妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

魂がないと死んでしまう

 今井はテラスの所まで見送りに出た。しかし、急にマドラードは何かを思い出したように振り返った。
「そうだ、君は魂の妖術は今でも使えるの?」
「えっ?」
 今井はポカンとして答えた。
「じつはな、魂の妖術の練習をしていてしくじった奴がいてな、今やばい事になっている。そいつを助けてもらえないかな」
「助ける?」
 どんな状況かわからないが、本物の妖怪を人間の俺が助けるなんて絶対に無理だ。
「魂を自分の身体から抜け出す妖術の練習をしていて、抜け出したはいいが戻れなくなったんだ。なんとかしようと皆で頑張っているんだが戻せなくて困っている。君は魂の妖力に関しては別格だ。だから君だったら助けられるんじゃないかと思って」
「いえ、無理です」
 にわとりの魂の抜きだし方も知らないのだ。出来る訳がない。
「即答だな、少しは考えてくれないか」
「本当なんです。今、灯りの消し方から習っているところです。だから、そんな高度な妖術は使えません」
「いや、それほど高度な妖術じゃない。生まれながらに持っている能力の問題の方が大きい。ただ、灯りを消すほど簡単じゃないが……」
 今井は激しく頭を振った。無理なものは無理だ。
「早く魂を戻さないと、そいつは死んでしまう。魂が抜けた身体は長くは持たないんだ」
「もたない?」
 もたないって、なんの事だ。
「錬魂を作れないかな。君だったら作れると……」
「魂がないと身体は死んでしまうんですか?」
 今井はマドラードの言葉を遮って聞いた。魂がないと死ぬのか、まさか、そんなバカな。今井はもうマドラードの話なんて聞いていなかった。
「ああ、そうだ」
 マドラードは沈鬱な表情でうなずく。
「どのくらい…… 生きているんですか?」
 もう、必死だった。あの病院にいる自分の身体は魂がない。じゃあ、あの身体は死んでしまうのか。
「十日くらいだろう。もちろん、錬魂を入れれば当分は大丈夫だが」
「錬魂?」
 ヒステリックな声になってしまった。錬魂ってなんだ。
「魂の代用品さ、これを魂がなくなった身体に入れておけば、まあ、大丈夫だ」
「それはどこにあるんですか?」
 それが絶対にいる、でないと俺のからだが死んでしまう、今井はマドラードに食いつくような勢いで聞いた。
「だから、君だったら作れるんじゃないかと思うんだが」
「私が?」
 唖然としてしまった。俺が作れるのか。
「錬魂も俺達には作れないんだ。魂の妖力がいる。君はその能力を持っているから作れると思うんだが」
「どうやるんですか?」
「それは俺も知らん、出来ないんだからやり方は知らない」
「……」
 今井は涙が出そうな思いでマドラードを見つめた。自分で作れるのに作り方がわからない。
「妖術はぜんぜん覚えていないのか?」
 マドラードが聞く。今井は唇をかみしめて頷いた。
「そうなのか…… それは大変だな」
 マドラードはちょっと下を向いていたが、急に明るい顔になった。
「気にしなくていい、こっちでなんとかする」
 彼はナキータを安心させようとしているのだ。だが、そっちの事なんて心配していないんだが。
「あのう、元の身体が死んだら、魂の方はどうなるんですか?」
 今井はすがる思いで聞いた。
「そりゃあ死ぬさ。じゃあ」
 マドラードは軽く手を上げると、サッと飛び上がった。今井はどんどん小さくなるマドラードをどうにもならない気持ちで見送っていた。


 今井はイライラしながらゾージャの帰りを待っていた。ゾージャに聞いてみるのだ。ひょっとしたら知っているかもしれない。
 しかし、聞き方が難しい。なぜ、そんな事を知りたいのかうまい説明がいる。やはり今死にかけている妖怪を助けたいと言うのが一番いいが、なぜ、その事を知っているのかの説明がまた難しい。今井が必死で考えているとゾージャの妖気を感じた。ゾージャが帰って来たのだ。しかし、まだ昼前だ。
 今井は不審に思いながらもテラスに迎えに出た。
「おかえりなさい」
 今井は明るい笑顔でゾージャを迎えたがゾージャは深刻な顔をしている。
「すぐ来てくれないか」
 ゾージャはナキータの挨拶に応えもせずに彼女をつかむ。
「どうしたの?」
「事故があったんだ。バカな奴がいてな、魂の妖術をしくじったんだ。だから君に錬魂をすぐに作ってもらいたい」
「えっ!!」
 話がとんでもなくスムーズに行く。
「錬魂って?」
 知らないはずなんだから、知らないふりをしないとまずい。
「魂の代用品。抜け殻になった身体に入れておくんだ」
 ゾージャがいい加減な説明する。もっと丁寧に説明しないとわからないだろうが、と思ったが分からなかったふりをするのは難し過ぎるので、この説明でわかった事にする。
「でも、そんな物が私に作れるの?」
「君はすごいんだ。だから作れる」
 またまたいい加減な説明、これもこれで納得した事にして。
「でも、どうやるのか知りません」
 緊張の一瞬だった。今井は必死でゾージャの唇がどう動くか見守った。
「ああ、それは大丈夫だ」
「知ってるの!!」
 今井は思わず大声を出してしまった。しかし、ゾージャがポカンとしている。
「俺は知らんよ」
「知らん? でも、今……」
 今、大丈夫と言ったじゃないか、知らないなら人が喜ぶような事を言うなよ。
「だから、俺は知らんが、ズラバスが知っている」
「ズラバス?」
 とりあえずそう聞いたがズラバスが誰でもよかった。つまり知っている奴がいるってことだ。
「ズラバスはな老練な妖怪さ、あらゆる妖術を知っている。今から君を彼の所に連れて行くから錬魂を作ってくれ」
「わかりました」
 今井はほっとして答えた。これで錬魂の作り方がわかる。死なずにすむのだ。
 ゾージャはナキータの手をつかむと飛び上がった。かなり急いでいるらしい。今井もゾージャの後について飛び上がった。なにもかもがうまく行く。簡単に錬魂の作り方がわかってしまう。今井はうれしくなってゾージャの後ろをルンルン気分で飛んで行った。

 ゴルガさまのお屋敷という所に着いた。大きな建造物だ。普通の家と違って周囲に壁が張り巡らしてある。城壁と言ってもいい。しかし、妖怪は空を飛べるのだから城壁はなんの役にもたたない。やはり建物のデザインなのか。
 城壁の上を飛び越せそうだったが、ゾージャは真面目に門を通って中に入った。たくさん建物があって、妖怪が大勢いる。ゾージャはどんどん中に入って行くので今井もその後に続いた。そして、ある部屋の中に入った。広い部屋で中央に台が置いてあって、周囲に人が数人立っている。しかも、よく見ると台の上に誰かが横になっている。
「やあ、ナキータさん」
 一人から声をかけられた。しかし、どう答えたらいいものか、ゾージャの同僚ならそれなりの答え方があるはずだが……
「こいつなんだ」
 ゾージャは声をかけた人を無視して台の上に横たわっている人を指差した。
「かなりまずいです。もう、枯れが出てきています」
 一人がゾージャに言う、深刻な感じだ。今井は声をかけてくれた人に軽く会釈すると、台の横に立った。台の上には小柄な男が横になっている。
「ナキータさん。錬魂の術は覚えてありますか?」
 一番奥にいた人が聞く。白髪に白いヒゲを延ばした仙人のような老人だ。この人がズラバスか。
「いえ」
 今井は首を振った。
「妖術はどの程度使えるんですか?」
 再び彼が聞く。
「ほとんどだめです。今、明かりを消す妖術を習っています」
「なるほど」
 彼はがっかりしたように頷く。誇張しすぎたかもしれない、もう少し妖術を使えるのだが……
「あの、結界も解けます。それと、空を飛ぶことと……」
 しかし、この程度ではたいした差ではなかったらしい、彼は考えながら口を開いた。
「どうしても錬魂を早急に作らないとまずいのです。もう、枯れが出てますから、このままだと明日まで持たないでしょう」
「はい、私も必死です」
 意味は通じなかっただろうが、こっちだって生きるか死ぬかなんだ。
「では、お教えしましょう。そんなに難しくはありません。まず、手をこのような形にしてください」
 彼は丁寧に説明してくれた。手を何かを持つような形にして気持ちをゆったりさせ楽しい気分で手の上に精神を集中させるという。
 やってみるがうまくいかない。うまくいかないとズラバスが細かく注意してくれる。その注意通りにやってみるがそう簡単にはいかない。今井は何度も何度もやってみた。
「ゴルガさまのおなり〜」
 誰かが後ろの方で叫んだ。みんなに緊張が走るのがわかった。ぱっと姿勢を正し入り口の方にからだを向ける。今井もあわててそれにならった。
 入り口を見ると、太った大男が従者達を従えてゆっくりと部屋の中に入って来る。あれがゴルガか。
 ゴルガはゆっくり歩いて来る。たぶん、妖術にしくじった男の様子を見に来たのだ。ゴルガは台の方に向かって歩いていたがナキータの目の前まで来るとそこで止まった。
「ナキータ、元気か?」
 いきなり声をかけられた。今井は頭が真っ白になってしまった。なんで俺に……
「はい……」
 言葉が出てこない。たぶん、儀礼的な事を言わなければいけないんだろうが妖怪世界のしかも封建領主に対する作法なんて知るわけがない。
「戻ってこれておめでとう、本当によかった。二年間よく耐えたな」
「はい… ありがとうございます」
 もう、日本式で答えた。黙っている方が失礼に思えた。しかし、ゴルガは眉を妙な形にする。俺、なにかまずいことでも言ったのか。
「ゴルガさま」
 ゾージャが話に割り込んできた。
「ナキータは記憶を失っております。ですから、失礼のだん平にお許し願いたいと存じます」
 ナキータに代わってゾージャが謝っている。どうやら、かなり、まずい事を言ったらしい。冷や汗がにじみ出てくる。
「わかっておる。それに、ナキータなら何を言ってもかまわんよ」
 ゴルガが鼻の下を長くしている。かわいい女の子は得だ。
「ゾージャとは仲良くやっておるのか?」
 ありきたりの儀礼的な言葉だ。夫婦仲を心配してくれているのだ。
「はい」
 今井は嬉しそうに答えた。しかし、またまた、ゴルガが眉を妙な形にする。
「そうか……」
 それから、ゴルガはあたりを見回した。
「マドラードはおらんのか?」
「マドラードさまは今日は非番だと伺っていんます」
 従者の一人が答えた。
 今井はびっくりしてゴルガを見つめた。なんで、ここでマドラードが出てくるのだ。
 それから、ゴルガは台の上の男を見た。
「ラサーニヤを助けてやってくれ。まじめないい奴なんだ」
「はい」
 今井はかるく頷いた。
「できそうか?」
 こんどはゴルガはズラバスに聞く。
「はい、大丈夫でございます。まず、ナキータさまに錬魂を作っていただいて急場をしのぎます。そして、今、西国のラカンテに使者を送っています。ラカンテは魂の妖術にすぐれております。必ずやラサーニャを助けてくれると存じます」
「ナキータではだめなのか?」
 ゴルガが不思議そうに聞く。
「はい、魂を移す妖術は危険を伴ないます。移動に失敗すれば死亡いたします。言いにくいんですが記憶を失って妖術の使い方を忘れてあるナキータさんでは無理かと存じます」
「なるほど」
 ゴルガが頷く。
「では、よろしく頼んだぞ」
「おまかせください」
 ズラバスが頭を下げる。
 そして、ゴルガがナキータを見た。今井も何か言わないといけないような雰囲気だ。
「がんばります」
 そう、答えたが、あまりに言葉が軽すぎる。またまた、冷や汗がにじみ出て来た。
 ゴルガがおもしろそうに笑っている。
「ん、頑張ってくれ」
 それから彼は悠然と部屋を出て行く。全員、頭を下げてそれを見送った。
 ゴルガが行ってしまうと、再び練習が始まった。今井が失敗する度にズラバスが簡単な助言をくれる。そして十数回目で手の上で何かが光出した。真っ白な光の玉が手の上に乗っている、手のひらが熱い感じだ。
 ズラバスが笑った。
「これが錬魂です。これを口から入れます」
「口?」
 どうやって入れるのだろう。
「あなたの口ではありません、彼の口です」
 ズラバスが説明してくれるが、そんな事わかっている。誰がこれを自分の口に入れるか。
 今井は光の玉を横になっている男の口元の持って行った。
「そこで、そっと両手を離します」
 ズラバスの説明通り、手を少し離すと光の玉が下へ落ちていく。そして男の唇に当たると、光の玉はすーと口の中に入っていく。そして全部入ってしまった。
「上出来です」
 ズラバスがほっとしたように言う。
「ナキータさん、お上手でした。これでとりあえず大丈夫です」
「よかった」
 正直そう思った。この人が誰なのか知らないがそれでも助かって欲しかった。
「後は、我々でなんとかします。お疲れさんでした」
「あの、魂を移すにはどうやるんですか?」
 絶好の機会だと思った。やり方を聞いておけば何とかなるかもしれない。いつかは自分の身体にナキータから魂を移さなければならないのだ。
「いや、それは無理です。危険すぎます」
 ズラバスが首を振る。
「いえ、今、やるんじゃないんです。ただ、やり方を知りたいと思って」
「知りたい、なぜ?」
「だって、妖術をすべて忘れてしまったんです。だから、もう一度使えるようになりたいと思っています。でも、この妖術はあなたからしか習えません」
「なるほど」
 彼はうなずく。
「しかし、この妖術は簡単ではありません。しかも危険を伴う。まず、もっと初歩的な妖術から練習する事をおすすめします」
 当然だと思った。
「では、どんな練習をすればいいんですか?」
「そうですね」
 彼は考えている。
「魂を食べるとき、吸い出すだけじゃなくて押し戻す練習をするといい。魂を扱う妖術の基本です」
 今井はうなずいた。
「では、魂を吸うにはどうすればいいんですか?」
「どうする?」
 彼は眉をしかめた。
「魂の食べ方を教えろとおっしゃっているのですか?」
「はい」
 今井は真剣な顔をして答えた。しかし、ズラバスが笑い出した。
「いやはや、あなたに魂の食べ方を教える日が来ようとは、猿に木の登り方を教えるとはこの事だ」
「はあ……」
 笑われているが仕方なかった。俺は猿じゃないから木の登り方なんて知らないんだ。
「大丈夫です。相手の口を狙って魂を吸い出そうと思ったらいい、あなただったら簡単に出てきますよ。それだけです」
 なるほど、今井は頷いた。
「やめとけ」
 ゾージャが後ろからナキータの肩を叩いた。
「魂を食わなくても全然問題ないじゃないか、魂の味は覚えない方がいい」
 今井はゾージャを見上げた。もちろん魂を食べたいわけじゃない、むしろゲテモノ食いのような気がする。でも、この練習はどうしても必要なのだ。
「もう我慢できません、限界なんです」
 魂を我慢するなんて無理な状態になっている演技をすることにした。苦しそうにゾージャを睨む。
「動物の魂なら食べてもかまわないでしょ、もちろん絶対に人間の魂は食べません」
 今井はゾージャを食い入るように見つめた。
「ゾージャ、ナキータさんに魂を食べる事を禁止しているのか?」
 誰かが声をかけてくれた。
「そりゃあ、無茶だろう。ナキータさんが可哀想だ」
「ナキータさん。そんなひどい事をよく我慢してるな」
 みんなが応援してくれる。今井はこの応援に気を強くした。
「今夜から食べるわよ」
 今井ははっきりと宣言した。
 ゾージャはそれでも渋っていたが、かすかに頷いた。



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