妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

魂の妖術
 次の日、ラカンテは今日は到着するだろうという事だった。そこで今井はゾージャと一緒に登城した。
 ゾージャと一緒に飛んだがゾージャの飛ぶ速度がともかく遅い。私に合わせて遅く飛んでいるんだろうか、それともこれが精一杯なのか。今日の朝食にも魂を食べたが、魂を食べるようになってから、ものすごく早く飛べるようになってしまった。これが本来のナキータの能力らしい。
 ゾージャより早く飛ぶわけにはいかないのでゾージャと並んで飛んだが、ヌランダと飛んだ時のような感じだった。
 ゴルガの屋敷に着くと、下働きの女性達がいる一角に案内された。ここで待っていろと言う。ゾージャとしても女房を自分の執務室なんかに連れて行くわけにはいかないようだ。
 とりあえず、ある部屋に案内されてそこで待つことになった。
「どうぞ」
 下働きの女性がお茶を持ってきた。
「ありがとうございます、ご迷惑をおかけします」
 すこし威張った方がいいのかなとも思ったが今井は丁寧に挨拶した。
「いえ、とんでもありません。牙城隊隊長の奥方ですもの」
 どうやら、ゾージャはここでは肩書で呼ばれているらしい。
「でも、いい方と結婚されましたね。私も隊長クラスの人と結婚できたら、と、よく思います。ここにいればそんな機会もあるかなと思っているんですけど…」
「そうですか…」
 そう答えたもののちょっとムカついた。ナキータは玉の輿ではない。ナキータ自身が強い妖力を持っているのだ。ヌランダもそうだったが、ナキータはその美貌ゆえに玉の輿と思われているらしい。
「封印されて二年も頑張られたそうで、よくお帰りになったと皆で喜んでいたところです」
「でも、記憶がないんです。何も覚えていません」
「そうらしいですね。でも、大丈夫ですよ。すぐに慣れます」
「特に、妖術をすっかり忘れてしまって何もできないのが困ります」
「そうですか、よかったらお教えしましょうか?」
 まあ、親切で言ってくれてるんだとは思うが、またまたムカっとくる。ナキータは強い妖力を持った妖怪なのだ。君とは格が違うのだと思ってしまう。どうも、ナキータになりきってしまってきている。
「空は飛べるんですか?」
 あまりに初歩的な質問をする。お前なんかより桁違いに早く飛べるわい、と思ってしまう。
「いえ、それは大丈夫です。ゾージャにすぐに習いました」
 その時、入り口の方が急に騒々しくなった。
「ゴルガさまのおなり〜」
 誰かが大声で叫んだ。どうやらゴルガが来たらしい。しかし、まさか、俺に会いに?
 ここは部屋といってもすだれで仕切ってあるだけの部屋で向こうが見通せた。そこを誰かが歩いて来る。すだれで姿はよく見えないがだぶんゴルガだ。今井はあわてて立ち上がると身なりを直した。
「邪魔するぞ」
 すだれを押し上げてゴルガが入って来た。
「お会いできて光栄です」
 なんと言っていいかわからなかったがともかくそれらしい事を言って今井は頭を下げた。横にいた女性は床に正座して頭を下げている。
「ラカンテがラサーニャに魂を戻す所を勉学しに来たそうだな。元のように妖術が使えるようになりたいというそなたの気持ち、なかなか見上げたものだ。褒めてつかわす」
 何の話しをしに来たかと思えばそんな話しなのか、まあ、ナキータは美人だから話がしてみたかったのだろう。今井はうれしそうに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「魂の妖術は使える者が少ない。わしからもそなたに魂の妖術を教えてくれるようラカンテに頼んであげよう」
「ありがとうございます」
 まあ、ありがたい話だ。これは助かる、今井は気を良くした。
「ところで、そなたは強いのか弱いのかよく解らん。か弱いおなごだと思っておったら時々はっとするような妖力を見せる。ゾージャが言っておったが、そなたは自分より強いのではないかと思う事が時々あるそうだ」
「まさか…」
 今井は軽く受け流したが、魂を食べた後のナキータは確かにゾージャより飛ぶ速さが速い。
「いやいや、謙遜にはおよばん。時々そなたは強力な妖力をかいま見せる事がある、怖いような妖力だ」
「まさか… 何かの勘違いかと存じます」
「一度そなたと妖力比べをしてみたいものよのう」
 ゴルガはとんでもない事を言いだす。妖力比べがどんなものか知らないが、万が一にもそんな事をする事になったら大変だ。
「とんでもございません。わたくしごときがゴルガ様と妖力比べなど、身の程知らずもほどがあります」
「控えめじゃのう。これが男だったら自分の力を評価してもらえる絶好の機会だと大喜びじゃろうにな」
 しかし、なぜかゴルガはうっとりとナキータを見ている。
「しかし、そなたは美しいのう、まるで玉のようじゃ…… ゾージャとの仲はもう終わっとるのだろう。もし、よかったらわしのところへ来んか。いつでもわしの妻として迎えるぞ」
 いきなり何の話だ、あせってしまう。しかし、美人とはいいものだ、こんな誘いを受けるのも美人の宿命なのか。
「あの…」
 今井は床に正座している女性を伏せ目でちらっと見た。こんな話しをしたら彼女に聞かれてしまう。
「おっ」
 ゴルガも人がいた事に気がついたのか咳払いをした。それからゴルガは表情を引き締めた。
「では、わしはこれで、ラカンテが来たら誰かを呼びにつかわす」
 そう言うとゴルガは少しきまり悪そうに部屋を出て行く。
 ゴルガはいったい何しに来たのだ。ナキータを誘うために来たのか。まあ、美人だと男の時にはない苦労があるものだ。今井は憮然としてゴルガを見送っていたが、正座していた女が立ち上がってきた。
「あのう……」
 そっと声をかけてくる。
「ゴルガさまの方がいいかと思いますが……」
 彼女は小さな声でとんでもない事を言い出す。今井は本気でその女を睨んだ。
「あなた、ゴルガさまがその前におっしゃった事を覚えていないの?」
「その前?」
「私の妖力がとても強いって話し!!」
 ナキータは自分自身が強い妖怪なのだ。決して玉の輿ではない。それを玉の輿と思われるのがどうしても悔しかった。


 今井はしばらく一人で待っていたが、やがて使いがやってきた。ラカンテが到着したらしい。
 今井は使いの案内で例の魂の妖術に失敗した男がいる部屋に入ったが、その部屋には何人もの男達がいた。知らない男ばかりなのでどう振る舞っていいものか、まったくわからない。今井はみんなから少し距離を取ろうとしているとゾージャがいるのに気がついた。救われたと思った。ともかく彼のそばにいればいい。今井は素早くゾージャの横に行くと彼の腕をつかまえた。ゾージャの顔を見てニコッと笑う。
「ああ、君か」
 ゾージャは硬い顔をしている。彼は職場では少し雰囲気が違う。
「おいで」
 彼はナキータの腕をつかむとどこかに連れて行く。
 集団から少し離れた場所にゴルガがいるのに気がついた、誰かと話をしている。ゾージャはそのゴルガの所へナキータを連れて行く。
「ゴルガさま、ナキータです」
 ゾージャはナキータを前に押し出す、どうやらゴルガに挨拶しろとそう言うことらしい。しかし、ゾージャは知らないがさっき会ったばかりだ。さあ、なんと挨拶したものか。
「使いの案内で今やって来たところです」
 今井はそう言うと軽く頭を下げた。
 予想外の言葉にゾージャがギクリとした事がわかったが、ゴルガはうれしそうに顔をくずした。
「そうか、ちょうどよかった。こちらがラカンテさんだ。君に魂の妖術を教えてくれるように今頼んでいたところだ」
 今井はゴルガと話していた男の方を向いた。この人がラカンテ、背が高くて白いひげを生やした老人で、仙人のような感じだ。
「ナキータです。よろしくお願いします」
 今井は深く頭を下げた。
「なるほど、あなたがナキータさん。お噂はかねがね伺っています。私と同じ強力な魂の妖術使い、一度お会いしたいと思っておりました」
 彼も頭を下げる。
「でも、わたし、記憶をなくしています。だから初歩的な妖術も使えないんです」
 今井は手早く自分の事情を説明した。大物みたいに思われると困る。
「そうらしいですね、大変な目に会われた。でも、たいしたものだ、二年も封印されて生き残るとは、さすが、ナキータさんです」
「いえ…」
「記憶はそのうち戻りますよ、あなたなら大丈夫だ」
 彼はにっこり笑う。
「今日は魂を戻す妖術を見せてもらいに来ました。妖術を思い出す何かの参考になるかと思って」
 今井は手早く本題を切り出した。鬱陶しい儀礼的挨拶は早く終わらせたかった。
「もちろん、かまいませんよ」
 彼は快く応じてくれる。
「それと、もし、よかったら魂の妖術を教えていただきたいのですが」
 今井は優しいラカンテに気を良くしてお願いした。
「それは構いませんが、ただ、魂の妖術は天性の才能による所が大きくて、教えると言うより自分で使えるようになるのをお手伝いするといった感じになります。だからかなり時間がかかります。しかし、私はすぐに帰らねばならんのです。そこで、もしよろしければ私の所においでになりませんか、大歓迎いたしますぞ」
 ラカンテはにこやかに誘う、まあ仕方がないだろう。
「それでは、いつかお伺いしますのでその時はよろしくお願いします」
 今井は丁寧に頭を下げた。ラカンテも嬉しそうにナキータを見ている。これだけの美人ともなると男なら誰でもナキータと話したくなるものだ。
「では、ラサーニャの様子を見てみますかな」
 ラカンテは台の上に横になっているラサーニャの所へ向かった。

 魂を戻す妖術は見ていても何もわからなかった。
 突然ラサーニャが起き上がり、周りにいた全員が歓声を上げて喜んだのを今井は複雑な思いで見ているだけだった。魂の妖術が使えるようになるのはまだまだ先の事のようだ。





自作小説アクセス解析
自作小説お気軽リンク集
夢想花のブログ
私の定常宇宙論



inserted by FC2 system