妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

竜王結界
 今井は一人で自分の部屋にいた。ゾージャは仕事があるという。
 今井は練習用の豚の事を考えていた、やはり手に入れたい。
 今の課題は吸い出した魂を戻せない事だった。魂を食べる時に魂を戻す練習をしろと教わったのだが、どうやっても魂は戻らない。戻す方法がわからないのだ。だから練習用の豚には魅力があった。
 ミリーが部屋に入って来た。
「ラサーニャさんは助かりましたか?」
 お茶の準備に取りかかりながらミリーが聞く。
「無事助かったわ」
「それはようございました」
 ミリーが無感情に答える。
「ねえ、ここでは人間界の豚は手に入らないの?」
 今井は試しに聞いてみた、ここで手に入るならなんの悩みもない。
「人間界の豚ですか、それはちよっと無理ですね」
 ミリーはあっさりと否定する。
「なぜなの? ここで飼育すればいいじゃないの」
「そんな、餌をどうしますか、人間界から持ってこなきゃいけないんですよ」
 またまた理解出来ない話になってきた。つまり人間界の豚には人間界の食べ物がいるということか、それは妖怪世界の食べ物は人間界の食べ物と違う事を意味している。
「それは…」
 今井は質問しようとしたがうまい言い方を思いつかない。今井は質問する事をあきらめて、今のミリーの説明で納得したふりをするしかなかった。
「なぜ人間界の豚が必要なんですか?」
 ミリーが聞く。
「ラカンテが魂の妖術の練習には人間界の豚がいいと教えてくれたの、だから豚がここにいないのかなと思って」
「そうですか、でも、豚に限らず人間界の生き物はここにはいません」
 ミリーが説明してくれる、ここはそれほと不思議な世界なのだ。
「でも、人間界の豚が手に入ったら魂の妖術の練習が出来るようになるんですね」
 ミリーは何か目途があるような言い方をする。
「ええ、手に入ると助かるわ」
「大丈夫です、まかせて下さい」
 急にミリーの目が輝いた。
「どうするの?」
「人間界に行って豚を捕まえてきます」
「あなたか行くの?」
「はい」
 ミリーは嬉しそうに答える。
「まさか、危険よ」
「私は法力使いに狙われていません、だから大丈夫です」
「それでも危険よ、行かなくていいわ」
 ミリーをそんな危険な所にやるわけにはいかない。
「でも、人間界の豚が必要なんでしょう」
「絶対に必要なわけじゃないわ」
「私、行ってきます。わたしはナキータ様の従者です、ナキータ様のために働くのが使命です」
 ミリーの頬は紅潮している、本気でナキータの役にたちたいと思っているのだ。
「行く必要はないわ、練習用の豚がそれほと必要なわけしゃないの。ラカンテがそんな事を言ったから聞いてみただけ、豚がいたって結局同じことかもしれない」
「でも、試してみなければわからないでしょ、私、行ってきます」
「だめです! 行くことを禁止します!」
 今井は少しきつい口調で言った、何としてもミリーを危険な目に合わす訳にはいかない。
「ナキータさまが魂を戻せなくて苦労してあるのを知っています。あるじが困っている時にそれをお助けするのは従者の仕事です」
 ミリーは頑として言い張る、今井は困ってしまった。
「私は豚が手に入るよりもあなたか無事でいる方が何倍も嬉しいんです。それほど豚は必要ないんです。だから、絶対に豚を捕まえに行ってはいけません!」
 今井はキッパリと言った。ミリーも残念そうに頷いている。ミリーにすれば自分が役に立つ所を見せたかったのかもしれないがこれで納得したようだった。
「ところで竜王結界って知ってる?」
 ミリーが豚の事を忘れるように話題を変えてみた。それに、もっと竜王結界について知りたかった。ゾージャが邪魔しなきゃラカンテからもっと詳しく聞けたのだがゾージャのおかげで何も聞けなかった。
「はい、一時期ナキータさまが夢中なっておられました」
 ミリーは意外な事を言う。
「わたしが?」
「はい、竜王結界があれば法力使いを恐れずに人間界に行けます、だから非常に欲しがっておいででした」
「なるほど」
 ナキータも同じ事を考えたわけだ。
「でも、竜王結界を手に入れるなんて絶対に無理ですから、そのうちあきらめられたようで何もおっしゃらなくなりました」
「竜王結界ってそんなに強力なの?」
「はい、強力です」
「何か問題はないの?」
「問題ですか」
 ミリーは考えている。
「偽物が多い事ですかね、誰もが欲しがるものですから偽物がたくさんあります。自分が持ってると言う人のほとんどが偽物ですね」
 偽物、なるほどこのあたりは人間も妖怪も同じらしい。
「本物を見分ける方法はあるの?」
「本物なら強い力を感じます、偽物は感じませんから区別できます。でもナキータさまがおっしゃるには最近は偽物でも強い力を感じるように作ってあるそうで強い力を感じるからって本物とは限らないそうです」
「じゃあどうやって見分けるの?」
「本物は真に強い妖力を持った妖怪にだけ強い力を感じるのに偽物は妖力が弱くても力を感じるそうです。でも巧妙ですね、たいてい誰でも自分は強い妖力をもっていると思っていますから、自分が力を感じたら本物だと思ってしまうんですね」
 なるほどと思ってしまった。ひょっとして、ラカンテがあれを私達に見せたのも本物なのか確認したかったからかもしれない。
「ほかには?」
「そうですね。本物は真に強い妖力を持っていないと結界が開かないそうです」
 そしてミリーは面白そうに笑った。
「これも同じですね」
 今井もつられて笑ってしまった。なるほど、偽物は人の心理をよく分かっている。
「それと、本物は結界の呪文を変更出来ません『ヌスラーム』に決まっています。でも偽物でも変更出来ない物がほとんどだそうです」
 それから、ミリーはニヤッと笑った。
「詳しいでしょう。実は、ナキータさまが何度か偽物を入手された事があってそれで詳しくなりました」
 今井も笑ってしまった。そんなに偽物が多いならラカンテのあの結界も偽物かもしれない。

 ミリーはお茶を入れてくれる。今井はのんびりお茶を飲んでいたがふと気になった。ラカンテが持っていた竜王結界のあの蛇、どこかで見た事がある。
 今井は立ち上がると机の引出しを開けた。
 そこにはここへ来た最初の日に見たきみの悪い蛇が付いた指輪があった。蛇は今井を厳しく睨んでいる。確かにこの指輪、ラカンテの竜王結界と似ている。
「ミリー、これ、どう思う?」
 今井は指輪を取り出すとミリーに見せた。
「これ、本物なんですか?」
 ミリーは意外な反応をする。これを見て本物って質問するって事は…
「じゃあこれは竜王結界なの?」
「そうです、竜王結界です」
 ミリーは頷く。
「でも、偽物でしょう」
 本物がこんな所にポンと置いであるはずがない。しかし、ミリーは首をひねる。
「ナキータさまは偽物は全部処分されたはずなんです。だからなぜこれがここにあるのかわかりません」
「でも、本物なら机の引出しになんかに置いとかないでしょう」
「いえ、これはナキータさまが封印された日に机の上に置いてあったんです。だから、私が引き出しにしまいました」
 今井も首をひねった、不思議な話だ。
「ひょっとして、ナキータさまは本物を手に入れられたんじゃないか思うんです。そして、あの日これを忘れて人間界に行ったために封印されてしまったんじゃないかと思っているんです、どうなんてすか?」
 ミリーは驚くような質問をする、しかし、俺はナキータじゃないから分かるわけがない。
「偽物よ」
 そう考えた方がすっきりする。
「試してみられませんか」
 ミリーが勧めるが、ちょと怖い。
「あなたは試してみたの?」
 今井は聞いてみたが、ミリーの顔がこわばった。
「試して… みました」
 してはいけない事をしたといった感じた、ナキータの物を勝手に触ったことを恐縮しているのだ。
「で、どうだった?」
 今井はそんな事は無視して聞いた。
「結界は開きませんでした」
 なるほど、いよいよ本物っぽい。妖力が弱いと開かないのだ。
「試してみられませんか」
 ミリーがもう一度聞く、もう試してみるしかない。
「呪文はなんだったっけ?」
「ヌスラームです」
 今井は指輪を持ち上げた。
「ヌスラーム」
 呪文を唱えると、なんと目の前に黒い渦が出現した。
そしてそれと同時に強い力を感じた。ラカンテの時と同じだ。まさか、本物の竜王結界?
「ミリー、何か力を感じてる?」
「いえ、感じてません」
 ミリーがきっぱりと答える、妖力の弱い妖怪は力を感じないのだ。条件を一つクリアだ。
「ナキータさまは何か力を感じてあるんですか?」
 ミリーが聞く。
「ええ、感じてるわ」
「じゃあ本物ですね、真に強い妖力を持った妖怪だけが感じる力です」
 ミリーは確信を深めたように言う。しかし、今井はどこか釈然としなかった。学校の成績にしても会社での成績にしても今井の人生はトップなどとは縁のない人生だった。だから、自分がトップクラスの妖力を持っているというのが信じられなかった。
「問題は私が真に強い妖力を持った妖怪かどうかという事ね」
 今井は自分にまったく自信を持てなかったがミリーが驚いたようにナキータを見る。
「ナキータさまは真に強い妖力を持った妖怪です」
 ミリーはナキータを叱るように言う。
 今井は考えてしまった、確かに俺は平凡なつまらん男だ、しかし、それは俺の事であってナキータの事じゃない、ナキータは超一流の妖怪かもしれない。
「もしこれが本物なら、なぜナキータは…」…じゃない…「なぜ私はこれを置いで人間界に行ったの、持って行くはすじゃない」
「だから、忘れたんです。机の上に置き忘れて、そのせいで封印されてしまったんです」
 ミリーが必死で説明する、ミリーは完全に本物だと思っているようだ。でも、そんなに都合よく本物の竜王結界が手に入るだろうか。
「分かったわ、少し考えてみる」
 ともかく結論を出すのを先にのばした。たぶん、ゾージャに相談するのが一番いいかもしれない。

 夕食の時、今井はこの指輪を持って食事に行った。しかし、指輪の蛇は激しく暴れ今井に敵意をむき出しにする。どうもこの蛇は苦手だ。
 食堂に着き、ゾージャの前に座ったところで今井はさっそく指輪を見せた。
「これ、どう思う?」
「何だ?」
 ゾージャは指輪を手に取った。
「蛇の飾りか…」
 どうやらゾージャは竜王結界を見た事がないらしい。
「竜王結界よ」
 今井が説明するとゾージャは鼻で笑った。
「そんな物、どこで手に入れた」
 ゾージャは鼻から偽物だと思っている。
「私が持っていたの、封印される前に手に入れた物らしいけど」
「そりゃ偽物だ。お前は偽物を掴まされたと言っていた事がある、その時の物だろう」
「でも、ミリーは本物だと言っているわ。本物の可能性があると思う?」
「ないな」
 ゾージャはポンと指輪をナキータに返した、調べる気すらないらしい。
「本物かもしれないわ」
「有り得んな、本物を持っているならなんで封印されたんだ。な、考えてみろ」
 一番痛い所を突いてくる。もう実験して見せるしかない。
「少し試してみていい?」
「いいけど」
 乗り気のない返事をする。
 今井は指輪を持ち上げると呪文を唱えた。ゾージャの目の前に結界が出現したが、ゾージャは迷惑そうな顔をしている。今井は結界から強い力を感じた。
「何か感じる?」
「いや」
 ゾージャは簡単に首を振る、ゾージャはこの力を感じないのだ。ラカンテの時と同じだ。つまり、少なくともこの結界はラカンテの結界と同等だと言える。
「そいつは話にならん偽物だ、それともお前、何か感じてるのか?」
 ゾージャにここまで言われると力を感じているとも言えない。
「いえ…」
「じゃあ偽物だ」
 もはや、ゾージャに相談しても無駄なようだった。今井は相談するのをあきらめた。
「そうね、たぶん偽物ね」
 口ではそう言ったがゾージャが力を感じず自分だけが感じるのは本物かもしれないと思うようになった。

 夕食も終わり、今井はミリーと自分の部屋で悩んでいた。本物だと確認する方法がわからないのだ。
「結局、法力使いの法力で試すしかないの? でもそれで偽物だったら封印されるのよ」
 恐ろしい事だが、結局この方法しかないのかもしれない、でも、そんな危険な事が出来るわけがない。ミリーも考えているいる。
「本物の竜王結界の指輪に付いている蛇は法力使いに牙をむくそうです。でもその実験をやるには人間界に行って法力使いの近くに行かなければなりません、誰が法力使いかも分からないのに……」
 ミリーは馬鹿げた考えだと思ったのか最後は言葉が消えてしまった。しかし今井は飛び上がった、沖田だ、病院でナキータを待っている沖田さんで実験すればい。
「何か思いつかれたんですか?」
 今井の反応にミリーが驚いて尋ねる。
「いえ、ちょっとね」
 この計画をミリーに言う訳にもいかない。しかし、方法はこれしかないように思えた。かなり危険でもやるだけの価値はある。もしこれが本物の竜王結界ならこれから安心して人間界に行けるのだ。今井は一人で試してみる事にした。





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