妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

妖力比べ

 ラカンテが自分の部屋に戻ると言うので今井はラカンテの後について歩いていた、ちょとの間でも何か教えて欲しい。ゾージャも一緒について来ていた。
「ナキータさん、魂の妖術の練習には人間界に行くのが手っ取り早いですぞ」
 ラカンテか話し始めた。
「人間界に、なせです?」
「人間の魂は扱いやすいんです、練習には最適です」
 ラカンテは優しそうに頷く。
 しかし、人間の魂を練習に使うなんてとんでもない事だ。
「それは、安全… いえ、練習に魂を使われた人間はどうなるんですか?」
 危うく人間の側に立った発言になるところだった。
「そりゃ何もせずに戻してやれば元通りですが、ついでですから食べてしまえばいい」
 ラカンテは当然の事のように言う、妖怪は人間の事をこんな風に考えているのだ。
「はあ、そうですね」
 今井はどっちづかずの返事をしておいた、人間の魂を練習に使うなんて論外だ。
「味は少し落ちますが豚の魂も扱いやすいんですよ、豚なら法力使いから付け狙われることもない」
 ナキータが乗り気でないのを法力使いのせいだと勘違いしたのかラカンテが付け加えた。
 今井は驚いて顔を上げた、豚なら何の問題もない。
「それは、いいお話をありがとうございます。さっそく豚で練習してみます」
 ミリーに豚を食事に準備するように言えばいいのだ。
「いえいえ、ここの豚では駄目です、人間界の豚です」
 今井が考えている事を読み取ったのかラカンテが補足してくれる。
「人間界…」
 それはやはりちょっとまずい、法力使いに襲われてしまう。
「人間界に行って豚を捕まえてこなければなりませんから大変ですかな?」
「いえ、何とかしてみます」
 何とか安全に豚を手に入れる方法を考えないといけない。
「どうです、安全に人間界に行く方法がありますがお教えしましょうか?」
 ラカンテが信じられないような事を言い出す。
「本当ですか?」
 願ってもない提案だった。そんな方法があるのなら是非知りたい。
「もちろん本当です」
 ラカンテはにっこり笑う。
 しかし、当然の事ながら一緒について来ていたゾージャもこの話には興味があるらしく身を乗り出して来た。しかし、ラカンテはそんなゾージャを迷惑そうに見る。
「これはナキータさんにだけお教えしたいのですが…」
「それはないたろう」
 ゾージャが憮然として答える。
「じつは、この方法はごく一部の者だけの秘密なのです。大勢の者にこの方法が知られてしまうと困るのです」
 ラカンテは申し訳なさそうに説明する。
「しかし、ナキータには教えるんだろう」
「それは仕方ありません、ナキータさんは人間界に行かなければなりませんから」
「行く必要がどこにある、行かなくったって何も困らん」
 ゾージャの声が少し荒くなった。
「それだけではありません、この方法は強い妖力が必要なのです。妖力の弱い者には使えない方法ですから教えても意味がありません」
「じゃあ、なんでナキータに教えるんだ。ナキータに教えても意味がないだろう」
「ナキータさんの妖力の強さなら充分です、何も問題ありません」
 ラカンテはすまして答えるがゾージャがキョトンとしている。
「じゃあ、俺だつて大丈夫だろう」
 しかし、ラカンテは言いにくそうに咳払いをした。
「私がみたところゾージャさんの妖力はかなり弱いとみました。とてもこの方法を使うには無理です」
 弱いと言われてゾージャが目をむいた。
「馬鹿野郎! 俺は牙城隊の頭だぞ。俺の妖力が弱いだと! それになんでナキータは大丈夫なんだ」
 しかし、ラカンテはさらに困ったように顔をしかめた。
「ナキータさんは非常に強い妖力を持っておられます。それに引き換え、ゾージャさんの妖力はかなり弱いのでは… と思えます」
「おのれ!!」
 ゾージャはラカンテの襟首をつかんだ。
「言わせておけばいい気になりやがって、俺が弱いだと!! お前バカか、見りゃ分かるだろうナキータは俺より弱い。それをナキータが俺より強いだと、とんまな事を言うにもほどがある!」
 ゾージャは激しく興奮している、その影で今井はラカンテをじっと見ていた。あまり変な事を言わないで欲しい。たぶん、本物のナキータの時から必死に隠してきた事なのだろう、女が男より強いと男女の関係はうまくいかなくなる。
「そもそも、お前はなんだ。お前より俺の方が強いぞ! 俺は牙城隊のかしらだがお前はなんだ、自分の隊を持ってないだろう」
 ゾージャは興奮してラカンテをなじる。しかし、ラカンテはそんなゾージャの言葉をじっと聞いている。
「失礼しました、少し言い過ぎでした」
 ラカンテは軽く頭を下げる、ラカンテとしても事を荒立てたくないらしい。
「おい、俺と妖力比べをしろ。どっちが強いか思い知らせてやる!」
 しかし、ゾージャの怒りは納まらない、こういうタイプの男は怒り出すと収拾がつかなくなる。
「おい、表へ出ろ!!」
 ゾージャは怒鳴る。だんだん困った事になってきた。喧嘩っ早い夫を持った妻の役割を果たさなきゃならないのだろうか。
「ゾージャ、もういいじゃない。ラカンテさんも謝っているんだし…」
 今井は仲裁に入った、献身的な妻の役割だ。
「許せん、いいから表へ出ろ!!」
 しかし、ゾージャは簡単には引きそうにない、これは話題を変えるのが一番だ。
「ところでラカンテさん、安全に人間界に行けるってどうやるんです?」
 今井はさっさと本来の話をはじめたかった。しかし、ラカンテはちらっとゾージャを見る。
「ナキータさんにだけならお教えしてもいいのですが…」
 今井は頭を押さえた、ラカンテも相当の頑固者だ。
「なにぃ!!」
 ゾージャが拳を振り上げた。
「まって、まって」
 今井はあわてて二人の間に割って入った。女というのは大変な役割だ。
「ラカンテさん、何故私だけなんですか?」
「やはりお教えするならそれが出来るようになる見込みがないと…」
 ラカンテは火に油を注ぐような事を言う。
 ゾージャがナキータの後ろからラカンテに手を伸ばす、今井はそれを必死で押さえた。
「ラカンテさん!!」
 今井も怖い声を出した、もう少し言いようがないものだろうか。
「本当にそれが理由なんですか?!」
 ラカンテもナキータに怒鳴られて少し考えている。
「ゾージャさんでは秘密を守れないでしょう」
 今度は少しはましな言い訳になった。
「秘密!」
 ゾージャがぐいと顔をつき出す。
「私が説明する事は絶対に秘密にして欲しいのです」
「俺は秘密は守る男だ」
 ゾージャが怒鳴るように言う。
「ゾージャは約束は守る男です!」
 今井も請け負った。本当はゾージャがどんな男なのか知らないのだがこの際仕方ない。
「しかし…」
 ラカンテはなおも渋る。
「ゾージャは私の夫です。だから、私は何でもゾージャに相談しています。もし、私だけに説明されたつもりでも私はゾージャにその事を相談します。だから、ゾージャが聞いていても同じことです!」
 今井は語気を荒くして言った。
「仕方ないですなあ…」
 ラカンテも不承不承頷く。
「では、ゾージャさんにも説明しますがこの事は絶対に秘密にお願いしますよ」
「おう!」
 ゾージャの機嫌も少し持ち直したようだ。
「ただ、その前にですな、弱いと思われたままでは心外です、表へ出ましょう」
「俺と妖力比べをやろうってのか、おもしろい!」
 ゾージャがひときわ大声で吠えた。
「そうだ、ナキータさんも一緒に妖力比べをやりませんか?」
 急に妖力比べをやる方に話が動き出した。
「妖力比べ?」
 しかし、そんなのどうやるのかさっぱり分からない。
「いえ、私は遠慮しておきます」
 今井は照れたように首を振った。
「いやいや、難しいことはありません、私と飛ぶ速さを競争するだけです。それが妖力比べです」
「速さを競うだけ?」
 そんな妖力比べってあるんだろうか?
「ナキータと妖力比べをして何になる。ナキータは俺より弱いんだぞ」
 ゾージャが憮然として口を挟んだ
「いえいえ、ナキータさんの妖力を確認しておきたいのです。それに、私とゾージャさんとどちらが勝ったかを確認していただく必要もありますしね」
「なるほど」
 ゾージャが頷く。
「よし、グズグズするな、表に出ろ!」
 もう一度ゾージャが吠える。
 ゾージャに押し出されるようにして三人は外に出た。

 外に出ると、ゾージャとラカンテは飛び上がった。すごい速さで飛んで行く。今井も送れまいと飛び上がった。
 二人の速度はどんどん速くなる。どうやら飛ぶ速さの競争をしているらしい。今井は余裕でついて行けたが、だんだんと風で着物が吹き千切れそうになってきた。もうこれ以上速く飛んだら裸になってしまう。しかたなかった。二人がどんどん離れて行くがついて行けなかった。
 今井が速度を落とすと、驚いたことにラカンテも速度を落として今井の所にやってきた。
「まさか、これが、あなたの限界速度なんですか?」
 ちょっとプライドを傷つけるような言い方だった。
「いえ、これ以上速く飛んだら、着物が破けてしまします」
 今井はムカっとして言い返した。
「着物が破れる?」
 ラカンテは不思議そうにしている。
「風で、着物が破れます」
 俺は女物の着物を着てるんだ。お前のようにひらひらがついていない男物とは違うんだ。今井は憤慨して答えた。
「ああ、なるほど」
 ラカンテは納得したように頷く。
「空気を押して飛ぶんです。つまり自分の前にある空気を自分と一緒に持ち上げるようにして飛ぶんです。物を持ち上げる妖術は使えますか?」
「はい…」
「それと、同じです。自分の前にある空気を持って自分と一緒に飛ぶんです。そうすれば風は吹いてきません」
 なるほど、と思ってしまった。空気で自分の前に風防を作ればいいのだ。
「では」
 ラカンテは再び飛び始めた。今井は後に続いた。
 ゾージャは二人が止まったので不思議に思って戻って来たところだったが、ラカンテが飛び始めると再びラカンテを追いかけるように飛び始めた。
 二人の速度はどんどん速くなるが風防があるので風を直接浴びることがなくなっていくらでも速く飛べそうだった。
 二人の速度は徐々に速くなる。なるほどこれが妖力比べなのだ。妖力と飛ぶ速さは比例するらしいから、飛ぶ速さを比較すればおのずと妖力の強さがわかるわけだ。
 やがてゾージャが遅れ始めた。今井はまだまだ平気で飛べる速さなのに…… 今井はゾージャを追い越してしまった。
 ラカンテの速さはどんどん速くなるので今井はそれについて飛ぶが、後ろを見るとはるか後方にゾージャがいる。今井はまったく平気で飛べる速さなのに、やがて、ゾージャは見えなくなった。
 ラカンテはさらに速くなる。今井も必死で飛んだが徐々に限界に近づいて来た。もうこれ以上速く飛べない。ラカンテがどんどん離れて行く、必死で頑張るがどう頑張ってもついて行けない。
 やがてラカンテが速度を落とすと戻って来た。
「すばらしい、たいしたものだ。これだけの速度が出せるとは予想外です」
 ラカンテにほめられるとうれしい。
「いえ…」
 今井は笑顔で答えた。
「これが、妖力比べですか?」
「そうです。さすが、私が見込んだ事はあります」
 ラカンテはうれしそうに笑う。
 今井は自分が、いや、ナキータが予想以上に強いのか嬉しくてたまらなかった。ナキータはこんなに強い妖力を持っているのだ。

 しばらく待っているとゾージャがやって来た。遅いゾージャを見てどこか優越感を感じてしまう。
「いかがですかな、私の勝ちです」
 ラカンテが勝ち誇ったように問いかける。ゾージャは悔しそうな顔をしていたが、かすかにうなづいた。
 それから、ゾージャは困惑の顔でナキータを見る。
「……君はあの速さで飛んだのか?」
 意味がすぐにわかった。ナキータがゾージャより早かった事を気にしているのだ。これはまずい、うまい言い訳を考えなきゃ。
「いえ、ちがうの」
 思わずそう答えてしまった。
「あれは、ラカンテさんが引っ張ってくれたの、ラカンテさんがあなたより速いところを見せるためにね」
 うまい言い訳だと思った。遅い妖怪を速い妖怪が引っ張って飛ぶ事があることは知っていた。
 ゾージャはほっとしたように頷いた。そして彼はは自分を奮い立たせるように顔を上げた。
「わかった、で、人間界に安全に行ける方法を教えてもらおう」
 教えてもらうのには随分と威張った言い方たと思ったが、ラカンテは嫌な顔をせずに頷いた。
「では、あの空き地に降りましょう」
 三人は高い山の中腹にある岩がゴツゴツの場所に降り立った。ラカンテは少し高い所に立ち、二人はその前に並んで立った。
 ラカンテは二人を見つめると大きく息を吸い込んだ。
「じつは、私は竜王結界を持っているのです」
 ラカンテ態度は、どうだ、驚いたか、みたいな雰囲気がある。何かものすごいことらしいが意味が分からない。
 今井げ首を傾げていると、
「この前、話したろ。法力が入って来ない結界のことだ」
 ゾージャが簡単に説明してくれる。しかし、それでも、意味が分からない。
「つまりですな」
 ラカンテが言葉を継いだ。
「ご存知の通り、竜王結界とはその昔、強力な妖力を持った先人達が作った強力な結界のことです。法力使いの法力もこの結界の中には入ってきません。それを私が持っているのです」
 ラカンテはナキータを見てにこりと笑う。
「これがあれば、危なくなったらこの中に逃げ込めばいい。だから、人間界に行って法力使いの攻撃を受けても大丈夫なんです」
 今井にもやっと意味がわかった。そう、それなら安全だ。どんなに法力使いに攻撃されても心配はいらない。
「本当に持っているのか!」
 ゾージャが疑わしそうに尋ねる。
「竜王結界は幻の結界だ。どこにあるのかすらわかっていない。もうなくなったとも言われている」
「持っています。だから、持っている事を極力秘密にしたいのです。持っている事がわかったらこれを奪おうとする奴らに命を狙われますからな」
「だったら見せてみろ」
 ゾージャは完全に疑っている。
「もちろん、お見せしてもかまいませんが、ご覧になっても本物かどうかお分かりにならんでしょう、本物だとわかるのは強い妖力を持った妖怪だけです」
「俺にわからないだと!」
 ゾージャが血相を変えて飛び上がった。今井は頭を押さえてしまった、まただ。
「俺はゴルガさまから牙城隊を預かっている。その俺にわからないだと!!」
「本物と見極める方法をご存知ですかな?」
 ラカンテの言い方にゾージャの顔が真っ赤になった。
「本物なら結界を開いた時に強い力を感じる!!」
 ゾージャは怒鳴りつけた。
「ただし…」
 しかし、ラカンテはさらに何かを催促するようにゾージャを見ている。
「ただし、強い妖力を持った妖怪にしか感じないと言いたいのか!!」
 ゾージャはかなり興奮している、どうもラカンテは横柄過ぎるようだ。
「そうです。並の妖怪には感じないのです。でも、まあ、やってみますか」
 ラカンテはつまらなさそうに言う。
「持ってるなら、さっさと見せてみろ!」
 ゾージャはかなり頭に来ているらしく本当に足を踏み鳴らした。しかし、妖力比べで負けた手前それほど強く出ることも出来ない。
「わかりました、お見せしましょう」
 ラカンテは彼の右手を突き出すと指を握って見せた。中指に蛇の飾りが付いた指輪をしている。きみの悪い蛇の飾りが付いた指輪だ。そして、口の中で周囲に聞こえないように呪文を唱えた。
 ラカンテの正面に黒い渦が出現した。ナキータの結界を開いた時と同じような黒い渦だ。しかし、それと同時に今井は強い力を感じた。どこか崇高な感じがする力だ。
 ゾージャも渦を見つめている。少し近づいて渦の中を覗きこんだりしている。やがてゾージャがニヤリと笑った。
「偽物だな」
 ゾージャがバカにしたようにつぶやいた。
「力をお感じになりませんか?」
「感じないな。ただし、それはお前が言うように俺の妖力が弱いからじゃない。俺は牙城隊の頭だぞ。その俺が妖力が弱いわけがないだろう。この俺が力を感じないのはこれが偽物だからだ!!」
 ゾージャはプイとラカンテから顔をそらすとナキータの方を向いた。
「偽物だ、こんな奴と付き合っていても時間の無駄だ。帰ろう」
 今井は驚いてゾージャを見上げた。ゾージャはこの力を感じていないのだ。それほどナキータと妖力の差があるのか。
「ナキータさんはどうですか?」
 ラカンテが聞く。ラカンテの顔はナキータなら力を感じているだろうと思っている表情だ。
 しかし、今井は困ってしまった。ゾージャの前で力を感じると言う訳にもいかない、今井は極めて曖昧に頭を動かした。それが分かったのかラカンテも嬉しそうに頷く。ラカンテがまた口の中で呪文を唱えると結界は消えてしまった。
「帰るぞ!」
 ゾージャがナキータの腕を取る。仕方なかった。ゾージャと一緒に帰るしかない。
 ただ、ラカンテが持っている竜王結界は魅力的だった。あれがあれば怖いものなしだ。でも、ラカンテにはちょっと気をつけた方がいいかもしれない、ラカンテがナキータにだけ秘密を教えようとした事が気になった。美人過ぎるというのも困ったものだ。もし、あの竜王結界を借りるにしてもゾージャと一緒に行った方がいいかもしれない。




自作小説アクセス解析
自作小説お気軽リンク集
夢想花のブログ
私の定常宇宙論



inserted by FC2 system