妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

助けてやったのに
 今井は封印された妖怪を気にしながら車に乗りこんだ。俺にはこれ以上何も出来ない。
 重い気持ちで妖怪世界への入口に向かって車を走らせていた、雨はあがっていて虹が見えている。
 車を走らせているとミリーの妖気を感じた。なんでこんな所でミリーの妖気を感じるのだ。しかし、ミリーの妖気を感じるという事はミリーが人間界に来ているのだ。
 今井は車を路肩に止めた。ミリーがここにいるのなら何をしているのか確認しておいた方がいい。
 付近は田んぼで人気はない、今井はすうっと飛び上がった。
 ミリーの妖気に向かって飛んだが、やがてミリーが見えてきた。
「ミリー、こんな所で何してるの?」
「ナキータさま!」
 ミリーは飛びついて来た。
「ヌランダが封印されました!」
「なに!」
「ヌランダが、ヌランダが吸い込まれました」
 ミリーは泣いている。
「こんな所で何をしていたの?」
「豚を捕まえようと思って」
「豚!」
 きのう言っていたやつだ。
「必要ないって言ったでしょ! で、ヌランダは何をしていたの?」
「人間界への入口を教えてもらったんです、そのついでに豚を捕まえるのを手伝ってくれるって」
 ミリーは泣き付いて来た。
「ヌランダが、ヌランダが死にます」
 さっき、封印された妖怪はヌランダだったのだ。道理で覚えがある妖気だと思ったわけだ。
 ヌランダの顔が浮かんだ。乱暴な感じの女だが根は悪い人じゃない。ヌランダが封印されたのなら助けたかった。『封印』の文字は間違ってるのだからまだ完全に封印されたわけじゃない。
 しかし、助けに行くなんて絶対に無理だと思った。今は空を飛んでいるからナキータの妖気に感づかれただろう、すぐにでも法力使いの攻撃が始まるかもしれない。早く妖怪世界に逃げ込まないと危ないのだ。
 その時、左手にした指輪が目に入った。竜王結界だ。しかも本物だ。これがあれば法力など怖くない。今井は迷った、竜王結界があるのだから助けに行けないこともない。しかし、それでも危険すぎる、封印されてしまうかもしれない。やっぱり逃げよう。
 そう思ったがミリーのナキータを頼り切っている顔を見た途端、とんでもない言葉が口から出てきてしまった。
「助けに行くわよ、ついておいで!」
 今井はミリーを引っ張ると全速力で飛び始めた、何故か病院の方を向いている。
 一旦、助けに行く気になったら腹は決まった。竜王結界があるんだからなんとかなる。急に興奮してきて物凄い速度が出る。あっと言う間に病院の上空の到着した。
 急がないと法力使いの攻撃が始まってしまうと思うと気ばかりが焦る。まずヌランダの妖気を探ってみた。下の方から妖気を感じる。つまりあの壺はまだ病院の中の何処かに置いてあるのだ。まだ、さっきの談話室に置いてあるのか、それとももう車に積み込んだか。
 まず駐車場に降り立った。
「ミリー、ヌランダの妖気を感じる?」
「ええ、感じます」
「だったら、ヌランダが何処にいるか探して! 手分けして探すのよ」
 今井はヌランダの妖気に集中した。集中するとなんとなく向きが分かった。今井はヌランダの妖気がする方に向かって歩いた。ふとミリーを見ると彼女はそこら中を走り回っている、いったい何をやっているのだ。
 妖気がする方に向かう、時々ぐるっと回ってみて妖気が強い方向を探す。とうとうこのあたりだという所までたどり着いた。たぶんここにある車のどれかだ。
 今井は車の中を覗いて回った。
 あった! 後ろの荷台にあの壺が置いてある車が見つかった。
「ミリー! あったわ」
 今井はミリーを呼んだ。ミリーは相変わらず走り回っているが彼女が何をやっているのかなんとなく分かった。ミリーは妖気が来る方向が分からないのだ。だから走り回って妖気が強くなる場所を探している。
 今井は妖力を使って車の鍵を開けるとドアーを開けた。
 壺は目の前にあった。しかし、触るのは怖かった。妖怪が封印のお札に触ったら手が吹っ飛ぶと聞いていたからだ。しかし、このお札は文字が間違っているからお札じゃない。
 今井はそうっと壺に手を伸ばすとお札に一瞬触ってみた。怖がっていたので一回目は空振りだったが、もう一度触ってみた。指先がお札に軽く触れたが何事も起きない。やはりお札にはなっていないのだ。
 何度か触ってみて安全を確認してから今井は壺をつかんだ。ミリーが息を呑む声が聞こえた。
 今井はお札を剥がすと壺の栓を拔いた。激しく白い煙が吹き出してきて煙はすぐにヌランダの形になった。まさに魔法だ。
 ヌランダは必死の形相であらぬ方向を睨んでいたが、急に歓喜に満ちた顔になった。
「やった! 出られた!!」
 それから、横にナキータとミリーがいる事に気が付いた。
「ミリー… それにナキータ… ここで何してるの?」
「ヌランダ!」
 ミリーが抱きつく。
「ミリー、やったわよ。封印を破ったの! 出られたわ!」
 抱きつかれたのに驚きながらもヌランダが叫ぶ、どうやらヌランダは自分で封印を破ったと思っているらしい。まあ、この誤解を解いた方がいいと思いながらも今井はまだする事があった。
 壺に栓をすると元のようにお札を貼り付けた。出来ることならヌランダが逃げ出した事を悟られない方がいい。壺を元の場所に置くとドアを閉め鍵をかけた。
 さあ、長居は無用だ。すぐにでも法力使いの攻撃が始まるかもしれない。
「逃げるわよ!」
 今井は二人を引っ張ると一瞬ではるか上空に飛び上がった。もし誰かが見ていても消えたようにしか見えなかっただろう。全速力で妖怪世界へ向った。音速を超えているのじゃないかと思うような速さだった。
「すごい速さ…」
 物凄い風の音に混じってヌランダが驚く声が聞こえてきた。ヌランダはまだナキータを端妖怪と思っているらしい。
 今井は全速力で飛び、妖怪世界の入り口を一気に通り抜けた。妖怪世界に入るとホッと一息つける。今井は速度を落とすとゆっくり飛び始めた。
 風の音が収まるとミリーが嬉しそうにヌランダを見つめた。
「ヌランダ、よかった、ナキータ様が助けてくれたんですよ」
 しかし、ヌランダは顔をしかめた。
「ナキータが… そんな事あり得ないわ」
「あり得ないって、どう言うこと?」
「私が自分で封印を破ったのよ」
 ヌランダは真面目な顔で答える。
「まさか、封印なんて自分では破れないわ。ナキータ様が助けてくれたんですよ」
「ナキータに封印なんか破れるわけないでしょう」
「ナキータ様が封印を破ったんです。すごかったわよ、お札をつかんで引き剥がしたの」
「バカねえ、そんな事か出来るわけがないでしょう。お札を触ったら手が吹っ飛ぶわ」
「それが出来たんです!」
 二人が言い争いを始めた。
「いい、変に恩着せがましい事を言わないで欲しいわ、私が自分で封印を破ったの、あなたも見たでしょう」
 ヌランダも完全に自分で破ったと思っている。
「ナキータ様が破ったんです!」
 ミリーの声も大きくなる。
「じゃあ、どうやって破ったか教えて、お札は触れないはずよ」
「それは…」
 そう言いかけてミリーの言葉が止まってしまった。彼女はあわててナキータを見た。
「あれは封印の文字が間違っていたの、だから封印になってなかったのね」
 今井はあやふやに説明した。あまり詳しく説明すると法力使いと会っている事を説明しなければならなくなってしまう。
「そうだそうです!」
 ミリーが意味が分からないままヌランダに怒鳴る。
「デタラメだわ、ナキータに封印なんか破れるわけがない」
 ヌランダは決めつけてくる。どこかヌランダを助けたのを後悔する気分になってしまう。
「あなたは、どうやって封印を破ったの?」
 今井は逆に聞いてみた。
「それは秘密よ、言えないわ」
 ヌランダはプイと横を向く。どうも、なんでこんな奴を助けたんだろうと思ってしまう。
「そんな変な言い分はないわ。私に助けてもらったんじゃないと言うなら、どうやったか言うべきよ」
 しらを切り続けるだろうとの予想に反してヌランダがニヤリと笑った。
「これよ」
 ヌランダは左腕を前に伸ばすと指を広げて何かを自慢げに見せている。
「何?」
 ヌランダはさらにはっきりと指にはめている指輪が見えるようにした。
「竜王結界って、知ってる?」
 竜王結界! なんとヌランダの指にはそれらしい指輪がはまっている。竜王結界はここまで蔓延しているのだ。
「それ、本物なの?」
 もしこれが本物ならヌランダには使いこなせないはずだ。
「本物よ」
 ヌランダはムキになる。
「でも、竜王結界で封印が破れるの?」
「破れます!」
 当然ヌランダはそう答える。今井はミリーを見た。
「破れません! 竜王結界は法力が侵入出来ないような強固な結界のことであって、封印を破るような力は持っていません」
 ミリーがピシャッと答える。
「破れます、今、封印を破って見せたでしょ」
「今のはナキータ様が破ったんです」
 ミリーとヌランダが激しく言い争っている
「竜王結界はすごいんだからね、封印を破るなんて朝飯前よ」
「封印された中で竜王結界を作っても何にもならないでしょ、竜王結界の中に逃げ込んでも結局そこは封印された中なんだから」
 二人で延々と議論をしているが議論は平行線だ。
「せいぜい悔しがるがいいわ、この竜王結界は私の物だからね、誰にも渡さない」
 ヌランダはそう言うと飛ぶ向きを少し変えた。ヌランダが徐々に遠ざかって行く。
「助けるんじゃなかった…」
 今井はポツリとつぶやいたが、それでも助かってよかったと思った。ヌランダの事を死ねばいいなんてそこまでは思わない。今井はミリーを引っ張ると速度を上げた、そしてわざとヌランダの上を全速力で飛んだ。
 ふと見ると指輪の蛇が今井に向かって激しく牙を剥いている。なるほど俺に法力があるから蛇が反応しているのだ。


 次の日、今井は車の事が心配になってきた。車を道端に置きっぱなしにして来てしまったのだ。きのうはヌランダを助けることに夢中で車の事などすっかり忘れていたが、あんな所に駐めっぱなしでは警察に持って行かれてしまうだろう。人間界を動き回るには車があった方が便利だから車が無くなるのは困る。
 昨日の経験から法力使いか攻撃の準備を整えるまで結構な時間がかかることがわかった。だから短時間なら大丈夫なのだ。
 今井は、車を移動させに行く事にした。
 財布やスマホ、車のキーなどを持った。もちろん竜王結界の指輪もしっかりと指にはめた。そしてテラスから飛び立った。
 人間界に入ると全速力で車の所に向かった。出来るだけ妖気を出す時間を短くしたい。
 地上に降り立ち車に乗ると少し安心出来た。空を飛んでいなければ妖気を出していないので攻撃されないはずだ。
 車を走らせて妖怪世界の入口付近に向かった。入口付近の人目につかない空き地に車を駐めると一息つけた。もう目の前の上空に妖怪世界への入口がある。
 車から下りるとついでにスマホのメールを受信した。数十通のメールが来ていたがメールは妖怪世界に戻ってからゆっくりと見ればいい。
 今井は妖怪世界への入口に向かって飛び上がった。
 しかし、その時妖気を感じた、なんとマドラードの妖気だ。なんでマドラードか人間界に来ているのだ。
 向こうもナキータの妖気を感じたらしく全速力でやって来た、なんと豚を捕まえている。
「こんな所で何やっている!」
 マドラードが怒鳴る。
「君は法力使いに狙われているんだ、ここに来ちゃいけない!」
「はい‥」
 マドラードに怒られてちょっと驚いてしまう。
「今すぐ戻るんだ!」
 言われなくても戻るつもりだった、いや、むしろマドラードが現れなければもう戻っている。
「はい‥」
 今井は向きを変えると妖怪世界への入り口に向かった。しかし、なぜか高さを維持出来ない、どんどん落ち始めた。そしてからだが思うように動かなくなってきた。
 まずい、法力だ、法力使いの攻撃を受けている。今井は竜王結界の指輪に手を伸ばした、竜王結界を開かなきゃ、そして結界の中に逃げ込むのだ。
 しかし、ドスンと何かの中に落ちた。マドラードだった、マドラードが抱き止めてくれたのだ。
 マドラードはナキータを抱きかかえて全速力で妖怪世界に向かう、あっと言う間に妖怪世界への入り口を通過した。
 急にからだが軽くなった、もう思うようにからだが動く。しかし、マドラードはナキータを抱いたままだった。マドラードの顔が目の前にあってマドラードは怒ったような怖い顔をしている。
「あの‥‥ もう、一人で飛べます」
 今井はそう言ってみたがマドラードは何も言わない。
「あのう、一人で飛べます」
 もう一度言ってみたがマドラードはナキータを離さない。仕方なかった、抱かれているしかない。
 やがてマドラードはナキータを岩棚の上に降ろした。
「まだ懲りないのか!!」
 耳元で怒鳴られる。人間の魂を食べに行ったと誤解されているのは間違いなかった。しかし車を移動させに行ったとも言えない。
「俺がいなかったら封印された所だったぞ!」
 これも竜王結界があるから大丈夫とも言えない。竜王結界の事は可能な限り秘密にしておいた方がいいたろう。
「いいか、人間を襲うのをやめろ!!」
 マドラードが怒鳴る。
「はい‥」
 今井は小さな声で答えた。
「今度封印されたら死ぬんだぞ! それが分からんのか!」
「わかってます」
「じゃあなんで人間界に行く」
「いろいろ事情があって」
「何の事情だ!!!」
 思わず耳を押さえたくなるような物凄い声で怒鳴られた。しかし、なんでマドラードに怒られなきゃならないのだ。
「分かってます、人間の魂を食べに行ったんじゃありません」
 しかし、マドラードはそんなナキータをジロリと見る。
「なあ、真面目に考えてくれ、人間界がどんなに危険なのか分からないのか」
 それは言えてるかもしれない、法力使いをあまく見ていた。法力使いが大勢集結してナキータを待ち構えている事を知りながら人間界に行くのは無謀だったかもしれない。
「はい、それは反省しています」
「もう行かないな」
「はい」
 今井はともかく謝った。
「もう行くなよ」
「はい」
「そうか」
 マドラードは少し落ち着いたようだった。
「法力使いは君を目の敵にしてるんだ。必死で君を狙っている。だから絶対に人間界に行くなよ」
「わかってます」
 こっちは法力使い本人からナキータを狙っている事を聞いたんだし。
「わかっているならなんで行った」
「短時間なら大丈夫と思ったんです」
「人間の魂は短時間では食えない」
「魂を食べに行ったんじゃないって言ったでしょ、魂を食べるつもりはまったくありません」
 今井は少しムカついてはっきり言った。
「じゃあ何しに行った?」
「だから事情があるの」
「何の事情?」
 そこまで聞かれて今井はマドラードを睨んだ。
「介入しすぎだと思うけど」
「すまん、じゃあ魂を食いに行ったんじゃないのか」
「絶対に違います、もう人間の魂を食べるつもりはありません」
 今井がはっきり宣言するとマドラードも戸惑っている。
「そうか、じゃあ早とちりだったってことか」
 マドラードもわかってくれたようだ。今井は恨めしそうな目でマドラードを睨んでみた、こういう女の子ならではの仕草を一度してみたかったのだ。
「そうか、ただ君の事が心配なんだ」
 マドラードがもう一度言い訳をする。今井はもう一度睨んでみた、この仕草は可愛いナキータだからこそ出来る仕草だ、マドラードが困ったような顔をしている。
 ところで豚が気になっていた、マドラードの隣に脚を縛られた豚が転がっている。
「それは?」
「ミリーから聞いた、練習には人間界の豚がいるそうだな」
「じゃあ、私のために捕まえてくれたの?」
「そうだ」
 マドラードはやや照れたように頷く。
「人間界に行くのは危ないわ」
 今度は攻守逆転だ。
「君ほどじゃないさ」
「でも、ヌランダでさえ封印されたのよ。だから、狙われてないから大丈夫と思うのは間違いよ」
「それもわかってる、それでも君よりは安全だと思うけどな。ところで、ヌランダの話は聞いたよ、君が助けたってな、ミリーの話は本当の事なのか?」
「ミリーがどんな話をしたの?」
「大変な武勇伝になっている。君が法力使いの所に乗り込んで行って封印された壺の栓を引き抜いてヌランダを助けたってな」
「大げさよ、たまたま幸運が重なっただけ」
 考えてみるとこの話はあまり広がらない方がいい、細かい所を質問されると説明できなくなってしまう。
「封印の札が貼ってある壺になぜ触れた?」
 さあ質問攻めが始まった。
「封印の文字が間違っていたの、だからお札は貼ってあったけど実際は封印されていなかったのね」
 なんとか説明したが、この調子でどんどん質問されると困る。
「ねえ、だから人間界に行くのはあなただって危ないわ」
 今井はさっと話題を変えた。
「まあな、しかし、君のためならこの程度の危険は構わないよ」
 マドラードはさらりと言う。さあ、なんと答えたものか。
「ありがとう、でもやっぱりこんな危険は冒さないで」
「俺の事を心配してくれるのか」
「勘違いしないで!」
 今井はここぞと声を大きくした。
「ヌランダだって助けたのよ、誰も封印なんかされて欲しくないだけ」
「そうか」
 マドラードはちょっと残念そうだ。
「まあいい、君の役に立てればそれていい。豚は魂の妖術の練習に使ってくれ」
「ありがとう」
「何か困った事があったら言ってくれ、君の役に立ちたい」
「ありがとう」
 もう、ほかに言いようがない。
「ところで、ひとつ聞いてもいいか?」
 マドラードの表情か変わった、ぜんぜん違う話らしい。
「なに?」
「今、お屋敷ではラカンテとゾージャの妖力比べの話でもちきりなんだ。で、君もその場にいたと聞いたが本当か?」
「ええ、いたわ?」
「じゃあ、どっちが勝ったんだ!」
 マドラードの言い方がおもしろかった、結果が分からないままでは居ても立ってもいられないといった感じだ。
 しかし、ゾージャは負け事を言っていないのだろうか。だとしたら、ここで結果を教えるのはまずいのかもしれない。今井はちょっと考えたがこんな事を秘密にするなんて男らしくないと思った。
「ラカンテよ」
 あっさりと言ってしまった。
「そうかあ、あいつそんなに強いのか」
 さすがにマドラードは意外だといった感じで頭をかいた。
「で、どのくらいの差だった」
 マドラードは負けたと言ってもそれほど差はなかったと思っているようだ。
「いえ、かなりの差よ」
 そして、ゾージャの名誉のために補足した。
「たぶん、あなたでもラカンテには勝てなかったと思うわ」
 マドラードは軽く笑った。
「かなりの差って、どのくらいだ」
 そう聞かれても説明が難しい。
「そうねえ… はるか後方に見えなくなるくらい」
 今井は見てきたままを話したが、またまたマドラードが笑う。
「見て来たような言い方だな、本当はどうだったんだ?」
 最初から嘘だと決めてかかっている言い方だった。
「見たわ」
 つい、本当の事を言ってしまった。
 マドラードはからだを起こした。
「どうやれば君が勝負がついた場所にいる事が出来るのかな?」
 つまり、二人より遅いはずのナキータが二人の勝負がついた場所にいるはずがないと言いたいのだ。
「ラカンテに引っ張ってもらったの」
 今井はすまして答えた。まあ、この説明はゾージャにもしているから問題ないだろう。
「ラカンテが君を引っ張って飛んだと言うのか、妖力比べをやっているのにだぞ」
「ええ」
 今井はもう一度うなずいた。マドラードは驚きの声を上げた。
「たいした自信だな、それほど余裕があったのか。しかし、なぜそんな事をする?」
「自分がゾージャより強い事を私に見せたかったみたいなの。だから、あなただってかなわなかったと思うわ」
 今井はゾージャの名誉を守る事も忘れなかった。
 マドラードは考えている。
「ラカンテのやつ、そんなに強いのか」
 マドラードは立ち上がった。
「俺も妖力比べを申し込んでみるよ、奴がそんなに強いのなら一度手合わせをしておきたい」
 それからマドラードはにっこり笑った。
「豚はミリーに渡しておく、練習に使うといい」
 そう言うとマドラードはスーっと飛びだして行った。




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