妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

バレてしまった

 しばらくしてミリーは部屋を出て行き、やっと一人になることができた。
 一人になると疲れがどっと出てきた。ともかく緊張の連続だった。自分専用の部屋があって本当に助かった。
 まずはベットにバタっと倒れ込んだ。体中がずきずき痛む。緊張でごちごちになっていたのだ。大の字に横になって天井を見つめた。天井一面に模様が描かれていて気味の悪い部屋だった。妖怪の部屋らしい雰囲気だ。
 ごろりと横になると今度は部屋の中が見渡せた。広い部屋で骨董品のようなものが飾ってあるが今井の趣味ではなかった。
 ちょっとからだの向きを変えると今度は窓から外が見えた。しかしここの景色は最高だった。雪山がすばらしい。窓からの景色だけは妖怪の趣味がいいと言わざるをえなかった。
 ここにどのくらい居なければならないのだろう。まさか一生という事はないと思うが、でも逃げ出す方法もまったく思いつかない。しかも、ここから逃げられても元のからだに戻らなければならないがどうやればいい。そもそもそんな事ができるのか。
 今井は自分の手を見てみた。ほっそりとした女の手だ。これが今の自分のからだなのだ。今は違和感を感じるがすぐに慣れてしまうだろう。そうなれば、このままここで暮らすことになるかもしれない。元のからだに戻れないのなら人間界で暮らすよりここで暮らした方がむしろいいのかもしれない。
 今井はいろいろと考えたが何も結論は出なかった。

 今井はしばらく横になって疲れをほぐしていたが、緊張も取れてくるとベットの上に体を起こした。
 この部屋は窓が何ヶ所かあって、その中にガラス戸になっている所があった。そこから外に出られるらしい。
 ベットから降りてガラス戸から外を覗いてみた。ガラス戸の外はテラスようになっているがテラスにしては周囲に手すりがない、ただの平たい床がある。この家の正面のテラスと同じなのだ。妖怪は飛べるから落ちないようにする設備が必要ないのだ。
 ガラス戸を開けてテラスに出てみた。もう日が傾きかけていて夕暮れの山々が綺麗だ。冷たい風が気持ちいい。
 テラスの端に立って下をみてみた。ものすごい断崖だ。思わず足がすくみ、あわてて端から離れた。しかし今井は飛べるのだから危険はないのだ。
 すこし気晴らしに飛んでみたくなった。
 すーっと浮き上がると、くるりと向きを変え家の方を向いた。そしてそのまま後ろ向きに家から離れてみた。
 離れるにつれて家の全景が見えてきた。3階建ての大きな家だ。何本もの太い柱が岩の上から立ち上がっていて家を支えている。真っ赤な屋根がかわいい。もちろん家の周囲に道のようなものはない。
 少し飛ぶと家が見える岩の上に降り立った。
 周囲には似たような家が点々と建っていて、お互いに一キロくらい離れている。
 ふと空を飛んでいる妖怪が目に入った。近くの家の住人か? 行き先を追ってみるとどんどん下がって行く。そしてかなり下の方にある家に入っていった。心なしか家も小さく見えた。
 下に行けば行くほど景色は悪くなるはずだ。じゃあ、家が建っている高さは位と関係があるのかもしれない。
 そう思って周囲の家を見てみた。たしかにゾージャの家よりさらに高いところにも家が建っている。しかもでかい。ゾージャの家臣団の中での位がこれで一目でわかる。まあ、中の上といったところだろう。
 なぜか、今井は自分の夫がそこそこの位にいることが自慢げな気分になった。


 夕食だとミリーが呼びにきた。
 今井がさっきの食堂に行くと、もうゾージャは食卓に座っていたがナキータを見て目を細めた。
「ナキータ、綺麗だ」
 ナキータはさっきのかわいい着物を着ているのだが、ゾージャに綺麗だと言われるとうれしくなってしまう。今井はその場に立ち止まって、かわいく袖を振ってみせた。
 ゾージャがうれしそうだ。今井は始めて綺麗な着物を着る楽しさがわかったような気がした。
 今井はニコニコしながらゾージャの向かいの席にすわった。
「君がいると家の中が華やかになるなあ」
 ゾージャもニコニコ笑っている。
「ありがとう」
 もう自然に言葉が出てきた。
「それは、俺が買ってやったやつだろう、始めて着てくれたね」
 ゾージャはうれしそうだ。
「そうだったの、これ、大好きよ」
 今井は調子にのってきた。もう普通に喋ってもかわいいナキータを演じられる。
「でも、そんな柄は嫌いなんだろう」
 ゾージャが妙な事を言う。
「いえ、この柄大好きよ」
「そうなの? でも君は真っ赤な大きな柄が好きだと思っていた……」
 さっきまで着ていた着物の柄だ。気持ちが悪くなるような真っ赤な柄の着物だった。
「あの、ケバケバしいやつの事? 大嫌いよ」
 つい調子に乗ってそう言ってしまった。
 ゾージャが不思議そうな顔をしている。
 しまったと思った。ナキータと好みが変わってしまったらまずい。
「君、本当にナキータなの?」
 ギクっとする言葉がついにゾージャの口から出てきた。
「いえ……」
 必死でなにか言おうとしたが、何も思いつかない。
「君はまるで別人みたいだ。」
 背筋に冷たいものが走った、ばれてしまう。
「昔のナキータとはぜんぜん違う」
 ゾージャがじっとナキータを見つめている。
 何か言わなければと思うが、今井は緊張で頭の中が真っ白になってしまった。
「そんなに素直な君を見たことがない」
 ゾージャの言葉は穏やかだが、もう引き返せない所まできていた。
 元々無理だったのだ。ナキータを知らないんだから、なりすますなど出来るはずがない。
「表情も全然違う」
 ナキータがどんな女なのかぜんぜん知らないのにナキータの演技ができると思っていた自分がバカだった。
「やさしいし、あかるいし、まるで別人だ」
 もうどうしようもなかった。うなだれて座っているしかなかった。
「なぜそんなに変わってしまったの? それは記憶をなくしたからなの?」
 今井は力なくうなづいた。そうするしかなかった。
「もし、できる事なら、今のままがいいな」
「えっ」
 今井は思わず顔をあげた、意味がわからない。
「君が記憶をなくして困っているのにこんな事を言うなんてひどいとは思うけど、今の君の方が断然いい」
 今井はポカンとしてゾージャを見た、なりすましがバレたわけじゃないのか。
「今の君のほうが、初々しくて素直で、なんというか、俺の身勝手だとは思うけど、好きだ」
 ゾージャが言いにくそうにしている。
 なんと、変わってしまったナキータの方がいいと言っているのだ。
「記憶をなくして困っている君の事を考えれば、こんな事を考えるなんて、とんでもなくひどい事だとは分かっている。ただ、それでも今の君のほうがいい」
 ゾージャは額に吹き出した汗を拭いた。自分ではひどい事を言っていると思っているのだ。
「もし、できることなら、今のままでいてくれないか」
 ゾージャがすがるような目でナキータを見つめている。
 今井は心の中で飛び上がっていた。記憶をなくしたナキータのままの方がいいと言っているのだ。そういうことなら、ゾージャが大好きな従順でかわいいナキータをいくらでも演じてみせる。
 しかし、何を思ったか、食事の準備をしていたミリーがつかつかっと歩み寄ってきた。
「ゾージャさま!!」
 いきなり怒鳴る。
「なんという事をおっしゃるんですか、記憶がなくなったという弱みにつけこむなんて最低です。あす、お医者さまをお呼びします。ナキータさまをお医者さまに診ていただきます。よろしいですね!!」
 すごい剣幕だ。
 しかし、ミリーに怒られてゾージャはしゅんとしてしまった。やはり自分の考えはひどい考えだと後悔しているらしい。しかし、せっかく記憶がないままの方がいいとなりかかっていたのに…… それに医者の件は断ってもらわないと困る。
「あのう、私は、ゾージャがそう望むなら、それでもいいかなあって……」
 今井はなんとか話を元にもどそうとするが、
「ナキータさま。お医者さまに診ていただけば、記憶はすぐにもどりますよ」
 ミリーはナキータの味方をしているつもりなのだ。いや、本当はそうなのだが、それは困る。
「たぶん、医者にかからなくても記憶はそのうち戻りそうな気がするんだけど……」
 今井も必死だった、何とか医者は避けたい。
「ナキータさま。あす、お医者さまをお呼びいたします」
 ミリーがきっぱりと言い切った。
 さあ、困った。
 今井はゾージャを見た。こうなったらゾージャに断ってもらうしかない。
「ゾージャ……」
 今井は全力を注ぎ込んだかわいい目でゾージャを見つめた。
「医者がいやなのか?」
 ゾージャが聞く。
 今井はできるだけ哀れっぽくうなずいた。
「なぜ?」
「どこか、怖いの」
 おバカタレントのまねをしてみた。男はおバカな女が好きなのだ。
 ゾージャは考えている。
「もう少し様子をみてみようか」
 ゾージャがそう言ってくれた。
 よかったこれで助かった。
 しかし、ミリーも負けてはいない。
「でも、ナキータさまが記憶をなくされた事をいいことに、ナキータさまをご自分の都合のいいように変えてしまおうなんて卑劣です。お医者さまに診せないのなら、そんな不届きなことは慎むべきです」
 ミリーが怒鳴るとゾージャはまた弱気になっている。
「わたしは、べつにかまわないけど……」
 今井はなんとか話をうまく持っていきたい。
 しかし、ミリーがナキータを睨んだ。せっかくミリーがナキータのためと思って言っているのに、肝心のナキータが煮えきらないからだ。
「ナキータさま。ナキータさまはナキータさまとゾージャさまの関係をご存知ないからです。つまりですね、ナキータさまはゾージャさまの事が、なんといいますか、あまりお好きではなくて、いつも喧嘩ばかりされていまして、だから、あまり仲がいい夫婦とは言えませんでした」
 ミリーが言いにくそうにしながら、それでも何とかそう言った。今井はビックリしてゾージャを見た。二人は仲が悪かったのか。でも、そのくらいよくある話ではないか。
「それに、ナキータさまは、今のようにおとなしくはなくて、もっと、こう…… 気が強いといいますか、ゾージャさまに対しても下手に出るなんてことはなくて、まあ、わがままと申しますか…… いえ、その…… 自分勝手…… いえ、だから……」
 ミリーは本来のナキータの説明を始めたところで言葉に詰まってしまった。どうやら、説明が難しいくらいにナキータはひどい女だったらしい。
「だからですね、私が申し上げたいのは、そのようなナキータさまだったのに、記憶をなくされたことをいいことに、あたかもナキータさまがご自分を好きだったかのようにの思い込ませてしまおうなんて不届きです」
 やっと、なんとか話をまとめ終えるとミリーは一息ついた。
 なんとなく事情がわかってきた。ナキータとゾージャは仲が悪かったのだ。だからゾージャが記憶がなくなった今のままのナキータがいいと言っているのだ。しかし、仲が悪かったと言われても、はいそうですかと仲が悪くなるわけにもいかない。ここで生きていくためにはゾージャだけが頼りなのだ。それに結婚して何年もたてばいつまでも恋人時代のままという訳にはいかないからこれが普通の事だろう。
「記憶がなくなって何も分からなくて、ここは始めての場所だと感じるし、皆さんも私にとっては始めて会う人と同じことだし、以前の自分がどんなだったかも分からないし、だから、どうしてもこうなってしまうんです。ミリーの気持ちはありがたいと思っています。でも、今はゾージャと仲良くしたいと思っているんです」
 なんとかうまくまとめた。
 ミリーが仲が悪かった事を説明した時はしおれて倒れそうだったゾージャが飛び上がらんばかりに喜んでいる。
「ミリー、よかったな。昔のナキータだったら、わがままなんて言ったら壁の向こうまでぶっ飛ばされていたぞ」
「申し訳ありません。失礼な事を申しました」
 ミリーが頭を下げた。
 しかし、どうやら、これで、一件落着したようだった。もうミリーは後ろに下がっておとなしくしている。せっかくミリーがナキータの事を思って言ってくれたのに悪いとは思ったが仕方なかった。







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