妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

ここはどこだ

 ゾージャの家の自分の部屋に帰ってきた。ガラス戸を開けて中に入るとともかくほっとした。錬魂をうまく入れることができたし、これで死なずにすむ。それに法力使いはそれほど怖くないかもしれない、妖気を出さなければいいのだ。
「お帰りなさいませ、どちらに行ってあったんですか?」
 いきなりミリーに聞かれてビックリだった。ミリーが部屋の中にいたのだ。
「散歩よ」
 今井は簡単に答えた。
「錬魂はうまくいったんですか?」
 ミリーが聞く。
 今井はびっくりしてしまった。自分のからだに錬魂を入れたことをなぜミリーが知っているのだ。
「なぜ、それを……」
「ゾージャさまから伺ったんです」
 ミリーは事も無げに言う。ゾージャまでもがその事を知っている、なぜだ。
 今井が唖然としているのをミリーが不思議そうに見つめる。
「いえ、錬魂はうまくいってラサーニヤさんは助かるだろうと、ゾージャさまがおっしゃっていました」
「ラサーニヤ?」
 今井はやっと思い出した、ゴルガの屋敷で錬魂を入れた男のことだ。これは、そっちの話しだったのだ。
「ああ…… ええ、うまくいったわ。だから、しばらくは大丈夫みたい」
「さすが、ナキータさまです。早く西国のラカンテさんがお出でになるといいですね。でも、漆国を通らきゃならないし、時間がかかるでしょうね」
 漆国? またまた意味不明な表現が出てきた。ここは国がいくつもあるのか。
「西国ってどこにあるの?」
 試しに聞いてみた。
「三つ向こうの世界です」
 ぜんぜん意味不明の事をミリーが言う。
「世界がいくつもあるの?」
「そうですよ、ここはゴルガさまが支配する世界で両国といいます。で、隣が漆国で、その隣が西国です」
 不思議な言い方だが、単に国の事を世界と呼んでいるだけなのか。
「ミリーは隣の国に行ったことはあるの?」
「ええ、あります。漆国は暖かい国で海があって泳げるんですよ」
 すぐ隣の国なのに気候が違うのか。
「その、隣の国にはどうやって行くの?」
「空中に入り口があるんです。そこを通って行きます」
 驚きだった。いままでなんとなくこの場所を受け入れていたが、そもそもここはどこなんだろう。地球上のどこかなのか。しかし、もし地球上なら人間がいないはずはない、人間がここに来ることができる。人間がいないという事は地球上ではないと言う事だ。じゃあどこなのだ。ここの事を聞きたいと思うが質問の仕方が難しい。
「ここは地球上なの?」
 わざと聞き取りにくく言った。おかしな質問だった場合ごまかせるからだ。
「チキュウ?」
 ミリーが聞き返す、やはり妖怪は地球を知らないのだ。
「つまり…… もし、空を飛んで、どんどん飛んで行ったら、どこに着くの?」
 もしここが地球上なら、どこか人間の住む場所に出るはずだ。ここが地球上ではなくて未知の天体の上ならどこまで行っても妖怪が住む世界。
「壁がありますから、壁にぶつかります。もちろん世界が壁のところで終わっていますから見ればすぐにわかります。だからぶつかる事はないと思いますけど」
「壁!!」
 からだが震えた。ここは、まさに違う世界なのだ。地球がある我々が知っている宇宙とは違う世界。
「その壁までが、ゴルガさまが支配する国なの?」
「そうですよ、ここが両国です」
 もはや現代の物理学を越えた世界、それがここなのだ。
「つまりですね」
 ミリーはもっと説明しておいた方がいいと思ったらしく言葉を続けた。
「ここは、みんなで作った結界なんです。巨大な結界の中に住んでいます。昔は人間達と一緒に住んでいたんですけど、対立するようになってどこかに隠れなければならなくなったんです。だから結界の中に住む事にしたんです」
 すごい話だ。でも、ここには雲や太陽まである。
「太陽も作ったの?」
「まさか、外が見えているだけです」
 つまりここは地球上なのだ。たが地球ではない、地球に張り付いたような別の世界なのだ。
「その西国にも人間界への入り口があるのね?」
「そうです」
 ミリーが頷く。なるほど、結界ごとに人間界への入り口があるのだ。そして結界同士もつながっている。ウオームホールみたいなものか。
「隣の国に行ってみたいわ」
「いいところですよ。でも、行くんだったらゴルガさまの手形が必要です」
「手形!」
 なるほど、パスポートだ。他の国へ行くわけだからパスポートが必要なのだ。
「その、西国の人間界への入り口を通るとどこに出るのか知ってる?」
 どこの県に出るのか知りたかったがミリーは首をひねる。
「人間界ですけど……」
 妖怪は日本の地理に詳しくはないのだ。

 ミリーは仕事が終わると部屋を出て行った。
 これからはのんびりできる時間だ。しばらくのんびりしているとゾージャが部屋に入ってきた。
「どこに行っていた?」
 いきなり厳しい口調だ。さっき、錬魂を入れに行った時かなり長い時間、家を空けていたからその事を言っているらしい。
「気分がよかったから遠出したの、魂を食べたから精気がみなぎっちゃって」
 適当にごまかそうとした。
「人間界に行っていたのか!」
 ゾージャはかなり厳しい顔をしている。
「いえ…」
「お前を人間界への入り口近くで見た者がいる。本当の事を言え、人間界に行ったのか!」
 ゾージャが恐い目で睨む。
 今井は迷った。本当の事を言った方がいいのか、ごまかしきれないかもしれない。
「行ったのだな!」
「はい…」
 もう仕方なかった。
「何しに行った!」
「なんとなく。遠出のついでに人間界にも行ってみたくて…」
「入り口はどうやってわかった」
「ヌランダから聞いたわ。場所がわかったんで行ってみたかったの、だって、どんな所だろうと思って… でも、絶対に人間の魂は食べない、約束する。絶対に食べない」
「向こうには法力使いがいる。今は、お前を逃したんでもう一度捕まえようと必死になって狙っているはずだ。そんな所に行くなんてバカげてる。封印されて懲りただろう」
「はい…」
「もう行くなよ」
「はい…」
「まったくお前という奴は…」
 ゾージャは呆れたと言うように手を広げた。
 でも、今井も不満だった。行くな行くなでは解決にならない。
「でも、法力使いのどこが危険なのかもっと詳しく教えて下さい。危険なものから遠ざけておけばそれで大丈夫と思うのは間違っています。危険なものがあるなら正確な知識こそ最も重要です」
 ゾーじゃが驚いたような顔をしてナキータを見つめている。おそらく本来のナキータはこんな理屈っぽいことは言わないのだろう。
「ミリーの説明では妖気を出さなければ大丈夫とのことでした」
「そりゃそうだが、空を飛ぶにも妖気が出る。空を飛ばなければどこにも行けない」
「法力使いはどうやって攻撃してくるんですか?」
「そうだな…」
 ゾージャは詳しく話した方がいいと思ったのか近くの椅子に座った。
「法力使いは集団で遠方から攻撃してくる。おそらく対面して一対一の勝負ではこちらの方が圧倒的に強い。宙に浮けるし妖力も使える。だから彼らははるか遠方から集団で攻撃してくる。こちらの妖気を察知したらその妖気めがけて攻撃してくる。そして事前に準備してあった封印用の穴に吸い込むんだ。そこに吸い込まれたらもうお終いだ。お前は運が良かったんだ」
 なるほど、少しわかってきた。
「こちらの妖気はどのくらいの距離まで届くんですか?」
「わからん。しかし、我々が感じるよりはるかに遠方まで届くらしい」
「彼らの法力の妖気みたいなものは感じるですか?」
「ない、だから誰が法力使いかまったくわからん」
「ゾージャは私が封印されている間、何度も私の所に来たんでしょ、なぜ、攻撃されなかったの?」
「いや、彼らは闇雲に攻撃して来るわけじゃないようだ。最初は俺も怖かったんだが攻撃して来ないので危険な妖怪だけを狙っているんだろうと思う。ただ、それでも安心はできない。攻撃されたら吸い込まれる前にこっちへ逃げ込むことだ。幸いお前が封印された場所は入り口に近かったので吸い込まれる前に逃げ込めると思った」
「ここへ入れば大丈夫なの?」
「そうだ、この結界は法力では破れない」
 結界… そうだ、ここは巨大な結界の中なのだ。だとしたら。
「だったら、攻撃されたら結界を作ってその中に隠れたらだめなの?」
「だめだな、お前が作る程度の結界では法力は防げない」
 ゾージャはバカにしたように笑う。
「だったら、ここはなぜ大丈夫なの?」
「ここは、お前、その昔、名だたる強力な妖力を持った先輩たちが協力して作り上げた結界だ。お前が作る貧弱な結界などとは訳が違う」
 なるほど、そうかもしれない。
「それに、お前が言うような結界が妖怪世界には三つあると言われている。竜王結界といってな強い妖力を持った先輩達が作ったやつだ。確かにそれを持っていれば人間界に行っても安全だが、ただ、どこにあるのかよく分かっていない」
「なぜ?」
 もし、そんな物があるのなら欲しいが。
「なぜって、おまえ、俺が持っていますって公表したらみんなから狙われるだろう。誰だって欲しんだ」
 なるほど、そうかもしれない。
「攻撃され始めたら、なにかそれとわかるの?」
「からだの自由がなくなってくる。何かが絡まってくるような感じらしい。まさに蜘蛛の糸にからまるような感じと言われている」
「そしてら、ともかくここへ逃げ込めばいい訳ね」
「バカ、行かないことだ。法力使いが大勢いたらすぐに動けなくなる。お前はそうやって封印されたんだ」
 そうかもしれない、もう行く用事もないんだし行かない方がいい。ただ、最後に魂を戻す時は別だが。そう、魂を戻すで思い出した。
「あの、西国のラカンテさんがおいでになって魂を戻す時は私もその様子を見たいんですが…」
 見ただけでその方法がわかるとは思わないが何かの手がかりになるかもしれない。
「ああ、いいけど… なぜ?」
「魂を扱う妖術も使えるようになりたいの」
「なるほど…」
 ゾージャは不信そうな顔をしていたが今井はにっこり笑ってごまかした。




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