妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

ついに入り口がわかった

 朝日が昇り初め空が真っ赤だった。今井はテラスに出ると気晴らしに少し飛んでみた。空が飛べるってすばらしい、こんなに気持ちがいいことはない。冷たい空気の中をまっすぐに飛ぶ、肌に当たる風が気持ちいい。
 少し飛んだところで岩場に降り立つと、そこにあった岩に腰をおろして景色を眺めた。山の高い所は朝日が当たって真っ赤に輝いていて、その日の当たる所がわずかに下がっているのがわかった。
 ここはどこなんだろう、地球の上なのだろうか、地球上に人に知られていない場所があるとも思えない。西の空には見なれた月が見えているから、地球以外の天体とも考えにくい。それに日本と時差がないからここは日本と同じ経度の場所という事になる、しかし、日本にこんな場所があるなんて信じられない。
 今井は自分の手を見た、ほっそりとした綺麗な手だ。この手にももう慣れてしまった。

 後ろから物音がして今井は思わず振り向いた。そこには女性が宙に浮いていてじっとナキータを見つめている。
「あなたも焼きが回ったわね、あたしの妖気に気がつかなかったの?」
 彼女は鋭い目をしていて気の強そうな女性だ、かなり若く見えるが妖怪の年齢なんてわからない、いったい何者なんだ。
「それに妖気をプンプン振りまいていて、ここにいるってすぐわかったわ」
 彼女は宙をゆっくりとナキータに近づいてくる。
「もう死んでいると思っていたのに、生きていたんだね」
 彼女は残念そうに言う、どうやらナキータが嫌いらしい、ナキータはこんな性格だから敵が多いのか。
「あたしは記憶をなくして、何も覚えていなんです」
 ともかく早く事情を説明しておいた方がいいだろう、その方が妙な誤解を生まなくてすむ。
「そうだってね」
 彼女はゆっくりと降りてくる、そしてナキータの目の前に降り立った。
「そのまま、なにもかも忘れていてくれると助かるんだけどね」
 彼女はナキータを憎々しく見つめる、ナキータが何かの邪魔になるらしい。いや、俺はそんないざこざに巻き込まれるつもりはないからご希望通り忘れたままでいるつもりだが。
「あたしはヌランダ、よろしくね」
 彼女は簡単な挨拶をする。
「ナキータです」
 今井もあわてて頭をさげた。
「知ってるわ」
 ヌランダは鼻で笑う。まあ、そうだろう、知らなきゃこんな風に話しかけてくる訳がない。
「かわいい顔しちゃって、とくよねえ」
 ヌランダはナキータの回りをゆっくりと回っている。
「あなたはもう消えたと思っていたのに、なんで出てくるのよ」
 彼女はよほどナキータが邪魔になるらしい、しかし、意味が分からない。
「なんの話か説明してもらえませんか?」
 じつにまともな質問だと思うがヌランダはムカッとしたようにナキータを睨みつける。
「マドラードよ、あたしのものだからね」
「マドラード」
 今井は唖然とした、マドラードが好きなのか。
「あなた、マドラードの恋人なの?」
「そうよ」
 ヌランダは吐き捨てるように言う。
 救いの神だった、マドラードに恋人がいるなんて、こんな都合がいいことはない、恋人を理由に断ればいい。
「それでマドラードは何と言ってるの?」
「もちろん、あたしが好きよ」
 ヌランダはナキータに見せつけるように言う。たぶん、多少、嘘が入ってるのだ。しかし、その程度の嘘なら支障ない。
「了解、応援するわ」
「なにをよ」
 今井にとってはこれはあまりにも当然の事だったが、ヌランダが怪訝な顔をしている。
「だから、マドラードよ、あなたとマドラードがうまくいくように応援するから」
「ふざけないで、じゃあ、あんたはどうするつもりよ」
「私にはゾージャがいるわ」
 今井はすまして答えた。
「ゾージャは嫌いなんでしょ」
「気が変わったの」
 今井はつんとして答えたが、ヌランダはとても信じられないと言った顔をしている、ここはもう一押し必要だ。
「取らないでね」
 女同士でこんな会話をするのかどうか知らないが、テレビドラマではこんなシーンがよく出てくる。
「取らないわよ」
 ヌランダは怒りをぶつけたが、どうしたものかと内心迷っているのがわかった。
「今度、マドラードが来たら、あなたにはヌランダさんがいるでしょ、って言って断るわ」
「……」
「正直、マドラードには困ってるの、しつこいでしょ」
「そんな関係なの?」
 ヌランダがびっくりしている
「そうよ、だから頑張ってね」
 ここまで言うとヌランダも信用したようだった、不思議そうな顔でナキータを見つめている。
「なんでゾージャの方がいいの?」
 信じられないと言った口調だ、ゾージャってそんなにだめな奴なのか。
「正直、よくわからないの。まったく何も覚えていないんだからみんな同じに見えるの、だから、私にとってはゾージャでもマドラードでもどっちでも構わないんだけど、あなたがマドラードの方がいいと言うなら私はゾージャね」
 今井が口から出まかせを言うと、ヌランダが唖然としてナキータを見つめている。
「マドラードに手を出さない?」
 ヌランダが心配そうに聞く。
「それは絶対に出さない、約束する」
 これは間違いなかった。
「ただ、マドラードがね、しつこいでしょ、こればかりは……」
 一応、事情は説明しておいた方がいいと思った。ヌランダが何か言い出そうとしたので今井の方が先に口を開いた。
「だから、あなたがしっかり捕まえておいてよ、私の所に来させないで」
 なにか言いたげだったヌランダもこれには反論できなかった、彼女はしかたなく頷いた。
「あなた、どこに住んでいるの?」
 なにか、連絡が取りたくなった時に連絡が取れるほうがいいと思った。
「あたしは、ズザヌークさまに仕えているの、ここから十超ほど飛んだ所よ」
 ヌランダは山の方を指差す、たぶんそっちにズザヌークとかの家があるのだ。しかし、今度は分からない単位が出てきた、十超ってどのくらいの距離だろう。
「ズザヌークさまって?」
 聞いても分かるはずはないのだが一応聞いてみた。
「ゴルガさまに仕えているの、マドラードの同僚よ」
 なるほど、ここはみんなゴルガの家臣ばかりなのか。
「ゾージャより下?」
 試しにきいてみた。
「上よ、もちろん、マドラードより下だけどね」
 ヌランダがニコッとわらうと、なぜか、ちょっとムカッとした。それに、マドラードをやってしまうのが惜しく感じた。
「ねえ、あなた、人間界に行けるの?」
 ふと、思いついた。もう誰でもいいから教えてもらえる人を探したかった。
「行けるけど」
「じゃあ、連れて行ってくれない、あたし記憶をなくしてるでしょ、だから人間界に行く入り口がどこにあるか分からないの」
「いいけど…」
 ヌランダが面倒くさそうに答える。
「マドラードを忘れるには人間界に行く必要があるの、行けないんだったら忘れられないかもしれないな」
 もう口から出まかせだった。
「なんでよ」
「それは秘密、マドラードとの思い出なの」
 記憶がないはずだ、などと言う子細な事はこの際、気にしないことにした。
「じゃあ、教えてあげる、こっちよ」
 ヌランダは飛び上がった、どうやら教えてくれるらしい。今井は喜んで後に続いた。
 ヌランダはきのう今井が飛んだのと同じ方向に飛び始めた、今井はヌランダの横に並んで飛ぶ。
 しばらく、そうやって飛んでいたが、ヌランダはなぜか非常にゆっくり飛ぶ。ナキータをじらしているのかとも思ったがそうでもないみたいだ。
「ねえ、もう少し早く飛ばない?」
 それとなく速度を上げるよう促した。ヌランダはムカッとしたような顔でナキータを睨みつける。遅いと言われたことに腹を立てているようだ。しかし、これでさぞかし、早く飛ぶだろうと思ったがさっきとさほど変わらない。
「ねえ、もう少し早く飛ぼう」
 もう一度話かけた。
「これ以上早く飛べるって言うの、じゃあ、飛んでみせてよ」
 ヌランダが噛みついてくる。しかし、びっくりだった、ヌランダにはこれが精一杯なのだ。じゃあ、ナキータは妖力が強いのかもしれない、飛べる早さは妖力の強さと関係があるのだ。ゾージャやマドラードには飛ぶ早さでかなわなかった、つまりゾージャやマドラードの方が強いからだ。
 早く飛んで見せてヌランダを驚かせたらおもしろいだろうなと思ったが、そんな大人げない事はしないことにした。ヌランダが遅いのは仕方がないことなのだ、それをバカにするような事をするのはよくない。
 飛ぶコースはきのう飛んだコースとほぼ同じだったが途中で尾根を越える、尾根を越えなければいけなかったのだ。尾根を越えると目印と思っていた三角の山が見えてきた。
「ここよ」
 ヌランダが空中で停止した。
「下の目印があの岩」
 ヌランダは真下を指差す、なるほど真下に大きな岩がある。
「高さはあの山と同じ」
 ヌランダはあの三角の山を指差す。
 なるほど、こうやって位置を決めるのだ。
「ついてきて」
 ヌランダについて進むと突然景色が変わった。緑の穏やかな山並が広がっている。人間界だ。
 ついに人間界に来ることができた、あの入り口がわかったのだ。
「下があの川よ、曲がってる所」
 ヌランダが真下を指差す。
「で、高さがあの山」
 なるほど人間界の方にも目印があるのだ。
「じゃあ、これでいい」
 ヌランダが素っ気なく言う。
「ありがとう、感謝するわ」
「どういたしまして、じゃあ、マドラードは頼んだわよ」
 ヌランダはそう言うと元来た方に飛び始めた、と、すうっと姿が消えてしまった。妖怪世界の方に行ったのだ。
 ヌランダが行ってしまうと今井は改めて喜びがこみ上げてきた。ついに人間界に戻ってきた。これで妖怪達とも縁が切れる、もうビクビクする必要はないのだ、ここは人間側なのだ。
 しばらくその場に浮かんでいたが、ふと妖怪側に戻れるかが心配になってきた。宙に浮いているのだから静止している訳じゃないのだ、だからあの入り口から離れてしまっている可能性がある。入り口が分からなかったらもう妖怪世界に戻れない。
 急激に不安になってきた、アパートの鍵も財布も何も持ってきていない、このままここに残されたら今日寝る所から困る。今井はさっきヌランダが消えた場所へ向かった。しかし、いくら進んでも景色が変わらない、元の人間世界のままだ。冷や汗が出てきた、戻れない、ヌランダがいる間に練習しとけばよかったと思ったが後の祭だ。
 今井は下を確認した、間違いなく川の曲がった場所の真上にいる。そして高さはあの山と同じ高さだ。そして戻る方向に進む、しかし、いくら進んでも景色が変わらない。
 もう一度やってみたがだめだった、たぶん場所が違うのだ。真上にいると思っても少し位置がずれているらしい。それほど微妙なのだ。今井は涙目になってきた、戻れなかったらどうしよう。
 しかし、もう一度やったら景色が変わった。雪が積もった険しい山々が見える、妖怪世界だ、今井はほっとして胸をなでおろした、よかった、戻れた。
 戻れると本当に安心した。でも、不思議だった、なぜ、こっちの方がこんなに安心するんだろう、こっちには居場所があるからか、これから帰って食事をしたり寝る場所があるからかもしれない。人間界の方はナキータが生きていくための場所をこれから作らなければならない、それに法力使いがいるのも不安だった。ナキータが逃げた事を知って探しているかもしれない、封印されたら死んでしまう。
 今井は全速力で戻り始めた。かなり時間を食ったのでミリーが探しているかもしれない。
 途中、前方に誰かが飛んでいるのが見えた、女で同じ方向に飛んでいる。あっという間に追い越したが、あれはひょっとしたらヌランダだったかもしれない、ちょっとまずいと思った。ヌランダだったらナキータの飛行速度の早さにびっくりしているだろう。




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