妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

妻のお仕事をしてみる
 しばらく時間を取ってミリーが落ち着いたところで食堂に降りて行った。食堂では料理人がテーブルに料理を並べている最中だった、ゾージャはまだ来ていない。
「おいしそうね」
 今井は料理人に声をかけた。
「コウモリの血液で煮込んだ雑炊です、うまいですよ」
 ギョッとしてしまった、見かけは普通でも中身はかなり妖怪っぽいらしい。
 ゾージャがやってきた。今、目が覚めたばかりといった感じでまだ着替えをしていない。
「おはようございます」
 今井は最大級の笑顔で迎えた。
「おお、どうしたんだ?」
 ゾージャが聞く。
「あなたがお仕事に行かれるんだから、ちゃんとお見送りをしようと思って……」
 ゾージャの顔が見る見るうれしそうになる、ゾージャは感激してナキータを見つめた。
「ありがとう」
「さあ、ごはんを食べましょ、でないと遅れますよ」
 今井はそんなゾージャの感激を知らないふりをしてゾージャに椅子を勧めた。
「そうなんだ、もう食ってる暇ないんだ」
 そう言いながらゾージャは椅子にすわると慌しく食べ始めた、どこも同じだと思った。俺も朝飯なんかまともに食ったことがない。
「そうだ、今日は俺の家臣を連れてくるから、紹介するよ」
 ゾージャが食事をしながら説明する。
「家臣?」
「二十一人いる。今日、ここで打ち合わせをするんだ」
「はい……」
 家臣が来たらナキータは何かしないといけないのだろうか?
「私はどうすれば……」
「別に… 出迎えてくれればいいよ」
 そして、忙しく食っていたゾージャが何を思ったか不意に顔を上げた。
「その着物、かわいいよ」
 今井はギクリとして自分の着物を見た、しかし、たぶん、ゾージャはきのうの事を思い出したのだ。だからナキータの着物を褒めなきゃと思ったのだろう。
「ありがとう」
 今井は引きつった笑顔で答えた。
 今井も少し食べたが、料理の方法を聞いてしまったのであまり食が進まなかった。
 ゾージャは最後の一口を無理やり口に押し込みながら立ち上がった。そして廊下の方に急ぎ足で歩いて行く、どうやら、あまり時間がないらしい。今井も立ち上がるとゾージャの後を追った。
 しかし、同じくゾージャの後に続こうとしたゾージャの世話役の男性と鉢合わせをしてしまった、たしかレスリーとかいう名だった。
「失礼しました」
 ナキータとぶつかりそうになって、レスリーはあわてて少し後ろに下がった。
「では、今日は奥様がなさいますか?」
 レスリーは不思議な事を聞く。
「なさい……ます?」
 今井はポカンとして答えた、なんの話だ。
「ゾージャさまの着付けです」
「着付け?」
 ミリーがナキータの着付けを手伝ってくれるみたいにレスリーはゾージャの着付けを手伝っているのだ。そして、この手伝いは普通は妻がするものらしい、しかし、まさか、そんなこと出来るわけがない、自分の着物ですら着れないのに。
「どうされます?」
 レスリーがゾージャの方を見る、急いでいるのだ。
「いえ、お願いします」
 今井はあわててレスリーに道を譲った。やっぱり、俺はバカだ。ゾージャの後をついて回って、愛嬌を振りまいていれば妻の役目ができるわけじゃないのだ。
 レスリーは遅れを取り戻すように素早くゾージャの後を追う、しかし、今井はここまでだった。しかたがない、ここでゾージャの準備が出きるのを待つしかない。


 テラスで全員でゾージャを見送った。ゾージャはうれしそうに明るくなりかけた空に飛び出して行く。
 今井もやっと任務を果たせたような気がした。ゾージャに気に入られるためと言うより、自分が理想とする女性を演じてみたい事の方が強かった。
 ゾージャが行ってしてしまうと今井は自分の部屋に戻って来た、ミリーも一緒だ。
「お着替えを準備します」
 ミリーが納戸に入って行く、そう、このマドラードからもらった着物を着替えなければならないのだ。今井もミリーの後について納戸に入った。
 なるほど着物がたくさんある、やっぱりナキータは女なんだなと思った。しかし、どれもケバケバしい物ばかりだった。
「どれになさいますか?」
 ミリーが聞く。
 ざっと見たところ、ケバケバしいのしかない。
「上品な柄のはないの?」
 今井はそれとなく今、着ている着物の袖を見た。
「いえ、そんな柄のは三着しかお持ちではありません。今着てあるそれと、あと二着は昨日と一昨日に着られました」
 やっと、ミリーがこの着物を準備していた理由がわかった、これしかないからだ。俺はなんというバカなんだろう、理由も聞かずミリーを責めるなんて。ミリーに謝りたいが、しかし、もう、これ以上ナキータが変わってしまうのはまずい、本物のナキータなら絶対に謝らないだろう。
「そうだったの……」
 言いにくかった。
「だったら…… これでいいわ」
「承知しました」
 ミリーは静かに頭を下げるが、ミリーが怒っているのではないかと思うと心が縮む思いだった。
 納戸の外に出てきたが、ミリーが固い表情をしている。
「それでは、次は私のぶっ飛ばし方をご説明します」
 やっぱり、さっきの事をミリーは気にしているのだ。
「まさか、ぶっ飛ばしたりしないわ」
 今井はわざと明るく答えた。
「でも、すぐに必要になるでしょうから、説明しておきます」
 ミリーの声にまったく表情がない。
「必要になんかにならないわ」
 今井はなんとかミリーのご機嫌をとりたいが、どうしようもない。
「でも、ご説明します」
 ミリーが腕を不思議な形にする、きのうのゾージャの火球と似ている。
 しかし、今井はミリーの真似はせずにしゅんとしてその場に立っていた。
「腕をこのような形にしてください」
 ミリーが言う。
「ミリー」
 今井はもう限界だった。
「以前の私だったら、こんな時どうだった? 私が間違ってあなたを叱った時、それがわかったら私はあなたに謝った?」
「いえ……」
 何を聞かれたのかと思ってミリーはポカンとしている。
「そうよねえ、私が謝るわけないよね。でも、心の中ではまずかったと思ってるの、わかって」
 謝ったような謝ってないような言い方だった、ナキータのイメージを壊さないこのくらいが限界だろう。
「はい…」
 ミリーは不思議そうな顔をして立っている。
「だから、この練習はなし、あなたをぶっ飛ばしたりはしないわ」
 今井は明るく笑ったがミリーがついてこない、どうも一人で浮いてしまう。
 ミリーはしばらくナキータを見ていたがやっと口を開いた。
「ひとつ、お尋ねしてもいいでしょうか?」
「もちろん、いいわよ」
 大歓迎だった、ミリーが黙っているのが一番こたえる。
「マドラードさまとの関係はどうされるおつもりですか?」
 そう、それを言っておかなければならないのだ、でないとミリーが動きようがない。
「悪いけど、なかった事にするつもりよ」
「なぜですか?」
 ミリーが突っかかってきた。
 しかし、なぜと聞かれても困ってしまう、どう説明すればいいのか。
「ゾージャは夫だから……」
「マドラードさまの方がしっかりしてあります」
 今井が言い終わらないうちにミリーが言い返えす。
「それにマドラードさまは心からナキータさまを愛していらっしゃいます。ゾージャさまはナキータさまを独占したいだけです。マドラードさまはゴルガさまの一番のお気に入りです、それに比べゾージャさまは末席だと聞いています」
 ミリーが懸命になって説明する。ミリーはマドラードが絶対にいいと考えているらしい。確かにゾージャは頼りない。公平な目で見ればマドラードの方がいいだろう、なぜかちょっと気持ちが揺らぐ。
 今井はじっとミリーを見つめた、なんとか説明しなければならない。
「つまり…… 不安なの。ここがどこかも分からないし、知っている人も誰もいない。だから、今はゾージャとあなただけが頼りなの、ゾージャから離れたらどうやって生きていけばいいのかまったく分からないし、あなたに嫌われたら何をどうすればいいのかまったく分からない。だからよ」
 なんとかうまく説明できた。それにナキータが以前よりもミリーに低姿勢になってる理由も説明できた。
「そうですよね、そのお気持ちわかります」
 ミリーが頷く。
「でも、だったら、落ち着いたらマドラードさまとの関係を元に戻すってことですよね」
「……」
 その可能性はないのだが…… 俺にとってはゾージャの方がだましやすい。
「それに私のことは心配には及びません、私に気を遣うなんてとんでもないことです、そんなことを心配されなくても誠心誠意お仕えします」
 ミリーが心強い事を言ってくれた。本気のように見えたが、ナキータにずいぶんとひどい目に合わされているはずなのになぜここまで尽くそうと言う気になるのだろう。
「ありがとう」
 今井はついお礼を言ってしまった。
「だから、それがいけません。わたしに気を遣う必要はまったくありません。私がナキータさまに従うのは当然のことです」
「ありが……」
 また、お礼を言ってしまいそうになって、きわどい所で言葉を飲み込んだ。
「では、私のぶっ飛ばし方の説明を続けます」
 ミリーはどうしてもこの技を教えたいらしい。
 もちろん、ミリーをぶっ飛ばす気など毛頭ないが、それ以外にもこの技をミリーに習うのはまずい理由があった。ミリーに習えばナキータがミリーより弱いことがわかってしまう、そうすれば今の立場が危うくなる。だから、もし習うにしてもゾージャからだと思った、ゾージャならナキータが弱くても問題ないし、それにゾージャは嬉々として教えてくれるだろう。
 今井は話しを変えるのにいい話題を思いついた、人間界に行く方法だ。ゾージャは下僕に教えるなと言いつけたがミリーはナキータに仕えているのだ。ミリーはここまでナキータに尽くすと言ったのだからナキータがミリーに教えろと命令すればミリーとしては逆らえないだろう。
「ねえ、あなた、人間界に連れていってくれない?」
 今井はできるだけ何気ない感じで切り出した。
「えっ」
 当然、ミリーがビックリしている。
「あの穴の所にいけば何か思い出しそうな気がするの」
 ゾージャの前では嘘だと見破られたが、あの口実しか思いつかない。
 しかし、ミリーの顔が曇った。
「申し訳ありません、ナキータさま、私は人間界に行く方法を知りません」
「知らない?」
 びっくりだった、妖怪でも知らない人がいるんだ。
「ゾージャが教えるなと命じたから?」
 今井はそう思ったがミリーが悲痛な顔をする。
「決して、そのような事はありません。本当に知らないんです」
 ミリーの性格からしてこんな嘘はつかないだろう、だったら、本当に知らないのだ。
「人間界には法力使いがいます。ですから、私のような弱い妖怪にはとっても危険な所なんです。だから行ったことがありません」
 ミリーが知らないのなら仕方がない。しかし、今度は法力使いの事が気になってきた。人間界に戻った時、今度は法力使いが脅威になるのだろうか。
「法力使い?」
「ナキータさまを封印したのが法力使いです」
 ミリーが説明してくれるが、それはきのう聞いた。
「知ってるわ。でも、その法力使いって普通の人間とどこが違うの?」
「法力が使えるんです」
 ミリーが怯えたような目で説明する、しかし、これでは何の説明にもなっていない。
「つまり、見た目で普通の人間とどこが違うの? だって相手が法力使いだって見分けられないと困るでしょ」
「見た目、普通の人間と同じです、だから怖いんです。普通の人間だと思っていたらいきなり攻撃されて封印されちゃうんです」
「相手は、こっちが妖怪だとわかるの?」
「私たちは妖気を出しています。だから、遠くからでも分かってしまいます」
 ミリーは頷く。
 今井も不安になってきた、もし人間界に戻れても今度は法力使いに怯えなければならないのかもしれない。
「では、私のぶっ飛ばし方をご説明しますね」
 ミリーはしつこく忘れていない、今井は今ので話題を変えたつもりだったのに。
 ミリーは腕をさっきの不思議な形にする。
「こうしてください」
 ミリーはナキータが真似をするのを待っている。
「ねえ、あなた、朝ご飯は食べたの?」
 またまたいい口実を思いついた。下僕達は朝食の時、後ろに立って待機していただけだから食べているはずがない。
「いえ……」
 ミリーが戸惑っている。
「じゃあ、食べてきなさい。教えてもらうのはそれからね」
「いえ、私は大丈夫です」
 ミリーは健気に答えるが、今井はにっこり笑った。
「ぶっ飛ばし方は別に急ぐ必要ないわ、さあ、食べてきなさい」
 今井がミリーの肩を押すとミリーは困ったという顔をしながらもうれしそうに頷いた。
 ミリーが行ってしまうと、今井はほっとして椅子に座った。ミリーといい関係を築くのも大変だ。






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