にせ者王女の政略結婚

行列を作って行進

 エメルダは宮殿の中を散歩していた。宮殿には王家の一族だけが住んでいるエリアがあって、そこは王家の人とその取り巻きしか入ることができない。そしてそこには門のような所があってそこから先が一般の宮殿になる。この一般の宮殿に行く時は侍女達十人くらいを連れて行くことになっていた。エメルダが先頭を歩きその後ろを侍女達がぞろぞろと行列を作って歩くのだ。すれ違う人は全員エメルダに道を譲り横によけて頭を下げる。じつに気持ちがいい。ここでエメルダより格が上の女性は王妃さましかいないのだ。つまり王妃さまの行列に出会った時だけエメルダが道を譲らなければならない。

 しばらく歩いていると、なんと弟のジョルダと母親がこちらに向かって歩いているのに出くわした。もう宮殿まで来ていたのだ。声をかけたい気持ちでいっぱいになったがそんな事はできない。
 二人はすぐに道を譲ると廊下の端に立って頭を下げている。まあ、後で会えるだろうと思ってエメルダはそのままその前を通り過ぎようとした。と、その時、ジョルダが持っていた鞄を落とした。中身が大きな音をたてて周囲に転がった。
「すみません…」
 ジョルだがあわてて品物をかき集めている。エメルダは足を止めたが、どうしてもジョルダをからかってやりたくなった。
「そなた、名はなんという?」
 厳しい口調で聞いた。
 ジョルダが自分ですか? みたいな驚いた顔をしてこっちを見る。
「そう、そなたじゃ」
「ジョルダ、アレンクスと申します」
 ジョルダが震える声で答える。
「なるほど」
 エメルダはそう答えると、そのままジョルダを無視して歩き始めた。ジョルダが王女と会話できた事を喜んでいるだろうなと思うと愉快でならなかった。

 エメルダは急いで自分の部屋に戻ってくるとランダスが待っていた。
「お母さん達が来ている。部屋を準備しているからそこで会え、あくまでもラルリアの影武者をしていると言うのだぞ」
「はい、もちろんです」
「細かい話は一切するな。ただ、会って安心させるだけだ」
「わかりました」
「会えるのは今回だけだと言え。もちろん年月がたてば普通に会える日が来るだろうが、ここ数年は会えないと言え」
「了解です」
「それと、これが新しいパスポートとキーカードだ。これで別人になるんだ。住む場所も準備した。これが住所だ」
「恐縮です」
 ランダスがカード類を手渡す。エメルダはそれを受け取った。
「それと、怪しまれないために君が振り込んだ大金は戻すように言え、そして生活費は君の給料から仕送りすると言うんだ」
「イエッサ」
「イエッサ?」
 ランダスが不思議そうな顔をしている。
「いえ、返事に変化をつけようと思って…… でも、もうこれしか思いつかなかったんです」
「何を考えておるんだ。まあ、いい。こっちだ」
 ランダスについて廊下を進むとややみすぼらしい一角に出た。使用人達の居住区だ。ランダスはその中の一つの扉の前に来た。
「ここだ、いいな」
「OKです」
「何を言っとるんだ」
 ランダスはそう言うと帰って行く。エメルダは扉をノックすると扉をそっと開いた。
 中には母とジョルダが不安そうな顔で立っている。エメルダはゆっくりと中に入ったが二人は緊張した顔で動かない。どうやらエメルダが着ているドレスを見て王女かもしれないと思っているらしい。
「母さん、ジョルダ、よく来たわ」
 エメルダが声をかけると二人に笑顔が戻った。
「エメルダ、お前なの?」
「そうよ」
「でも、そのドレスは?」
「影武者だもの、王女とまったく同じドレスを着ているの」
「そうなの」
 三人は抱き合った。
「危険だって言うから慌てて逃げてきたけど何が起きてるの?」
 ジョルダが聞く。
「申し訳ないけど、詳細はまったく言えないの。その事を喋ったら殺されるわ。だから危険だってことだけ知っていてもらえばいい。もちろんアマルダに住んでいれば安全だわ」
 それからエメルダはパスポートとキーカードを取り出した。
「これで別人になってもらうから、元の名前のままだとニレタリアから拉致されるかもしれない」
「そんな恐ろしい話なのかい」
 母が聞く。
「正直、かなり恐ろしい事になってるわ」
「お前は大丈夫なの?」
 母が心配そうに聞く。
「まず、殺されることはないと思うけど、もう渦のど真ん中にいるって感じよ」
「じゃあ、こんなところ逃げ出したら?」
「もう逃げられないとこまで来てしまってるの、今は必死で生き抜く事を考えているだけ」
 エメルダは手際よく今後の事を説明した。
「これでいい?」
「ああ、わかったよ」
 ジョルダが不安そうに頷いている。
「あんまり目立たないようにしてるのよ」
「ああ、じゃあ、あまり外出もしない方がいいかな」
「いや、気晴らし程度にはいいんじゃない」
「ああ…」
 ジョルダが元気がない。
 エメルダはふと面白い事を思い付いたので立ち上がった。そしてゆっくりとジョルダを睨みつけた。
「そなた、名はなんという?」
「えっ?」
 ジョルダがびっくりしている。
「そう、そなたじゃ」
「えっ… あれ、姉さんなの?」
 エメルダは大笑いをした。
「ジョルダがおどおどしてた所が面白かったわ。あの鞄の中には何が入っていたの?」
「でも、でも、なんで?」
「だから、これが影武者の仕事よ。王女は公式の場所に出たがらないからそういう時は私が出るの。ごくひと握りの人を除いてみんな本物のラルリア王女だと思っているわ」
 エメルダはうそをついたが、まあ、こうでも説明しておかないと怪しまれる。
「じゃあ、あのメールもそうなの? ラルリア王女の署名があったけど、あの署名を確認したら本物だった。本物の署名ができちゃうの?」
「いやあ、あれはちょっとしたミスなの、たまたま王女に代わってメールを書いていたからあんな事がおきちゃったの」
 もう一度うそをついた。本当は本物の署名が出来てしまうのだが。
「じゃあ、これでお別れね。私は先に部屋を出るからしばらくしてから部屋を出てね、私達が一緒にいるところを見られるとまずいの」
「わかった」
 ジョルダが頷く。
 エメルダは二人を思い切り抱きしめた。ここにいれば大丈夫だと何度も安心させてから部屋を出た。本当はどのくらい危険なのかエメルダ自身にもわからなかった。

 エメルダは二人をそれとなく見送るため宮殿正面のバルコニーに行くことにした。宮殿の正面は大庭園になっていてその中央を宮殿に通じる道が真っ直ぐに伸びている。宮殿の展望階正面にあるバルコニーからはこの正面の大庭園が見渡せるのだ。
 しかし、今回は侍女達を連れて行くわけにはいかない。バルコニーで何をしているのかわかってしまうからだ。妙な人に会わずにこのバルコニーまで行けるだろうと思ってエメルダは一人で宮殿の一般エリアに入って行った。
 できるだけ人気のない道を選んで進んで行った。途中、女中などに会うが王女だとは気が付かないから道を譲ることもない。
 しかし、角を曲がったところで、とんでもない一群と鉢合わせしてしまった。高貴な女性の行列だ。侍女たちを十人くらい連れて歩いている。引き返そうかとも思ったがこの状況で引き返しても無礼な振る舞いになってしまう。道を譲って頭を下げようかとも思ったが王女だと分かったらもっとまずい事になる。
 エメルダはぐいっと顔を上げると道の真ん中に立ち相手の女性の正面に立ちふさがった。
 相手の侍女があわてて飛び出して来た。数人がエメルダの回りを取り囲む。
「何をするんです。この方をどなたと心得ます!」
 相手の女性の侍女が憤慨して声を荒らげた。
「このような事をしてただで済むと思ってるのですか! ムチ打ちですよ。さあ、そこをどきなさい。今なら多目に見てあげます」
 しかし、エメルダは侍女ではなく相手の女性を睨みつけ、大きく息を吸い込んだ。
「道を開けなさい、私はラルリアです」
 エメルダは冷たい声で言い放った。
「何をバカな、いま誰だと言いました? 王女さまがこんな所に一人でおられるわけがないでしょう」
 しかし、エメルダは相手の女性を睨みつけた。
「まさか、私の顔を知らないとでも?」
 相手の女性の顔が変わった。
「まさか、王女さま……」
 この言葉に侍女もびっくりしている。目をキョロキョロさせてエメルダの顔を見たり自分の主人の顔を見たり。
「これは、失礼しました」
 相手の女性が頭を下げると、さっと横に道を譲った。侍女達も主人の動きに戸惑いながらも一緒に横に動く。
「でも、こんなところにお一人で何をされておいでなのです?」
「ちょっと急いで行く所があって侍女達を連れてくる暇がなかったのです。ニレタリアではここほど仰々しくなかったものですから」
「そうでしたか、そうとは知らず大変ご無礼をいたしました」
 相手の女性は深く頭を下げる。
「いえ、気にしないで下さい」
 そう言うと、エメルダは彼女達の前を堂々と歩いて通り過ぎた。ちょっといい気分だった。

 バルコニーに着いて、しばらく待っていると二人が宮殿から出てきた。エメルダは二人が見えなくなるまで見送っていた。




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