妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

浮気相手

 今井は一人で自分の部屋にいた。
 頭はマドラードの事でいっぱいだった。ともかく、何事もなくマドラードが帰ってくれる事を祈るばかりだ。マドラードだって浮気がゾージャにバレたら困るだろうから、たぶんおとなしく帰ってくれるだろう。
 しかし、それから先のことは何も考えられなかった。ゾージャの親友ならこれから度々会うことになるだろうが、どんな顔をして会えばいいのか見当もつかない。ともかく冷たくあしらうしか手はない。
 今井は時々窓の所に行って下の様子を覗いてマドラードが帰るのを今か今かと待っていた。マドラードが帰るならテラスの所でなにか動きがあるだろう。
 その時、ノックの音が聞こえた。
「ナキータ、マドラードが帰るそうだ」
 ゾージャの声だ。
 今井はあわてて扉を開けた。と、そこには、ゾージャとマドラードが立っていた。マドラードがうれしそうな目でナキータを見つめている。
「私はこれで帰りますので、ご挨拶にと思って」
 マドラードが挨拶する。
 さあ、困った。挨拶を返さなければならないが妖怪世界の挨拶だ、なんと言ったらいいのか分からない。
「そうですか……」
 なんとか言葉を濁しながら答えた。
「次回はご馳走になりますが、今日はちょっと用がありまして」
 マドラードが笑顔で気さくに話す。
「それは残念です…」
 当たり障りのない返事をしたが、緊張しているのが声に出てしまう。
「次回を楽しみにしています」
 マドラードは本当に楽しみにしているらしい。
「私もです……」
 そう答えるしかない。
 ゾージャも笑顔で横に立っていたが、急に顔をあげた。
「そうだ、忘れ物だ」
 いきなりそう言うと、くるりと向きを変えた。そして、ナキータを残して行ってしまう。
 ええっ、どこに行く気だ。これではマドラードと二人っきりになってしまう。ゾージャって野性の勘がないのか、お前の女房を浮気相手と二人っきりにするつもりか、そう思ったがどうしようもない、ゾージャはどんどん歩いて行くと上下方向の通路への扉を締めて出て行ってしまった。
 マドラードもちょっと驚いたように廊下を歩いて行くゾージャを見ていたが、ゾージャが行ってしまった事を見届けるとナキータの方に視線を移した。
 今井は息が止まりそうだった。何か言いたいことがあるらしいがそんな話なんてできるわけがない。
 今井が後ずさるとマドラードが部屋に入ってくる。
「ナキータ、今朝はすまなかった。君が記憶をなくしているなんて思わなかったんだ」
 マドラードはすまなそうに手を揉んでいる。
「君を怖がらせたみたいだな、あんなに追いかけて悪かった。いつもの君みたいにふざけていると思ったんだ。まさか、君が俺を覚えていないなんて思わないから。だから、ひどい事をしたと後悔してる」
 マドラードはナキータに何か言って欲しいらしいが、今井は緊張で言葉が出ない。
「すまん、謝る、悪かった」
 マドラードの目は真剣だ。
「君が好きなんだ」
 マドラードが一歩近づく、今井は無意識に一歩下がった。
「君のためなら命をかけられる、君のためなら死んでもかまわない」
 マドラードは必死だ。しかし、これは浮気だろう、浮気なのになに勝ってな事を言っているのだ。
「私は何も覚えていないんです。だから、あなたと何があったのか知りませんが、その続きを私に期待されても困ります」
 今井はたまらずそう答えた。
「そうだな…」
 マドラードは下を向いた。
「今朝のことがまずかったよな… なあ、あの事は忘れてくれないか、悪気はなかったんだ。それで、もう一度やりなおそう」
「だから、なにも覚えていないんです、やり直しようがありません」
「でも、それはゾージャに対しても同じだろう、ゾージャの事もなにも覚えていないんだろう?」
「……」
 マドラードの言う意味がわからない。
「なのに、なぜ、ゾージャとは親しくしてるんだ?」
「親しくって、ゾージャは夫です」
「夫って!」
 マドラードがびっくりしてる。
「ゾージャと君とは喧嘩状態だったんだ。それは、どうなったんだ」
 どうやら昨日の夕食の時にミリーが問題にした件のことらしい。
「だから、なにも覚えていないんです」
「そりゃそうだろうけど、じゃあ、あんなに喧嘩してたのに、あれはない事になったのか?」
 昨日の話と少し違う、ナキータとゾージャはかなり仲が悪かったらしい。しかし、これはそんな問題ではなくて俺はゾージャに頼るしかないのだ。
「ええ……」
 軽くうなずいた。
「そんなバカな、それじゃ、ソージャは二人が仲が良かったかのように君に思い込ませようとしてるのか!」
 マドラードの語気が荒くなった。
 ゾージャの昨日の困ったような態度はそういう事だったのか、ナキータと喧嘩状態だったことが言えなかったのだ。しかし、それは俺とはなんの関係もないことだ。
「いえ、そういう訳じゃないんです……」
「君はゾージャにだまされているんだ。君が記憶をなくしている事をいいことに、君がゾージャと仲がよかったかのように思い込ませようとしている。ゾージャってそういう卑劣な奴なんだ」
「いえ……」
 今井は何も言えなくなってしまった。
「ゾージャにだまされるな、本当の事を俺が教えてやる。君はゾージャが大嫌いだったんだ。ゾージャにあいそをつかしていて離婚寸前だったんだ。それなのにゾージャはその事を君に説明してないんだろう、どうだ何か聞いてるのか!!」
 マドラードがすごい迫力でナキータに迫ってくる。きのうミリーが言おうとしていた事がこれでわかった。ゾージャと仲があまり良くなかった事が言いたかったのだ。しかし、だからと言って、これでゾージャを嫌いになるわけにもいかない。
 と、廊下から足音が聞こえてきた、ゾージャだ。マドラードがギクッとしたように入り口の方を振り返った。今井も入り口を見たがゾージャはまだ入り口には来ていなかった。
「おくさん、じゃあ、今日はこれで」
 いきなり、マドラードがよそ行きの声になった。そして、マドラードが入り口の方を振り向くとちょうどゾージャが顔を覗かせた。
「忘れもんだ」
 ゾージャが手に持った何かをマドラードに見せている。
「ああ、すまん」
 マドラードが答えた。それから残念そうにナキータを振り返ったが、もうどうしようもなかった。彼は気を取り直すと笑顔で忘れ物を受けとった。
 そのまま、マドラードはゾージャと二人で廊下を歩いて行く。
 今井はほっとして椅子にすわった。救われた思いだった。しかし、マドラードは困ったことになった、あの調子ではしつこくつきまとうだろう。
 と、あわてて立ち上がった。ゾージャと一緒にマドラードを見送らなくてはならないのだ。今井は急いで二人の後を追った。
 玄関前のテラスでマドラードを見送った。ゾージャに肩を抱かれて、マドラードが飛び立って見えなくなるまで見送っていた。

「いいやつだろう」
 家に入りながらゾージャが話しかけてきた。のんきな奴だ、妻の浮気相手なのに。
「親友なんですか?」
「ああ、親友だ。一緒にゴルガさまに仕えている」
「あまり、いい人に見えないんですが……」
 それとなくゾージャに教えてやりたくなった。これではゾージャが可哀想だ。
「そうか?」
 ゾージャが驚いたように聞く。
「お前とも気が合ってたんだけどなあ」
 ゾージャが不満そうに言うが、バカじゃないのか。そりゃ、二人は気が合いすぎてたんだろう。
「どこか、裏がある人のような感じがします」
「そうかあ」
 やはり不満そうだ。
「私は嫌いです」
 なぜか、そう言ってやりたくなった。自分はナキータじゃないが、浮気をしていたナキータがそう言えば罪滅ぼしになるような気がした。
「まあ、そのうち、あいつの良さがわかってくるよ」
 ゾージャがのんきに言う、あいつの良さが分かりすぎて問題だったのに。





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