妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

お風呂

 ゾージャの家に戻ってきた。
 食堂の横の広間のところでミリーが待っていた。
「お風呂の準備ができています」
 ミリーがお風呂をすすめてくれる。
「お召し物もお着替えになった方がいいと思います」
 ミリーが着替えの着物を持っている。そうかもしれない。四年間これを着ていたわけだし。
 今井がうなずくとミリーは今井の目の前ですうっと浮き上がった。ビックリして見上げているとミリーは例の二階へ通じる扉を開けて宙に浮いたままナキータを待っている。なるほどナキータのために扉を開けてくれたのだ。妖怪は人間と違って上下方向にも動けるからビックリしてしまう。
 今井は浮き上がった。飛べるって楽しくなってしまう。ミリーが開いてくれている扉から中に入った。そこは廊下になっていた。
「こちらです」
 ミリーが案内してくれる。
 飛んでみて始めてわかったのだが歩くより飛ぶ方がはるかに体力を使う。だから平坦な所は歩くようになっているのだ。
 ミリーは廊下を少し進むとそこにあった扉を開いてくれた。
「ここがナキータさまのお部屋です」
 一瞬ドキッとした。ナキータの部屋と言った。じゃあゾージャは一緒じゃないのか。
「ゾージャは?」
 もしやと思いながら聞いてみた。
「お二人は別々のお部屋でお暮らしです」
 ミリーが教えてくれる。
 どっと安堵の思いがこみ上げてきた。一人の部屋でよかった。ゾージャと一緒の部屋だったら気の休まる暇がない。
 そこはかなり豪華な部屋だった。壷などの調度品が置いてある。窓からは山々が見えていて本当に見晴らしがいい。妖怪が山の斜面に家を建てるのもわかる、景色がすばらしいのだ。
 大きなベットが窓際に置いてあり、ここが自分の部屋だと思うとちょっとうれしくなってしまう。妖怪生活もなんとかなりそうだった。
「こちらです」
 ミリーが浴室に案内してくれた。お風呂もお湯がはってある普通のお風呂だった。
「準備が終わったらお呼びください」
 ミリーはナキータを浴室に残して出ていく。

 浴室には大きな鏡があった。
 鏡に写った自分の姿を見てみた。そこには信じられないくらいかわいい娘が写っていた。さっきのサイドミラーでみたナキータもかわいかったが、大きな鏡でみる等身大のナキータはすばらしい。顔の作りが人間と少し違っていて妖艶な不思議な魅力がある。あどけない目なのだがどこか鋭いところがあって獲物を襲う猛獣のような目だ。髪の毛はボサボサになっていて長い封印生活を物語っている。
 こんなかわいい娘が自分だなんてうれしくなってしまう。今井が手を上げると鏡に中のナキータも手を上げる。今井が腰をひねると鏡の中のナキータも腰をひねる。今井がナキータに微笑みかけると鏡の中のナキータが今井に微笑みかける。
 今井は女性に微笑みかけられたことなどなかったが、鏡の中のナキータはいつまでも好きなだけ今井に微笑みかけてくれる。
 今井はうっとりとナキータの姿に見とれていた。
 と、だれかが浴室の扉をノックする。
「髪をおときいたしましょうか?」
 ミリーだ。髪の毛がぼさぼさなのでといてくれるというのだ。でも、まだ着物すら脱いでいない。
「大丈夫です、自分でやります」
 今井はあわてて返事した。
「それだけ痛んでるとご自分では無理だと思います」
 ミリーが扉の向こうから説明する。
 さあ、どうする。しかし、やはり一人の方が安心できた。
「大丈夫です」
 もう一度返事した。
「承知しました」
 ミリーが納得がいかないといった感じで答えた。
 さあ、あんまり時間をかけるのも変だ、風呂に入らなくちゃ。

 しかし、風呂に入るためには着物を脱がなければならない。
 つまりナキータが俺の見ている目の前で着物を脱ぐのだ。これほどまでにかわいいナキータが着物を脱ぐ、急にどきどきしてきた。
 取りあえず携帯や鍵をふところから取り出すと浴室の物入の中に隠した。
 それから鏡の前に立った。紐を探しながらほどき、一枚一枚脱いでいく、そして、とうとう全部脱いでしまった。
 ナキータのからだはそれはそれはすばらしかった。まぶしくて正視できないくらいすばらしかった。

 さて、風呂には入ったがやはり何もかも違う、石けんとかシャンプーがないし洗面器もない。いったいどうやって洗えばいいのだ。
 ともかくお湯につかってからだをこすった。髪の毛もお湯にもぐって洗った。
 風呂から出ると、もらっていた着物を着ようとしたが着方がわからない。ともかく着物をからだに巻きつけて腰の所を紐で縛っておいた。
 時間がかかったがやっと浴室から出ることができた。
 ミリーがギョッとしたようにナキータを見つめている。
 今井はまじまじと自分の姿を見てみた。髪の毛も風呂に入る前よりひどくなっている。
「やり方がわからなくて……」
 今井はわらってごまかそうとしたが無駄だった。
「私がお手伝いいたします」
 ミリーがきっぱりとした口調で言うと、ナキータをもう一度浴室に連れていく。
 ミリーに手伝ってもらって、もう一度全部やり直しになった。
 からだを洗って、髪をといてもらって、新しい着物に着替えて、全部ミリーがやってくれた。
 着替えが終わるとミリーが鏡に前に連れて行ってくれた。
 そこには信じられないくらいかわいいナキータが写っていた。明るい柄のふわっとした着物を着ているのだがこれがよく似合う。微笑むと食べてしまいたいくらいかわいい。
 ちょっと横を向いてみたが、ポーズを作るとまた粋な感じになる。ナキータは何をやってもかわいい。
「お気に召しましたか?」
 鏡に見とれているナキータにミリーもうれしそうだ。
「ありがとう、これ、すごくかわいい」
 できるだけ女の子らしく言った。
「すごくお似合いですよ」
 ミリーもほめてくれる。
 今まで着ていたケバケバしい柄の着物よりこちらの方が断然いい。鏡の中のあどけない顔がニコッと笑う、まだ十代の顔だ。
 ふと、ナキータの年齢が気になった。見た目にはまだ十代に見える。しかし、結婚しているのだし、さらに四年ものブランクがあるのだから十代では若すぎる。
「あのう…」
 ミリーに聞いてみることにした。
「私はいくつなんですか?」
「四十才くらいだと伺っております」
 四十! かなりの年なんだ。妖怪は年齢と見た目が全然ちがうのだ。
「ゾージャは?」
「ゾージャさまは百二十才くらいではないでしょうか」
 百二十! こっちもすごい。どうやら、妖怪は人間よりもはるかに長寿らしい。
「ところで、何か思い出されましたか?」
 ミリーが聞く。
 思い出すわけがないので黙って首を振った。
「そうですか…… でも、大丈夫です。明日にでもゾージャさまがお医者さまをお呼びになると思います。お医者さまに診ていただけば治りますよ」
 医者!! ビックリだった。妖怪にも医者がいるのか。
「医者って?」
「すごく強い妖力をお持ちで体の中が何でも分かってしまうんです。お医者さまに診ていただけばすぐに記憶が戻ると思いますよ」
 体の中が分かってしまう!! まずい。それならナキータのからだが乗っ取られていることぐらいわかってしまうだろう。まずい。医者はまずい。
「いえ、大丈夫だと思うわ。もうすぐ記憶が戻りそうな気がするの」
 今井は必死だった。なんとか医者は断らないと。
「それは、よかったですね。たぶん一時的なものだと思います。すぐに元のようになりますよ」
 しかし、ミリーはただ喜んでいるだけだった。
「お茶をお持ちしますね」
 ミリーはお茶の準備を始めた。もう医者には関心がないようだ。
「もうすぐ治ると思うの、医者はいらないと思うけど……」
 なんとか、医者を断りたい。
「そうですか」
 ミリーはお茶の準備をしながら生半可な返事をする。そうだろう、ミリーが医者を呼ぶわけじゃないからミリーに言っても無駄なのだ。これはゾージャに言わないといけない。
「封印生活、ご苦労さまでした」
 ミリーはお茶とお菓子を出してくれる。
 今井はちょっと戸惑ってミリーを見た。ミリーはもう医者の事は忘れているようだ。仕方がないので、出されたお茶を飲んでみた。普通においしい。
「毎日、心配しておりました。もう、お亡くなりになっているだろうと思っておりました。本当によく頑張られたと思います。無事にお帰りになられて、心からお喜び申し上げます」
 ミリーは丁寧に頭を下げた。しかし、今井はちょっと良心が痛んだ。結局、ナキータはここへ帰ってくることはできなかったのだ。
「封印生活は大変なご苦労だった思います。どんな生活だったんですか?」
 ミリーに聞かれてあの穴蔵を思い出した。あんな狭い所に閉じ込められるって辛いだろうと思った。
「いえ、それも覚えていないんです」
 そう答えるしかなかった。
「そうですか…… おいたわしい限りです。でも、大丈夫です、お医者さまに診ていただけばすぐに治りますよ」
 ミリーは励ましてくれる。
 ミリーは本当にいい人、じゃなくて妖怪のようだ。
 人間がまったく知らないところにこんな妖怪の世界があるなんて信じられなかった。






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