妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

ナキータのお金
 食事が終わって今井は自分の部屋に戻ってきた。ミリーもいっしょだ。
「さっきのは、ナキータさまが勝ったんですか?」
 ミリーが聞く。どうやら妖気の消し合いのことらしい。
「ええ」
 今井はにっこりと笑って見せた。
「私にはどちらの妖気も完全に消えたように思いましたが、ゾージャさまの妖気は消えてなかったんですか?」
 ミリーが不思議そうに聞く。
「ええ、私にはゾージャの妖気は感じられたわ。自分のは自分ではどうだったかはわからなかったけど」
「いえ、それは、ゾージャさまがおっしゃった通りだと思います。完全に消えたんですよ、さすがナキータさまです。ナキータさまはものすごくお強いんです。グランタラントさま並です」
 ミリーが誉めそやす。
「まさか」
 今井は笑った。まあ、グランタラント並ってことはないだろう。
「でも、私って強いの?」
 ナカヌクが言った事が気になっていた。ナキータはゾージャより強いのだろうか。
「そりゃ、ナキータさまは強い妖怪です。かなり、強い方だと思いますよ」
「つまり… ゾージャより、強いの?」
「もちろんです、ナキータさまがいつもおっしゃっていました、ゾージャの前では弱いふりをしているのだと、なにしろ男というのは自分より強い女を敬遠しますからね」
「……」
 やはりナキータはゾージャより強いのだろうか、しかし、ならば、なぜ飛ぶ早さでゾージャに負けるのだろう。
「マドラードとは、どうなの?」
 試しに聞いてみた。しかし、ミリーが返事に困っている。
「たぶん、ゾージャさまより強いなら、マドラードさまより強いと思いますが、ナキータさまからそのような話は聞いた事がありません」
 マドラードとも飛ぶ早さでかなわなかった。それに腕力もだ。つまり、ナキータは強がりを言っていただけかもしれない。じゃあ、やはり男の方が強いのか。
「ねえ、女は家臣になれないの?」
 さっきのゾージャとの議論がどうしても気になった。
 ミリーはそんなバカな事があるわけないとでも言うように笑う。ミリーは女なのに、女のミリーですら女の方が劣っていると思っているのか。
「それはなぜなの?」
 かなり真面目に聞いた。しかし、ミリーがキョトンとしている。
「だって、女が家臣じゃおかしいでしょう」
「なぜ? 女は劣っているから」
「いえ、そんなことじゃありません。男の方は外で戦って女は家を守る、当然です」
 どうやらミリーに聞いても無理なのだ。ここはそれが常識になっているのだ。
「ところで、ゾージャさまにお金をお貸しになるのですか?」
 今度はミリーが聞いた。なにか問題でもありそうな雰囲気だ。
「ええ」
「ちゃんと返してもらえないかもしれませんよ」
「なぜ?」
「ゾージャさまはルーズなんです。お金があったらどんどん使ってしまって、とんでもない物を買ったり、不必要に丁寧な工事をしたりで、お金がいくらあっても足りません。お金を節約しようという考えがないんです。あればあるだけ使ってしまわれます」
 今井は驚いてミリーを見つめた。そうなのか、だから、ナキータがお金をつかんでいたのか。
「家臣には気前よく金をばらまくし、豪華な食事会をしたりで、ナキータさま止めなければとうに破産しています」
 ミリーはペラペラとゾージャの悪口をしゃべる。どうやら、ゾージャはかなり問題があるようだ。
「そんなにひどいの?」
「はい、いつもナキータさまはかんかんでした」
 今井はため息をついた。お金を貸すのは少し早まったかもしれない。ナキータはケチなのではなくてゾージャのお金を管理していたのだ。だからゾージャからお金を全部取り上げて自分が必要と思う時だけお金をだしていたのだ。
「でも、まあ、ゾージャだって少しはお金を持っていないと困ると思うわ」
 ナキータがいなくなったらゾージャはお金を出すことができなくなってしまう。今井だって元のからだに戻れたら逃げ帰ってしまうつもりだから、ゾージャが金を持っていないと困るだろう。

 ミリーはしばらくナキータの世話をしていたがやがて自分の食事のために部屋を後にした。
 今井はミリーが部屋を出ていくとすぐに結界を開いた。ゾージャに貸すお金を出さなければならない。
 中に入り黒い箱の数を数えてみた。全部で二十五個ある。今度は箱を持ち上げてみた。かなりの重さだが持てないことはない。何かの記憶に千両箱一つで二億円くらいだと聞いたことがあるので、これはたいした財産だ。
 ふと、同じような形の茶色の箱が隅の方に置いてあるのに気がついた。開けてみると半分くらい小判が入っている。そして大学ノートが二冊入っていた。興味を引かれてノートを取り出した。開いてみると数字が綺麗に並んでいる。それは出納簿だった。
 几帳面な字でお金の出入りが書かれている。これがナキータの字。
 それはボールペンで書かれていて現代の日本の文字とまったく同じだった。ここで話している言葉が現代の日本語と同じなので文字も同じなのだ。
 女らしい綺麗な文字で几帳面に書かれている。ナキータの意外な一面に触れたように感じた。ナキータは悪妻の見本だと思っていたがこんなに几帳面な所もあるのだ。
 ぱらぱらとめくったが大学ノートのほぼ終わりあたりまで書かれていて、内容は雑多だった。食費や工事の支出、領地からの収入と思えるものもあった。
 今井はもう一冊を手に取った。めくってみるとこちらは十数ページほどだった。内容はほとんど意味不明の物の売り買いだが所々衣類と思えるものの購入があった。
 なぜ二冊あるのかしばらく分からなかったが、やがてある考えに思い至った。ナキータは自分のお金とゾージャのお金を区別していたのだ。ゾージャからお金を取り上げたがそれを横取りするつもりはなかったのだ。きちんと分けて管理していてゾージャのお金はゾージャのために使っていたんのだ。
 ナキータの意外な一面に触れて、ナキータがわがままで自分勝手な最低な女性だと思っていたのを改めなければと思った。ナキータはむしろ誇り高く公明な女性なのだ。
 帳簿の残額をみると七百四十両となっていた。この茶色の箱の中身がナキータの財産なのだ。千両にも満たない。でもこれはナキータが何かをして稼いだ金なのだ。家臣になれない女性が懸命に稼いだ金なのだ。
 今井はしばらく結界の中に座って考えていた。ナキータという女性に興味を引かれてどんな女性だったんだろうと思いを巡らしていた。

 今井は黒い箱を一つを抱えると結界の外に運び出した。
 しかし、千枚もの小判が詰まった箱を女の力で抱えるのは大変な事だった。しかも、足元がふわふわして安定しない。さらに結界の入り口を越えるのは想像を絶する困難さだった。着ている着物が体の自由を奪い何度も転びそうになりながらなんとか運び出した。結界の中を見られてもいいから今度はゾージャにやってもらおう。今井は結界を閉じるとあらためて千両箱を見た。さあ、これをゾージャに渡さなければいけないが、ゾージャの部屋までこれを持って行くなんて馬鹿げてる。ゾージャに運ばせればいい。そう思うと今井はゾージャの部屋に向かった。
 今井はゾージャの部屋の前まで来た。ここへ来て始めてゾージャの部屋に入る。ちょっと緊張する。軽くノックをした。中からちょっと物音がして扉が開きゾージャが顔を出した。
「なに?」
「お金を取りにきて欲しいと思って」
「取りに?」
 一瞬、ゾージャが不思議そうな顔をした。
「例の、貸して欲しいってお金」
 今井はゾージャが何のお金かわからないのかと思った。
「いや、それは分かってる。ただ、なぜ取りに来いと言うのかと思って」
「えっ…」
 今井はムカッとした。
「あの重いのをあたしにここまで持って来いと言うの」
「重い?」
 ゾージャはまた不思議そうな顔をした、が部屋から出てきた。
「わかった、取りに行くよ。金を借りるのに文句は言えない」
「あたりまえよ」
 もうゾージャの対してきつい事も言えるようになっていた。
 今井はゾージャを連れて自分の部屋に入ると床に置いてある黒い箱を指差した。
「これ」
「ありがとう、借用書はすぐ書くよ」
 ゾージャは箱の横にしゃがむと蓋を開けた。中にはぎっしり小判が詰まっている。
「助かるよ、これで一安心だ」
「これで千両あるの?」
「ああ。これは千両箱だからな」
 やはりこの箱が千両箱なんだ。これが時代劇に出てくる千両箱。ただかなりイメージと違う。
 ゾージャは立ち上がると箱に向かって手を伸ばした。と、箱がスーと浮き上がった。今井は目を丸くして浮き上がった箱を見つめた。まるで魔法だ。こんな方法があったのだ。
「それ、どうやるんですか?」
 ゾージャがさっき箱を持って来れないのを不思議そうにしていたが、こんな方法があったからだ。この方法が分かっていれば結界から箱を運び出す時にあんなに苦労しなくて済んだのに。
「そうか、やり方を知らないんだ」
 ゾージャは一旦箱を置いた。
「宙を飛ぶのと同じさ。宙を飛んでいる時には手に持っている物も宙に浮いている。だから手を離しても落ちないんだ。それと同じ事を自分は飛ばずにやればいい」
 なるほどと思った。
 今井は手近にあった置物を持つと浮き上がってみた。そして手を離す。しかし、置物は落ちない。浮き上がる妖術は自分だけが浮き上がっているんじゃなくて身につけている物も全部浮き上がらせているのだ。そのまま自分は床に降り立った。しかし、置物は浮いている。やり方がわかるとすぐに感覚をつかむことができた。
「覚えが早いな」
 ゾージャはうれしそうだ。
「これ、便利ね」
「かなり重い物も動かせる」
 今井はナキータが封印していた岩から出てきた時の事を思い出した。重い岩を動かしたのはこの方法で動かしたのだ。
「どのくらいの重さの物まで動かせるんですか?」
「妖力の強さによる。グランタラントさまは山を動かせたそうだ」
「すごーい」
 うそだろうと思ったが調子を合わせておいた。
「じゃあ」
 ゾージャが箱を持ち上げようとする。
「いえ、あたしがやるわ」
 せっかく覚えた新しい技だからやってみたかった。それに、女の子がこんな風にはしゃぐと男にはかわいく見えるものだ。
 今井は箱に手を伸ばした。そしてグッと浮かせた。箱は浮いたが、これはこれでかなり力がいる。箱を浮かせたまま部屋を出ると廊下を進みゾージャの部屋に入った。
 始めて入るゾージャの部屋だった。ナキータの部屋と同じくらいの広さだが雰囲気がぜんぜん違う、明るい感じにまとめてある。今井はこっちの方が好きだった。
「どこに置く?」
「どこでもいいよ」
 今井は部屋の真ん中に箱を置いた。
「無駄遣いしないでね」
「しないさ」
 ゾージャがちょっとムカッとしたように答えた。
「金は生かして使わなきゃならないんだ。君のように貯め込むだけじゃ金は生まれてこない」
 ちょっと意外な言葉だった。ミリーはゾージャが無駄使いをすると言ったが、意味があって使っているのかもしれない。
「じゃあ、大切に使ってね」
「もちろんさ、金は意味がある事に使う」
 ゾージャはもう一度言い返すと、机の上から紙切れを取りそれをナキータに渡した。
「借用書だ」
 それは太い墨字で書かれた借用書だった。しかし、金額が千六十両と書いてある。
「六十両多いけど?」
「君がいない間、君の農園からの収入を俺がもらっていたんだ」
「農園?」
 わくわくするような言葉だった。ナキータは農園を持っているのか。
「小さな農園だが、君は農園を持っている。どうやって手に入れたのかは知らないが女が農園なんてたいしたもんだよ」
「そこの収入が年間に三十両なんですか?」
「そうだ」
 ナキータってすごい、たぶんこの世界で女が農園を手に入れるなんて大変だったに違いない。どこか、自分が農園を持っているような気分になって嬉しかった。
 さて、千両箱は運んだし、あまりゾージャの部屋に長居するとその気になっていると誤解されそうだし。
「じゃあ、あたしは自分の部屋に戻りますね」
「怒らないのか?」
 いきなりゾージャが不思議そうに聞く。
「なにを?」
 なぜ、怒らないといけないのか分からない。
「六十両、勝手に使っちゃたんだぞ」
「ああ…」
 ぜんぜん気がついていなかった。考えてみれば確かにそうだ。農園があることが嬉しくてそんな所まで頭が回らなかった。
「すまん。勝手に使ってしまった。ともかくお金が無いんだ」
 ゾージャが改めて謝っている。
「いいわよ」
 今井はにっこり笑った。貸しにしておけばいい。
「お前、変わったなあ」
 ゾージャがいよいよ不思議そうにナキータを見る。いくら今のナキータがいいと言われていても少し気になった。
「そうでもないかもよ。今はともかく下手に出るの、何も分からないんだから怒っても反論されたら言い返しようがないじゃない。戦えない時は戦わないの、それが私のやりかたよ」
 言い返すと、ゾージャは唖然としたようにナキータを見つめている。
「じゃあ、お休みなさい」
 そう言うと今井はゾージャの部屋を出た。調子は絶好調だった。まったく普通に話せる。普通に話せるどころかゾージャを煙に巻くような話しだってできる。もう怖いものなしだった。





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