妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

自分が危篤だ
 ゾージャと一緒に家に帰ってきた。ゾージャはどうやら重役退勤になっているらしく、いつでも自由に退勤できるらしい。本当はすぐにでも錬魂を自分のからだに入れに行きたいのだが、ゾージャがいてはそれは出来ない。
 家に着いたのはちょうどお昼時だった。ちょうどいい、まずは魂を食べる実験をやってみることにした。魂をうまく扱えれば魂を戻す目処が立つ。
 家に着くとミリーがビックリしたような顔でゾージャを見ている。
「ミリー、今日は魂が食べたいわ」
 今井はいくぶん緊張しながらミリーに指示してみた。
「よろしいんですか?」
 ミリーがゾージャを見る。ゾージャがナキータに魂を食べさせる事を渋っていたからだ。しかし、ミリーは俺の従者なのになんでゾージャに聞く、と思ったが、まあ、事を荒立てないことにした。
「ああ」
 ゾージャは微かに頷いた。
「承知しました」
 ミリーが頭を下げるとあたふたと厨房の方に走って行く。もう料理は出来ているだろうから、今からだと準備するのが大変なのかもしれない。
「ゾージャさまの料理なんて作ってねえよ」
 厨房の方から料理人の大きな声が聞こえてきた。なるほど、問題はむしろそっちの方だったのかもしれない。
「遅くなっても構わん」
 ゾージャが厨房に向かって大声で叫んだ。
 という事はゾージャがこんな時間に帰って来ることはめったにないと言うことだ。
「こんなに早く帰ってきて大丈夫なんですか?」
 話題にと思って聞いてみた。
「かまわんさ、俺は牙城隊の頭だ」
 ゾージャは自慢げに言う。しかし、ゾージャはゴルガさまの覚えがあまり良くないとヌランダが言っていたし、ちょっと心配だった。
 食堂に入ると二人で椅子に座った。
「ゾージャは魂を食べるんですか?」
 聞いてみた。
「いや、俺は食わん。食うのは妖怪の中でも極一部だ」
「そう……」
「俺も一度食ってみたいとは思っていたんだが… 魂ってうまいのか?」
「いえ…」
 食ったことがないから分からない。
 そんな話をしていると、ミリーが紐でつないだ豚を引っ張って入ってきた。豚は自分の運命を察しているのか寝そべって必死で抵抗している。しかし、少し宙に浮かしてあってまるで氷の上を引っ張るようにすーと滑ってやってくる。
「豚です。これでよろしいですか?」
 ミリーが聞く。
「ええ……」
 そう答えたもののこれからこの豚を殺すのかと思うとぞっとしてしまった。
 ミリーは豚の紐をテーブルの足に縛り付けた。豚は必死の抵抗で紐をいっぱいに引っ張って怯えたようにナキータを見上げている。さあ、これからこの豚の魂を食べるのだ。しかし、気持ち悪い。まさにゲテモノ食いだ。今井は思わずゾージャを見た。
「食えよ」
 ゾージャがおもしろそうに笑っている。
 今井はもう一度豚を見た。
「この豚は結局どうなるの?」
「ナキータさまが魂を食べた後は解体して食肉にします」
 ミリーが答えた。なるほど、この豚はどうせ殺される運命なのだ。しかし、普段いくらでも肉を食っているが自分がその屠殺をやるとなると怯んでしまう。
「どうした、食えよ」
 もう一度ゾージャが声をかける。
「かわいそうで……」
「おまえ、変わったなあ」
 ゾージャがあきれている。そうかもしれない、日本は便利になりすぎているのだ。昔だったら家畜を屠殺するなんて何とも思わなかっただろうに。
 今井は覚悟を決めた。俺だって生きなけれならない、それには肉を食わなければならない。仕方のないことなのだ。
 豚の口元を狙って魂の事を考えた。そして、吸い出そうとしてみた。なんと、豚の口から白いもやのような物が出てきた、それがナキータの口に向かって伸びてくる。そしてナキータの口の中に入り始めた。
 えも言われる美味しさが口の中に広がった。信じられないくらい美味しい。食べた事のない味だった。うっとりとしてしまう。
 白いもやは豚の口からどんどん出てくる。今井はそれを夢中で吸った。からだがしびれるくらいに美味しい。魂を戻す練習をするために途中で押し戻さなければならない事なんかすっかり忘れてしまった。
 白いもやの糸は徐々に細くなり、やがて途切れてしまった。最後のもやを吸い込むとそこで終わりだった。もっと食べたい、今井は切実にそう思った。
「うまかったか」
 ゾージャが聞く。
「ええ……」
 いつの間にか、もっと魂を吸える獲物が近くにいないかと周囲を見回していた。
 ミリーが豚の紐を解いている。豚の目はいつの間にか閉じられていた。死んだのか。
「それで我慢しろよな」
 ゾージャが言うがすぐに意味がわかった、人間の魂は食べるなと言っているのだ。つまり人間の魂はこれよりも美味しいのだろうか、ナキータが危険を犯してまで人間の魂を食べに行くのだから美味しいのかもしれない。今井は頭の片隅に人間の魂を食べてみたいとの思いがこみ上げてくるのを感じた。
「顔色が良くなったな」
 ゾージャが不思議な事を言う。
「おまえ、やっぱり魂を食べないとからだが維持できないようになっているんだなあ」
「はあ……」
 確かにからだが軽い、気分は最高だ。からだに精気がみなぎってくる。
「魂を食うのを止めさせて悪かった、これからは食っていいぞ」
 ゾージャが気前よく言ってくれる。しかし、これを食べないなんて絶対に出来そうになかった。
 やがて料理が運ばれてきた。食べ始めたが、あの魂の味を味わった後ではまるで美味しくない。吐き出したいような味だ。しかたなく無理に口に押し込んだ。


 昼食が終わるとやっと一人になった。今井はこの時を待っていた。自分のからだに錬魂を入れないといけない。テラスに出ると一気に飛び上がった。全速力で飛び始めたがものすごい速度が出る。着ている着物が風で吹き千切れそうになってあわてて速度を落とした。魂を食べたからなのか、これは魂の効果なのか、からだに力がみなぎっている。
 とりあえず、着物が吹き千切れない程度の速度で飛んだ。
 人間界に入ると例の鎮守に向かった、鎮守には車が置いてあるからだ。空を飛ぶと妖気を出すから、できるだけ妖気が出るような事はしたくなかった。
 ちょっと心配したが、鎮守に着くと、まだ車がそのまま置いてあった。
 車に乗った。今井の時と違ってからだが小さいからやや運転の感覚が違う、それに免許証が違うから警察に捕まると厄介だ。今井は注意しながら運転して病院に向かった。
 妖気を最大限に押さえて、今井は病院に入り自分の病室に向かった。
 あの老人がいたら錬魂は作れない、あの老人がいない事を願って病室をそっと覗いてみた。なんと、老人はベットに寝ていたが自分がベットにいない。
 気配を感じたのか老人がこっちを見た。
「やあ、お見舞いかい?」
「あの、彼は?」
「ああ…」
 老人は申し訳無さそうにベットの上に起き上がった。
「じつは、容態があまり思わしくないらしいんじゃ、だから集中治療室に行ったよ」
「集中治療室…」
 やっぱり、魂がないとまずいんだ。
「あんたに連絡しようかと思ったんだが連絡先を誰も知らん。この病院に連絡先を教えておいた方がいいと思うよ、万が一ってこともあるから…」
「はい、で、集中治療室は?」
「看護師さんに聞くといい」
 今井はすぐに病室を出た。急がないと間に合わないかもしれない。近くにいた看護師に聞くと簡単に治療室を教えてくれた。
 治療室では俺のからだがたくさんの電線やチューブに繋がれて横になっていた。呼吸も苦しそうで人口呼吸器を着けている。今井は自分のからだの横に座った。教えてくれた看護師が部屋を出ていくと一人になった。絶好のチャンスだった。
 さっきの要領で錬魂を作ってみた。簡単に手の上で光の玉が光りだした。錬魂が出来たのだ。それを自分のからだの口元に持っていったが人工呼吸器のマスクが着いていて口元に届かない。今井は呼吸器のマスクを外した。マスクを外すと警報が鳴り出したが仕方なかった。
 錬魂を口元に持って行くと光の玉は口の中に入って行く。全部入ってしまった時に人が駆け込んで来た。なんの警報か素早く確認しているが、すぐにマスクが外れていることに気がついた。
「なに、やってるんですか!」
 激しく怒鳴りながら彼女が呼吸器のマスクを口に装着しなおしている。
「いえ、呼吸が苦しそうだったから…」
「だから、呼吸器を着けているんです!」
 しかし、彼女は途中でマスクの装着をやめた。
「自発呼吸してますね」
「どうした!」
 医者らしい人も駆け込んできた。
「マスクが外れたんです。でも、自発呼吸をしてます」
「どれどれ」
 医者らしい人が様子を確認している。
「脈もしっかりしている。持ち直したか…」
 医者と看護師がなにやらやっているすきに今井は治療室の外に出た。
 ともかくこれで一安心だ。しかし、今の錬魂で妖術を使ったから法力使いがいたら妖気に気がついたはずだ。早く逃げた方がいい。
 ところが治療室を出たとたん、例の老人と鉢合わせしてしまった。老人の横には若い男も立っている。
「いや、わしらも気になって、様子を見に来たんじゃよ。容態はどんな具合かな?」
「いえ、今、お医者様がご覧になっています。持ち直したみたいです」
 早く逃げ出したいと気ばかり焦るが、今すぐ駆け出すわけにもいかない。
「なあ、すごい美人じゃろう」
 老人がにやにやしながら横にいる男をつついた。しかし、横の男はそんなからかいを無視して口を開いた。
「私、小林といいます。法力使いなんです」
「はあ…」
 今井はビビってしまった。現役の法力使いが目の前にいる。彼が法力を持っているなら今の妖気に気がついたはずだ、まずい。
「妖怪と法力使いの事はご存知ですか?」
「はい…」
 今井は必死で逃げる方法を考えていた。ここは廊下で窓がない、だから逃げるにはまず廊下を飛んで逃げるしかないが廊下だと速度が出せない。
「わしが教えたと言っとるじゃろう」
 老人はひねたようにつぶやく。
「そうですね。じゃあ、話が簡単です。今、我々はナキータという妖怪を追っています。だからナキータに関する情報が欲しいんです。今井さんがナキータに襲われた時の事を詳しく知りたいんです。どんなささやかなことでもかまいません。何かありませんか?」
「いえ… 私はその場は見ていないものですから、悲鳴が聞こえて石段を駆け上がった時には彼はもう倒れていました」
 今井は老人にした説明と同じ説明を繰り返した。
「なぜ、ナキータは彼を殺さなかったと思いますか、何か心当たりは?」
「いえ…」
「彼は妖怪に関して何か話をした事がありますか? 妖怪に会ったことがあるとか」
「いえ…」
 小林はしつこく質問してくる。しかし、目の前にいる女性がナキータだとは思っていないようだ。今の妖気は感じなかったのか。
「ナキータは必ずここにやって来る」
 老人が横から口を挟んだ。
「沖田さんの勘ですか?」
 真面目とも冗談ともつかないような口調で小林が聞く。
「信じんのか」
「確かに沖田さんの勘は当たりますからね、ひょっとしてと言う事はあるかもしれませんね……」
 小林が少し言葉を濁した。無下に否定するのも悪いと思っているようだ。しかも、沖田さんの勘の通り、現に今ここにナキータが来ているのだが……
「どうするつもりですか?」
 今井は小林に聞いてみた。なにか敵の手の内がわかるかもしれない。
「ナキータが動き出すのを待ちます。まあ、そんなに長くはないでしょう。動き出したら法力使いを集めます。封印したらナキータが確実に死んだ事が確認できるまで封印は頻繁に張り替えます。もうミスはやりませんよ」
「はあ……」
 恐ろしい話だ。今度封印されたらおしまいか。
「わしはここで待つよ、ナキータは必ずここに来る。その時はその人を助けてもらうよう頼んでみる」
 老人がつぶやく。
「助けてくれたら、ナキータは逃すんですよね」
 今井は確認してみた。殺す殺すと言っているが助けてもらうなら当然逃してくれなきゃおかしい。それに、ナキータと話し合うつもりなら本当の事をこの老人に打ち明けてもいいかもしれないと思った、何かと力になってくれるかもしれない。
「いや」
 しかし、驚いたことに老人は頭を振った。
「ナキータの危険性を考えたら逃すわけにはいかん」
「逃さないって、では、どうやって助けてくれと頼むんですか?」
「だから、頼む時は助けてくれたら逃してやると言って頼む」
 老人は平然と言ってのけた。
「では、だますんですか?」
「そうだ」
 老人は信念を持ってそう答えた。
「そんなばかな、約束は守るべきです。逃すと約束したのなら逃すべきです」
 今井はつい本気になってしまった。
「ナキータじゃぞ、逃せるか。それに元々ナキータがその人をそうしたんだ、それを元に戻したくらいで逃せるか」
「そんな」
「気にすることはありませんよ」
 小林が話に入ってきた。
「相手は妖怪です。信義なんて無縁の連中です」
「でも、相手が誰であっても約束は守るべきです」
「妖怪は約束を守るべき相手にはならないんです、妖怪ですよ」
「はあ……」
 今井はあきれてしまった。妖怪だから約束を守る必要がないなんてひどい話だ。今井は不信の目で二人を見つめた。仲間を助けようとしていた妖怪達の事が頭に浮かぶ、妖怪の方がよっぽど人間味がある。
「ところで、さっきナキータの妖気を感じました。時々動いているようです。でも、それ以上は動かない。何をしてるんでしうね」
 不意に小林がつぶやいたが驚きだった。こんなに近くで妖気を出したのに近くだとわかっていない。たぶん彼らは妖気までの距離がわからないのだ。これは好都合だった。ずいぶんと安心できる。
「そりゃ、ナキータも穴蔵に隠れてばかりでは退屈なんじゃよ」
 老人が返事をしたがこれも重要な情報になった。どうやら、彼らは妖怪世界がある事も知らないらしい。
「それじゃ、私はこれで……」
 今井は頭を下げた。できるだけ早く逃げたかった。小林はもっと事情を聞きたい風たったがそれを無視して今井はその場を離れた。現役の法力使いの近くになんか長居などしたくなかった。

 今井は車で妖怪世界の入り口付近に向かった。空を飛んだのでは妖気を出してしまうからだ。ナビの地図で場所を確認しながら出来るだけ妖怪世界の入り口に近くで、しかも車を停めておいても誰も気にしないような場所を探した。田舎だから車を停められそうな場所はいくらでもあった。
 物陰になるような道の端に車を停めると、今井は飛び上がった。全速力で妖怪世界に向かう。空を飛んでいる時はどうしても妖気を出してしまうから今頃は小林さんが気がついているだろうなと思うと心配だった。妖怪世界に入るとやっと安心できた。





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