妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

結界

 二人が出ていくと、またミリーと二人になった。
「ハンズさんの妖気はおわかりになりましたか?」
 ミリーが聞く。
 しまった、またすっかり妖気の事を忘れていた。今からでも遅くない。今井はあわてて二人の妖気を覚えた。ただ、どっちがどっちかわからないから二人の妖気として覚えた。
「でも、ハンズさん、喜んでありましたね。あれで良かったと思いますよ。封印される前もナキータさまがお金を出してありました」
 ミリーが説明してくれる。
「ナキータさまがゾージャさまよりお金を持ってあるのは、こう言う場合にはナキータさまがお金を出してあったからなんですよ」
 ミリーが頼もしそうにナキータを見る。
 ミリーにそう言われると嬉しくなってしまう。俺はお金をたくさん持っているのだ。どこか偉くなったような気がする。しかし、今井は急にあることが心配になってきた。
「ミリー、ところで、私のお金はどこにあるの?」
 お金をこの目で確認しておかないと不安だった。しかし、ミリーはキョトンとしている。
「いえ…… 存じ上げません」
 恐ろしい答えが返ってきた。ミリーは知らないのだ。今にも資材を発注すると言うのに払うお金がどこにあるかわからない。これはまずい。
「推測でもいいわ、ここかもしれないという所はないの?」
「たぶん、ナキータさまの結界の中だと思います」
「結界?」
 またまた、不思議なものが出てきた。
「結界って、なに?」
「結界は結界です。この空間の外に特別な空間を作って、そこに大事なものをしまっておくんです」
「空間の外?」
 すごい話だ、まるでSFだ。
「じゃあ、私のお金はその結界の中にあると言うのね」
「まず間違いありません。通常、大事なものは結界を作ってその中に隠しておくものです」
「で、その結界はどこにあるの?」
「存じません」
 ミリーはきっぱりと言い切る。
 知らないって、ここまで言っておいて知らないはないだろう。
「なぜ、知らないの、端妖怪だから?」
「いえ、ナキータ様の結界のありかを私ごときが知っていてはいけないのです」
 しかし、そう言ってからミリーはにっこり笑った。
「でも、まず、この部屋の中です。他の場所のはずがありません」
「じゃあ、この部屋の中を探せばいいのね」
「探す必要はありません。この部屋の中で結界を解けば結界が姿を現します」
 結界を解く? どんどん話がややこしくなっていく。
「じゃあ、その結界を解くにはどうしたらいいの?」
「結界にかけた呪文を唱えればいいです。ただ、そのためには呪文がわからないといけないんですが、ご自分の結界にかけた呪文は覚えていらっしゃらないですよね」
 ミリーがやや心配そうに声を潜めた。もちろん、そんな呪文、知っている訳がない。今井は首を振った。
「そうですよね、ご記憶がないんだから覚えておられるはずがないですよね」
「でも、なんとかならないの、ゾージャに解いてもらうとか…」
「ナキータさまの結界はまず誰にも解けないと思います。私のだったらナキータさまなら簡単に解いてしまわれるでしょうけど」
 ミリーは申し訳なさそうにつぶやく。
「何か方法はないの? 結界が解けなかったら大変よ」
「無理です。ナキータさまの結界を解ける者などいるはずがありません」
 ミリーはキッパリと言い切る。
 さあ、万事休すだ。これではお金がないのと同じだ。さっきの発注を止めさせないとお金を払えない。
 追いかけるしかない。グラダガダはこれから発注に行くと言っていた。その後を追って発注を止めるのだ。
 今井はグラダガダの妖気を探ってみたがもう感じない。しかし、飛んで行った方向に飛べば妖気を感じるかもしれない。グラダガダの飛行速度がそんなに早くない事を祈るばかりだ。
「発注を止めるわ!」
 今井はそう叫ぶと窓に向かった。
「どちらへ?」
 ミリーがあわてて聞く。
「グラダガダを追うわ、発注を止めさせる」
 今井は荒々しく窓を開けると宙に浮き上がった。
「お待ちください!」
 ミリーが叫ぶ、今井は振り返った。急ぐ用事でなかったら後にして欲しいのだが、今は一刻も早くグラダガダを追いかけなければならない。
「なに?」
「申し訳ありません。悪気はなかったんです。申し訳ありません!」
 ミリーがひざまずくように崩れ落ちると泣きそうにしている。
「なに?」
 今井は荒々しく聞いた。何をしでかしたかしらないが、こんな急ぐ時に謝罪を始めなくてもいいではないか。
「申し訳ありません。どうかお許し下さい」
 ミリーは泣きだしているが意味がわからない。こんな話は後回しにするしかない。今井は向きを変えた。ミリーに付き合っていられない。
「私、呪文を知っています」
 ばっと飛び出した今井の後ろからミリーの声が聞こえた。今井はあわてて急ブレーキをかけた。
「知ってる?」
「はい…」
 ミリーは泣きながら頷く。
「なぜ?」
「申し訳ありません。数年前、私が納戸で仕事をしていたらナキータ様が誰もいないと思われたのか結界を解かれたんです。その時、呪文が聞こえてしまいました」
 ミリーは泣きながら告白する。しかし、意味がわからない、知ってるならさっさと教えてくれればよかったのに。
「聞こえてしまったことを申し上げるべきでした。でも、怖かったんです。殺されると思いました。絶対に許してもらえないと思いました。申し訳ありませんでした」
 ミリーは泣きながら謝る。しかし、これで納得がいった。ここの社会なら従者が結界の呪文を盗み聞きしたら殺されるかもしれない。
「決してわざとじゃありません。聞こえてしまったんです。まさか、ナキータさまが結界を解かれるなんて思いもよらなかったんです」
 ミリーは泣きながら訴える。
「で、その呪文は何というの?」
 今井はミリーのくどい説明より早く呪文が知りたかった。
「申し訳ありませんでした。どんなお仕置きでも覚悟しております。ただ、殺すのだけはお許し下さい。決してわざとじゃなかったんです」
 ミリーは必死で言い訳するが今井はイライラしてきた。
「で、その呪文は何というの!」
 ミリーは恐る恐るナキータを見つめた。
「『ラポーラ』です。昔ナキータさまが仕えてあった主の名前です」
「ラポーラ?」
 やっと呪文がわかった。
「この呪文を唱えれば結界か開くのね」
「はい」
 ミリーが頷く。
 呪文を唱えれば結界が開く。わくわくしてきた、目の前ですごいことが起きるのだ。
 今井は息を大きく吸い込んだ。
「ラポーラ」
 結界の呪文を唱えた。
 しかし、何事も起きない。ミリーが下を向いて必死で笑いをこらえているのがわかった。なにか本物の妖怪ならあり得ないような失敗をしたらしいが、そんなこと知るわけがない。
「ミリー!」
 つい厳しい声になったてしまった。
「なにがまずいの?」
「いえ、あの… 結界を開く妖力をかけながら呪文を唱えないと……」
 言われてみればそうかもしれないが、それならそうと初めから言ってくれたらよかったのに。
「で、それはどうやるの!」
 どんどん、声が厳しい口調になっていく。
「はい」
 とりあえずミリーから妖術のかけ方を習った。意識の集中の仕方、念じる内容など。
 今井は習った通りに意識を集中して呪文を唱えてみた。
 なんと、部屋の中央に黒い渦が出現した。渦はどんどん大きくなる。やがて人が入れるくらいの大きさの渦の穴が開いた。
 穴から恐る恐る中を覗いてみると中は一部屋くらいの広さがあって、いろんな物が置いてある。部屋の中央にはたくさんの木の箱が積み上げてあるが、どこか千両箱のような雰囲気だ。あれにお金が入っているかどうかは入って確かめるしかない。
「これは入って大丈夫なの?」
「大丈夫です。もちろん、中で結界を閉じる呪文をかけないでくださいね」
 今井もそれが一番怖かった。中に入ったままこの入り口が閉じてしまったらどうなるのだろう。しかし、ミリーの手前怖がっているような素振りを見せるのもまずい。
 今井は渦の穴から中に入った。足元が柔らかくてふわふわする。まるで雲の上を歩いているようだ。部屋の中央に行くと積み上げてあった箱の一つを開けてみた。
 小判だ。小判が綺麗に並べて詰めてある、まさに千両箱だ。小判を一枚手に取ってみたが小判の種類はよくわからなかった。江戸時代に人間が発行した小判なのか妖怪世界独自の通貨なのかは今井の知識では判断できなかった。
 しかし、この箱が全部千両箱だとするとナキータはすごいお金持ちだ。なぜか今井は嬉しくなってしまった。それに、これで発注した資材の代金も支払うことができる。一安心だ。
 今井は渦の穴から外に出た。そして呪文を唱えながら結界を閉じる呪文をかけてみた。
 黒い渦が激しく回り出したかと思うとあっと言う間に小さくなって消えてしまった。結界が閉じたのだ。ちょっと感動的だった。これで結界の妖力も使えるようになった。しかもこれは便利そうだ。
 結界が消えてしまったので今井は思わずミリーを見たが、ミリーはあわててひざまずくとナキータにすがりついた。
「どうか、お許し下さい。どうか、命だけは。それ以外のお仕置きだったらどんなお仕置きでも受けます」
 ミリーは悲壮な顔をしてナキータにすがり付く。
 そう、その問題が残っていたのだ。あるじの結界の呪文を知ってしまったのに、その事を言わなかったミリーを処罰しないといけないのだろうか。もちろん今井はミリーを処罰する気などなかった。そもそもここの主従関係は厳しすぎる。主がその従者を殺していいなんて、ここの法律はどうなっているんだろう。
 それにもっと現実的な問題もあった。ミリーを処罰しようとしてミリーが反抗したら今井などひとたまりもない。端妖怪とはいえミリーは本物の妖怪なのだ、今井が戦える相手ではない。
「ミリー、今回の件はひとまず預かりにしとくわね。今の私にはあなたを処罰するだけの力がない。だからその力が復活するまでね。それに、今回の件はおかげで結界を開くことが出来たんだし、よかった面もあるわ。ただし!!、やはり聞こえてしまった事を言わなかったのは悪いわ。だから、それに関しては後で処罰します。もちろん殺したりしません」
 今井はできるだけ威厳を持って言った。
 ミリーは頭を下げてひたすら従順にナキータに擦り寄ってくる。
 まあ、こんなものでいいだろう。時計を見るとちょうど夕食に時刻だった。
「さあ、食事に行きましょう」
 ミリーの処罰問題をうやむやにするにはちょうどいい口実だった。




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