妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

マドラードとの仲

 夕食が終わって、今井は自分の部屋に戻ってきた。ミリーも一緒だ。
 ミリーはお茶の準備を始めた。主人に仕えるって大変だと思った、休む暇がない。
「もう、人間の魂を食べるのはお止めになった方がいいと思いますよ」
 ミリーまでもがそう言う。
「わかってるわ」
 今井は力なく答えた。もっとうまい口実を思いつかない以上ゾージャの言う通りだった事にしておくしかない。
「人間界には法力使いがいます、行ったらまた封印されますよ」
「わかってるわ」
 そんなにチクチクと言わないで欲しい。
「さあ、どうぞ」
 ミリーがお茶を出してくれた。
「ところで、マドラードさまとは何かお話をされましたか?」
 ミリーがいきなり慌てるような事を聞く。
「いえ……」
 今井は思わずそう答えた。
「それは残念でしたね、ゾージャさまがずっとご一緒でしたからね」
 今井は驚いてしまった。残念って、どう言う意味だ。しかし、ミリーは特別な事を言ったつもりはないらしく普通にお茶菓子の準備をしている。
「そうだ、朝はお会いになったんですか?」
 また、また、びっくりするような事を聞く、なぜ、朝の事を知っているのだ。
 ナキータが驚いた顔をしているのにやっとミリーが気がついた。
「ああ、朝は、マドラードさまがいらしたので、ナキータさまが飛んでいかれた方向をお教えしたんです。お会いにならなかったんですか?」
「教えた?」
 意味がわからない、なぜ、ぞんな事を。マドラードがあそこにやって来たのは偶然じゃなくてミリーが教えたのだ。
「お会いになれたんですか?」
 ミリーが心配そうに聞く。
「ええ」
 会った事は会ったわけだが……
「それはよかったです。で、いかがでした?」
 いよいよ、何かおかしい、ミリーは浮気の事を知っているのか。
「私は……」
 今井は質問しようとしたが、言うべき言葉をしばらく思いつかない。
「つまり、私と、マドラードはどういう関係なんですか?」
「えっ」
 今度はミリーが驚いている。
「いえ…… つまり、恋仲です」
「恋仲……」
 今井は絶句してしまった、ミリーは知っているのだ。
「そうですよね、記憶がないんだからご存知のはずないですよね。申し訳ありません、お教えしておかなければいけませんでした。ナキータさまはマドラードさまを愛しておられます」
「愛して……」
 とんでもない事になってきた、ミリーまでもがこの事を知っているのだ。これではマドラードにどう対応したらいいのだ。
「これって、浮気なんでしょ?」
「いえ…… いえ、確かにそうですが、もうゾージャさまとは終わっています。だから浮気ではありません」
 それから、ミリーは思いきり頭を下げた。
「申し訳ありません、私のミスです。お教えしておかなければいけませんでした。ナキータさまとゾージャさまとの仲は完全に冷えきっていて、ナキータさまはマドラードさまを愛するようになられたんです。でも、ゴルガさまから離婚の許可が出るまでは秘密にしておかないと離婚できなくなりますのでこの事は秘密なんです」
 ミリーは申し訳なさそうにナキータを見上げている、それから、また頭を下げた。
「申し訳ありません。ただ、私は記憶を失っても愛は残るものだと思っていましたのでマドラードさまに会えばお喜びになると思っていたんです。申し訳ありませんでした」
 今井は頭を抱えた、ミリーは知っていたのだ。しかし、まあ、いい、ミリーが知っているならその方が都合がいいかもしれない、なによりミリーに秘密にしなくてすむ。
「今日の朝はマドラードのことを痴漢だと思いました」
 今井はミリーが考えているのとは状況が違うことが言いたくて思わずつぶやいた。
「まさか!!」
 ミリーが絶句している。
「申し訳ありません」
 ミリーが床につくほど頭を下げた。
「もう、いいです」
 びっくりしたが、ただ、それだけのことだ。ミリーにしたってマドラードが状況を説明すればすむ事だと思っていたのだろう、ゾージャの時はそうだったのだ。
「どうぞ、お仕置きをしてください」
 ミリーが固くなって立っている。
「そんなこと、しませんよ」
 今井は軽く受け流した。
「そんな、どうぞ、ぶっ飛ばしてください」
 ミリーが震えるようにして立っている。
「だから、しませんって」
 主従関係かもしれないが下僕に暴力をふるうべきではないと思った。
「ここだと、調度品が壊れますので外に出ます」
 ミリーはガラス戸を開けてテラスに出て行く、今井は仕方なくその後を追った。
「どうぞ」
 ミリーは確かにふるえている、ナキータがぶっ飛ばすのはかなりひどいのかもしれない。
「あのね、あたしは、灯りの消し方を今習ったばかりでぶっ飛ばし方はまだ習ってないなの、だから、あなたをぶっ飛ばすのはぶっ飛ばし方をあなたに習ってからにするわ」
 それから今井は微笑んだ。にせ者のナキータなのに偉そうな事を言って、とは思ったがしかたがない、ミリーの主人なのだからそれなりの演技をしなければならない。
「戻りましょ」
 そう言うと今井は部屋の中に戻った。ミリーも後からついてくる。
「気にしなくていいわ、マドラードがうまく説明しなかったのが悪いのよ、痴漢みたいな事をするから話がややこしくなってるの」
「痴漢ですか?」
 ミリーが不思議そうだ。
「だから、この話、どうするかは少し考えさせて」
 とりあえず、うやむやにしておいた、これでいいだろう。

 お風呂に入って、着替えをして、全部終わって、今井は布団に入った。ミリーも自分の部屋に帰っていった。
 今井は布団に潜り込むと目をつぶった。妖怪世界に来て二日目の夜だ、このベットにも違和感はなかった、もう自分のベットだった。
 今井はガバッと跳ね起きた。
 あすの朝ゾージャを見送らなければならないのだ。だから早起きしなければならないがミリーにその事を伝えてない。なんでミリーに頼んでおかなかったのだ。しかも今からミリーに頼もうにもミリーの部屋を知らない。なんというバカもんだ、俺もゾージャと似たようなものだ、頭が回らない点ではまったく同じだ。
 しかし、ふと、さっきの事を思い出した。時計がある、時計に妖力を吹き込んでおけばいいのだ。
 今井は立ち上がると時計の前に行った。たぶん人間が作った装飾用の大きな振り子時計だ。針は十時二十分を指している。今井は手を時計に向けると妖力を吹き込み始めた、あすの朝五時に起こしてもらうのだ。時計に明日の朝五時に起こすように心の中で念じると時計がかすかに輝き始めた。たぶんこれでいい、どこかワクワクしてしまう。始めて自分の力で妖力を使うのだ。
 もう一度布団に入った、これで安心して眠れる。
 今井はさっきの事を思い出していた。マドラードがかわいいと言ってくれたこと、着物を褒めてくれたこと、やっぱりかわいいと言われるとうれしい。
 今井はガバッと跳ね起き上がった。
「あのやろう」
 マドラードはナキータとゾージャとのやり取りを見ていたのだ。今井がゾージャに着物を見せようとしてやっきになっている所を玄関の隅から見ていたのだ。だから着物がかわいいと言えばナキータが喜ぶことがわかっていたのだ。
「くそ」
 今井は苛立って布団に潜り込んだ。だいたい、かわいいと言われるのをうれしいと思うのがおかしいのだ、俺はどうかしている、女じゃないのに何を考えているのだ。
 それでも妖怪世界に来ての二日目の夜はふけていった。


 激しい胸騒ぎで目が覚めた、息が苦しい、これは病気か、今井は喘ぎながら起き上がった。まだ外は暗い、時計をみると五時だった。
「五時!」
 時計が起こしてくれたのだ。すごい、妖力がうまくいっている、自分でかけた妖力がうまく機能したのだ。ちょっと有頂天になってベットから降りた。
 さあ、着替えをして下に降りなければならないがミリーがいない。困った。着替えはミリーが畳んで台の上に置いてあるが、すべてミリーに任せっ切りでどうやって着るのかわからない。確かに俺はアホだ、ミリーが着せてくれる時にどうやって着るのか覚えておけばよかったのだ。
 仕方なかった。今井はそのまま下の階に降りて行った。調理場から灯りが漏れている。今井は調理場の中を覗いてみた。調理場では料理人が料理を作っている最中だったが、彼と目が合ってしまった。
「おはようございます、ナキータさま。今日はナキータさまの分も準備しています」
 料理人が話しかけてきた、たぶん、ナカヌクが連絡しておいてくれたのだ。
「おはようございます、朝早くから大変ですね」
 今井は普通に挨拶したが、料理人がポカンと口を開けている。
「どうしたの?」
「いえ、ナキータさまにそのように言ってもらえるなんて光栄です」
 料理人はうれしそうだ。やはり、ここではあまり丁寧すぎるのは問題なのかもしれない。
「ミリーの部屋はどこなの?」
 ともかくミリーを起こさないと何もできない。
「ミリーの部屋ですか、下僕の部屋の並びの真ん中あたりですが… でも…」
 料理人は手元の鍋を見る、今、料理中だから手が離せないのだ。だから、ナキータに部屋まで案内しろと言われたと思って困っているのだ。
「いえ、自分で行くから場所だけ教えて」
「あの、ミリーでしたら、もうすぐここに来ると思いますが」
「ミリーが?」
 ミリーはもう起きているのだ。そうだろう、この家の主が仕事に行くのに下僕が寝ているわけがないのだ、寝ているのはナキータぐらいのもんか。
 今井は食堂の方を振り向いた、ミリーがその辺にいるのだろうか。しかし、家の中は真っ暗で誰も見えない。今井は暗い中を広間に向かって歩いた。
 廊下の向こうに灯りが見えた。順々に灯りがついてくる、誰かが灯りをつけて回ってるのだ。ナカヌクだった。
「おはようございます、ナキータさま」
 ナカヌクは笑顔で頭を下げた。
 さあ、難しい、心理的には丁寧な挨拶がしたいのだが、ここではそれは出来ないのだ。
「おはよう、ナカヌク」
 ちょっと、尊大な感じになってしまったが、しかたがない。
「なんでございましょう?」
 ナカヌクが聞く。
「ミリーを探してるの」
「ミリーでしたら、ほら」
 ナカヌクが指差した方を見た。廊下の反対側に灯りがついてくる、ミリーだ。今井はミリーの方に向かった。
「ナキータさま、どうされたんですか?」
 ミリーが驚いている。
「きのう、言うのを忘れていたの、ゾージャの登城を見送るつもりよ」
「そうなんですか!」
 ミリーが不思議そうだ。
「それで…… 着替えをしたいの」
 ちょっと恥ずかしかった、子供じゃあるまいし自分では着物が着れないなんて。
「承知しました」
 ミリーが大きく頷いた。それから、ナカヌクの方を見る。
「どうぞ、後はやっておきます」
 たぶん、今、ミリーがしていた仕事をナカヌクがやっておくと言う意味だろう、俺のせいで朝の仕事の手順を狂わせて申し訳なかった。
 二人でナキータの部屋に向かった。
「どうやって起きられたんですか?」
 ミリーが不思議そうに聞く、今井はにやっと笑った。
「時計に起こしてもらったの」
 少し自慢だった。
「まあ」
 ミリーが驚いている。
「きのうの妖力ですね、どんどん復活していらっしゃいますね」
 それからミリーが咳払いをした。
「せんえつですけど、今日は私のぶっ飛ばし方をお教えしますね」
 今井は笑った。
「お願いね」
 ナキータの部屋に戻って、朝の支度をして、それからミリーに着物を着せてもらった。今井は着物を着ながら夢中で着方を覚えた、紐が何本もあって結構難しい。覚えたつもりだったが次は一人で着られるか自信がなかった。
「さあ、出来上がりましたよ」
 ミリーが肩をポンとたたく。
 なかなかいい柄の着物だ、たぶんナキータの好みじゃない。
「これは、ゾージャが買ってくれたやつなの?」
「いえ、これは……」
 ミリーは急に言葉に詰まってしまった。
「これは?」
 ミリーの様子が変だ、ミリーは困ったようにナキータを見ている。
「これは?」
 今井はもう一度聞いてみた。
「あのう…… マドラードさまのことはどうされるおつもりですか?」
 いきなり、話がとんでもない方に飛んでしまった。
「いえ、保留中よ」
 今井は冷たくそう答えたが、ほかに言いようがない。
 ミリーは困りきってナキータを見つめている。
「ゾージャさまのお見送りが終わったら、すぐに私のぶっ飛ばし方をお教えします」
 ミリーが泣きそうだ。
「つまり、これは?」
「マドラードさまからの贈り物です」
 絶対に嫌だと思った、マドラードとの関係は絶対に壊さなければならない。
「ゾージャはその事を知っているの?」
 厳しい口調になってしまった。
「いえ、ご存知ありません」
「ほかのに着替える暇はある?」
 もう一度着替えたらかなり時間を食ってしまう。
「いえ……」
 ミリーが震えながら答えた。
 つまり、着替える時間はないということだ、このまま行くしかない。
「じゃあ、行きましょ」
 今井は廊下に向かって歩き出した、しかし、ミリーがついてこない。振り向くとミリーが部屋の真ん中で泣きそうな顔をして立っていた。
 ミリーは何も悪くないのだ、俺が気がきかないばかりにミリーを不安にさせてしまった。
 今井はあわててミリーの所に駆け寄った。
「ミリー、ごめんなさい。あなたはなにも悪くない。私がマドラードへの気持ちをきちんとあなたに言っていなかったことが悪いのよ。だから、何も心配はいらないわ」
 今井はミリーの手を取った。
「ごめんなさい、今の言い方は悪かったわ。まるで、あなたがまずい事をしてしまったみたいな言い方だった、ごめんなさい」
 主従関係なんて関係ないと思った。ナキータはミリーより圧倒的に強いのだからミリーに対してはもっと気を使わなければいけないのだ。
「ナキータさま」
 ミリーが泣き出した。
 今井はミリーを抱きしめた。しかし、心の中ではちょっと不安がよぎった。ミリーがナキータをナキータだと思っているからいいが、こんな偉そうな事をして本当のことがバレたらミリーは何と思うだろう。
 それから、ミリーは顔を上げたが、驚きとも感動とも分からない顔をしている。
「申し訳ありません、ちゃんと考えるべきでした……」
 ミリーはそう言ったが、それ以上言葉にならない、ミリーはしばらくナキータを見ていたが、ミリーの顔ははナキータの優しさに感動しているようにも見えたし、あまりにも変わったナキータに驚いているようにも見えた。
 本来のナキータだったら謝ったりは絶対にしないだろうから、これはまずいのかもしれない。しかし自分が悪かったのに謝らないのはどうしてもできなかった。



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