妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

妖力の練習

 食堂に行くと、もう、食事の準備は出来ていてそのまま食事になった。
 ゾージャは相変わらずナキータの着物に気がつかないが今井はもうそんな事はどうでもよかった。男とはそういうもんだ、俺だって気がつかないかもしれない。
「ゾージャさま、ナキータさまのお着物をどうお思いになります」
 しかし、ミリーが声をかけてきた、ミリーは優しいからナキータの気持ちを考えてくれるのだ。
「ああ、かわいいよ」
 気のない返事だ。
「たった、それだけですか?」
 ミリーが苛立っているのが分かったが返ってありがた迷惑だった。そんな風にされるとむしろ惨めになってしまう。
「いや、だから、すごくかわいいよ」
「この着物はゾージャさまがナキータさまにお買いになった着物ですよ」
「そうだったかな……」
「お忘れになったんですか!」
 ミリーがゾージャに突っかかるが今井は惨めになるばかりだった。
「しかもナキータさまのお誕生日に買われた着物ですよ」
「ミリー」
 今井はミリーに声をかけた。
「もういいわ」
 軽く手を振った。もういいのだ、こんな話を聞いていると自分のバカさかげんに腹が立ってくる。
「ナキータの誕生日に?」
 しかし、ゾージャが気にしてる。
「そう言えば…… それ、俺が買ってやったやつだよ」
「そうですよ」
 ミリーがうなずく。
「ナキータ、ありがとう。それ、着てくれたんだね、とっても良く似合ってるよ」
 どうやら、ナキータはゾージャのプレゼントなのに一度もこれを着た事がなかったらしい。
「これミリーが着せてくれたの」
 ナキータ自身はプレゼントだって事を覚えていないはずなので事情を説明しようと思ってそう言ったのだが、腹が立っていたせいか『これを着たかったわけじゃない』みたいなニュアンスになってしまった。
「気がつかなくて悪かった。でも、それ、よく似合っててすごくかわいい」
 ナキータが怒っていると思ってゾージャが気にしている。まずい、もっとうまく言わないと。
「ありがとう」
 最大限の愛想笑いをしたつもりだったが、会話の流れから嫌味のように聞こえてしまった。
「悪かった、謝る。だから、そう怒るなよ」
「いえ、怒ってなんかいません」
 これも最大限の笑顔で答えたつもりだったが、どこか声の響きがおかしい。どうも今井は自分で思っているより演技力がないらしい、気持ちが落ち込んでいるのに明るい演技をしようとするから怒っているよう聞こえてしまうのだ。
「すまん、謝る」
 ゾージャが頭を下げる。
「ゾージャさま」
 ミリーが横から口を出した。
「マドラードさまは先ほどナキータさまの着物をお褒めになりました。マドラードさまは本当に細かい気遣いをなさいます。その調子ではそのうちナキータさまをマドラードさまに取られてしまいますよ」
 ギクリとする言葉だった、この話は精神衛生上よくない。
「すまん、すまん」
 ゾージャが平謝りする。
「いっそ、マドラードさまに乗り換えてはいかがですか?」
 ミリーが皮肉っぽくナキータに聞く。
「まさか」
 今井は必死で『一笑に付す』ような言い方をした。しかし、固くなってしまう。
「いっそ、その方がよろしいかと存じますが」
 ミリーが本気とも皮肉とも言えないような口調で聞く。
「だから、そんなの論外よ」
 今井はもう一度完全否定した。こんなきわどい話、早く止めて欲しい。
「そうですか……」
 意外にもミリーが不満そうだ。ミリーがせっかく怒っているナキータの味方をしてゾージャをやっつけているのに肝心のナキータがそれに乗ってこないからか。
「ナキータ、悪かった、謝る。おれはそういう事に気が回らないんだ」
 ゾージャが恐縮して頭を下げている。さあ、ここで明るく返事をしなければならないが、もう失敗はできない。もう怒っていると思われる訳けにはいかないのだ。
 今井は手を広げると袖を振ってみせた。
「どう?」
 そして、ニコッとわらった。
「かわいいよ、すごく綺麗だ」
 ゾージャがうれしそうだ。
 なるほど、言葉よりこっちの方が簡単だ。今井は思い切って立ち上がった。そしてちょっと腰をひねってポーズを決めた。
「どう?」
「すばらしいよ、君は本当にかわいい」
 ゾージャが見とれている。
 今井にもゾージャの気持ちが痛いほどわかった。さっきは鏡の前でこのポーズのナキータに今井も見とれていたのだ。
「ナキータさま、本当にお綺麗です」
 ミリーも褒めてくれる、まあ、こちらはお世辞だろうが。
 今井は椅子に戻ったが、今井はもう一つゾージャに気に入られるネタを準備していた。ゾージャに妖術を教えてもらうのだ。男というものは女の子になにかを教えるのが楽しくてたまらない動物なのだ。だからゾージャに妖術を習えばゾージャが喜ぶこと間違いない。どうしてもゾージャのご機嫌をとっておいてぜひ聞きたい事があるのだ。
「ゾージャ」
 今井は甘ったるい声で切り出した。
「妖術の使い方を教えてもらえないかなあ、明かりの消し方とか」
「明かり?」
 ゾージャが聞く。
「寝るとき、部屋の灯りを消せないの」
 今井はかわいらしく答えた。
「ああ」
 ゾージャはうれしそうに笑った。
「こう、やるんだ」
 ゾージャは食堂の壁にあった灯りの一つに手を伸ばした。と、スーと灯りが消えた。 
「あのな、あの灯りは妖力が封じ込めてあって、その妖力で光っている。だから、その妖力の興奮を収めてやるんだ。やってみろ」
 ゾージャに言われて今井は灯りに手を伸ばした。でも、なにも起こらない。
「念じるんだ。灯りの妖力の興奮を収めるように念じるだ」
 そう言われても、どうやるのかまったく分からない。ともかく、頭の中で色々と念じてみた。しかし、何も起こらない。
「そうだなあ」
 ゾージャが考えている。
「逆に、あの灯りに妖力を封じ込めてみろ、光らせる方が簡単だ」
「封じ込める?」
 なにやら、もっと難しそうだが。
「灯りに指を伸ばして、睨みつけるんだ。それで、吹き飛ばしてやる、みたいな感じで念じるだ」
 今井はゾージャが消した灯りに手を伸ばした。そして、吹き飛ばしてやる、と念じてみた。
 いきなり、指の先から稲妻が飛び出した。そして壁の灯りに当たると小さな爆発が起きた。灯りが粉々に吹き飛んで破片が舞い上がった。どうやら、妖力の使い方を間違えたみたいだ。
「ヒュー」
 ゾージャが驚いている。
「今のでいいの?」
 よくない事はわかっていたが、試しに聞いてみた。
「バカ、今のは雷神だ。つまり、戦いの時に使う技。灯りの時は吹き飛ばすんじゃなくて妖力を封じ込めるんだ」
 ゾージャが怒鳴る、ゾージャが吹き飛ばすように念じろと言ったんじゃないか。
 それでも、今ので妖力を使う勘どころがわかったような気がした。手を目標に向けることによってはっきりと目標を意識し、それに念じるのだ。
 今井はもう一度灯りに手を伸ばすと、妖力の興奮よ収まれと念じてみた。
 なんと、灯りが消えた。
「消えた!」
 思わずそう叫んだ。
「ほら、できた」
 ゾージャもうれしそうだ。
 楽しくなってしまう、妖力って魔法みたいな感じだ、魔法が使えるなんて素晴らしい。今井は次々と明かりを消してみた。おかげで食堂が真っ暗になってしまった。
「バカ、明かりをつけろ」
 ゾージャが命じる。
 今度は次々と灯りをつける、おもしろいように光り出した。
「いいぞ」
 ゾージャもうれしそうだ。
「ほかにも教えて」
 今井もうれしくなってしまう。
「そうだな」
 ゾージャが両手を上にあげると不思議な形にした。
「これで火球を撃ち出すんだ。つまり、戦いに使う」
「火球?」
 どうもさっきの雷神と同じようなわざらしい。男はすぐこうなる、もっと実用的なのを教えて欲しい、が、まあ、しかたがない。
「こうするの?」
 今井もゾージャを真似て腕を妙な形にした。
「そう、上手だ」
「ナキータさま」
 後ろにいたミリーがゾージャの話に割り込んできた。
「さきほどのわざは灯りをつけるだけではなくて、何かに妖力を吹き込む時に使うわざです。見張りをさせたい時に見張り人形に妖力を吹き込んでおくと見張りをしてくれます」
 ミリーが少し得意気に説明する。
 びっくりだった、そんなすごいことができるのか。
「そう、そうなんだ」
 ゾージャがあわてて頷いている。そういうわざなら火球なんかよりもその事を説明するべきだったと思うのだがゾージャはそこまで気が回らなかったらしい。
「ほかには?」
 このわざ、妖力を吹き込んでおけば、ほかにも何か出来るのだろうか。
「ほか?」
 ゾージャがポカンとしている。
「朝、早く起きたいときに時計に妖力を吹き込んでおけば、その時刻に起こしてくれます」
 また、ミリーが説明してくれる。またまた驚きだった。
「そう、そういう事にも使える」
 また、ゾージャがあわててる、どうもゾージャはこういう事に対する頭の回転が非常に遅いらしい。
「ねえ、どうやるのか教えて、そう見張り人形」
 ゾージャがミリーにやられているので今井はゾージャに花を持たせたかった。
「そうだな、見張りにするのは目や口があるものがいい」
 ゾージャがあたりを見回す暇もなく、ミリーが台の上から豚の置物を持ってきてゾージャの前に置いた。
「そう、これがいい」
 ゾージャが手をかざしてなにやら念じている、と、豚の首が動き出した。周囲を警戒するように見回している、妖力とはすごいもんだ。
「これで、いい。今、俺の酒を見張っているように念じた」
 酒とはどうやらゾージャの前にある酒が注がれたコップの事らしい。
 今井はその酒を取ったらどうなるか試してみたくなった。そうと手を伸ばすと酒のコップをつかんだ。豚が激しく首を振る、怒っているようだ。しかし、そのまま酒のコップを持ち上げたが何もおこならい。
「これ、どうなるの?」
「だから、見張ってるんだ」
 今井はおもわず吹き出した、これって笑い話なのか。
「いや、もちろん俺に知らせてくれる。今、感じてる」
 あわててゾージャが補足する、なるほどそれなら意味がある。
「今度はお前がやってみろ」
 ゾージャに言われて今井もやってみた。ゾージャが妖力を抜いて普通の置物になった豚に妖力を吹き込んでみる。
 なんと、豚が動き出した。自分がこんな事をしてるなんてとても信じられない、妖怪も悪くない。
「何をみはってるんだ?」
 ゾージャが聞く、今井は自分のお酒のコップを指差した。
 ゾージャがお酒のコップに手を伸ばした、豚が激しく怒る。と、なんと、胸騒ぎがする。
 ゾージャがコップを取り上げるとそのお酒を飲んでしまった。すると胸騒ぎは頂点に達した、胸の奥で突き上げるような不快な何かを感じる。
「な」
 ゾージャが聞く、今井はにっこり笑って頷いた。なるほどすごいもんだ。
「すごいね」
 本当にそうおもったので、嬉しそうにそう言った。
「な」
 ゾージャもうれしそうだ。
 ゾージャの機嫌は非常にいい、だから、これを言い出すのは絶好の機会だと思った。
「ねえ、ゾージャ、人間界に連れていってくれないかなあ、あしたにでも」
 ゾージャに人間界に連れていってもらえばあの入り口の場所がわかる。あの入り口の場所さえわかれば人間界に逃げることができるのだ。
「人間界?」
 しかし、ゾージャが怪訝な顔をしている。
「なぜだ?」
 かなり厳しい口調だ。
「なんとなく、あの封印されていた穴に行けば記憶が戻りそうな気がするの……」
 いい口実だと思ったが、ゾージャの態度が厳しいので、なぜか言葉が途中でしぼんでしまう。
 ゾージャはナキータをじっと見つめている、疑っている目だ。しかし、何を疑っているんだろう、まさか人間界に逃げたいと思っていることがバレているわけじゃないだろうが、でも、後ろめたいのでどうしてもゾージャの顔をはっきり見ることができない。
「嘘だろう」
 ゾージャが厳しく言う。嘘なのは間違いないが、でも、なぜ……
「おまえ、人間の魂が食べたいんだろう」
 今井はびっくりしてしまった、そういう風に思われていたのか。
「何度も言ったろう、もう魂を食べるのは止めろ、それがわからんのか!!」
「はい、もちろん、食べません」
 今井はあわててそう宣言した。そんなつもりではなかったのだが…
「じゃあ、なんで、人間界に行きたいんだ!」
「……」
 今井は、ゾージャを見つめるばかりだった。まさか人間界に逃げたいんだなんて説明できない。
「魂を食べに行く以外に、目的はないだろう」
「……」
 もっといい口実を思いつこうとしたが思いつかない。
「いいか、絶対に人間界に行くなよ。絶対に人間の魂を食べるのは止めろ。封印されて懲りただろう、それが分からんのか!」
 厳しく怒られる、もう仕方なかった。まさか、本当のことは言えないから、ゾージャの言う通りだった事にしてしゅんとしているしかない。
「なぜ、そんなに懲りないんだ、なぜなんだ?」
 ゾージャがナキータの顔を覗き込む。
「懲りてます」
 今井は小さな声で答えた。
「そうだろう、あの穴のなかでの二年間は辛かっただろう?」
「はい、辛かったです」
 つい、ゾージャに話を合わせたが、これはおかしい、記憶がない事になっている。
「いえ、覚えていません」
「いいか、もう人間の魂を食べるなよ」
「はい」
 今井はできるだけ素直に答えた。
 ゾージャはナキータをじっと見ている、少し興奮が収まったようだ。
「あのう、で、人間界に連れていってもらえませんか?」
 今井はダメモトで言ってみた。
「バカ野郎!!」
 ゾージャが怒鳴る。
「お前には絶対に人間界に行く方法は教えない。ここにいるみんなもナキータに人間界への行き方を教えるなよ、これは命令だ!!」
 ゾージャが高らかに宣言する。とんでもないヤブヘビになってしまった。これであの入り口探しは返って大変になってしまった。
 今井は恐縮してゾージャの顔を見上げるばかりだった。




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