妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

お金がない
 廊下に出ようと思って扉を開けた。
 が、扉の向こうに立っていたゾージャと鉢合わせをしてしまった。いきなり開いた扉にビックリしたような顔をしてゾージャが立っている。さっきからずっとここに立っていたような雰囲気だ。
 なぜ、ゾージャがここに立っているのだ。用があるならノックをするなりして入ってくればいいのに。
 しばらく顔を見合わせていたがやがてゾージャが口を開いた。
「ハンズが来ていたのか?」
 不安そうな顔だ。。
 ひょっとしてナキータとハンズが裏でなにかやっていると疑っているのか? そうかもしれない、ハンズはこの話はゾージャには秘密にしたい風だった。ゾージャのする事に納得がいかなくてナキータに資金の提供を頼みにきたのだから。
 今井は混乱してしまった。なんと返事をすればいい。この事はゾージャに秘密にした方がいいのか、いや、どうせ分かってしまう、工事が始まるから分からないはずがない。
 今井はまずい事になっているのにやっと気がついた。この事はゾージャに話しておかなければいけなかったのだ。
 この仕事は元々ゾージャがゴルガから任された仕事だ。そして理由はわからないがゾージャはまだ資材を発注しないつもりでいる。それなのに自分が勝手に発注してしまった。もし、発注するならその前にゾージャにその事を説明して了解を取っておくべきだったのだ。こんな勝ってな事をしたらゾージャが怒るのも無理はない。裏切られたと思って不安そうな顔をしているのだ。
「お前の金で発注したのか?」
 ゾージャがもう一度聞く。
 答えようがない。
「ごめんなさい」
 もう、謝るしかなかった。しかも、ゾージャの気持ちを思うとこの程度ではなまぬるい。今井はゾージャの足元にひざまづいた。さっきのミリーと同じだ。
「勝手な事をしました。申し訳ありません」
 心底、俺はバカだと思った。なぜ、この程度の根回しを思いつかない。事前にゾージャに説明しておくべきだったのだ。
 もうナキータの可愛さを武器にするしかった。今井はつぶらな瞳で必死でゾージャを見上げた。しかし、ゾージャはビックリしている。
「何かあったのか?」
「急ぐと言われて、すぐにでも発注しないと大変だと言われて、発注しないと大変な事になると思って、無断で発注しました。ごめんなさい」
「発注したのか?」
 ゾージャが聞く。
「はい」
「で、何か問題が起きたのか?」
「……」
 ゾージャがナキータの横にかがんできた。
「何があったんだ?」
 ゾージャは発注した事より、何か別の事を心配しているように見える。しかし、なぜだ?
「いえ、その、私が私のお金で発注しました」
 今井はもう一度説明した。しかし、むしろ、ゾージャの顔には安堵の色が浮かんでいるように見える。
「じゃあ、何を謝っている」
「いえ、だから、勝手に発注した事」
「発注した事を謝っているのか?」
「ええ……」
 当然、そうなんだが。しかし、ゾージャはほっとしたように頷く。
「いや、発注はいいんだ。発注してくれてありがとう」
「ありがとう……?」
 今井は意味がわからずゾージャを見上げた。発注した事は怒られないのか?
 ゾージャはナキータの腕をつかんで引き上げるようにして立ち上がらせた。ひざまずかせておくのを恐縮しているような風だ。
「つまりだ。この工事は無理だったんだ。だから、工事は無理だと何度もゴルガさまに言おうと思った。でも、言えなかった。ゴルガさまは怖いお方でな、命じられた仕事を断るなんてあり得ないんだ。何が何でもやらなきゃならない。どんどん時間はたつし家臣はせっつくし、早く発注しないと間に合わないし、もう破滅だと思った」
 ゾージャは淡々と話す。しかし、意味が分からない。
「じゃあ、なぜ、発注しなかったんですか?」
「お金がないんだ。こんな大金、持っていない」
 今井はポカンとしてゾージャを見つめた。
「いままで、こんな仕事は全部君がお金を出していた。その代わりゴルガさまのご褒美は全部君が取っていた。だから俺はほとんど金を持っていないんだ」
 驚きだった。そうだったのか。
「君が戻ってきた時はうれしかった。もちろん、君が生きていたのがうれしかったのは当然だが、この工事のことでもうれしかった。これでなんとかなると思ったよ。ただ、君が戻ってきてすぐにお金の話はまずいと思って、今日、話すつもりだった。ただ、もうハンズが話したみたいだな」
「でも、なんでそんなにお金がないんですか?」
「よく言うよ」
 ゾージャは皮肉っぽく笑った。
「君が全部取ってしまうからだよ。こんな工事のご褒美は俺達家臣には重要な収入源なんだ。ゴルがさまから、かかった費用よりかなり多めにご褒美をもらえる。それなのにそれを君が全部取ってしまう」
「……」
 ナキータってかなり欲張りらしい。
「今度ばかりは俺も金を持ってないとまずいと思ったよ。なあ、取り分を変更しないか」
「変更?」
「ああ、出した金の比率でご褒美を分けないか」
 しごく当然の申し出である。
「そもそも、なんで、私が全部もらっているの?」
「そりゃ、君がそう言う条件を出したからだよ。俺のお金では不足するので君に金を出してもらおうと相談したら、ご褒美を全部君が取ることが条件になったんだ」
「はあ……」
 ナキータってかなり強欲らしい。
「でも、働くのはゾージャなんでしょ?」
 出した金の比率でも公平ではないように思えた。
「そうだが…」
 ゾージャの声がやや険しくなった。どうやら、ゾージャはナキータが何かまた新しい条件を出すつもりだと思ったらしく身構えている。
「だったら、ゾージャが働いた分をまずゾージャがもらってから、残りを出したお金の比率で分けましょう。働いた分の取り分はご褒美の一割ってことでどう?」
「……」
 ゾージャはナキータが彼女に有利な提案をしたと思い込んだらしくナキータの提案に反論しようと頭をひねっている。
 今井はにっこりわらった。
「文句ないでしょ?」
 それでもゾージャは首をひねっている。
「食事に行きましょ、みんなが待ってるわ」


 ここへ来て三回目の夕食だった。
 もう、すっかり慣れてしまった。
「お前、変わったなあ」
 ゾージャがナキータを見ている。
「なにが?」
「だって、お前が損をする提案をお前がするなんて」
 ナキータとは違うと疑われているがもう全然平気だった。なんとでも言える。
「封印されて、ひどい目にあって、目が覚めたのかな。自分のことばかり考えちゃだめだって」
「……」
 ゾージャが不思議そうな顔をしている。
「大丈夫よ、私はそれでも損はしないわ」
「ああ……」
 ゾージャが納得できないような顔をしてうなずく。それから、今がチャンスだと思ったのか顔を上げた。
「なあ…… お金を貸してくれないか。つまり、今回みたいな事があった時、俺も金を持っていないと困るんだ」
「いいですよ」
 今井はあっさりと答えた。あの結界の中の金は、どうせゾージャからせしめた金だろう。
「つまりだな、俺がゴルガさまから怒られて俺が召放されたら、おまえだって困ることに…… えっ」
 ゾージャがびっくりしてナキータを見ている。
「今、なんて言った?」
「いいですよ」
 今井はもう一度繰り返した。
「貸してくれるのか?」
 またまたビックリしている。ナキータはよほどのケチだったらしい。
「いくら欲しいんですか?」
 今井は気楽に聞いてみた。
「そうだな……」
 ゾージャが考えている。
「千両」
 千両! 通貨の単位も江戸時代のままなのだ。いや、むしろこっちの方が正しいのかもしれない。そもそも日本は明治に入ったらなぜ通貨の単位を変更してしまったのだろう。ヨーロッパでは昔から同じ名称の通貨単位を使っているのから小説などに出てくる通貨単位は今と同じだ。日本は地名でもなんでもすぐに変更してしまう。だから歴史ある地名が消えてしまって昔はここは何と呼ばれていたなどという事が話題になるが、ヨーロッパでは地名が昔のままなので、そのままで歴史になっている。
 千両とはたぶんあの黒い箱一つ分だろう。そのくらいなら問題ない。あの箱は二十個くらいあった。
「いいですよ」
「すまん。助かるよ。後で借用書を書くから」
 ゾージャはうれしそうだ。
 今井はにっこり笑った。これでかなりの恩を売ることができた。何かの時に役にたつだろう。
 食事をしようと箸を取ったが、ふと、自分の妖気が気になった。いつも注意していて妖気を抑えるようにしていないとまずい。妖怪ならではのエチケットだ。
 そこで思い出した。ゾージャの妖気を覚えないといけないのだ。ゾージャの妖気を覚えていないとまたミリーにバカにされる。ゾージャが近くにいるので一番強く感じる妖気がゾージャの妖気だろう。今井はその妖気を覚えた。
 それから自分の妖気を抑えるようにしないといけないのだが、思いっきり抑えてみた。自分では自分の妖気を感じることができないくらいに抑えた。
 ゾージャを見るとナキータが妖気を抑えている事がわかったらしく、おもしろそうにナキータを見ている。と、急にゾージャの妖気が弱くなり始めた。ゾージャも妖気を消しているのだ。
 今井も全力で妖気を消した。なぜか妖気の消しあい合戦になってしまった。
 ゾージャの妖気はものすごく微弱になったがそれでも妖気を感じる。自分の妖気は自分では感じないが、これはゾージャからはどう見えているんだろう。
 二人でまじめな顔をして妖気を消し合っていたが、やがてゾージャが手を上げた。
「まいった。お前にはかなわんよ」
 スーっとゾージャの妖気が元の強さに戻った。
「お前、本当にすごいと思うよ、お前は完全に自分の妖気を消せるからな」
 ゾージャが驚くような事を言う、今のはナキータの勝ちだったのか。
「でも、私の妖気、わずかにはあったんでしょ?」
 今井は自分ではどっちが勝ったのかわからなかった。自分の妖気はゾージャには微かに感じられていたのかもしれない。
「いや、お前のは完全に消えていた。女のお前がそこまで出来るなんてあり得んよ。グランタラントさまが妖気を完全に消せたといわれているが、お前がなあ…」
 ゾージャは悔しそうに首をひねっている。
「グランタラントさま?」
「グランタラントさまはものすごく強かった伝説の妖怪さ。誰もかなわなかった。そのグランタラントさまはご自分の妖気を完全に消せたそうだ」
 なんだかすごい話だ。
「じゃあ、私はものすごく強いって事?」
「ばか、女のお前が強いはずないだろう」
 ゾージャがバカにしたように言う。今井はそれに合わせてかわいらしく頭を押さえた。ゾージャはそれを見て笑っていたが、『女が、女が』と言われるのにちょっとむかついた。女だから強いはずがないってのはおかしいだろう。いや、俺は男なんだから『女が』と言われるのに反感はないはずなのだが、それでも、なぜかむかつく。
 そう言えばさっきのゾージャの家臣はみんな男だった。ここは封建制が残る社会だから男尊女卑なんだろうか。
「ゴルガさまの家臣の中に女性はいるんですか?」
 試しに聞いてみたが、ゾージャがびっくりしたような顔をしてナキータを見ている。
「いるわけないだろう。女が家臣になるなんて、おまえ大丈夫か?」
 ゾージャの驚きようは普通じゃない。かなりまずい事を聞いてしまったみたいだ。
「いえ、ただ、なんとなく、そう思っただけ。そんなバカな事、あるわけないですよね」
 あわてて話を合わせたが、ここは想像以上に男尊女卑の社会らしい。
「ああ」
 ゾージャが以後気をつけろとでも言うようにナキータを睨む。なんなんだ、さっきはお金を貸してやったのに。
 しかし、仕方なかった。今井はしゅんとして黙って食事を続けた。そして、自分が男なのか女なのかわからなくなってきていた。女だからと言われると腹がたつ。
 それに、そもそも、ナキータは強いのだろうか。ナカヌクはナキータの方がゾージャより強いのではと言っていたが、飛ぶ早さではゾージャにはかなわない。やっぱりゾージャの方が強いんだろうか。妖怪の世界では女は妖力が弱いのが普通の事なのか。




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