妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

お金持ち

 今井は自分の部屋に向かったがミリーもついてきた。
「これだけ大勢だと妖気の区別は難しいですよね」
 歩きながらミリーが話しかけてくる。
「ええ」
 今井は意味がわからないまま、ぼんやりと答えた。
「さっきの紹介で妖気は覚えられましたか?」
 ビックリだった。妖気を覚えるって、そんな事まったく考えていなかった。なるほど、名前と一緒に妖気も覚えないといけなかったのだ。
「紹介された時、一人一人強い妖気を出したんですが、混ざってしまって私には区別できませんでした。ナキータさまはわかりました?」
 ミリーがナキータの顔を見上げる。
「いえ……」
 そうとしか答えられない、妖気の事なんてまったく忘れていた。
「ナキータさまでもそうなんですね、安心しました。端妖怪だから区別出来ないのかなと思っていました」
 ミリーは心なしかうれしそうだった。人数が多いと妖気は区別できなくなってしまうらしい。
「じゃあ、さっきの紹介では誰の妖気も覚えられなかったんですね?」
 ミリーがうれしそうに聞く。
「ええ」
 原因は違うが結果としてはそうなる。
「妖気は相手が一人の時に覚えるのが簡単ですよ、大勢だと他人のと混ざってわからなくなります」
 ミリーが教えてくれる。
 今井はふと、今、感じている妖気の人数を数えてみた。全部数え上げるのは大変だが、一人一人はっきりと区別できる。ひょっとするとミリーにはこれが区別できなのかもしれない。
「そうするわ。それには、まず、ゾージャの妖気を覚えないとね」
「そうですね」
 ミリーが笑う。

 自分の部屋に入ったが、ミリーがお茶を入れてくれたりと甲斐甲斐しく世話をしてくれる。もうミリーといるのはまったく苦にならなくなっていた。ミリーは誠心誠意尽くしてくれる。
 日も落ちかけたころ、たくさんの妖気が急速に弱くなって行くのを感じた。家臣達がこの家から離れているのだ。
 今井はすぐに窓から外を見た。遠くの方に飛んでる何かが点のように見える。あれが飛び去って行く家臣達か。
 ミリーも横にやってきた。
「この距離だともう私には妖気は感じないんですが、ナキータさまは感じますか?」
 ミリーが興味深げに聞く。今井は彼らの妖気に注意を集中してみた。人数まで完全にわかる。もう、見えないくらい遠くに行っているのだが妖気ははっきり感じる事が出来る。
「いえ、もう分からないわね」
 なぜか、ミリーをがっかりさせたくなかった。
「まだ、家に誰か残っていますね。これはハンズさんとグラダガダさんだと思います」
 ミリーがうれしそうに教えてくれる。ナキータより優位に立てることがうれしくてたまらないのだ。
「ハンズ?」
 今井も家の中の妖気に注意を向けてみたが、所詮、どれが誰の妖気か分からないのだから意味がない。
「このくらいの人数なら区別できるんですけど、ナキータさまはどうですか?」
 ミリーはさらに聞く。たぶん、ナキータに妖気の感じ方を教えたのは自分だから妖気に関してはナキータより上だと思ってうれしくてたまらないのだ。
「そうね、これならできるわね」
 今井はそう答えた。せっかく喜んでいるミリーに自分は能力が低いのだと感じさせるのは嫌だった。
 しかし、家臣が帰ったのならゾージャに会いに行った方がいいのだろうか。しかし、まだハンズがいるのなら、打ち合わせが続いているのかもしれない。
 その時、扉をノックする音が聞こえた。ミリーがあわてて扉を開けに行く。
「ああ、ハンズさんです」
 ミリーが扉を開くとゴツい感じの妖怪が立っていた。さっき堤の事を相談した人だ。そしてその後ろにもう一人立っている。
「申し訳ありません、ちょっとお時間をよろしいでしょうか?」
 怖い顔に似合わず、丁寧な言葉遣いだ。
「はい」
 さっきの、話の続きなんだろうか。
 今井がそう返事をするとハンズともう一人が部屋の中に入ってきた。たぶん、もう一人はさっきミリーがグラダガダとか言っていた人だ。
「お戻りになったばかりだと言うのにこんな話を持ち込んで申し訳ありません」
 ハンズは申し訳なさそうに頭を下げる。
「もう間に合わないです」
 後ろにいた男がハンズの言葉を補足するように言う。本当に困っているらしい。
「堤の工事の件ですが、どうしてもご相談したくて……」
「もう限界です。明日は絶対に資材を発注しないといけません」
 ハンズが話始めたが、後ろにいた男がハンズの言葉を遮って話始めた。
「あの」
 今井は彼の言葉を遮った。
「わたしは記憶がないんです。だから最初から話してもらわないと何の事かわかりません」
「もちろんです」
 ハンズがちらっと後ろの男を見た。お前は喋るなと言っているようだ。
「つまりですね、ゾージャさまはゴルガさまから堤の工事をするように仰せつかっています。だから、我々家臣が堤の工事を進めなくてはならないんですが、その工事が大幅に遅れているんです。原因はゾージャさまが資材の発注をしてくれないからです。このままではゴルガさまのお怒りをかってしまします」
「はい……」
 妖怪の世界もそんな工事があっているらしい。いわゆる公共事業か。
「だから困っています」
 ハンズは必死な目でナキータを見る。
「ナキータさま、お願いします」
 後ろの男も頼む。しかし、それでナキータに何をしろと言うのだ。
「なぜ、ゾージャは発注をしないの?」
「度胸がないんです」
 後ろの男が吐き捨てるように言う。その言葉にハンズも頷いた。
「そうです、高額の金を使うので先延ばしにしてるんです。でも、堤が完成すればゴルガさまからご褒美をたんまりもらえますから取り返せます」
「でも、堤の工事は公共事業なんでしょ」
 堤とは堤防のことだろう。だったら公共事業だからゴルガが工事に必要なお金は出してくれると思うのだが…… 予算とかはついていないのだろうか。
「コウキョウジギョ……?」
 ハンズはナキータの言葉が分からないらしい。
「いえ、だから、ゴルガさまが必要なお金を出してくれるんでしょ」
「まさか」
 ハンズはビックリしたようにナキータを見る。
「工事は我々が完成させます。完成した後、ゴルガさまのお眼鏡にかなえばご褒美としてかなりのお金がもらえます」
 今井は唖然としてハンズを見つめた。ここは、そういう制度になっているのだ。家臣がまず自分で全部やらないといけないのだ。
 じゃあ、ナキータにゾージャを説得してくれという事か、しかし、ゾージャにも資材を発注しない理由があるのだろうから俺が頼めばいいというものでもないだろう。
「しかし、私がゾージャに頼んでも、簡単にはいかないと思うわ」
「いえ」
 またまた、ハンズがビックリしている。
「つまり、お金を出していただけませんか」
「お金?」
 びっくりである、お金を出せと言っているのか。
「お願いです、ナキータさま。資材を買うお金を出していただけないでしょうか?」
 後ろの男がはっきりと言う。
「いえ、私、お金なんて持っていません」
 今井は慌てて断った。そんな無茶な話はない。
「ナキータさま、お願いします」
 ハンズが頭を下げる。
 しかし、ないものはない。
「いえ、無理です、お金なんて……」
 俺はお金なんか持っていない、と思い込んでいたが、ふと気になった。俺が持っていないのは確かだがナキータは持っていないのだろうか? 思わずミリーを見た。
「あの……」
 資材購入の事を聞かれたと思ってミリーがビックリしている。
「いえ、あの…… 以前はこのような場合にはお金を出してありました。でも… 私ごときが意見を申し上げるなんて、恐れ多い事でございます」
 以前は出していた、という言葉が気になった。出していたと言う事はお金を持っているのか。考えてみればナキータは会社でいえば課長か部長クラスの男の妻だ。自分の財産を持っていても何の不思議もない。
「ミリー、私はお金を持っているの?」
 確認してみた。
 ミリーにもさっきの問いかけの意味がわかったらしく、笑顔が戻った。
「お持ちです。それもゾージャさまよりたくさん持ってあります。このような場合にお金を出すのはいつもナキータさまでした。ですから、ゴルガさまのご褒美もナキータさまがもらってあります」
 金を持っている。しかも、かなりたくさん。思わず笑顔が出てしまった。そうか、ナキータはお金持ちだったのだ。つまり俺はここではお金持ちなのだ。しかし、同時に良心の呵責も感じた。これはナキータのお金であって俺のお金じゃない。俺が使おうと思えば使えるが、だからと言って使っていい訳じゃない。このお金を使えば泥棒じゃないか。
「お願いします。ナキータさま」
 後ろの男が必死にナキータを見ている。
「でも、工事の方は間に合うの?」
 もしお金を出したとしても工事が間に合わずゴルガの怒りをかうような事になったらご褒美はもらえない。
「絶対に間に合わせます。今からすぐに資材の発注に行ってきます」
 ハンズが答える。
 今井は迷った。ナキータのお金に手を出すことと、そのお金が戻ってこないかもしれないリスクがある事だ。それにゾージャの対応も変だった。なぜゾージャはお金を出さないのだろう、単に度胸がないだけとも思えない。
「お願いします。ナキータさま。このままではゾージャさまが破滅です」
 ハンズは腰を折ると床に正座した。そして頭を床に擦り付けるようにして頼む。後ろの男もあわててそれにならった。
 しかたなかった。これは危険回避なのだと思うことにした。ゾージャがゴルガの怒りをかえば、今の安定した暮らしが成り立たなくなる。そうすれば、より不安定な今井はもっと困る事になる。
「わかったわ」
 緊張した声だった。
「ありがとうございます」
 ハンズが正座したまま、深々と頭を下げる。
「もし、なにか問題が発生したら、すぐに報告してね」
 報告されてもどうしようもないとは思ったが、何か言っておいた方が物事を考えているように見える。
「もちろんです」
 ハンズが立ち上がりながら答える。
「ナキータさま、本当に助かりました。さすがナキータさまです。ナキータさまがお戻りになったら問題が一気に解決しました」
「この家のあるじはナキータさまですよ」
 ハンズがそう答えると、もう一人がしたり顔で付け足す。今井も褒められると悪い気はしなかった。
 二人はナキータにペコペコしながら扉の外に出た。
「では、今から資材の発注に行ってきます。店の者に頼んで資材は確保してあるんです。なあに、この時間でも大丈夫でしょう」
「ハンズさんは搬入の手はずがあるから発注は俺が行ってきます。俺の方が飛ぶ早さは早い、飛ぶ早さで俺にかなう者はいないです」
 もう一人がハンズの意見に逆らって答えた。それから、彼は何かをしくじったと言うように頭を押さえた。
「もちろん、ナキータさまを除いてですよ、ナキータさまにはかないませんや」
 今井は軽く笑った。見え透いたお世辞だとわかっていても嬉しい。
 二人は頭を下げながら扉を閉じた。



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