妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

襲われる

 寝返りをうったところで目が覚めた。朝だ。しかし、しばらくどこに寝ているのかわからなかった。
「おはようございます」
 女性に声をかけられた。なんで、俺の部屋に女がいるんだ。
「お茶をお持ちしましょうか?」
「お茶?」
 そう答えたが、声が女の声なのでハッと我に帰った。ナキータになっているんだった。
「ぐっすりとお休みでしたね」
 ミリーが部屋にいたのだ。
「灯りをつけっぱなしでしたよ。消してからお休み下さい」
「それ、どうやって消すの?」
 聞いてみたが、ミリーはビックリしている。
「失礼しました。妖術の使い方もお忘れになっていらっしゃる事を忘れておりました」
 ミリーは灯りの方を見てちょっと手を動かした。すると壁の灯りの一つが輝きだした。
「こう、するんですけど。でも、おいおいやり方をお教えしますね」
 ここでは妖術が使えないと生活ができないらしい。
「お願いします」
 今井は頭を下げた。
 しかし、すかさずミリーが首を傾げる。お礼を言うべきではないと言っているのだ。
「でも、教えてもらうんだから、お礼は言うべきだと思うわ」
「それでも、下僕には威張っていていいんです」
 そんなもんかと思った。
「朝食はここでされますか?」
 ミリーが聞くが、それでは意味がわからないと思ったのか
「つまり、いつもナキータさまは朝食はご自分の部屋でされていましたので」
 と付け足した。
 ちょっとナキータの気持ちがわからない、それではゾージャはどうなるのだ。
「いえ、ゾージャと一緒に食べるわ」
 当然だと思った。
「いえ、ゾージャさまは、もう登城されています」
「ええっ……」
 そんなバカな、はからずもゾージャの妻になってしまったわけだが、それでも夫が仕事に行くのに寝ている妻がどこにいる。
「どうして起こしてくれなかったの?」
 しかし、ミリーはちょっと言いにくそうに口を開いた。
「ナキータさまは、ゾージャさまの登城をお見送りするようなことはなさいませんでした」
 ポカンとしていた。ナキータってかなりひどい女らしい。
「食事はここでされますか?」
 もう一度ミリーが聞く、今井は黙ってうなずいた。
 ゾージャの明日の予定を聞かなかった自分が悪いのだ。きのうはナキータのふりをするのが精一杯でそういう所まで頭が回らなかった。ここでナキータとして生きていくなら、これから気をつけないといけない。
 ミリーに手伝ってもらって着替えをした。
 今日もゾージャが買ってくれたという着物にした。やはりナキータは一度も着たことがないらしいがこれもかわいい柄でナキータに似合っていた。

 朝食が終わると一人になった。
 今井はこの時を待っていた。きのうここへ来る時に通ったあの入り口を探してみたかったのだ。こんなに早くあそこへ行ける機会が訪れるなんてあの時は考えもしなかったが、それが空が飛べるようになったのだから自分であの入り口へ行けるのだ。あの入り口さえ見つかれば逃げられるかもしれない。
 窓の外のテラスに出ると、すーっと浮き上がった。
 記憶を頼りに飛び始めた。飛んできた方向はわかるからそれを逆に飛ぶ。しかし、少し飛ぶとまったくわからなくなってきた。景色がこんなにも似ていてはどうしようもない。たしか尾根を一つ越えたと思ったのだがその尾根がどれか分からない。目印と思っていた三角の尖った山も見つからない。それでも勘を頼りに飛んだ。ずいぶんと飛び回ったが、見つからない。

 今井は岩棚にすわってぼうぜんと遠くを眺めていた。あの入り口は見えなかった。だからもし近くまで来ていてもそれに気がつくはずがない。地図でもあれば探せるかもしれないが地図なんてあるんだろうか。地図がなければ誰かに教えてもらわないと自分で探すのは絶対に無理だと思えた。なにか口実を作ってゾージャに人間界に連れて行ってもらうしかない。

「ナキータ!」
 不意に声が聞こえた。見ると誰かこちらへ飛んでくる。男だ、ナキータの名前を叫んだところを見るとナキータの知り合いらしい。だったらまずい。どんな対応をしたらいいのか見当もつかない。と言って、逃げるわけにもいかない。
「ナキータ! ここにいたのか」
 男はぐんぐん近づいてくると、ナキータの目の前に降り立った。
 筋肉質のたくましい男で、どこかキザな感じだ。どこかで見たことがある…… はっと思い出した。きのうのあの肖像画の男だ。
「ナキータ、封印を破ったんだって、よかった」
 男はいきなりナキータを抱きしめようとする。今井はビックリして男の手から逃れた。
「どうしたんだ、ナキータ」
 男はナキータが逃げたのが不思議らしい。
 挨拶に女を抱きしめるのがここの習慣なのか、外国では親しい男女間では挨拶としてキスをするらしい、それと同じなのか。
 男はナキータが逃げたのに戸惑っていたが、もう一度ナキータを抱きしめようとする。
 習慣なら仕方ない、今度は今井はじっとしていた。
「ナキータ、よかった。もう死んでいると思っていたよ」
 男はうれしそうにナキータを見つめる。だが今井はなんと答えたらいいかわからない。まず、記憶がないことから説明しないと。
「さっき、きみが戻ってきているって聞いたんだ」
 しかし、男は夢中で話していて、なかなか切り出せない。
「君がこっちへ飛んで行ったって聞いたんで探していたんだ」
 話しながら男はどんどん強くナキータを抱きしめる。ナキータのからだはその男にぴったりとひっついてしまった。いくらなんでもこんな挨拶はないだろう。
「ナキータ、愛してる」
 男の顔が近づいてきた。どうみてもキスするつもりだ、しかも愛してると言った。
「待って!」
 今井は男の手を振りほどいた。
「どうしたんだ、ナキータ」
 しかし、男はすぐにナキータを抱きしめようとする。
「いやよ」
 今井は逃げようとしたが、男は手を握って離さない。すぐにまた抱きしめられてしまった。
「好きだ」
 男はナキータにキスをしようとする。なんなんだこの男は、ただの痴漢か。
「やめろ!」
 今井は男を力一杯押した。しかし、男の力の方が強い、抱きしめられたまま逃げることができない。
「久しぶりじゃないか」
 なんと、男はナキータの着物の中に手を入れてきた、からだを触られる。
「やめろ! この」
 声は女だが言うことは男になっていた。ふざけた野郎だ、今井は抵抗したが腕力ではまったくその男にかなわない。
「なに嫌がってんだよ、いつもお前の方から来てたじゃないか」
 お前の方からって、なんの話だ。
 そして、男は胸をさわり始める、これってレイプなのか。
「私にはゾージャがいます」
 今井はゾージャを引き合いに出した。ゾージャの女だとわかれば相手がひるむかと思った。
「ゾージャがなんだよ、あいつに義理立てするお前でもないだろう」
 ぜんぜん効き目がない、むしろどういう関係の男なんだ。
 男はナキータを押さえつけてくる。今井は必死で抵抗したが力ずくで押し倒されてしまった。男が上に乗ってくる。
「ナキータ」
 男ははげしくキスしてくる。
 こんな奴に好きにされてたまるか!! 今井はこのからだをゾージャのために守らなきゃという気になっていた。
 人間だったら、押さえつけられたら身動きできなくなってしまうのだが妖怪は飛べるのだ。だから飛べばいい。今井はいきなり飛び出した。しかし、男の手がまだナキータを捕まえている。今井は必死で振りほどこうとして、空中をくるくる回りながら飛んだ。
「どうしたんだ、ナキータ。わけがわからない」
 男が叫ぶ。しかし、今井は夢中で飛び回った。
「気に障ったんなら謝る」
 男の声が聞こえたが今井は必死で男を蹴った。男の手がナキータのからだから離れた。
 今井は必死で飛んだ。後ろを見ると男が追ってくる、しかも男の方が早い、追いつかれてしまう。足を捕まれたが蹴飛ばした。もう夢中だった、有らん限りの力を振り絞って飛んだ。男はしつこく追ってくるが無理にナキータを捕まえようとはしなくなった。ゾージャの家が見えてきた。ゾージャの家が見えてくると男は追いかけるのを諦めたらしく、もう追ってこなくなった。

 今井は自分の部屋のテラスにすべり込むと取っ手をつかむのももどかしくガラス扉を開け部屋の中に飛び込んだ。そしてあわてて扉を締めた。
 息を切らしながら外の様子をガラス戸越しに伺った。男の姿は見えない。どこかに行ったらしい。
 怖かった、始めて自分が女なんだと実感した。女だから襲われる危険があるのだ。男の時は考えた事もなかった。
 しばらく窓から外を見ていたが男はもう現れない。どうやら諦めて行ってしまったらしい。しかし、いったいあの男は何なのだ、あながち行きずりの痴漢とも思えない、ナキータと親しいような口ぶりだった。
 ふと、きのうの肖像画を思い出した。
 あわてて引き出しを開け肖像画を取り出した。
 確かにこの男だ。この男に間違いない。でも、なぜナキータがあの男の肖像画を持っているのだ、肖像画の男とどういう関係なのだ。
 ふと、肖像画を裏返した。そこには『いとしのナキータへ、マドラード』と書いてあった。
 あの男、マドラードという名前なのか、ナキータの事が好きらしい。そして、その写真を見つからないように隠してあるという事はナキータもあの男が好きなのか。
 じゃあ、浮気じゃないか……
 今井はドキドキしてきた。ナキータって浮気をしていたのか、そんなバカな。もし浮気していたのなら、それにどう対応すればいい。ナキータのふりをしてゾージャと付き合うだけでも大変なのに、浮気の相手としてマドラードとも付き合わなければならない。どんな顔をして何を話せばいいか全然わからない。もちろん浮気を続けるつもりは毛頭ないが、浮気を断るにしてもかなり深刻な話をしなければならない。
 もはや、覚えていないの一点張りで行くしかなかった。なにが起こっても記憶喪失で貫き通すのだ。マドラードという名前すら知っていてはまずい。
 今はゾージャだけが頼りなのだ。やっとゾージャといい関係が出来たというのに、浮気がバレてゾージャと喧嘩にでもなったら、ここでどうやって生きていけばいいのだ。もし、ゾージャにバレたら謝り通すしかない。ゾージャの足にすがりついて許しを乞うのだ。俺が浮気をしていた訳ではないのだが仕方がない。







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