダはギジンバラの言いようにびっくりしてしまった。
「王女になりすまそうなんて無理だって事がわからんのか、いつか尻尾が出てしまう」
「でも、私は無理やりやらされているんです。ナイフで殺すと脅されて」
「バカな、王女に薬を飲ませて王女が眠っている間にすり代わったんだろう」
「違います!!」
 エメルダは大声を出した。まさか、まさか、そんな話になっているとは。
「私は無理やり宇宙船に乗せられて、無理やり王女の身代わりをさせられているんです」
「そんな話、誰が信じるか」
「本当の事です!! 無理やりやらされているんです」
 エメルダも必死だった。
「ばかな、誰がそんな事をさせる」
「直接にはセルダです。私はセルダからナイフで脅されて宇宙船に乗せられたんです。でも、セルダの背後にも誰かいると思います」
「ありえんな、お前が王女を眠らせてすり代わったんだ、優雅な暮らしがしたくてな」
「違います!!」
 エメルダは必死で考えた。なんとか自分の話が本当だと信じてもらわないといけない。
「もし… もし、薬で眠らされていたのなら、なぜ目を覚ました時すぐにその事を言わなかったんです? おかしいじゃありませんか。宇宙船でニレタリアからここまで一日かかります。その後も充分に時間がありました。すぐにアマルダに連絡を取れば私は捕まって処刑されたでしょう。それなのに王女は誰にも言わなかった。なぜです?」
「なぜって… あわてたからだろう。どうすればいいのか分からなかったんだ」
「まさか、誰だって、そんな事になったら大騒ぎをして助けを呼びます。黙っていようなんて考えるはずがありません」
 ギジンバラ大公は何かを言い返そうとしたが言葉が出てこない。
「そんな事はあり得ん」
 そう言うと黙ってしまった。
「私は本当に無理やり身代わりをやらされているんです。そして、預金と宝石を戻すように指示されています。でも、そんな事無理です。どう説明したらいいんです」
「うむ……」
 そこへランダスが戻って来た。後ろから国王が何か小声で怒鳴っているがランダスは気にも止めていない。そしてエメルダの横にどかっと腰を下ろすとギジンバラ大公を睨みつけた。
「ラルリア、何か悪い忠告をされたのかもしれんが、俺の事は先入観を持たずに実際の俺を見てお前が判断してくれ」
「はっ…?」
 エメルダはランダスが急に何を言い出したのか意味がわからなかった。
「いやいや、そんな話はしていませんよ。皇太子はかねがね立派なお方だと思っております」
 ギジンバラ大公が慇懃に答える。
「心にもないことを、ちまたでの私の噂はよく存じております。それに、まあ、その噂はそれほど間違っていないとも思っております」
「よくわかっておいでだ。しかし、今話していたのはそのような事ではありません」
 二人で厳しい会話が続いていたが、エメルダはさっきのランダスの言葉の意味がだんだんわかって来た。ランダスがすぐに戻って来た事を怪しまれないようにするためだ。ランダスがラルリアがにせ者だと知っていてラルリアをかばうためにすぐに戻って来たと思われてはまずいのだ。
「ラルリア王女にも悪い噂がある。それについてはどうお考えですか」
 ギジンバラがラルリアが目の前にいるのに驚くべき事を聞く。
「いやいや、噂ほどあてにならんものはないと思いましたな」
 ランダスもやや警戒している。
「ほう、でも、どこかおかしいとは思いになりませんか?」
 エメルダはギクっとした。いよいよギジンバラはラルリアがにせ者だとバラすつもりか。
「おかしい? 何がです」
 しかし、ランダスは平然と受け流した。
「いやいや、他意はありません。さて、ではそろそろおいとましようかな。ラルリア、私の言った事を肝に命じてください」
 ギジンバラ大公が立ち上がろうとする。
「私は承服しかねます。私が申し上げた事が本当のことです」
 エメルダは声を大きくして反論した。
「なるほど…」
 そう言いながらギジンバラ大公は出口に向かって歩き始めた。ランダスとエメルダもその後に続いた。
 ギジンバラ大公と国王が行ってしまうとランダスがエメルダの腕を掴んだ。
「何の話だった?」
「ランダスさまのおっしゃった通りです。この事件は私が悪いように言われました。向こうでは私が王女に睡眠薬を飲ませてその隙に王女と入れ代わったと思われています」
「くそっ、そんな事だろうと思った。で、預金や宝石はどうしろと」
「それが目的じゃなくて私の化けの皮をはぐのが目的だと言われました」
「化けの皮をはぐ?」
 ランダスが不思議そうな顔をした。彼は腕を組んで考えている。
「意味がよくわからんが、とりあえず様子を見に来たといったところだろう。化けの皮をはぐにはどう言い訳をするかが大難題になる。それを簡単には思い付かんだろう」




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